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6.王子様は娘のことが気になって、

 眠り続けた娘は、夕方になると目を覚ましたようでした。


「うう、さむ……!」


 どうやら寒くて震えているようです。

 ドラゴンになってしまった元王子様には気候はさほど影響しませんが、ボロ布だけをまとった娘にはいささか涼しすぎる気温と言えましょう。


 彼女は慌てたように木を集めてきて、火起こしにかかったようです。

 しかし、石を打ったり木をこすったりしているようですが、なかなかうまくいきません。

 またも見ていてイライラしてきた元王子様は、奮闘して疲れた娘がまどろんだ瞬間を見計らい、「えいやっ!」と遠くから火の息を吐き出しました。


 ドラゴンの吐き出す魔法の炎は不思議なもので、燃やしたいと思った物にだけ燃え移るのです。

 いまいましいことでしたが、この体になってから随分長いので、飛ぶのも火を吹くのも随分とうまくなっていました。


 急にパチパチ音を立て始めた薪に、「ひええ!」と変な声を上げた娘は慌てて木々を足します。


 驚いたような仕草に、ちょっとだけ元王子様は胸がすっとしました。


 けれど彼女が「火だ、火だぁ!」とはしゃぎ、目を輝かせて早速手足を出しているのを見ると、またなんとも言えないモヤモヤした気持ちがこみ上げます。


(ええい、なんとも間抜けな、人を苛立たせる顔の女だ……)


 そんな風に思うのに、ついつい文句を言いながら見つめてしまうのは、久しぶりの人間だからでしょうか。それともあまりに無防備な様子が、他人事ながら見ていて不安になるからでしょうか。


 火の勢いが落ち着くと、娘は黙って暖を取り始めましたが、すぐにぐごごごご、と不穏な音が辺りに鳴り響きます。


「昼間は眠気に負けてしまいましたが、空腹も深刻ですよね……木の実が降ってきたのなら、どこかにはあるのでしょうか……」


 のんびりと独り言を呟いている間にも、ぐう、くう、きゅるるるる、と彼女のお腹は実に賑やかです。


(はしたない奴め、年頃の女がそう響き渡る腹の音を鳴らすな! 頭がおかしくなりそうだ!)


 元王子様はいったん巣穴に戻ると、出かけたくない時のために溜めておいた食べ物をかき集めました。

 憤懣やるかたない思いで戻って頭上から降らせてやれば、またも彼女は恐れおののき慌てます。


「ひ、ひええええ! 食べ物が空から降ってきたぁ!?」


(食え! そして黙れ! というかこんな所でウダウダしていないでさっさと人里に帰れと言うのだ、全く!!)


 元王子様が隠れた場所でキシャアアア! と唸っていると、彼女は慌ててキョロキョロ周りを見回しましたが、大急ぎで食べ物をかき集め、火に当てます。


 たかが焼いた木の実やきのこでしょうに、やっぱり随分と美味しそうに、幸せそうに頬張ります。


「捨てる神あれば拾う神ありって奴ですかねえ……ありがたや、森の神様……」


 ぱくぱくと元気よく完食した彼女は、またも地面に頭をこすりつけています。

 たぶん、急に食べ物を降らせた何者かへの感謝の気持ちでしょう。


 ふんっ! と鼻息を鳴らした元王子様は、次に待てよ、と気がつきました。


(俺は一体何をしているのだ? この人間を見ているとおかしい行動ばかりしている気がする。元はと言えば沢から追い出すつもりだったのに、なぜこの俺が餌を与えているのだ?)


