一球入魂
2008年 プロ野球の春のキャンプ そこであなたに初めて会った。野球には全く興味はなかったが、偶然行った宮崎でのキャンプで。練習のグラウンドを変える途中の10人程の投手陣をめがけて、ファンが一斉に駆け寄った。野球少年や若い男女、年配の方まで、たくさんのファンに囲まれもみくちゃにされながらも、快くサインをし、写真を撮らせてあげていた。
他のピッチャー達はスタスタと次の練習場へ移動する中、あなただけは一組の親子連れに声を掛けられていた。車椅子に乗った二十歳くらいの男性と、その母親と思われる婦人である。その婦人はあなたに、車椅子に乗った自分の息子と写真を撮って欲しいと伝えていた。その時のあなたの行動を、今でも忘れる事が出来ない。あなたは車椅子の男性の横に立つのではなく、そっと彼を抱き抱え、呆気に取られている婦人に向かって笑顔でポーズをとった。婦人は突然のあなたの行動にあたふたしながら、震える手でシャッターを押し、感激のあまり涙を見せながらお礼を言っていた。けれども、あなたは普通の事を普通にしただけという感じで、「いえ」とだけ言い残し、次の練習場へ移動していた。
その時、あなたが寡黙で硬派な上、熱いハートを持ったアスリートだと分かった。そしてその後、沢村賞も獲得している、球界屈指のサウスポーだと報道で知らされたのだった。
あなたの素晴らしい点は、粘り強く、負けない試合を作る所だ。ピッチングスタイルは一球入魂。見る人の心に沁みる投球をする。そしてテレビの画面を通しても分かる、勝ちへの執念。そんなあなたの熱い気持ちの入った一球ごとに魅せられ、夢を与えられ、毎試合感動すら覚える。野球というスポーツから、人はこんなに感動できるものだろうか?野球選手の中では小柄であるあなたの投球に、どんなバッターも空を切る。そんな奪三振王のあなたのピッチングには、武士の佇まいを感じる。怒りや激しさ、そしてコントロール抜群の繊細さ…。
2011年末、あなたは人生を変える大きな決断をした。新たな地での戦いを選んだのだ。自分の決めた道を真っ直ぐに進むあなたを、もっと応援したいと思うようになった。
20代の数年を海外で過ごした私が、あなたという武士のような野球選手を知ったから、日本人である事をありがたいと思ったし、同じ世代に生まれ、応援でき、心から感謝している。