直毘の子
夕暮れ、河川敷を祖父に手を引かれて歩く幼子。
「また喧嘩したのか?」
「ぐすっ…、だってアイツらが!」
鼻水を啜り、ボロボロと溢れる涙を乱暴に拭う少年。
「おうおう、悲しかったろう」
祖父は乱雑に孫の頭を撫でる。
「だがな、お前は人より力が強い。
お前の力で殴れば、人は大きく傷付く。
悔しかろう、辛かろう。
それでも力を自らの為にふるってはならぬ。
その力は人から恐れられてしまう」
祖父はゆっくりと言い聞かせるように孫に語る。
「いいな、その力を人に向けるなよ、朱里」
「…うん」
祖父の言葉に小さく頷いた孫を沈みかけた夕日だけが見ていた。
ーーーーー
ードンッ、べちゃっ
「ってぇな」
「きゃっ」
夕暮れにガラの悪い大柄の男に10歳にならないくらいの少女がぶつかる。
「あ…」
「あ゛あ゛ん」
大柄の男のズボンには、少女の持っていたソフトクリームがべったりとついていた。
少女の顔から色が抜けていくのに対して、気付いた大男が自分の腰ほどの少女を上から睨めつける。
「おいおいおい、嬢ちゃん、これどうしてくれんだよ!」
「ご、ごめんなさい…!」
「ごめんなさいで済むわけねぇだろ!」
カタカタと震えて今にも泣きそうな少女をチラチラと見ながらも人が素通りして行く。
大男の後ろには、同じくガラの悪い男が2人、ニヤニヤと嫌な顔で嗤っている。
「なぁ、どう落とし前つけてくれんだ?あ゛あ゛!」
「ぁ…ぁ…」
ついにポロポロと少女の目から涙が零れるが男達は調子に乗るだけだった。
「おいおいおい、まるで俺達が弱い者いじめしてるみたいじゃねぇか、なぁ?」
「ご、ごめーー「どこからどー見ても弱い者イジメだろ!!」
「あ゛あ゛ん?!」
大男の言葉に少女が泣きながら謝ろうとしたところで、どこからともなく声が聞こえた。
「とうっ!」
ーすたッ
軽やかな音と共に塀から飛び降りたのは、中高生くらいの少年。
「正義のヒーロー・夏賀朱里参上!!」
そう言ってノリノリでポーズをキメた少年・朱里に大男達は思わず思考が停止する。
「なんだてめぇ!てめぇが嬢ちゃんのためにやられるか?」
「や、やめーー「ふっ、やれるものやらやってみろ!」
ギロリと睨みつけてくる大男に真っ青な顔で、それでも自分のせいで傷つけないように少女が止めに入ろうとするが、朱里は、大男を指で指し、元気よくに啖呵をきった。
「お望みならやってやーー「あー!!あんな所に警察がー!!」ーー何!?」
大男に胸ぐらを掴まれる寸前、朱里が大男の言葉に遮り、男達の間をぬった奥を指してそう叫んだ。
その瞬間、大男達の意識がそれる。
「よいしょっと」
「へぇ…!?」
朱里は、軽い声で少女を片手で藁のように脇に抱えるとそのまま指さした方向とは逆に逃げる。
「え!?え!?」
「喋ると口噛むかもしれないから、静かにね!」
「ゴラァ!!!!!待てガキィイィィイイイ!!!」
「待てって言われて待つ馬鹿がどこにいんだよ!ばーか!ばーか!」
「クソガキィイィィイイイ!!!!」
突然抱き抱えられ混乱する少女に朱里は、そう言うと後ろから追いかけてくる大男達を鼻で笑いながら駆ける。
少女を抱いてるとは思えない軽やかさと速さで、大男達の罵倒が少しづつ遠のいていく。
「せ、正義のヒーロー、逃げるんですか…!?」
「うん?まあね!俺は人を傷つけないヒーローだからな!」
逃げ一択の朱里にえええーという顔で、顔を回して朱里を見上げる少女に朱里は、にぱっと笑う。
「よっ、よっ、よっと!
