もしも、ドッジボールで頭にしか当たらない魔法をかけられたら
とある小学校の校庭で、子どもたちがボールを投げ合っていた。ドッジボールである。
子どもたちは、じょうろで土の上にコートを書いて遊んでいた。水で書かれた黒い線が消えかかってきた頃、また、生徒がざわつき始めた。
「基頼ぃ! お前またそれかよ!」
そう、片方のコートに残っていたのは白いパーカーを着ていた基頼くんただ一人だった。飛び交うボールの中、彼がなぜ一人で残り得たのか。
交わすのが上手かったのか、はたまた、影が薄くて最後まで残ったのか。残念ながら、どれも違った。じゃあ、なぜか。それは――
「お前らが、頭ばっか狙うのが悪いんだろ!」
と、基頼は言った。そう、彼は飛んでくるボールのすべてを、頭で受けていたのである。
ドッジボール――それは、互いにボールを投げ合い、内野のコートにいる人間を、外野に追いだすゲームである。
内野にいる人間は、常にボールに当たる恐怖に晒され、外野にいる人間は、再び内野に生き返るチャンスを狙って思い切り投げる。また、両チームの内野同士でも、命懸けでボールを投げ合い、時に交わし、時にキャッチする。まさに生か死か。生きるか死ぬかのデスマッチだ。
だが、無慈悲に見えるこのデスマッチにも、一つだけ参加者に温情を与えるルールがあった。それは、
“頭に当たった場合、セーフである”
基頼が上手く生き残っていたのはこのルールのおかげだった。
最初はきっと、わざと頭を狙わないようにするために作ったのだろう。しかし、基頼はこれを逆手に取った。このあどけなさの残る、如何にも小学生らしいルールを、基頼は、狡猾なその頭で喰らったのである。
「いたっ、また頭に当たった。だからせーふぅ!」と、基頼は言った。ボールを投げた生徒は、苛立ちから地団駄を踏む。
「くそっ、なんでまた頭に当たるんだよぉ……」
無論、ボールを投げた生徒は、頭を狙ったわけではなかった。むしろ、基頼が“ズル”していると分かると、足に向かって投げるようにしていた。
しかし、何回投げてもボールは足に向かわなかった。ボールは、逆放物線と呼ぼうか――不自然な軌道を描いて、ボールが上昇するのである。そうして、ボールは吸い込まれるように基頼の頭に当たる。
「なんで、なんで頭にばっかり飛んでいくんだよ……」と、生徒は嘆いた。基頼は考えていた。これはいける、いけるぞ……。あの魔法のおかげで、ようやくドッジボールに勝てる。あの魔法のおかげで――
あれは、少し前の、下校途中のことだった。基頼は、ため息をついていた。
「くっそ……、今日もバカにされた。あいつら、マジで強く投げるんだもんなぁ」
と、ブツブツと文句を言っていると、向こうから魔女が――というのも、魔女としか呼べないような黒いマントを被っていた女が――突然、話しかけてきた。
基頼は魔女のしわがれた声を訝しげに聞いたところ、どうやらドッジボールに勝たせてやるというのだ。基頼は喜んだ。天からの恵みのように思えた。だから、基頼はその方法を聞かずに了承した。すると、突然魔女は持っていた杖を振りかざした。
基頼は、光に包まれた。眩しくて目を閉じたが、しばらくしてまぶたを開けると、そこに魔女はいなかった。
基頼は最初半信半疑だった。ボールを投げてみても、腕力は変わっていないようだった。反復横飛びをしてみても、運動神経が良くなっているようにも思われない。基頼は不審に思った。――そうして、基頼は魔女に出会ったことをすっかり忘れてしまった。
しかし今、ドッジボールをしてみて、基頼は魔女の魔法を実感するに至ったのである。自分に向かってくるボールのすべてが、僕の頭に当たる。ボールが頭に当たる限り、僕は絶対に外野に出ることはないのだ。
