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第一話 炎の女

 家臣明智光秀に謀反を起こされた織田信長。敵に見つかった彼を救ったのは炎の中から現れ謎の女。魔王を救うよう頼む謎の女の手によって信長は異世界へと飛ばされてしまう。

 そして目を覚ました彼が見たのは戦国の日本とは似ても似つかない魔物達の世界だった。

 天正十年六月二日、明智光秀は織田信長を討つべく、信長が拠点とする本能寺に攻め入る。

 しかしそうとは知らない信長は、布団の中でうなされていた。


「こっ、このハゲネズミ、腹を斬れ!」


 夢にうなされ目を覚ました信長は、ハアハアと上がった息を整えながら呟く。


「……なんだ……夢か。まったく、秀吉の奴、夢の中でもフザけたことばかりぬかすハゲだ」


 額の寝汗を寝間着の袖で拭いながらふと気がついた。居室が妙に暑いのだ。何事かと信長の顔が怪訝な表情へと変わっていく。そのとき信長の聞き慣れた声が入ってきた。


「のッ……信長様! 信長様、謀反にございます!」


 そう叫びながら信長の居所の襖を開けたのは、小姓の森蘭丸であった。蘭丸の姿を見た信長は刀を握りしめると布団を抜け出し、彼の元へ近づく。そして夜空を真っ赤に染め上げる炎を睨み蘭丸へと訪ねた。


「謀反を起こしたのは誰ぞ、秀吉か?」

「いっ……いえ、桔梗の紋、明智光秀様と思われます」

「そっちのハゲか! クソ、光秀の奴め!」 


 炎を睨みつける信長が言う。それに続くように蘭丸がポツリと呟く。


「早うお逃げください……信長様……」


 蘭丸の体はそこで崩れ落ち、それ以上彼の声が聞こえる事はなかった。 


「蘭丸?」


 横たわる蘭丸の体に目をやった信長はあることに気がついた。蘭丸の背に数本の矢が刺さっている。


「蘭丸!」


 信長は急いで蘭丸に駆け寄ろうとした。だがそのとき信長の背中に痛みが走る。信長の背後から攻めてきた光秀の兵が矢を射っていたのだ。


「いたぞー、信長だ!」


 信長は後方から迫る敵を迎え撃つべく、痛みを堪え振り返る。すると本能寺の壁や木々を燃やしていた炎が次々と宙を飛び、光秀の兵を焼き殺していった。

 目の前出来事に理解が追いつかない信長であったが、後方にある蘭丸の遺体の側に何者かの気配を感じた。


「そこにおるのは何者だ!」


 とっさに刀を構え、気配のする方へと声を投げかける信長。しかし問いへの返答はない。そして数秒、轟々と炎が燃えさかる音だけが鳴り響いた。すると光秀の兵を焼き殺した炎が、気配の元に集まりグルグルと渦を巻き形をなしていく。


「物の怪か……」


 低い声を響かせた信長の目は、炎が徐々に女の姿へと変わっていくのを捉えていた。赤い長髪が栄える白い肌、キレイ緑かかった目は凛として真の強さを感じさせる。炎が変化したのはそんな女の姿だった。


「やっと見つけた」


 そう呟いた女は信長へとゆっくり近づく。そして女は薄い金色の羽織から細く白い手を伸ばし信長の頬をなぞる。信長は女を切り伏せようとするが体が動かない。


「フフ……魔力のないアナタでは、私を前に動く事すらできないでしょう」


 女は優しい声でそう言うと、顔を信長の耳元に近づけ囁いた。


「神をも恐れぬその姿……闇から出でた私たちにはちょうどいい……」


 女がそう言うと信長の足下に青白い光を放った魔方陣が現われる。


(なんだこれは!)


 信長が出せぬ声を心の中で叫んだ。そのとき信長の口から一筋の血が滴った。


「おや、背中に矢が……。邪魔者を焼くのが少し遅かったみたいですね、すみません」


 女は再び信長の頬を撫で、ニコリと力なく微笑みながら言った。


「でも大丈夫、あなたの望みが叶うときまで私の魔力をお貸しします。七つ力を持ち成す者よ、どうか魔王様をお助け下さい」


 そう言うと女の体は黒い霧へと変わり、ゆらゆらと信長の体を包んでいく。そして魔方陣の光は強さを増し、その辺り一帯を照らす。やがて光が収まる頃には信長の姿もろとも魔方陣は消え失せていた。


 




 ガヤガヤと音がする。人々の話し声に荷車を引く音。人々の営みの音だ。そんな喧騒の中に何者かが近づいてくる音が聞こえた。


「あのー、すみません。こんな所で寝てると風邪ひきますよ」


 朦朧としていた信長の意識はその声でやっとハッキリとした。むくりと上半身を起こすと、目の前に一人の少女が信長の顔を覗き込んでいる。赤い長髪に緑の瞳を持った少女である。


「貴様! さっきの物の化の女!」


 信長は慌てて脇に落ちていた刀を拾いあげ、抜刀しようとする。だがそこで違和感に気がついた。たしかにその少女は、信長が本能寺で見た女に似ている。しかし目の前にいる少女の方が瞳が大きく、幼く見えたのだ。