そうだそうだ、お前ん家どっち?」
「え、えっと、あっちです…」
軽やかに障害物を越え、大男が見えなくなっていくばくかたった頃に、朱里はそう聞いた。
朱里の言葉に少女は、家の方向を指差す。
「オーケー!」
「あ、あの!もう降ろしてもらって大丈夫です!」
「んー、まだアイツら近くに居るかもしんねぇーし、お前遅そうだし、しっかり捕まってろよ!」
「捕まっとく所ないです!!」
「ありゃ?」
少女の指差す方向へ走りながら少女の言葉に応える朱里に少女はツッコミを入れる。
脇に抱えられてる少女は手足がぶらーんとした状態で身体を捻って腰に抱き着くなんて逆に危険度の高い真似は出来ない。
そんな少女にありゃりゃ?とケタケタと朱里は笑う。
「あっ、この辺りです!」
「りょーかい!」
スタっと朱里は公園で止まる。
「ありがとーー
「朱里!!!」
お母さん!あのーー
ーーバチンっ!
お母さん!??」
「あんた!うちの子に何してんの!?」
少女が朱里にお礼を言おうとした所で中年の女性が金切り声を上げて駆け寄ってきた。
少女は、その馴染んだ顔に安堵から顔を綻ばせて事情を説明しようとしたが、その前に中年の女性・少女の母に朱里は、勢いよく頬をビンタされた。
少女は、驚いた顔で母を呼ぶが、少女の母は、少女と朱里の間に立ちはだかり、朱里を睨みつける。
「ち、違うの、お母さん!この人はーー
「もう大丈夫よ…!
二度とこの子に近ずかないで!!」
ギッと少女の母は朱里を睨むと、少女の手を引いて朱里に背を向けて歩き出す。
少女は、突然のことにただただオロオロとしたまま、母に手を引かれ見えなくなる。
「はあぁぁぁ……」
朱里は近くのブランコに腰掛けて天を仰ぎながら深く息を吐いた。
脳裏には先程の母娘。
正義のヒーローになりたい。
みんなに尊敬される正義のヒーローになりたい。
なのに現実はいつも厳しい。
大人はいつだって朱里に軽蔑した目を向ける。
同じ年頃の奴はそれに倣うように朱里を遠巻きに嗤う。
あれくらいの小さい子供だけだ。
朱里を嫌わないでくれるのは…。
まあ、すぐに大人が駆け寄って朱里から離して、近寄らないように言い竦めるから、きっとあの子もその周りの子供も、もう二度と近寄っては来てくれないだろう…。
「…」
目を閉じて俯く。
寂しさがじんわりと心に広がる。
寂しさが心を覆ってぎゅうっと締め付けるせいで痛い。
羨んだって、憧れたって、無いものは無いのだ。
朱里は、人知れずグッと歯を食いしばっていた。
「ぽこ〜〜〜!!」
ーぽよんっ
「っぃて!」
そんな朱里の頭に軽快な音で柔らかい丸いものがぶつかって来た。
「わわわ!力加減間違えたぽこ〜」
「は?タヌキが喋った!?」
丸いものは、よく見れば丸まった子狸だった。
だが子狸が珍妙な事に人の言葉を操ったで朱里は驚いてブランコから転げ落ちた。
「いってぇー!」
「わぁ!大丈夫ぽこ!?」
「すっげー!!タヌキが喋ってるー!!」
朱里が転げ落ちた事に驚いて朱里の言葉を聞き逃していた子狸は、そこでやっと自分が人の言葉を喋ってる事を思い出した。
「はっ!…キュ、キュキュ〜」
「なぁなぁ!もっと話そうぜ!」
「キュッ、キュキュ〜!キュ〜!!」
慌ててそれっぽく鳴いてみるものの、興奮した朱里は掴んだ子狸を乱暴に振るので必死に抗議の鳴き声を上げるも聞き入れて貰えない。
子狸は興奮しきって、子狸が子狸なのを忘れて、成人男性の肩を掴んでなぁなぁ!と揺らす勢いで揺らす朱里に目を回しそうになる。
「なぁなぁなぁ!」
「チ、チガウヨ、カンチガイ。タヌキハ、ヒトノコトバ、ハナシマセン。ソレッポク、キコエル、ナキゴエダヨ」
「わぁ〜!やっぱ喋ってる!!会話成立してる〜!!」
「はっ!!」
先に根を上げたのは子狸の方で必死にカタコトで反論するが、人の言葉を使ってるせいで逆に朱里がテンションを上げ、自分の失策に気付いた。
「何で喋れんだ!!」
「ううぅ〜」
「なぁなぁなぁ!」
「うわぁ!しゃ、喋るからそれ以上ゆさゆさしないで欲しいぽこ〜!!」
どう誤魔化すか考えていた子狸だが、さらに酷くなる揺れについに限界をむかえ、朱里に涙目でそう縋り付いた。
「何で!」
無邪気な子供のようなキラキラした目で見られて子狸は口を開く。
「よ、…ま、魔法生物だからぽこ…」
「魔法生物!」
「そうぽこ!
