金目、満月、琥珀色
『金目』
ごろごろと喉を鳴らす獣に笑みを溢す。
手のひらに触れる温もりは愛しいもので、荒んだ心も少しは癒されていく。
獣の姿を見詰めていると目が合う。どうしたのと見た目にそぐわぬ柔らかい声に問われた。首を振る。少し疲れていただけだ、という一言を口にする。
ぺろ、と頬を舐められる。この獣はこうして、親愛の情を表現する。
獣の金目は優しさの色。なついた相手にいつも向けられる。
『蜂蜜』
こんなの酷いよ、と獣は考えた。
獣は悲しげに目を細め、いつものように頬を舐める。癒したかった。慰めたかった。
獣は自分の体を冷えた体に寄せた。温める。心に触れられなくても、獣は体くらいは温めてやりたかった。
濡れた頭を体で拭いてやる。
悔しい、という小さな声が聞こえて、獣は表情を伺う。
どうしてか泣いていた。可哀想に。
獣は瞳を潤ませた。獣にも涙を流すだけの心があった。
蜂蜜色は涙の瞳。ぐるぐる回った感情が、優しい心を引き裂いていく。
『満月』
痛む体を引きずって、獣は道を歩いていた。
水面に光が反射する。
獣は素直すぎたらしい。獣はあまりに優しすぎたらしい。獣はけれど、後悔を知らない。
獣はいつものように優しく頬を舐めてやりたいと思う。それと同時に、今はできないとも考える。
寂しかった獣は一人、影に隠れる。
獣を大事にしていた人は、獣のことを捨ててしまった。獣は一人ぼっちになってしまう。
大好きだった満月を嫌いになる。獣の瞳と同じ色は、綺麗すぎて近寄りがたい。
『橙の炎』
ぱちりぱちりと火の粉が弾ける。
思い出が焼けていく。
獣は一人になりたくなかった。獣は優しいままでいたかった。だから獣は逃げなかった。温かいよりも熱い炎に、獣の心も溶けていく。
獣は嬉しいと思っていた。獣は自分を大事にしてくれた、寂しがり屋の人との思い出を守っていた。
獣は捨てられてしまっていた。それでも思い出は守りたかった。
ぎゅ、と思い出を抱き締める。
獣の瞳が橙色に染まる。金色が溶け出して、消えていく。
『琥珀色』
手のひらで、冷たい冷たい色に触れる。
獣はずっと眠っている。獣を忘れられなかったその人は、今もずっと後悔している。
獣に怒られたいと思った。獣に謝りたいと思った。
優しい優しい獣に、その人はずっと甘えていた。自分の孤独を理由に、獣の心を離さなかった。
なのにその人は、身勝手で獣を傷付けた。獣は自分が、捨てられたのだと思ってしまった。
獣はいなくなっても良かった。獣はその人を捨ててしまえば良かった。けれど獣には、それができなかった。獣は傷付けたその人のために、思い出を抱き抱えた。
ごめん、とその人は伝えたかった。獣の目を、もう一度見詰めたかった。
優しさが脳裏を過る。
獣の瞳は琥珀色。星より遠いその色は、柔らかいまま消えてしまう。
『夕焼け、小焼け』
西陽が差す。
獣が眠っている間に、その人は大人になっていた。それでもその人は身勝手に願う。
獣の心をもう一度確かめたい、獣の声をもう一度聞きたい、獣に愛されたい、と。
その人は寂しがり屋のままだった。大人になれたのは体だけ。心はあの頃から、大して成長できていなかった。
獣の名前を、呼ぶ。
獣の声はもう遠く薄れてしまった。獣の瞳はもう遠く揺れてしまった。
獣はまだ、眠ったまま。
そろりと撫でる。体温を感じられない。
その人の心に獣は居座っている。獣が望んだわけではなかったのに、その人は獣を忘れられない。
これを"恋"と呼ぶのだろうか。
「……おやすみ。俺を唯一愛した人」
おはようと告げられたらどんなに幸せなことだろうか。大丈夫と告げられたらどんなに救われるだろうか。
それを身に染みて知る、二人の後悔。