機関の接触
「まあまあまあまあ、少し落ち着きなって」
「これが落ち着いていられますか!異世界!?ここが!?ありえないいいいいいい!!」
そうだよな、いきなり異世界なんて飛ばされたら普通はこういう反応するんだよな。アニメの見過ぎで感覚が麻痺してたわ、大抵みんな受け入れるの速すぎだし、なんならめっちゃ喜んでるもん。
「いや、ほんとなんと言ったらいいものか.....ごめん?」
「いえ、そんな、謝らなくてもよろしいのですけど!ちょっと、いえだいぶ驚いただけで、結局召喚していただけなかったらゴブリンに殺されていたのは事実でしょうし!.....
そう、ですね、考えてみればあの世界にいても良いことなんて、ありませんでしたし.....冷静に考えたら、これは神の救済なのかも知れませんね」
何か訳アリなのだろうか。とりあえず落ち着いてくれたみたいなのは良かったが。
「一応聞いておくけども帰りかたとかは分からないんだよね?」
「ええ、そもそも召喚術というのは呼び出すだけの一方通行ですから。こちらからあちらへ、というのはまた全く違う術式が必要になると思います。ちなみに私はそんな術式は存じ上げませんし、もし知っていたとしても.....使えませんので。お役に立てずすみません」
「いやいや、メルメリゼが謝ることじゃないから」
ということは現状この子は俺が保護してあげないといけないということだな!エルフとひとつ屋根の下で暮らす!?
「とはいえ、とりあえずは.....何すればいいんだ?」
異世界モノの作品はよく見ているのだが、いざ当事者になってみると何が必要なのかよく分からなかった。異世界召喚される方じゃなくて召喚した方だし。冒険者ギルドに登録?ハローワークぐらいしか無いぞ。それにそもそも身分証とか無いしもっというと戸籍が無い。大体異世界ものなんていうのは大体が中世っぽい世界観だから成立してるのであって現代ニッポンに来ちゃった日にはハードモードなんじゃないのか?
などと思案していたら、
ぐるるるるぅ~!
と、謎の音が聞こえた。なんだ?獣の唸り声のようでもあったぞ。と周囲を警戒してみると、メルメリゼが顔を真っ赤にしていた。
なるほど、エルフもお腹の音は恥ずかしいんだね。ひとつ学んだよ。
「よし、まずはお昼を食べよう!メルメリゼ、ここじゃ狭いしリビングに行こう」
俺はマンションの一室に一人暮らしをしている。幼い頃から両親は仕事で海外を飛び回っており、中学までは叔母さんが俺の面倒を見てくれていた。決して悪い関係性では無かったものの、どうしても負い目を感じてしまい、高校に上がるタイミングで一人暮らしを申し出た。高校生の一人暮らしでいきなりマンションに住めているのは、ひとえにこのマンションが両親の持ち家だからであった。
「それじゃあ何か作っちゃおうと思うんだが、食べられないものとか.....って言っても未知の食材だらけになっちゃうよなあ。とりあえずちゃちゃっと炒飯でも作ろうかね。なあメルメリゼ、宗教上の理由でお肉は食べられないとかあるか?」
「いえ、そういうのはございませんが、お食事までいただいてしまってもよろしいのですか?」
「大したもん作る訳じゃないからな、まあ遠慮するな、いつも一人で食べてるから誰かと一緒に食べられるとこっちも嬉しい」
「誰かと、一緒に.....はい、そういうことでしたら遠慮なく!」
熱したフライパンに油をひいて刻んだ長ネギを入れて炒める。ネギがいい具合にしんなりしてきたところで油を加え、って作り方を紹介したってしょうがないか。
「お待たせしました、シェフの気まぐれ炒飯です」
ちなみに気まぐれ要素は冷蔵庫で余らせていたカニかまだ。
「まあ!こんなお料理見たことありませんが、なんとも食欲をそそる香りでございます~!」
しかしまあ、エルフと炒飯って似合わないな。
「俺マジで料理得意な訳でもなんでもないからね、あんまり期待しないで食べてもらえると嬉しいんだけど」
「もう待ちきれません、いただきます!.....美味しい!美味しゅうございます!こんなに美味しいお料理は初めてでございます!」
「えっそんなに?」
そこまで感動されると嬉しいを通り越して動揺してしまう。俺はそんな料理上手いわけでも無いし。もしかしてエルフの世界の料理ってクソ不味いのだろうか。
「おかわりもあるからな、遠慮しないで食ってくれ」
「好きなだけ食べられるなんて贅沢過ぎます.....!良かった、私、生きてて良かったです.....!」
メルメリゼは結局2回おかわりしたところで満腹になったようだ。
「ごちそうさまでした」
その後はひとまず家の中の案内をしたり家具や家電の使い方を説明したりした。