マロンは良い魔法生物で、大きくなっても魔力の高い子、パートナーと一緒に悪い魔法生物を倒す役割があるぽこ!」
「マジで!!カッケー!!なぁなぁ、それって誰!」
「うぅ〜ん、この辺りに居る筈ポコ…」
言い淀んだ子狸・マロンの様子など気にせず、朱里はキラキラした目をマロンに向ける。
そんな朱里の様子に気を良くしたマロンの話に朱里は正義のヒーローの欠片を見てさらに目がキラキラと光るが、マロンは、少し困ったように応える。
「名前とか分かんねぇの?俺一緒に探したい!!」
「ホントぽこ!助かるぽこ〜!ありがとうぽこ〜!」
完全にパートナーを見失ってしまっていたマロンは朱里の提案に諸手を挙げて喜んだ。
不思議なもやがパートナーの居場所を特定するのを邪魔するのだ。
「その子の名前はーー」
ードシャッ!!
「キャーーーーー!!!!」
「何だ!?」
「あっ!待つぽこ!!」
マロンがパートナーの名前を伝えようとした瞬間、大きな何かがひしゃげる音がした。
それに続くように女性の悲鳴が聞こえ、その声に引かれるように朱里が駆け出す。
慌ててマロンが止めるが朱里は振り向きもしない。
「まっ、まずいぽこ〜!」
マロンは、手足をタイヤにして朱里を追うために走り出す。
一方、朱里は暴力的な音を頼りに走る。
ードゴッ!
「こっちか!!」
ーガッシャーン!!
さっきから音が鳴り止まない。
「居た!!
っ、何だアレ!??」
音を頼りに走る朱里が角を曲がった先に居たのは、全身に無数の口のついた化け物。
大きさは2m以上ある化け物に朱里の足も一瞬止まり竦む。
ゾワリと悪寒が全身を駆け回り鳥肌を立たせる。
生理的嫌悪感と本能的な恐怖に身体が支配される。
「ウザイ、シネ、コロス、キエロ」
ボソボソと無数の口で喋る化け物が後ろに現れた朱里に気付いた様子もなく、目の前の母娘に手を伸ばす。
それは先程、朱里が助けた少女とその母親だった。
「お母さん!お母さん!」
母親の方はぐったりと倒れており、少女はそんな母親に縋り付いて泣いている。
「シネバイイノニ、コロシテヤル」
感情もなく無機質に喋る化け物が母娘に手が当たる瞬間、朱里の中の嫌悪と恐怖を上回る程の激情に身体が動いた。
助けなければ!
それは、幼い頃からの朱里の人助けの習慣によって培われた本能だった。
「触んじゃねぇぇぇえええええ!!!!!」
ーグイッ
「わっ!」
駆け出した朱里は左手で母親を右手で少女の身体をその勢いのまま引っ張り、倒れ込むように化け物の手から逃れる。
「逃げるぞ!」
「えっえっ??」
多くの人を助け逃がした経験が朱里を助けた。
即座に立ち上がれるように受身を取っていた朱里は反射的に立ち上がり、意識のない母親を横抱きにし、少女の前で膝を曲げて腰を下ろし、背を向ける。
少女は混乱からオロオロとすることしか出来ない。
「おんぶする!捕まれ!!」
「ウザイ、ウザイ、ウザイ、ウザイ」
「っ!!」
朱里の勢いと化け物の恐怖に怯えた少女は朱里の首に勢いよく抱きつく。
「グェッ!
ってやっべぇ…!!」
思わず勢いよく抱き着かれたせいで首が締まって、絞め殺される鶏みたいな変な顔になったその一瞬で、化け物が朱里達に手を伸ばしてきた。
「くそっ!