「ちょちょちょちょちょちょちょちょ、ちょっとぉ! こんな所で剣なんて抜いたら憲兵さん達に捕まっちゃいますよ!」


 徐々に冷静さを取り戻してきた信長はさらに違和感を覚えた。矢で射られた背中の痛みがない。それに着ていた服が寝間着ではなく戦用の装束になっているのだ。しかも彼の持っていた物ではない。信長はふと、自分に声をかけてきた少女に目を向けた。すると少女の着ている服も戦国時代では見たことないもであった。さらに信長がいたのは青々とした野原ので上である。


「そち、なんだその服は……。それに、ここはどこぞ……」


そう言うとグルリと周囲を見渡す信長。彼の視界に入ってきたのは意識を失う前にいた本能寺とはかけ離れた風景であった。空は昼間になり青く透き通り、賑わう商店は石造りでしっかりとした作りをしている。そして店を行き交う人々は人間とは似ても似つかない風貌をしていた。鎧を着た二足のトカゲがいたり、下半身が馬の様になった人間、さらに喋る骸骨等様々である。


「えっと、これはメイド服で……。ここは魔族の国ディヴィナントの城下町ですけど……。あの大丈夫ですか、頭とか打ったりしてません?」


 状況が飲み込めない信長は少女の言葉を無視して尋ねた。


「おい、あそこにいる歩くトカゲや、下半身が馬になっているあやつらは何者だ!」

「えっ? あぁあのトカゲはリザードマン、あっちの下半身が馬のはケンタウロスですよ」

「リザードマン……ケンタウロス……。ふん、面白い! そなたこの街をあないせえ!」


 信長はそう言うと少女の返事を待たず歩きだす。少女は驚きつつも信長の後を追う。


「この足下に敷かれているのはすべて石か?」

「え、ゴーレムの作った道がそんなに珍しいですか?」

「ゴーレム……。街道に貼られた石畳すべてを同じ形にするとは恐れ入った、見事な仕事。うん、あっちで跳ねておる水飴の様なものはなんだ!」

「あれはスライムじゃないですか……。って、ちょっと待って下さい!」


 信長は少女の答えをしっかり聞き終える前に、駆け出した。


「おい、あそこの火を噴くトカゲはなんだ! それにあちらでは全身に布を巻いた男が怪我人の手当をしておるぞ」

「あぁマミーマンですね、あの人達は優しいですからね。自分の包帯を使って応急処置とかしてくれるんですよ」


 そのとき二人の前を角の生えた白馬が日傘をさした女性を乗せて走り去る。


「今の馬、喋っていなかったか? それに馬に乗った女はなぜ雨も降っていないのに傘をさしておるのだ」

「何言ってるんですか。あの人は吸血鬼(ヴァンパイア)なんだから日光を避けるのは当然じゃないですか。あと、ユニコーンって言わないと怒られますよ。あの人達馬って言われるの嫌うんですから」


 そう言いながら少女がチラリと横にいた信長を見ると、そこにいたはずの信長はいなくなっていた。少女が周りを見渡すと、信長は少し行った所の店に並ぶ商品をマジマジと見ている。


「ちょっと案内しろって言いながら勝手にいなくならないでくださいよ!」


 少女はそう言いながら信長に駆け寄った。それからもしばらくの間、少女は信長に付き合わされることになる。

 そして少女が案内を始めてから数十分がたった頃、信長は街の外れにある小川の側の倒木に腰掛け状況を整理していた。


(この世界のこともようやっとわかってきた。どうやらここは地獄というわけもないらしい。儂の元いた場所とはそもそもまったくの別な場所のようだ。朧気な記憶も辿ってみたが、おそらく本能寺で出会ったあの炎の女の仕業であろう)


「はぁー生き返ったー」 


 そう言って小川で水を飲んでいた少女が戻ってくる。


「すまなかったな、付き合わせてしまって。えぇっと……。すまぬ、まだ名を聞いていなかったな。儂は織田信長。そなた名はなんと申す?」

「私はメリッサです。まったく、街のことに夢中になって、人の話し聞かないんですもん」

「だからすまないと言っておろう。それにしても貴様の様に人間そっくりな魔族と言うのもおるのだな」

「まあ、私の場合は魔力で姿を変えてるんですけどね。というか、信長さんこそ本物の人間みたいですよ!」

「あぁ、儂は本物の人間だ」

「……え?」


 信長の発した「人間」という言葉に周りにいた魔族達がどよめきだつ。


「ちょっとそんな冗談まずいですよ! 憲兵さんに捕まりますよ!」


 メリッサが慌てて信長の口を塞ぐ。しかし、その時にはすでに信長の後ろに二人の憲兵が立っていた。


「貴様、人間か? 一緒に来てもらおう」


 憲兵の一人がそう言うと、もう一人の憲兵が信長に縄をかけ始めた。さらに信長に縄をかけ終えた憲兵は、メリッサにも縄をかけ始まる。


「あれ、なんで私まで……。私、城のメイドですよ……」

「悪いな、お前にも事情を聞かせてもらう」


 こうして信長とメリッサは憲兵達に連行されることになった。連行される最中、すれ違う魔族達が口々に二人の事を話している。しかし信長にはその言葉は一切耳に入ってこなかった。彼の意識は、眼前に広がる戦国の世では見たこともない程大きな漆黒の城に支配されていたからである。 

前に「第六天魔王信長の魔王育成記」として途中まで書いていた作品を改めて書き直したものになります。

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