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途切れたならば、繋ぎに行けば良い

 固形ブロックのボサボサとした食感を水で流し込んで、デジタル時計に話しかけた。


「互換モード起動。メールフォルダーを開けて」

「Sir.(了解)」


 腕の周りに帯のように幾つもの仮想ウィンドウが立ち上がる。次いで幾つかの設定が施され、再起動した画面には、昔のOSがエミュレートされた画面が立ち上がった。


 もはやメール文化がなくなって久しいため、ガジェットにメールアプリというものは標準装備されていない。いつもは動作が遅くなるので記憶媒体の隅っこにエミュレーションのプログラムを置いて眠らせている機能の1つだった。


 開いた画面の一番上には、ズィラという宛先からのメールが表示されている。


 僕が作った女性型自立アンドロイドの名前だ。


 久しぶりに開いた彼女のメールを開いたのもあって、次々と記憶が蘇ってくる。


 開発初期に、発声テストとして自分の名前である「ライズ」を発音させようとしたら、なぜか逆さまにズィラと言ってしまったのだった。


「僕の名前は芋田ライズ、らいずだよ」

「ざいら、ずぃら……ずぃら!」

「おしいなぁ」

「……名前は、ずぃら」

 そんな会話だっただろうか。その頃は、まだ文法がプログラムとして確立していなくて、しゃべり方が旧来のロボットみたいにぎこちなかった。けれど、その後僕なんかより流ちょうにしゃべるようになるまで、そう時間が掛からなかった。


 ただ彼女はズィラという名前はいたく気に入って、時間が空けば時折「ずぃら」なんて呟いていた。そんな姿が、彼女の名前の決め手だった。


 どこかぎこちないところが、自分たち人間よりも多い情報や処理能力を持つ彼女という機械性を薄めて、人間性との架け橋になるように感じたのだ。


 それにズィラなんて、僕の名前を合わせ鏡にしたようで、分身ができたような感慨もあった。


 だからこそ、愛着のわいた彼女を、同調圧力を理由にスクラップなんて出来るはずも無かったのだ。


 予定では、そう時間も掛からずに迎えを出す予定だった。


 だが巧くはいかないものだ。批難や批判への受け答え、事務手続きや、転用できそうなコアプログラムの切り分け、コードの整理整頓など、手じまうにも規模が大きすぎて、ある程度落ち着くころには1年が経っていた。


 その間も、ズィラとのやり取りは暫く続いていた。忙しかった時間の中で、彼女との会話は貴重なオアシスだった。


 たとえばこんなやり取りだ。


「コードが分かりづらいから、理解しやすいように書き換えろ、なんて言われたんだけど、文法への理解が浅いせいで指定された書き方じゃ、どう考えても今より読みづらくなるんだよ。機能も期待されてるより下がるし」

「お疲れ様です……あれですかね、ペペロンチーノは唐辛子を使った料理なのに、唐辛子を抜けなんてクレームが付いたみたいな」

「そう、それ!」


 必要以上にコードを長く、複雑にすることで、理解にも修正にも悪影響を及ぼすコードのことを、絡まっているという意味を込めてスパゲティコードと呼ぶ。


 彼女はそれを兼ねて、ペペロンチーノを比喩に使ったのだった。こうした鋭い切り口は昔から僕の好物だった。事実、自立型アンドロイドを開発するときには、柔軟な発想をコード化するのに心血を注いだ。


 だけど、たわいもない話が心地よい真の理由は、もっと奥の所にある。ズィラは情報を元に新しい情報を取り入れ、自分で思想を構築する。


 グロースマインドセットプログラムと名付けたこの機能は、元々最高の友人を作るためという、ありふれた願いを形にする為のものだった。内実は軍の構造を改変するとまでいわれた莫大な産業価値を秘めた代物だが、僕にとっては最高の友人以外の何者でも無かった。


 僕はグロースマインドセットプログラムを組んだ際に、容量の一部をブラックボックス化し、自分の趣味を片っ端から流し込んだのだ。


 おかげで彼女は、既存の趣味から、将来好きになる可能性が高い趣味までを幅広くインプットし、成長していった。その後は共に成長する感覚を味わうため、共感特性を備え、対等な状態で「知る」喜びを分かち合うことすら可能になった。


 だが、そんなやり取りも唐突に止んでしまった。


 最後のやり取りは日常的で、会話のキャッチボールの途中なのは火を見るより明らかだ。


 未だに、このメール以降、彼女からの返信は来ていない。


 仮想ウィンドウには<お待ちしてます>の一言と、すこし眠るので、次の返信は遅れるかも知れません、という追伸の言葉が並んでいる。


 返信が途絶えた原因は分かっていない。こうではないか、という仮説を立てても、当時の僕にそれを立証する手立てはまだなかったからだ。


 残された僕に出来るのは、待つこと、そして迎えに行くための機体作りだけだった。



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