彼女の元いた世界では魔法というものが広く一般に普及しているらしく、代わりに科学という分野はさっぱり発展していないようだった。
メルメリゼにとっては見るもの全てが新鮮なようで、冷蔵庫からドライヤーに掃除機に電子レンジにと驚かないものが無い。中でもテレビやスマホに関しては向こうの世界にそれに該当するような物が無いらしく軽くパニック状態だった。
なんだかこうしてみると異世界に来た人というよりはタイムスリップしてきた人って感じがするな。
色々と説明しているとあっという間に夜になってしまったので夜ご飯、買い物にも行く時間が無かったのでピザの宅配を頼むことにした。美味しそうにピザを頬張るメルメリゼ。うん、エルフとピザもやっぱり似合わなかった。
夜ご飯も食べたし次はお風呂にでも入ろうかなと思っていたその時、玄関のチャイムが鳴った。
「こんな時間に一体誰だろう。メルメリゼはちょっと待っててね」
インターホンを覗いてみると、そこにはスーツ姿のなんとも辛気くさそうな男が立っていた。
「夜分遅くにすみません、警察の者です。上の階で事件がありまして少しお話聞かせていただいてもよろしいでしょうか」
警察.....?いまこの状況でメルメリゼが見つかるのはまずい気がする。重度のオタクでも無い限りはメルメリゼの姿を見ても一発でエルフだとは思わないだろうが、桃色の髪に白銀の瞳、そしてなんと言っても長い耳は流石に一般の常識からはかけ離れた存在だろう。もし仮にごまかせたとしても彼女には身分を証明出来るものは無いのだ。警察からしたら誘拐や監禁を疑う可能性も高いだろう。
かといって、上の階で事件が起きているというのなら無関係とはいかないだろう。
「メルメリゼはとりあえず俺の部屋に隠れておいてくれ、見られるとまずい」
とりあえず玄関口でさっと話をして帰ってもらおう。
「はい、どうぞ」
そういってドアを開けた瞬間、扉をガッと掴まれた。
「っ!?」
「あー...一つ、警察を名乗るものが来てもすぐに信用しないことだ。まずは警察手帳を見せて貰え。で、その警察手帳も偽物かもしれないから信用するな。警察署に電話して真偽を確かめたら、念のため内鍵をしてから静かに扉を開くんだ。今の犯罪者は用意周到だからな、用心した方がいい」
俺はあまりの出来事に何も反応できなかった。
「あー...驚かせてしまってすまない。こう見えて俺は怪しい者では無いんだ。この状況で信じてもらえるとは思っていないがな。とはいえ俺の身分や目的を最初に話してしまうとそれはそれで警戒されてしまう畏れがあったのでな、警察の振りをさせて貰ったわけだ。とりあえず、お邪魔するぞ」
そう言って男は家の中へと踏み込んで行った。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。いきなりなんだって言うんだ!第一、不法侵入だぞ!」
「あー...そこについては心配しなくてもいい、多少の越権行為は認められているからな」
別にお前の心配なんてした訳じゃないんだが。
「ところで、質問をさせて欲しいのだが、今日の昼頃何かこの家で異変は起きなかったか?おかしなこと、不可解なことだ」
.....異変といえば間違いなくメルメリゼが異世界から召喚された事だろう。
一体この男は何者だ、どこから嗅ぎ付けて来た?この男の正体も、何が目的なのかも分からないこの状況でメルメリゼの存在を教えるのは危険が過ぎるだろう。
「いやあ、特に変わったことはありませんでしたね」
「嘘が下手だな。先刻までは俺への警戒心が剥き出しといった口調だったのに、今のは怪しまれないようにと極めて平静な口調になりすぎていた」
どうやらこの男相手に小手先の小細工は通用しないようだ。
「つまり隠しておきたい物がある、という訳だな。まあ、君に聞かなくても自力で探す手段はあるのだが」
そう言うと男は懐からスマートフォンのような端末を取り出して、まるでラジオの電波が入る場所を探すかのように当たりを歩き始めた。
「こっちだな」
男は迷いなく俺の部屋へ向かって歩み始める。
「待て!」
「待たない。あー...この部屋だな」
躊躇なく俺の部屋を開けられてしまった。
「えっ!?あ、あの、どちらさまですか?」
男は何も言わず端末をメルメリゼに向けた。
「どうやら、この子が原因...ということで間違いないらしいな。
君は何者で、君の目的はなんだ?素直に答えてくれるとありがたい。あー...あまり手荒な真似はしたくないのでな」
「わ、私は」
俺は素直に答えようとするメルメリゼを制して
「人に訊ねる時はまず自分からじゃないか?」
「あー...その通りだな。相手が人間なら話し合いで解決できるかもしれないし」
腰を据えて話がしたいというので一旦リビングに戻った。
