2.呪われて竜になった王子様がいて、
(なんだこれは! どうすれば元に戻る!?)
驚いた王子様は暴れ回りました。
大きく醜い体は思い通りに動かず、今まで使えたはずの魔法もうまくいきません。
呪文を唱えようとすれば口からはどす黒い色の炎が放たれてしまいます。
そのうちに、異変を聞きつけたらしい、お城の兵士達が駆けつけてきます。
「グリンドヴァーンの封印が解かれたのか!」
「ドラゴン――大魔女の使い魔だ!」
彼らは暴れ回る竜の姿を見ると、一斉に矢を放ちました。
王子様は仰天し、声を上げます。
(やめてくれ、俺だ! 大魔女の手先なんかじゃない、この国の王子だ!)
幸いにもただの鏃程度で彼の体は傷つきませんでしたが、言葉の代わりに口から出ていく炎は森を焼き、竜を取り巻く人々はますます怒りました。
「おのれドラゴンめ――王子様もお前が食ってしまったんだろう!」
「王子様の敵だ! 絶対に仕留めてやる!」
(何故だ――何故誰も気がついてくれない!?)
ドラゴンになった時に飛び散ったらしい持ち物や衣服の端くれも、全て目の前の魔物への憎悪に変わり、誰も哀れな美男子の末路なのだとは思わないようです。
そうこうしているうちに、いよいよ手練れの騎士や魔法使い達まで駆けつけてきました。
ふるわれる剣が鱗をざっくりと裂き、撃たれる魔法は全身がバラバラになるような痛みをもたらしました。
(痛い! 苦しい! なぜこんな酷いことを――俺なのに!)
悲鳴を上げ、死に物狂いでもがく王子様の体が浮き上がりました。
暴れた時に翼も動かしましたから、そのためかもしれません。
ざっくりと切られた箇所からはどくどくと青色の体液があふれ出し、彼らの殺意が本物であることを示しました。
(死にたくない、殺されたくない!!)
今、元王子様の頭の中にあるのはそれだけでした。
ただこの場から逃げだそうと暴れて、やっとの思いで空に上がり、ふらつきながらも懸命に前に進みます。
「逃げたぞ、追え!」
「いいや、追い払ったのだ。我々の勝利だぞ!」
聞こえてくる声は全て、魔物への敵意に満ち満ちていました。
手を上げられたことも、罵倒されたことも、嘲笑されたことも、王子様の頃にはなかったのに。
(おのれ、魔女め……これもすべて、魔女がすべて悪いんだ……!)
元王子様は傷だらけの体で飛び回り、誰も来ないであろう森の深く静かな場所に至ると、倒れ込むようにして眠りにつきました。
一晩眠ると、いくらかましな気分になりました。
多少は冷えた頭で、王子様は考えます。
(俺はきっと、グリンドヴァーンの封印を解くことに成功した。だが卑怯な大魔女は、俺に討たれる前に醜い魔物に姿を変えた。大魔女を探して、倒そう。そうすれば全部、元通りになるはずだ)
とは言え、大魔女はどこに行けば会えるでしょう?
手がかりを求め、王子様は再びあの封印の場所まで戻ってきました。
「使い魔が戻ってきたぞ!」
「今度こそ仕留めよ!」
するとそこには見張りの人間達がいて、再び元王子様に向かって武器を構えます。
もう痛い思いをしたくない彼は慌てて降り立つのをやめ、更に先に進みました。
まもなく見慣れた王城が見えてきて、ほっと一息つきます。
(そうだ、きっと父上や母上なら……俺が姿を変えられてしまったのだと、気がついてくれるだろう。だってあれだけ可愛がってくれていた。俺の事なら何でもわかると言ってくれたのだから!)
元王子様は今まで、他人にどう思われようが知ったことではありませんでした。
自分は自分、何者にも揺るがされることはない素晴らしい人間なのだと信じて疑わなかったためです。
けれど、今の彼は化け物になってしまっていました。
そうして人から排斥されることは、ちくちくと胸を突き刺します。
王城の人達はまっすぐ飛んでくるドラゴンを見ると、悲鳴を上げて逃げ惑いました。
王子様は人の群れの中に王様と王妃様を探し、見つけると嬉しくて声を上げました。
(父上、母上! 俺です、戻ってきました!)
しかし二人は、見たこともない目で飛翔する使い魔を見上げます。
「ドラゴンめ――私たちの可愛い子を、よくも!」
(なぜです!? ご自分の子どもなのに、あんなにずっと俺が一番だと言ってくださっていたのに、わからないのですか!?)
言葉は全て炎に変わり、人々の恐怖と嫌悪の叫びが渦巻きます。
元王子様は両親の側に行こうとしましたが、地上に降り立とうとすると苛烈な攻撃を受け、うまくいきません。
「殺せ! あの竜を引きずり下ろし、首を落とせ!!」
王様が天を指し、とうとうそんなことを命令しました。
ショックを受けた元王子様の動きが止まると、縄のついたかぎ爪のような物が次々投げられ、引っ張られます。
「殺せ! 殺せ!!」
「八つ裂きにしろ! 腸を引きずり出してやれ!」
「武勲の機会ぞ、皆狩れ狩れ!!」
何が恐ろしかったのかと言えば、狂乱する彼らの表情でした。
竜殺しに沸き立つ彼らは、怯えてもいましたが――笑っていました。
元王子様が悲鳴を上げ、苦悶に身をよじらせる度に、歓声を上げるのです。
大きな斧が視界の端できらめくのを見て、元王子様はもう一度体に力を込めます。
死と苦痛への恐怖が、変貌した人間へのショックを上回りました。
このまま地上に落ちてしまえば、彼らは本当に、口にした通りのことを元王子様にするのでしょう。
悔しさと悲しみと、どうしようもない胸の痛みを噛みしめ、彼は炎を吐いていましめを断ち切り、再び空に逃れます。
背後では再び仕留め損なった事で、人々が怒号を上げていました。
戻ってこい、と恨めしげに口々色んな人が叫んでいました。
元王子様は飛んで飛んで、彼らの姿が見えなくなる所まで行きました。
これだけ心が痛みを感じているのに、一粒の涙さえこぼれてきません。
自分は本当にドラゴンになってしまったのだと初めて悟った彼の口から、悲痛な遠吠えが放たれて辺りを震わせました。