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1.昔々、あるところに

 ある所に、それはそれは素晴らしい王子様がいました。

 たくさんいる兄弟の中で最も美しく、武芸にも文芸にも魔法にも才能のある王子様でした。


 王様とお妃様の可愛がりようときたら、目に入れても痛くないというご様子で、国は長子が継ぐものだという慣例を覆しかねないほどの溺愛ぶりでした。


 王子様は年を経るごとにますます美しく強く、そして傲慢で不親切な若者に育っていきました。


 しかし怖いもの知らず、気に入らない相手は全て打ち負かしてきた彼にもたった一つだけ、いつまで経っても越えられない壁がありました。


「確かにお前は人の中で最も強く美しいかもしれないが、大魔女グリンドヴァーンを討伐した英雄達を越えることはないだろう。お前に大魔女は倒せまい。どれほど力を持とうとも、その愛なき心のままでは」


 最初にそう言ったのは、確か説教臭い教師の一人でした。


 その時は鼻で笑った王子様でしたが、一度だけなら忘れても、二度三度、やがては毎日のように皆に言われるようになれば、嫌でも覚えずにいられません。


 古い時代、七つの国から勇士と秘宝を集め、三日三晩の戦いを経てようやく封印に至ったと伝わる伝説の怪物――大魔女グリンドヴァーン。


 人間には不可能な禁忌の領域、時の巻き戻しや肉体と魂の朽ちた人間の蘇生すら叶えたとされるその人ならざるものに、王子様はあろうことか、対抗心を抱くようになっていたのです。


 何しろ彼は、自分の思い通りにならないものが何でも気に入りません。

 そして今まで自分に対して身の程知らずの口をきくものは、すべて這いつくばらせてきたのです。

 今回だって、同じようにしなければとても気が済みそうにありません。


(大体愛とはなんだ、愛とは? それがなければ倒せない? ばかばかしい! 群れねば生きられない弱者が、自分の事を美談にしているだけだ)


 そう考えてはいるのですが、やることなすこと賛美されることが当たり前になっていた彼は、心にとどめるだけでなく、周りの者全員を頷かせなければ気が済まないようになっていたのです。



 そして十八歳の誕生日、すなわち成人の日の前日。

 王子様はとうとう、禁忌の森に足を踏み入れました。


 王子様は国王夫妻に魔女を今度こそ自分の手で倒したいと願いましたが、それだけは親馬鹿の二人もどうしても許してはくれませんでした。

 それどころか、森に立ち入ってはならないと念入りに何度も言われました。


 ――大魔女の眠る禁忌の森に足を踏み入れてはならぬ。万が一にも封印が解かれたならば、そのものはいかなる事情があろうと死罪なのだ。


 駄目だ駄目だと聞かされれば、ますます気になるのが人の心。まして王子様には他に手に入らぬものなど何もないのです。


 彼はこっそりと人の目を盗み、一人でここまでやってきました。

 昔のだらしのない英雄達が取りこぼした厄災を、今度は自分一人で葬ったとあれば、誰もがひれ伏さずにはいられまい。

 今度こそ世界中の誰もが自分を敬うはずだと、大魔女を倒せるのは自分しかいないと、王子様は頑なに、健気に信じて疑いませんでした。


 王子様は魔女を封印しているという岩に辿り着くと、剣を抜き、一つ深呼吸して振り下ろしました。


 普通の人間ならばびくとも動かせぬ大きな岩は、けれど才能に溢れる王子様の一振りによって真っ二つになりました。


 しばしの静寂。耳が痛くなるほどの沈黙。


(なんだ、大魔女なんてどこにもいなかったじゃないか。迷信を皆でいつまでもありがたがって……)


 拍子抜けしつつ、けれどこれでやはり自分の上に立つものなどいないのだと証明ができた、と確信した王子様が、きびすを返そうとしたその瞬間。


 辺りの空気が変わりました。

 鳥獣共が一斉に騒ぎ出し、靄のようなものが立ちこめて、昼なのに空が真っ暗になります。

 そしてどこからか、ぞっと背筋が凍るような、美しい女の声が聞こえてきました。


「愛。愛。愛――感激し、感涙し、拝跪して賛美せよ」

「現れたな、大魔女グリンドヴァーン!」


 王子様が剣を構えると、囀るような音が止まり、それから囁くような小さな声が耳の奥に忍び込んできました。


「我は愛の下僕にして盲目の信徒なり。汝は愛ある者か?」


 馬鹿げたことを、とか、覚悟しろ、とか、そんなことを王子様は言ったはずでした。

 けれどなぜでしょう、自分が話したはずの言葉は獣のうなり声にかき消されます。


(魔女の使役する魔物達か、どこに――!?)


 辺りを見回しても、靄がかった森が広がるばかり。

 けれど何かがおかしいのです。

 こんなに木々は小さかったでしょうか?


 何気なく手元を見下ろした王子様は、握っていたはずの剣がなくなっていることに気がつきました。

 慌てて見回せば、どうやら地面に取り落としたようなのです。

 すぐに拾おうと手を伸ばして――そこでようやく、自分の体の変化に気がつきました。


 目に映るのは、びっしりと生えた鱗に、鋭いかぎ爪たち。たたらを踏む足も同じ。

 衣服はどこに? なめらかな肌はどこに? 何よりどうしてこの醜い手足は、自分が体を動かそうと思ったタイミングで同じように動くのでしょう?


(な――なんだこれは!?)


 叫んでも言葉はもはや喉から出てこず、代わりにどす黒い炎が吹き出ます。パクパクと口を開け閉めすれば、鋭い牙がガチガチ音を立てました。

 もがくように四肢を振り回せば、自然と尻尾がバランスを取ろうと動きます。おまけに背中でも、バタバタと暴れる感覚があります。

 頭を振り回せば、空を切る角の感触までありました。


 それはもはや美しい王子様ではなく、大きな禍々しい竜でした。

 王子様――いいえ元王子様は、大魔女を倒すどころか、一瞬にして彼女の使い魔に姿を変えられてしまったのでした。


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