基頼はちらと時計を見た。昼休み終了まで、後五分である。後少しだ。後少し粘れば、僕は死なずにゲームが終わる。
何より、あいつらのスタミナはそろそろ切れてきた頃だろう。ゲーム開始時はあんなに息まいて、派手なアクションで投げていたあいつらも、今は、僕のチームの外野が投げたボールを取りこぼし始めている。このまま行けば、こちらのチームの内野があいつらの人数を上回ってチャイムが鳴る。そうすれば、僕たちの――俺の勝ちだ。
「くそ、くそ、くそ!!」と、相手チームの少年が叫んだ。もしこの場に大人が一人でもいたら、基頼へ向かうボールの軌道がおかしいことを喝破できただろう。だが、小学生の頭では無理だった。彼らは自分の力を疑わずに投げるしかなかった。しかし、基頼セーフ、基頼セーフ、基頼セーフ……。
「ふははははは! お前らノーコンかよ! 悔しかったら顔以外に当ててみやがれ」と、基頼は叫んだ。
「うるせえ、お前、ずりーんだよ!」
「何が?」
「何がって、そりゃ、顔ばっかこっち向けんじゃねえよ!」
基頼は、負け惜しみすんな、と笑った。依然として、ボールは基頼の頭を直撃した。その度に、基頼はせーふぅと叫ぶ。うはははははと、高らかに笑った。
残り二分――。基頼のチームの内野は既に五人いた。一方で相手チームは三人。基頼は、既に勝利を確信していた。俺の勝ちだ。雑魚め。そう思った――その時。
彼は、ふっと眩暈を感じた。校庭の土がぐらつく。なんだ、一体どうしたというんだ。基頼はぎりぎりのところで踏ん張った。だが、基頼の顔を見たチームメイトは目を丸くしていた。その顔に、恐怖の感情が見える。
「あ、どうしたんだ」と、基頼はチームメイトに聞いた。チームメイトは明らかに動揺していた。あ……あ……と、どもりながら、しかし、ゆっくりと、諭すように言った。
「お、落ち着いて聞いてくれ……。基頼、顔が……真っ赤に風船みたいに……」
「え? 顔?」と、基頼は嫌な予感がして、顔に両手をやった。
その感触は、普段授業に退屈して頬杖をつくときに触れる感覚とは違った。ない。ないのである。あるはずの、感触がない。そうそれはちょうど、先日歯医者で虫歯を治すのに麻酔をうった後のような……。
直後に、急に痛みが走った。顔面全体を駆け巡る痛みを感じた。今まで感じてこなかった付けでも払うかのように、顔中が痛む。張り裂けそうだ。
「基頼ぃ、お前だけは死んでくれ!」と、相手チームの少年は言った。もはや勝ち負けなど関係ないと言った顔だった。基頼を、基頼を外野に出せばそれだけでせいせいするのだろう。少年は力いっぱいボールを投げる。
「死ね! 死ね! 死ね!」と、少年は叫んだ。やはり、投げたボールの全てが基頼の腫れ上がった顔に当たる。その度に、基頼は呻いた。発狂した。号泣した。しかし、ボールの勢いが止まることはない。
基頼は精いっぱいボールを避けた。しかし、ボールは吸い込まれるように顔面に当たった。基頼は膝をついた。既に息が切れていた。だが、相手チームの少年たちはボールを投げた。
バタン……。
とうとう、基頼は倒れた。仰向けに。力なく。手のひらはすっかり開いていた。
少年は、ボールを投げた。既にスタミナが切れていた彼の腕から放たれたボールは、ゆっくりと、ゆっくりと大きな弧を描いて飛んでいった。もはや彼らに、基頼を外野に送る意図はなかった。だが、ボールは、ちょうど排水溝にゴミが吸い込まれていくように、基頼の顔面に当たった。
お昼休みが終わるチャイムが鳴った。基頼のチームは、勝利した。
短篇小説をまとめる方法が分かりませんでした。
一応地続きではないので、このような形で投稿しました。
他にいい方法があれば、教えていただきたく存じます。
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