に。
その時は突然来た。
数日前から身体がそわそわしていたが、今日はその比ではない。居ても立っても居られない。もしやこれが、魔女殿と惹き合っている状態なのだろうか。
俺はあと数年で30だ。
女性が婚姻できるのは16歳からだから……下手したらロリコンとか言われてしまうのか。
ちょっと考えるが、すぐに些細なことだと断じる。「年下の魔女殿ってどんな感じかな?」という興味に返還された。
心の赴くままに、和やかな河川敷に脚を向ければ、前方に黒髪を束ねた近くの高校の制服を着た少女がいた。
少女を視界に入れた途端、どくどくと心臓が早鐘を打つ。
気配を殺してゆっくり近づけば、突然彼女が立ち止まり、ふんぞり返った。
「私のシュリスを上回る男なんぞいるわけないからな!」
――――シュリス。それは前世の俺の名。
……本当に?
あなたは、生まれ変わっても俺のことを想ってくれていたのですか?
ようやく見つけたという気持ちと、彼女が俺を最上の男だと認識してくれていたという現実に喜びしかない。
「…うれしい…」
感激のあまりに漏れ出た声に、大層驚いた表情のあなたが振り返った。目をまん丸にして、可愛い。
前世の魔女殿の面影があるわけではない。けれども、自分の胸がこの人だと確信している。
何故か逃げられそうになったので、咄嗟に腕を掴んだ。手から伝わるその感触に、頭が沸騰しそう。ああ、力加減を間違えてはいけない。だってこんなに柔らかだ。
「カナン。迎えに来ました。愛しています。俺の愛しい魔女殿。もう二度と離しません。ああ可愛い。本当に可愛い。真面目に可愛い」
「……………しゅりす?」
呆然としたその愛らしい唇から前世の名を呼ばれ、喜びに胸がいっぱいになる。
「はい!」
勢い込んで返事をし、口をぽかんと開く愛しいひとに神に頼み込んで転生させてもらったのだと説明した。
だというのに、何故か彼女の足が一歩後ろに下がった。
無論、それを見逃すことなどしない。
こちらが足を踏み出せば、相手はもう一歩後ろに下がる。
フッと目を細めた。
「どうして逃げるんですか?」
問えば、誠実な彼女はきちんと答えてくれる。
「……そこはかとなく犯罪臭がするからだ」
ああ。さすがは俺のカナン。俺の魔女。
俺のことを誰よりもよくわかっている。
俺自身でさえ、この昂ぶりをどうやって押さえ込んでいいかわからない。
平静を装ってはいるけれど、襲い掛からないだけで精いっぱいなこの俺の心境を理解してくれるなんて……!
感激しつつ、両手を広げてにっこりと微笑む。
カナンから飛び込んできてくれるとは思っていない。無論、飛び込んでくれたら最高だが、そうでなくとも、やすやすと逃がすつもりなど毛頭ない。この手はただ、あなたを捕らえるために―――――
「ちょっと落ち着いてからもう一度会おう!!」
ふふ。いったい何を言うのですか。
「嫌です。新居も既に用意してあります。とりあえず今生の名前から教えてください」
「名前知らないのに新居とかマジ重っ! 怖っ!!」
……お…、おもいっ……!?
固まってしまった一瞬の隙をついて、彼女は駆けだしてしまった。
翻る紺色のスカートと彼女の髪。
――――え。本当に?
懸命に走り去るその後ろ姿を見て、目を見開く。
本当に……………………………俺から逃げられると思っているの?
知らず、口角が上がる。
愛しくてたまらない。
ようやく会えた大切なひとを、今生の名を呼ぶことすらできないまま俺が逃がすわけないのに。
そうして始まった追いかけっこは、陽が暮れる頃にようやく終わりを迎えた。
勿論、鬼の勝ち。
捕まえた瞬間からあらゆる場所に口づけを落としたことについては謝らない。
ほんの少し行きすぎな部分にまで唇を落としたところで、顔面を殴られて正気に戻った。
涙目でフーフー息を弾ませているあなたも最高に可愛い。
その日は、名前と連絡先を交換して自宅まで送らせてもらった。