どうきゅうせい。
学校の有名人が増えた。
有名人といっても、勿論芸能人とかそういうのじゃない。
格好良いとか、可愛いとか、美人とか。サッカーができるとか、全国模試で成績良いとか。あとは…不良かどうかとかも入るかも。そんなふうに、一言で有名といっても色々あるのだが、一番最近校内を賑わせたのは、一年の女子だ。
どこにでもいるモブ顔だった同級生……上谷優良を、ある日とんでもないイケメンが迎えに来た。それを見た周囲は騒然とした。
俺はと言えば、そのイケメン具合より、どう見ても俺達よりも大分年上のその男相手に上谷が普通に食って掛かっていった方に驚いた。
その後、あれは上谷の彼氏か、それとも親戚かとかサッカー部の1年の間でちょっとだけ話題になったけど、すぐに部活に集中して忘れていた。
それが金曜のことだったと思い出したのは、週明け、登校してきた上谷を、一年女子のリーダー的グループが質問攻めにしていたからだ。
「もしかしてあれ彼氏ぃ~?」という切り出しには、『まさかそんなわけないよねぇ』という副音声が聞こえそうなくらい上から目線。それでいて、あの男の素性と伝手が欲しいという気持ちが透けて見える。
……普段から『あのグループ怖ぇ近づきたくねぇ』と思っている自分の気のせいかもしれないけど。あんな怖い女子共に囲まれて、気の毒に……と憐憫の情をもって俺はそれを自分の席から眺めていたのだが。
「うん。昨日彼氏になったんだよね」
さらりと言ってのけた上谷に、ちょっと驚く。
照れも委縮も後ろめたさもまったくない、ただ純然たる事実を口にしただけ。本当にそんな感じだった。
派手な女子に囲まれた状態で堂々と言ってのける上谷は、実はかなり図太いのかもしれないと俺は思った。
一瞬沈黙した女子たちが、「へーそんなんだぁ」と先ほどよりもちょっと低い声を出した。
「どこで知り合ったの?」
「学校帰り」
「えー、ナンパ?」
「声はかけられたかな」
「でもさぁ、すっごく遊んでそうじゃない? 上谷さん騙されてない?」
「そうそう、あたしら心配なんだよねぇ、ほら、上谷さんて真面目じゃん?」
遠回しに釣り合っていないと言いたいんだろうなぁ。軽い感じのトークでも、ねちねちした嫉妬が滲んでる。ほんと、女子のこういうの苦手。
「大丈夫。きちんとお互い前向きに付き合うことにしたから。心配してくれて、ありがとうね」
上谷はなんにも気にならないみたいで、朗らかに笑って言い切った。
それに呆気にとられた女子たちが、何か言い返そうとしたときにちょうどチャイムが鳴ったので、女子たちは解散していった。
そのあと、何回かおんなじようなことがあったけれど、上谷はさらっと切り抜けていた。
……だけど。
なんていうのかな、上谷からは、イケメンと付き合えることになった!という喜びっつーか、恋人ができて嬉しいっていうのが全然伝わってこないんだよな。
やっかまれるのが嫌で隠そうとしてたって、そういうのって滲み出るもんじゃないのかな。
上谷優良は、派手でもなく、かといって根暗な地味さもない。すごい可愛いわけじゃないし、ブスってわけじゃない。
男慣れしてない女子みたいに男に偏見持っている感じがするわけじゃなく、ちょっと普通に話しただけで自分に気があるのかもしれないと勘違いするような女子でもない。
変に身構えることも緊張することなく話しかけることのできる数少ないクラスメイトだ。
彼氏ができても全然浮かれてないとことか、派手女子とのやり取りとかを見る限り、上谷は普通より精神年齢が上なのかもしれない。
よく言えば落ち着いている。悪く言えば枯れているってやつ?
でもなぁ、俺だったら、カノジョになった子にはやっぱああいうときには、なんつぅの?
ちょっと恥ずかしそうに「……実は飯田クンと付き合うことになったんだ……」とか言ってほしい。口元に手を当てて、もう片方は制服の裾とかいじって、もじもじして……可愛い。文句なく可愛い。
妄想の中のカノジョは隣のクラスの舞花ちゃんだ。一年女子の中でも一、二を争うくらい可愛いと個人的に思っている。そう、舞花ちゃんならきっとそんな感じだ。間違っても、上谷みたいに堂々且つ淡々と、何の感慨もない報告なんかしないに決まっている。
その後、上谷がホストに貢いでいるとかいう噂が出て、指導室に呼ばれたりもしていたけど、しばらくするとそんな噂も消えていった。
たぶん、ホスト貢ぎと上谷を連想させるのが無理があることと、あまりにも本人が普段通りだったからだろうと勝手に思っている。大体、いくらなんでもホストが学校にまで押しかけるわけがない。たぶん。
まぁ、クラスメイトの幸せを願わない理由もない。あと、周りが不穏だと、部活に身が入らないし、上谷には勝手によろしくやってもらいたいもんだ。
最初に見かけた以来、上谷の彼氏が学校まで迎えに来ることはなかった。だから、それは本当に偶然。
「あ」
部活帰りにたまたま見かけた上谷と彼氏。車道を挟んで向かい側の歩道を歩いてくる。
「……なんだ、枯れてないじゃん」
彼氏と話をしながら歩く上谷の顔は、普段学校で友達と喋っているときのそれとは違った。すっげぇ幸せって感じ?が滲み出ている気がする。べたべたする感じじゃないし、手を握ってたりするわけでもない。ただ並んで歩いて時折会話しているだけ。でも、最近観察し続けたせいか、俺には上谷がだ普段よりずっと柔らかい顔をしているのがわかった。
この年で枯れてて大丈夫か?とか勝手に心配してたけど、全然そんなことないのな。彼氏と仲良さそうで何よりだ。あー俺も彼女欲しい。
「……っ」
なんとなく目で追っていたら、上谷の彼氏とばっちり目が合ってしまった。慌てて前を向いたけど、ずっと背中に視線が向けられているような気がして、途中で道を曲がる。
「……はー……、何あれ……うわ、変な汗かいた……」
なんだろう、チャラい見た目に反して、随分眼力のある彼氏だな……。
「……もしかして、昔ちょっとヤンチャだった御方とか……?」
うーん。暴走族とか不良とかに縁がないからなんともいえないけど……。そういうの漫画とかであるじゃん。格好良くて、過去不良で、慕ってくる手下とかいて……。
あれ、そんなのと上谷付き合ってて大丈夫か? ……いやいや、きっと今は更生しているに違いない。それなら問題ないじゃないか。そもそも、俺関係ないしね。
そうは思いつつ、昔の手下とかに後をつけさせて後でフルボッコにされても困るので、背後を気にしつつつ、かなり遠回りをして帰宅したのだった。
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「どうかしたの?」
「あなたを見つめる不届き者がいました。優良の学校の制服でしたから、校門で張り込めば特定は可能ですね」
「……特定してどうするの……」
「(にっこり)」
「微笑まれてもちっとも和まないしごまかされないからね?」
「……はい……(しょぼん)」
「(……捨てられた子犬の幻影が見える、だと……!?)」
「(どうやったら優良に叱られずに排除できるかなぁ)」