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4.逃げ続けた彼は、ある日川で

 悲しくて、悔しくて、辛くて、何もかもがぐちゃぐちゃで。

 目の前が真っ赤になった元王子様が叫び続けていると、その声は王城まで届き、今度こそあの忌まわしい大魔女の使い魔を討伐するための部隊が編成されました。


 元王子様は武装した人々に取り囲まれました。

 彼らは皆、突如現れたドラゴンを憎らしい目で見ていましたが、今や元王子様も同じように見知っていた人達を――いいえ、見知っていたはずだった人達を見返しました。


(騙した? 騙された? 聞きたくない、聞きたくなかった! 皆俺の美しさを、力を、好ましく思っていたんじゃなかったのか!? だから俺は……俺は、ただ――)


 吠え声は炎となり、それが開戦の合図になります。


 衝動のままに真正面から戦って、元王子様はドラゴンの体の強靱さを、その力強さを知りました。

 ドラゴンの鱗は戦おうと思うと硬度を増し、矢も剣も、魔法すら受け付けなくなりました。

 今まで痛みを感じ、傷を受けたのは、彼に戦う意思がなかったからでしょう。


 いともたやすく、手や尾を振り、翼で風を起こせばたちまち人々は無力化されました。

 もしかすると、人間であった頃より強くなったかもしれません。


 けれどなぜでしょう。

 人間であった頃、例えば模擬戦などあれば、勝たずにはいられませんでしたし、相手を屈服させることは楽しくて仕方なかったはずでした。

 なのに今は、打ち払っても、打ち払っても、胸の中に空いた穴がどんどん広がっていくばかりのようで、ちっとも、いつまで経っても満たされる事がないのです。


 暗い目で瞬きをすれば、映るのは人の顔。

 怯えと嫌悪にわずかばかりの憎悪をたたえ、何度も何度も立ち向かってきます。

 おそらく、元王子様が倒れるまで。


 何度目でしょう、剣を振り払った元王子様は、飛びかかって押し倒した相手の顔を見てはっとしました。


 それは一番上の兄、第一王子でした。

 こんなに近くに来るまで気がつかなかったとは、さすがの地味さです。

 ですが押さえつけたままうめく彼を見下ろしていると、周りの人間達が一斉にちくちくと槍を突き出してきます。


「王太子様を離せ!」

「お守りしろ!」

「この、薄汚い使い魔めが――」

「早く死んでしまえ!!」


(もし、俺が人間のままで、同じような状況になったとして……きっと誰も俺のために武器を構えないだろう)


 ぐ、と手に力を込めると、兄は苦しそうに呻きました。


 ――別に、彼を嫌っていたわけではありません。ただ、眼中にはありませんでした。自分だけがいればなんでもできると思っていたので、その他の人にどう思われていようと関係ありませんでした。


 関係ないと、思い込んでいました。

 誰かが何か言っても、全く聞いていませんでした。

 そうしているうちに誰も何も言わなくなって、そうなってからようやく、何かが違うようだと焦りだして。


(ああ、どうして、竜の体には涙がないんだ。こんなに胸が張り裂けそうなのに)


 元王子様は兄の上からどくと、翼を広げ、空に舞い上がりました。


 やろうと思えば、この場の全員も城中の人間も、もしかすると国中、破壊し、殺して回ることもできたかもしれません。


 けれど、それで何になるでしょう?


(殺したかった訳ではない。俺はただ……褒めてほしかった。愛想笑いではなく、心からの賞賛を、送ってほしかったのだ)


 そのために封印を解いたのです。

 彼が誇れるのは、美しさと力でした。

 そして力を誇るには、平和な世では無理で、誰か大きな敵を倒す必要があったのです。


 ですが大魔女を解き放って明かされたのは、圧倒的な実力差と、どこまでもまといつく自分への恨みつらみ。


(好かれていない……そうだ、その自覚があったから、大魔女単独討伐なんて無茶をする気になった。でも、あんなに嫌われているなんて。今の姿の俺がどんなに頑張ったって、認められない。仮にもし、大魔女を倒し、人間に戻れたところで……)


 何もかも取り返しのつかない今になってようやく、王子様は自分が何をほしがっていたのか知りました。


 それは居場所です。うわべではなく、本心から、ここにいていいのだという言葉。

 皆が美貌を、魔法を褒める度、けれどそれ以外は一切触れられないことをどこかでわかっていたのです。

 現に、王子の姿を失い、魔法を失い、人としての声を失い、すると誰も元王子様の事を必要とする人間はありません。


「待て、使い魔め――必ず殺してやる、必ずだ!!」


 空中に向かって投げられる言葉には、復讐の心よりも、ただ空しさと悲しさがこみ上げました。


(何もかも失った。皆が俺にいなくなれと思っている。だけど……)


 生きる希望を失った。

 それでもまだ、死にたくない。


 彼はどうしても、親切に首を差し出す気にはなれず、逃げては動物や家畜を襲って生き延び、また追っ手を差し向けられては逃げて、を何度も繰り返しました。


 そうしている間に、王様が死に、王妃様が死に、兄王子が王様になり、その兄王子が自分の息子に王位を引き継ぎ――長い長い時が流れて、誰も元王子様の顔を知る人もいなくなった頃、ようやく彼を追う者はいなくなりました。


 元王子様はひっそりと、荒れた自然の中に身を潜めていました。

 ここがどこかもわかりません。森ではありましたが、大魔女の森からは大分離れた場所だったでしょう。草木も空気も土も違いますし、誰も追いかけてこない遠い場所まで逃げてきたのですから。


 元王子様は腹が空いたら動物を狩りに出て、喉が渇いたら川に降りて、それ以外はじっと穴蔵の中に身を潜め、誰とも関わらずに生き続けていました。穏やかで代わり映えのない日々が、永遠に続くかのように思われました。



 しかしあるとき、おかしなことが起こりました。


 元王子様がいつも通り、お気に入りの沢で喉を潤わせて顔を上げると、見慣れぬものがありました。

 流されてきた倒木でしょうか。

 じっと見つめているとそれは動き、しかも「ううん」とうなり声を上げました。


「お、お腹が……すきました……」


 もがくように手を伸ばし、ばたんと倒れたそれは、一体いつぶりの遭遇になるでしょう――どうやら生きている人間のようだったのです。




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