ろく。
「はぁぁぁぁ……、やっと終わった……」
「お疲れ様でした」
眠そうにしている彼女に、暖かいココアが入ったカップを渡す。
口元を綻ばせて「ありがとう」と受け取った彼女が、ふぅふぅと息を吹きかける。可愛い。
「今回はいつもより頑張ったから手ごたえありだよ。睡眠時間を削った甲斐があるわぁ」
「そうですか」
微笑ましい気持ちで彼女の話に耳を傾けながら目を細めた。
「もっと前に再会していたら、もっと偏差値上がっていたかもねー」
「……?」
よくわからなくて首を傾げると、こくりとココアを一口飲んだ彼女がふふっと笑った。
「カッコつけたくなっちゃうんだよねぇ、昔っから」
愛らしい彼女の唇から、ぽろりとそんなセリフが転がり落ちた。
……昔から、なんだって?
今は勉強頑張ったという話をしていて……。それで、もっと前に俺と会えていたら偏差値上がる……っていうのは、きっと勉強に身が入ったということで……。
「……格好つけたくなるんですか? 俺に?」
忙しなく瞬きをしながら問いかければ、彼女は可愛らしい唇をちょっと尖らせた。
……あ、照れてる?
思わず、まじまじと彼女の顔を見つめてしまった。
彼女が魔女であったとき。
俺を諭し、励まし、教え、導き、背を押してくれた。意思が強く、どんなときだって堂々と胸を張り、常に明るく優しかった。
だからといって、恐怖で震えた日が、心細くて身を竦ませた日がなかったわけではないだろう。魔女であるということを除けば、普通の女性と変わらないのだ。
ぐっと胸が締め付けられる。
魔女殿はずっと俺を労わり続けてくれたのだ。その眼差しで微笑みで仕草ひとつで。
嬉しいけれど、苦い。本当に、自分は女性というものに対する心遣いがなっていなかった。わかっていれば、もっと深く広く永く魔女殿を甘やかしただろうに。
だが、魔女殿は俺の前だから張り切ってくれたらしい。それはきっと、あの頃の俺が頼りなかったからという意味ではなく、できるだけ自分を良く見せたいという気持ちの表れ。
「……取引しておいて、やっぱり良かったです」
「んん?」
首を傾げる彼女に、緩く頭を横に振って何でもないと伝える。
当時の魔女殿の気持ちが少しわかる。
守るべき相手を大切にしたい。それから、できるだけその人の前で格好悪いところは見せたくない。
年上の矜持というか、意地というか。前世だけではない。この世界で培ったものもまた、己を構築する一部。
優良の先ほどの発言だって、今現在こちらが年上だからこそ漏れ出たものかもしれない。
そうだとしたら、やはり年上になれて良かったと言い切れる。
何度でも、必ず、彼女よりも先に生まれ落ちる――――そこに年数の制限はない。
彼女が16になれば惹き合える――――その時に俺が幾つなのかはわからない。
もしかしたら、棺桶に片足を突っ込んだ状態で彼女に再会するという未来も存在するのかもしれない。
けれど、その程度の苦しみなど、彼女に強いたことに比べれば、罰にすらならない。
神の御許で安らぐ権利を奪われ、俺のような人間にどこまでも縋られ続けるのだから。
愚かで身勝手で傲慢な願いに、あなたを巻き込む俺には、あなたという幸福を手に入れる資格などないのかもしれません。
それでも、あなたを求めずにはいられない男を、どうか憐れんでください。
何度生まれ変わろうと、何十年でもあなたを待つでしょう。どのような孤独にも喜んで耐えましょう。
孤独の先には、あなたがいてくれるのと知っているのだから。
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「あ、忘れてた」
「なんですか?」
「また会えてうれしかったよって、言おうと――――」
「………っ……、……………、…………………」
「…………泣くなよぉ……」
一応おしまいです。お付き合いくださった皆様に感謝いたします!
※補足
英雄さんがひっそりと案じている『棺桶に片足突っ込んで~くらいの再会』ですが、万が一そんなことになったら、寝込むぐらいの念(愚痴)を魔女サンから送られそうだと神っぽいのが慄いているので、杞憂だと思います。たぶん。