じいちゃん、コレ絶対人じゃないし、不可抗力だよな!!」
朱里は化け物の手を払う為に一度母親を下ろし、化け物と正面で向き合う。
力をふるわないという祖父との約束を破ることになるが致し方ない。と一人言い訳をしながら化け物の手が朱里に触れようとした。
「触れちゃダメぽこ〜〜〜!!!」
ーシュッ
「地獄の業火よ。怨みを燃やせ!」
「ガァァアアアアア!!!!!」
「今のうちに逃げるぽこ〜!!」
その時、どこからか聞こえたマロンの声と共に1枚の紙が化け物の手腕に巻き付き、マロンの言葉と共に燃え上がり、化け物の手首を焼き落とした。
「おう!!」
朱里は首に抱きついた少女の足を持ち、その上で母親を横抱きにする。
マロンはその隙に朱里の頭にちょこんと座る。
「母ちゃんも持ってろよ!」
「う、うん!」
朱里の指示で少女は、母親の頭ごと朱里の首に抱きしめる。
「つーか、なんだよアレ!」
朱里は走りながらそういう。
明らかに不審者とは違うため、人通りの多い道に行って良いのか迷うのだ。
「アレは悪霊«あくだま»ぽこ!」
「悪霊??」
「そうぽこ〜。
言霊の中でも、悪口や陰口なんかの人の負の感情が集まって実体化した負の化身ぽこ!
少しでも触ったら呪われるぽこ!」
「マジ!?」
「大マジぽこ!」
思った以上にさっきの自分の行動が危うかった現実に朱里は真っ青になる。
悪霊なんて今まで見た事も聞いた事もなかったがアノ不気味さにすんなりと納得してしまった。
「つーか触れないでどうすんだよ!!さっきの紙は!?」
「護身用の1枚だけぽこ〜!
出来たら人の居ない道を逃げて欲しいぽこ!
そうしたら浄化部隊が来るまで時間稼いで欲しいぽこ!」
「マジかよ…。
仕方ねぇ!分かった!どれくらいで来れそうなんだ!」
「わ、分かんないぽこ!
最近、悪霊の出現率が高すぎて浄化部隊が追いつかないぽこ!」
「はぁあああ!!!???それ大丈夫なのか!!」
「だ、大丈夫って思うしかないぽこ!
お願いだから少しでも長く逃げて欲しいぽこ!」
知らない単語も出てくるが、それどころじゃない朱里は軽く聞き流すが、あの悪霊という化け物を倒せる連中がいつ来れるか分からないという現実に思わず叫ぶ。
少しでも触れたら1発K.O.
ひたすらいつ来るかも分からない連中を待って逃げ一択なんて生半可な気持ちじゃ心が折れる。
「あー!もう!分かったよ!!しっかり捕まってろよ!!」
そう言って朱里は悪霊の攻撃を避けながら走る。
逃げることは朱里の得意分野だ。
悪霊の注目をそらさないために、体力の温存のために、付かず離れずの絶妙な速さで走る。
出来ることなら少女と母親をどこかに逃がしたいが、生憎とそんな余裕はないし、なによりも離した所で朱里ではなく、少女達を狙う可能性もある為、ひたすら朱里は母親と少女と子狸を持って走る。
ードゴッ
ードシャッ
ーグシャッ
「ハァ、ハァ、ハァ」
どれほど走っただろうか。
もう数十分は追いかけっこが続いている。
朱里の体力も流石に限界が近い。
呼吸が荒くなってきた。
「大丈夫ぽこ…?」
「ハァ、ハァ、だ、大丈夫だ!!俺はヒーローだからな!!」
そう言って苦しそうにも笑う朱里にマロンと少女は心配そうに眉を下げる。
「せめてパートナーが見つかってれば良かったぽこ…」
「ああ、言っていたーー」
ーズシャッ
「ぐっ!」
「お兄さん!」
マロンが口惜しそうに言う言葉に一瞬注意が逸れた朱里の頬を悪霊の手が掠める。
朱里が小さな声を上げたのが聞こえた少女が慌てるように朱里を呼ぶ。
今、朱里が倒れれば全滅待ったナシである。
「あーー!!!嘘だろ!?呪われた!?呪われたの俺!?」
そう騒ぎながらも朱里は元気に走り続ける。
「な、何で走れるぽこ!?」
マロンは、その事実に目を見張る。
悪霊の攻撃を受ければ呪いが身を巣食い、即座に浄化しなければ死に至る。
悪霊の攻撃が掠っただけで普通激痛から崩れ落ち、呪いが進行することで大の大人がのたうち回る程の痛みを伴うと同時に感覚を失うのだ。
朱里は頬に掠ったため、視覚と聴覚、嗅覚が失われて然るべきはずなのに、走る姿に迷いはない。
「走んねぇと死ぬだろ!!」
「そうだけど痛くないぽこ!?」
「かすり傷だから大丈夫!!」
若干話が通じていないが、それこそ朱里が呪いにかかっていない証拠である。
「まさか!直毘の子ぽこ!?」
「なお、なんだって??」
「直毘の子ぽこ!呪いを受けない特別なものぽこ!」
「じゃあ、俺が反撃して大丈夫なのか!」
マロンの言葉に防戦一方だった朱里が意気込むが、すぐにマロンに止められる。
「そんな訳ないぽこ!