「あー...まだ名乗っていなかったな。俺の名は 上杉 浄火 という。上杉といっても謙信公とは何の関係も無いらしいんだがな」
俺たちもとりあえず名前だけは名乗っておくことにした。
「俺は倉宮 佑です。この子はメルメリゼといいます」
何かしらの訳知りで俺の部屋に来たようだが、まだ一応メルメリゼがエルフだということは隠しておくことにした。耳長いから隠せてないかも知れないが。
「それで上杉さん、今日は一体どんなご用件ですか?」
「あー...詳しくは言えないが俺はとある機関のものだ。機関の主な任務は国家の防衛、並びに治安維持。通常のテロや災害とは違った、警察や自衛隊の武装では対処できない案件を解決するために存在する機関だ」
詳しくは言えないと言うわりには結構しゃべってる気がする。
「俺達は別に国家に仇なそうだなんて大層なことは考えて無いですよ?」
「まあ、そこの真偽は後で詳しく聞くとして、俺がここに来たのは偏にこの辺りで異常を検出したからだ」
「異常?」
「あー...機関には特集な観測システムがあって世界中を観測していてな。各地域ごとに温度や湿度、音や空気中の成分等の数値を登録してある。そんで、その数値から外れた異常な数値を検出した場合は事件性が高いとして確認と鎮圧に向かうのだが」
「まさか、この部屋から異常な数値が?」
まさかも何も異世界召喚なんて現象は常識では考えられない異常事態だ、おかしな数値が出てもおかしくはない。だが、帰って来た答えは予想とは少し違っていた。
「いや.....異常な数値が出たわけじゃない、正確には数値は出なかった。より正確にいうなら観測不能になったんだ」
「観測不能.....?それって結局異常な数値が出たっていうのと変わらないんじゃないのか」
「全然違うさ、異常な数値が出た、というのはつまり異常が起きているということを正常に観測出来ている、ということだ。対して今回の場合は観測不能。全ての数値がどう変動しているかも不明、何が原因なのか、何が起きているのか、何が起ころうとしているのか、全てが未知の状態ということだ」
分かったような分からないような。どっちにしろ原因を究明しに来たということでいいのだろう。
「あー...という訳で、君たちに疚しいことが無いのなら今日あった出来事を正確に話してもらいたいのだが。というか素直に答えてくれなかったら最悪拷問するはめになってしまうから出来れば自分から話して貰えると助かる」
拒否権は無いという訳か。どちらにせよ悪いことはしていないのだし素直に顛末を話すことにした。
「なんというか、信じてもらえるか分からないけど今から話すことは全て真実だから信じてもらうほか無いんだけど、俺の右手が魔方陣で、この娘は俺が魔方陣で異世界から召喚したエルフなんだ」
「改めまして、エルフのメルメリゼと申します」
メルメリゼが礼儀正しく頭を下げる。
余りにざっくりとした説明になってしまったが果たして信じて貰えただろうか。いや、信じてもらえなくてもこれが真実なのだからどうしようもないのだが。
「あー........召喚、つまりは魔法のようなものか?エルフというのは神話や伝承に出てくる精霊のようなものだったか。それに異世界からの来訪者とは.....なるほど、確かに突拍子も無い話だが、むしろそれ故に観測システムのエラーにも説明が付いてしまうか」
どうやら意外と頭の柔らかい人で助かった。
「ひとまず君の言い分を信じるとして、召喚の目的は何だ?」
「いや、召喚しようと思って召喚した訳じゃないんだ。たまたま偶発的にというか。俺も突然の出来事にまだ驚いているところなんだ」
「ええ、私も突然召喚されて驚いているところでございます」
「あー...偶然か。ハァ、だとすると嫌な展開になるかもしれないな」
なにやら少し思案すると思えばため息をつき始めた。原因は特定できたものの上司になんと報告するか迷っているとかだろうか。
「あの、という訳で、エラーの原因は異世界召喚しちゃったことだと思うんですが、俺達は人様に迷惑をかけるようなことは決して致しませんので見逃していただけませんか?」
「あー...それはできないな」
「できないと言うと?」
「まず根本の間違いを正そう。君はエラーの原因が異世界召喚だと思っているようだがそれは間違いだ」
「え、でも他に異常な現象なんて無かったはずですけど」
「いいか、観測システムのエラーが起きたのは昼頃、より正確には12時47分26秒だ。そしてその時点から現在時刻に至るまでシステムのエラーは起き続けている。」
俺はてっきり魔方陣による異世界召喚、その事が原因だと思っていた。しかし、違ったのだ。あるじゃ無いかもう一つ、常識ではあり得ないような超常が!
「そう、エラーの原因はエルフの少女、その存在だ」