よん。
俺の愛しい彼女が、結婚前提にお付き合いすることを約束してくれた。
なんか呆れられていた気がするけど、言質をとったし大丈夫。
早く会いたいなぁ……。
俺には仕事があるし、彼女は学生だ。
そう。学生。
だから妊娠はまずいとわかっているけれど、この世界の避妊具って何あれ。
ゴムをつけると快楽が減少する。いや、それでも気持ちよかったけど…。
ナマの良さを覚えているからこその違和感。
前の世界は男用の飲み薬とかあったしなぁ……。
基本的に呪いのせいで子供ができなくなっていたから避妊要らずだったし。
「……結婚するまでの我慢だな」
多少は妥協しなくては。
ひどいことをした自覚はある。それでも最後には俺を許してくれる優しいひと……大好きだ。
前の世界では、“英雄”という足枷があった。
人々を守れ。
正しくあれ。
強くあれ。
優しくあれ。
模範であれ。
当時はなんとも思っていなかったそれらの、なんと堅苦しいことか。
それから解放された今。この手は、血にまみれることなどなんとも思っていない元英雄の手。いざとなれば、俺は躊躇いもせず血に染まることができるだろう。
――――――――――現実には、そうせずに済むように動くと思うけど。
あの永く呪われた日々でも失われなかった人としての有り様を、何より喜んでくれていたから。
だから、できる限り正しくありたいと望む。彼女がそれを喜んだ。理由などそれで十分すぎる。
俺を縛るものはただ一人。愛しい彼女だけ。
彼女だけが俺を諫め、俺を止められる。
同時に、彼女のたった一言で、俺は自分が抑えられなくなってしまう。自由を手にした心はまだ未熟で、彼女を失うかもしれないという衝撃への耐性がとてつもなく低い。
彼女が色々な事柄から判断して身を引こうとするかもしれないことなど、予想の範囲内だった。まぁ、実際に耳にした衝撃が強すぎて若干暴走してしまったのは想定外だけど。
俺はただ、彼女に思い知らせるだけでいい。
どれほどあなたを必要としているか。愛しているか。あなたじゃないと意味がないのか。
姿かたちが変わろうが、立場がどうであろうが、あなたを恋い慕い、あなたを得るためならばどんな努力も厭わない。
だからどうか、俺を愛して。
――――前世。
呪いが解けたことを純粋に喜んだあの頃。
けれどやがて来たあなたとの最期の別れのとき。
死にゆくあなたを看取り、墓を建てた。
喪失感に胸を焼かれ、老いた身体で日々を過ごし………恐怖した。
完全に、あなたを失った。
呪いという繋がりに縋っていた己に気づかされた。
生きるときも死ぬときも、ずっと一緒にいてくれたのに。
依存だと言われても仕方がないだろう。そろそろ解放するべきだといわれるだろう。何より、あのひとは望まないだろう。
俺が、普通の人として生き、死んでいけることをとても喜んでいたから。
それでも俺は願った。願って、しまった。
呪いでも何でもいいから。
どうか、どうか俺にあのひとをください。
独りよがりな俺の願い。
これだけ永い間彼女を独占しておいて、何を言うのだと叱られそうだ。
だけど、とても寒かったのだ。
彼女がいないというだけで、凍えそうだ。
世界のどこを探しても彼女がいない。
わかっているのに探してしまう。
彼女が好きだった椅子や、日向。赤い実のなる茂み。暖かい暖炉の前。スープをつくっていた台所。以前住んでいた町。村。神殿。朽ちてしまったかつての家をさ迷った。
死は誰の上にも平等に降り注ぎ、そうして、まっさらになって繰り返すのだろう。
だけど今更、どうしてあのぬくもりを忘れられるというのか。
きっとどんな姿で何になろうとも、彼女が傍にいないのならば、何も覚えていないまま、飢えて乾いて凍えるに決まっている。
だから、願った。
誰より真摯に願ったのだ。
その声を聞き入れられたことに何より感謝した。
代わりに、英雄と魔女の物語について公表させるという提案を受け入れたことについては、恥ずかしがり屋の彼女には一応内緒にしておこう。
まぁ、あの世界のその後なんて、知りようがないのだから別に良いよね。
「―――――あ、兄貴?俺。あのさ、いま真剣にお付き合している人がいるんだよね。だから見合い写真とか持ってこさせるの本気で止めて。うん?結婚は彼女が卒業してからかなぁ。うん。学生。いや、大学生じゃなくって高校生。ん?16歳だけど?」
とりあえず兄に結婚前提で交際する相手がいることを伝えたのだが、何故か家族会議に引っ張り出されることになるのはもう少し先の話。
周囲から、俺の彼女への愛情を異常だと判断されたりするけれど、ちゃんと結婚までこぎつけるまであと数年。