悪霊は魔力を込めた攻撃しか効かないぽこ!」
「がぁあ!!!それじゃあ何も変わんねぇじゃねぇか!!」
朱里はイライラとして叫ぶ。
正直もうそろそろ体力が限界なのだ。
強がっても身体は限界を迎え始める。
「このままじゃジリ貧だろ!一かバチかやるっきゃねぇ!!」
朱里の主張も分かる。
かれこれ1時間は逃げているのに浄化部隊が来る様子は全くない。
「うぅ…」
「俺はやる!!」
悩むマロンを置いて朱里は決めるとラストスパートを掛けて悪霊から距離をとる。
「いいか、ここで隠れてろよ?」
「お、お兄さん、危ないよ…!」
「大丈夫!俺は強いからな!!」
角を曲がった先で少女と母親を置くと少女の引き止める言葉に勇気づける為に笑って見せた。
「む、無謀ぽこ!」
「やってみなきゃ分かんねぇだろ!」
マロンの言葉にそう返すが早いか、振り返り悪霊に向かい走り出す朱里の頭に乗ったままマロンは振り落とされないように気をつける。
「化け物が!!絶対にこの先には通さねぇ!!」
ドゴッと重い音を立てて朱里が悪霊を殴るが悪霊は効いた様子もなく突っ立ってる。
「クソクソクソクソ!!!」
何度も殴るが意味をなさない。
それどころか、
「シネ」
ードガッ
「ぐっ!」
無機質な言葉と共に悪霊に殴られた朱里が吹っ飛ぶ。
ードッ
ーガッ
それは何度も何度も続いた。
それでもその度に朱里は戻ってくる。
「キエロヨ」
ーガッシャーン
ひときは酷い音を立てて朱里は吹っ飛んだ。
悪霊は朱里を見る様子もなく母娘の方にのそ、のそと歩き出す。
ーガシッ
「行かせるか…!!」
だが、それを這って来た朱里が悪霊の足を掴み止める。
「もう止めるぽこ!!」
マロンはあまりにも非力な自分に嘆くことしか出来ない。
マロンは朱里と違い直毘の子では無いので、少しでも触れれば死んでしまう。
「ぐァッ…!」
悪霊は足にしがみつく朱里を勢いよく蹴りあげた。
酷い音と共に朱里はマロンの方に飛んで来て、落下すると転げた。
「し、死んじゃうぽこ…」
ーぺろ
泣きそうな顔でマロンは自分の足元まで転げてきた朱里の傷を癒すように舐めた。
その時、
ーパァァアアア
『古ノ誓約ニヨリ、“力”ヲ転換 → 譲渡シマス』
朱里が光出した。
「あ゛…」
何かに気付いたマロンが気まずげな声を出すが遅い。
「間違えたぽこーーーーーーーー!!!!!!!」
マロンの叫びに反応するように光が強く朱里を包み込む。
「なんじゃこりゃーーーーー!!!!!」
光の一部が朱里をスキャンするように首から足先まで下がれば、それに合わせるように朱里の服装が黒い袴装束に変わり出す。
「マロン!!なんだコレ!!!」
ーパァン、パァン
朱里の意識を無視して、次は肩、腕、脚と光が集中して弾ければ、赤い“袖”と呼ばれる肩の鎧、赤い“籠手”と呼ばれる腕の鎧、赤い“臑当”と呼ばれる脚の鎧に変化する。
「間違えてパートナー契約結んじゃったぽこぉ…」
「何それ!?やべぇの???!!」
ーシュウゥ…、パァン
その次は、腹と腰を背中から光が臍まで回ったと思うと、また弾ける。
そうすれば、胸下から腰下を守る前開きのやはり赤い“胴”となった。
「わ、分かんないぽこ…。前代未聞ぽこ…!」
「どうすんだよ!?」
頭で光が弾ければ短かった朱里の髪が伸びて、最後に腰の方に光集まり弾けて赤い鞘に納まった黒い刀に変わる。
『火炎«カエン»見参!!』
足を広げ、身体を落とし、刀に手をかけて朱里の口は本人の意志とは関係なく口を開いた。
「ってなんだこれー!!!」
黒い袴装束に赤い鎧の一部がくっついている独特な服装に、赤い鞘の黒い刀、腰まで伸びた髪の毛はポニーテールになっている。
「キエロ」
「うおっ…って、ぎゃあっ!」
訳が分からないまま、朱里は悪霊の攻撃を避けようとして、軽く後ろに跳べ、そのまま3mは離れている後ろのビルの壁まで跳んでしまい驚きから、蛙が潰れたような声が出る。
「か、身体に不調はないぽこ!??」
「ねぇ!」
「なら、その刀で悪霊を斬るぽこ!
