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ご。

 夜10時30分から15分ほど電話をかけるのが最近の習慣。


「――――うん、それじゃ、勉強頑張ってね」


 彼女の声がこの耳を通る優しい時間はすぐに終わってしまう。


「はぁ……」


 電話を切れば、すぐに漏れ出る溜息。こらえ性の無いことだと思うが仕方ない。

 俺の愛しい人は、もうすぐテスト。だからしばらく会うのを我慢している。一日一回、決まった時間にだけ電話して、負担にならないように少しだけ話して終わる。

 ぐったりとソファに背を預けて天井を見上げ、思いをはせる。


 


 ――――――神よ。

 俺と彼女を再び巡り合わせる許しをくれた偉大なる神よ。あなたのおかげで俺は幸福を噛みしめている。

 ……けれど、ひとつだけ――――ひとつだけ不満があるとすれば、もう少し詳細に教えて欲しかった。

 次に転生する世界がどのような場所なのかを。



「……絶対に年上になる条件なんて、つけるんじゃなかった……!」



 無知とは、罪だ。

 無知な上に強欲だった自分には溜息しか出ない。

 知らなかったのだ。こんな世界。高度な文明。ある程度の秩序と平和。当たり前のように甘受できる教育と庇護。これらを想像することなど、あのときの自分には到底できなかった。


 たとえば、学校。

 確かに前世でも似たようなものはあった。けれどそれは一部の限られた人間だけに門戸が開かれるものであって、この国のように、ほとんど大多数の子どもが通う権利を有するものではなかった。



 身体を起こし、組んだ両手に顎を乗せ唸った。眉間にぐっと力が入る。



「……同級生……、いや、先輩後輩の関係も捨てがたい……!」



 同じクラスに彼女がいる? 何そのご褒美。制服姿の彼女を毎日近くで見られるの?

 授業中とか、ちょっと眠そうにしている姿を盗み見たり? お弁当一緒に食べたり? 体育祭とか文化祭とかを二人で楽しんだり?


 先輩とか呼ばれるだって良い。あの可愛い声で、「城崎……先輩」とか、きっと内心恥ずかしいだろうにそれを押し隠して呼んでくれるとか、想像するだけでキュンとくる……!

 


 こうして考えてみると、なんと学校関係イベントの多いことだろう……。

 夏休みに冬休みに春休み。基本休みが多いよね、学生って。長い休みにはデートし放題。大人数で泊りがけのキャンプとかも良いね。修学旅行なんて最高じゃないか。グループからはぐれたふりをして落ち合うね!

 勿論最初から最後までふたりっきりが一番いいけど、そんなの結婚すれば思いっきり満喫できる。むしろ、級友たちの前だからこそ照れたり焦ったりする彼女が見てみたい。


 一緒に学校に行って、お弁当食べて、帰りにはカラオケとか、買い食いとかして、雨が降ったらひとつの傘を差して、雪が降ったら手を繋いで温めて、今回みたいなテスト前には一緒に勉強したり……。

 制服デートに、図書館でのお勉強デート、はっ!保健室でちょっといちゃついたりとか……!?


 あああ……! 絶対に楽しい!!


 それに比べ、自分の学生時代は灰色だった。

 思春期に入ると女子の目がギラギラしてきたので、ひたすら男子とつるんでいた。少しでも隙を見せたらまずいと本能が警告してきた。魔女殿以外とそういう関係になるなんて考えただけで吐き気がして、必死に回避しまくった。


 もしも彼女と一緒に青春時代を過ごせていたらと夢想するだけで一気にテンションが上がる。そして、そうなることは無いのだという現実に急降下する。


 

 なぜ、絶対に年上になりたいだなんて条件をつけたのか。

 

 それは、いつでも、どんな世界であっても、どのような過酷な状況下であろうとも、いずれ出会うであろう彼女に何不自由させることのない基盤を先につくっておきたかったからだ。

 安全で、心休まる場所を差し出したかった。捧げたかった。


 そのためならば、どれほど泥にまみれても、血に染まっても構わないと覚悟していた。

 ――――それをあのひとにだけは知られたくはないが。知ればきっと、嘆くだろうから。


 …………まぁ、本音を言えば、オトナの包容力というものに憧れていたというところもあったけれど。

 まさかそれが自分の首を絞めることになるとは……。



「はぁ……」


 目を閉じて手のひらで顔を覆った。


 割と平和な世界であったことはありがたい。

 どうしても越えられない身分の差があるわけでもなく、理不尽な権力者がいるわけでもない。魔獣に怯えることなく、明日も当然のようにこの平穏な日常が続いていくのだろうと、何の保証もないのに理由なく信じていける世界。

 前の世界でいうところの“英雄”など、とうに必要としていない世界。


 必要ならばこの手を血に染める心づもりだったが、その必要がないことに安堵する自分もいる。

 すべてを救えるわけではないし、すべてを救わなければならない理由もない。

 だからこそ、その必要のない世界で良かったとは、思う。

 



 彼女は、何も言わない。

 別の世界に、記憶を伴って転生したという現実を前にして、それを引き起こし、彼女に無体を強いて尚張り付く俺に対し、文句も言わない。

 ただ、仕方ないなぁって表情(かお)で笑うだけ。

 

 彼女に会うまで、自分のことは割と良い感じに成長できたと思っていた。

 

 けれど、再会して舞い上がって、とにかく手に入れたいと気持ちを押し付けて……。


 あのひとを、幸せにしたいと願ったのは本当。

 だけど結局、あのひとに甘えて、幸せなのは自分だけな気がする。





 ****




「優良の幸せはなんですか?」

「一日中ゴロゴロしたい……!テスト勉強から解放されたら平積みの本とゲームを消費してやるんだ……!」

「じゃあ俺の部屋を提供します。大型モニターの前に大きなクッションを敷き詰め、お茶もお菓子も手配しましょう」

「え?いや、さすがに家人を無視してゲームに熱中するのはちょっと気が引けるっていうか……。(正直落ち着かなさそう)」

「俺の部屋(テリトリー)に優良が存在するというだけで満たされます」

「(言い切ったよこの人!)」

「徐々に優良が過ごしやすい部屋を整えていきましょうね。外へ出たくなくなるような部屋へ……」

「もうちょい監禁願望(ホンネ)隠せ」



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