 元王子様は自分の奇行っぷりに気がつくと、もう娘には構うまいと心に誓いました。

 思えば、奇妙だからとずっと張り付いて観察なんかしているから、ついつい苛立って行動を起こしてしまうのです。


(沢は一つではない。住処も移せばいい。そんなに大規模な引っ越しをせずとも、少し移動して、この娘が目に入らなくなる程度に活動範囲を変えるだけ。それで解決するではないか……)


 全く、人間であればとっくに大往生を迎えている年月、一人で過ごしてきたせいでしょうか。

 すっかり鈍くなってしまった思考回路を働かせた元王子様は、ただちにその場を去ります。

 もう関わり合うこともあるまい、と一度だけ振り返れば、赤毛の娘はじっと炎を見つめていました。

 緑の瞳の中に光が揺らめいて、その端正な真顔に思わず目が釘付けになります。


(な、なんだ。真面目な表情であればそれなりに見られる顔立ちでは――)


 これではいけない、と元王子様はブンブン頭を振って、ようやくその場を後にしました。

 自分とは関係のないことです。巣穴に戻って眠って、すっかり忘れてしまおうと心に決めました。




(……なのに全然眠れない上に、やっぱり気になるではないか!!)


 翌朝、元王子様は地団駄を踏み、八つ当たりで炎をいくつも吐き出してから、怒り心頭で空を飛んでいました。


(ええいなんといまいましい女だ、さては魔女か! それならば火の一つや二つさっさとつけろと言うのだ、俺が人間の時ならあんな無様は――)


 とぐちぐち心の中で文句を言っているうちに、目立つ赤髪が視界に入りました。

 さっと体を物陰に潜ませて探ると、彼女は沢に降りて、水の中に入っていました。

 鼻歌を歌いながら服を脱いで――どうやら体を清めているらしいと、肌色が全面的に目に入ってから鈍い元王子様はようやく気がつきました。


 叫びそうになった彼ですが、すぐにまた顔色が変わりました。


 裸になった彼女の背中には、鞭の痕でしょうか、痛々しい赤い傷がいくつも這って肌を汚しているのです。


(なんだ、あれは……?)


 元王子様は、他人の裸なんか見たことがありません。

 成人する前にドラゴンになってしまいましたから、女性についてある程度見聞きする機会はあっても、閨の講義の実践には至っていませんでした。

 彼自身の体は、武術訓練でまめやたこなどはできましたし、時折撃ち合いで怪我をすることもありましたが、基本的には真っ白で綺麗なものでした。


 一体どんな生活をすれば、あんな傷が背中につくのでしょう? それほどの罪人ということでしょうか? であれば、こんな場所を一人でさまよっているのも腑に落ちます。けれど、こんなぼんやりしている娘が一体、どんな罪を犯せるというのでしょう?


 呆然としている間に彼女は身を清め終わり、川から上がってきました。

 良く晴れた日の昼ですが、服も洗ったからでしょうか、生乾きのボロ布が体に張り付いた娘はくしゅんとくしゃみをします。


 元王子様はこっそりと風を吹かせて、彼女の服も髪も、体も乾かしてあげました。

 これは事故とは言え、勝手に体を見てしまった借りに返しているだけなのだ、と自分に言い聞かせながら。



 結局元王子様はねぐらを変えず、こっそり娘の後をつけ回すようになってしまいました。


 彼女は昼間は食糧集めにいそしみ、夜は寝場所と定めたらしい小さな洞窟で過ごします。

 食べ物が集まりきらないときはこっそり集めてきてやって、火がうまくつかないときはつけてあげる。濡れたら風を吹かせて乾かしてやり、夜は近くで寝て危険な野生動物が寄りつかないように見張る。


 娘もどうやら自分に何か不思議な力が働いているらしいことは気がついていましたが、元王子様が隠れたままなので、不思議そうに辺りを見回しては地面に頭をこすりつけます。


 なんともどんくさくて人を不安にさせるのんびりした性格をしていましたが、こんな不自由な生活をしているだろうにいつも幸せそうな顔をして、奇跡が起こればその度に飽きもせずに感謝の言葉を述べるのです。



 ある晩、元王子様は眠っている娘の側に、いつものように食べ物を持ってきました。

 寝入った頃を見計らって、朝ご飯を置いていく事はすっかり日課になりつつありました。


 しかし、果物をとんと置いた彼は何気なく娘を見て、飛び上がりました。

 くうくう寝息を立てていたはずの彼女が、緑色の目をまん丸に見開いてこちらを凝視しているではありませんか!


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