その刀には魔力が宿ってるはずぽこ!」
マロンの言葉に二ィっと笑った朱里は、勢いよく刀を鞘から抜き取る。
「了解!
待ってろ!化け物!!すぐに叩き斬ってやる!!」
威勢よく宣言した朱里は、そのままいつもよりも軽い身体で悪霊に向かって駆ける。
「シネバイイノニ」
「ヤだね!!」
ーズシャッ!
朱里は悪霊の伸ばしてき腕を切り、距離を詰める。
「イッケーー!!!」
ーズンっ
ひときは大きな音を立てて悪霊の胴体が切れる。
「まだぽこ!1番大きな口を縦に切らないと浄化出来ないぽこ!」
「うげっ!そういうねは先に言えよ!!」
胴体を切ったことで安心していた朱里は、マロンの言葉に慌てて後ろを向けば、胴体がすでに繋がった悪霊が、朱里に手を伸ばしていた。
「っ、あっぶねー!!!」
ードガシャン!
ギリギリで避けた朱里は、すぐ横にある腕が、薙ぎ払いに来たのを感じて、その力の流れに逆らわずに刀を置いて、もう一度腕を切ると、ぐっと悪霊のひときは大きな口を睨みつける。
「これで終わりだ!!!!」
ーズシャッ!!!
「ぎぃやぁぁぁああああああああぁぁあ!!!!!!!!」
勢い良く切られた口から悪霊の悲鳴が漏れる。
ジュウジュウと酷い音と焼け焦げる臭いを撒き散らしながら、悪霊はしゅるしゅると縮んでいく。
「う゛っ…!」
その酷い臭いに朱里も鼻を塞ぐ。
そして、しゅるしゅると縮んだ悪霊がプチッと消える。
「アリガトウ…」
悪霊が消える瞬間、聴き逃しそうなほど小さな声が聞こえると、ふっと空気が軽くなり、悪臭を打ち消すように爽やかな香りが一面に充満した。
「終わったのか…」
「ッッッ!!!!
助かったぽこぉぉぉお!!!」
その終焉に息を切らしながらも確認するようにキョロキョロと周りを見渡す朱里と少し離れた場所で、マロンは、その勝利にぼろぼろと目から大粒の涙を流して泣いた。
最近では、浄化部隊が追いつかず、悪霊に見つかったら一貫の終わりだと覚悟していただけに、安堵感が涙へと変わる。
「もう大丈夫だ!
悪者は俺が倒したからな!」
元の学生服に戻った朱里は、母娘の元に向かい少女の頭を撫でた。
「ありがとう…!ヒーローのお兄ちゃん!」
わんわんと泣く少女に戸惑いつつも朱里は、マロンと一緒に母娘を家に送って別れた。
「つーか、俺ってどうなったの??」
「マロンのパートナーになったぽこ…」
朱里は、自分の家へと帰る途中、隣をぽてぽて歩くマロンに聞けば、バツ悪げにマロンがそう言った。
「マジで!?」
「これからも一緒に戦ってくれるぽこ…?」
ピタリと立ち止まって不安げに見上げてくるマロンに朱里はニカッと笑う。
「当然だろ!
俺はヒーローだからな!」
朱里の言葉に安心したように、嬉しそうにマロンは笑った。
「そういえば、探してたパートナーはいいのか?」
「う゛…、それはまた別の子に行ってもらうぽこ…」
「ふーん、なら安心だな!」
マロンは、心の中で謝る。
本来自分が担当する予定だったパートナー、ーーーーに。
「そういや、自己紹介まだだったな!
俺は、夏賀朱里!よろしくな!」
「って、本人ぽこ!!」
「え?」
朱里の名前を聞いた瞬間、勢い良くマロンは突っ込んでいた。
そう、マロンの担当する予定だったパートナーの名前はーー。
「マロンの担当パートナーの名前は夏賀朱里ぽこ!!」
「俺かよ!!!!」
こうして、1人と1匹の戦いが始まるかな………???
こんな長編を書きたいなーっていうプロトタイプ。
もっと設定詰めて書き直します!