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10.けれど元王子様は娘が忘れられず、

 元王子様ははっと目を覚ましました。

 まだ外は薄暗く、見回してみると慣れた巣穴に一人きりです。

 何か物足りないような気がしてしばらく歩き回ってから、ああそうか、あの娘は人間の国に帰ったのだ、とようやく思い出します。


 赤色を探すような仕草をしてしまった自分に腹を立てつつ、今日の獲物を探しに行きます。

 けれどなぜでしょう、シカを一頭仕留めればいいだけのはずが、つい何頭も爪にかけ、積み上げた後でこんなに持ってきても仕方のないことを思い出します。


 思えばあの娘は、ドラゴンの生え替わって抜けた爪など大層ありがたがっては持って行き、それで随分器用に色々と食べ物をさばいていました。


 魚はともかく、気まぐれで与えた動物まできちんと解体をしたのには驚かされました。


 元王子様はドラゴンとなって肉を貪ることはあれど、さばいて切り分けて肉にしていく過程には人間の頃から覚えがありませんでした。

 野蛮な、と顔をしかめましたが、同時に小娘の身でまあよくもそんなことができるものよ、と少しだけ見直すような気分になってしまったことも確かです。


 不快と興味がないまぜになったまま彼女の作業を見つめていると、「お母さんが、というより村でですけどね」なんて照れくさそうに……いいえばつが悪そうに、もごもごと言っていたでしょうか。


 元王子様は知らない、興味もなかった、下の下の世界の人間。おそらく小娘はそういった身分の人間だったのでしょう。

 ですが父親が上流階級の人間だったから、ありがたくも召し上げられた。


 昔の元王子様の常識なら、思考回路なら、卑しい娘をさげすみ、笑いものにしたことでしょう。


 ですが今となっては、とても笑うつもりにはなれません。


(仮に俺が人間の姿のまま、城を追い出されたとして……このようにして、生きていけたのだろうか。竜の姿と本能だから、生き残ってこられた。もし俺が、いくら強力な魔法を使えようと、着替えすらまともに一人でできぬ王子のまま、この小娘と同じ境遇になったなら……)


 他愛ないことに心動かされ、日々泥臭く生きていくのに必死で、けれど毎日飽きもせず同じ感謝の言葉を繰り返す。


 そんな在り方を、下らない――と一蹴するには、娘と長く過ごしすぎたのかもしれませんでした。



 そして置き去りにされた今、彼女を見つめながら回っていた時間が自分だけの物になると、どうやって長い間一人で過ごしていたのか、思い出せなくなっているのです。


 殺しすぎてしまった獲物達をイライラと引きずって適当に隠し、元王子様は空を見上げます。


「ここは周りが暗いから、お星様が綺麗ですねえ」


 薪を囲んだ娘が、いつかそんなことを言っていたでしょうか。


「嬉しいなあ。お屋敷やお城では、周りが夜も明るくて。そこにいる人達は虫も動物も嫌いで……綺麗だったけど、全然生きている気がしなかったんですよ」


 光り輝く一番星を指差し、ほのかに揺れる火に照らされた横顔が幸せそうに緩んでいました。


「あなたは、私が星を見たいときに、黙ってそこにいてくれる。本当に、ありがたいことです」


 黙っているのは、言葉が喋れないからで、もし人間だったなら小娘に言ってやりたいことなんて山のようにありました。寝るときに涎を垂らすなだとか、好奇心で突っ走っていって怪我を作るのはやめろとか、もっと年頃の女らしく身だしなみに気をつかえだとか。


 ですがその晩は、確かに何も言わぬ事が正解に思えました。

 無言で、ただ共に星を眺めることが。



(――ええい、本当に、俺の邪魔しかしない女だ!!)


 がばりと跳ね起きた元王子様は、荒々しくあの因縁の沢に飛んでいき、水面をのぞき込みます。


 すうっと大きく息を吸ってから凝視すると、映り込んだ自分の姿がゆるりと揺れて消え、別の情景が浮かびます――かつて恋い焦がれた我が家の様子を盗み見た時にも使った、遠視の術でした。


 あの時、誰もが元王子様の死を喜んで、いなくなったことに祝杯を挙げていました。

 きっと小娘も、今はせいせいして、幸せになっているはずなのです。

 自分の事などすっかり忘れている姿を見れば、きっとこの妙ちきりんな慕情がごとき感情も失せるだろう。


 そう思った彼の視界に飛び込んできたのは、悲鳴を上げる娘の姿でした。

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