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全裸を使わずして婿を探す方法  作者: 夕凪
内海の国・ウィーフ
3/3

後・嫉妬は醜いものなのか?

 わいわいと盛り上がっている広場は、人でごった返していた。町中がまさしくお祭り騒ぎだが、その中心にある決闘会場は、ここ一週間で設置されたただの枠でしかない。木を地面に打ち込んで、それに縄をぐるりと巻きつけてあるだけだ。しかし、すこしでも見栄えをという心意気が、杭に掘られている申し訳程度の装飾に表れている。

 それに比べて、広場の外側にある町の商店や有志が行っている屋台は、普段から使っている祭りのものを流用しているためか、急ごしらえの会場に比べたら立派なものだ。本来は決闘こそが主役のはずなのに、これでは中心にあるだけで添え物にしかみえない、とアデルは思う。

 祭りのような屋台を近衛の制服のまま冷かして、鐘の音に呼ばれてアデルは決闘会場へ向かう。同じように呼ばれた観客をかき分けて縄をまたいだ。中央にはすでにギアジが立っており、その姿はさすがとしか言いようがない風情だった。風に邪魔されないためにきちんとなでつけられた髪に、ウィーフの紋章が入った白い近衛のマントをなびかせて、対戦相手であるアデルをにらんでいる。

 アデルの服装は、ギアジと対照的に黒い。黒のマントに、同色の詰襟、それに金の装飾が入っている。国色が黒なのと、彼女の主の色が金なためだ。ちなみに国王の近衛の制服は黒一色で、たいそう怪しい雰囲気になっている。

 二人が向かい合うと、お互いに剣帯から剣を外し、申し込みの時と同じような手順で武器の確認を行う。本来の儀礼ではさらに立会い人がそれを改める手順があるが、今回はそれは行えない事情があった。

 安全のため少し離れたところから観戦する観客たちは、ほぼすべてがこの町の住人だが、場違いな神輿に護衛を引き連れる壮年の男に限っては外れてしまう。となりにちょこんとアレーシャを座らせたその男は、アデルとギアジの準備が整ったことを告げられるとおもむろに立ち上がり、大きく息を吸った。


 「これより! ギアジ・オグル・マフカーンとアデル・ワイアットの、わが娘を賭けた決闘を開始する。立会人は余が、ウィーフ国王が務める! 両者正々堂々と戦い、勝利をもぎ取るが良い!」


 立会人が武器を改めない理由は、言わずもがな、その人物の身分による。名乗りを聞いてもまだ信じられないアデルは、中央にひざまずいたまま遠い目になる。これから決闘に挑もうというのに、記憶が過去に飛んでいくのを止められなかった。



 

 アレーシャの近衛が到着したのは、翌日のことだった。

 アデルたちが護衛騎士を引き連れて、時間つぶしに観光でもしようと宿を出たところで遭遇した一団がそうだったようで、お菓子やら酒やらを買い込んで戻ってきたアデルを待ち伏せていたギアジが「殿下をいただこうというのに真剣みが足りん!」と説教しながら日時を指定してきたことからそれが知れた。

 だが、結局日時は大幅に延期となる。一国の王族の婚姻が、決闘に勝ったので結婚します、で済むはずがない。遅れてきた常識人たちに総出で止められたギアジは、国王に報告を送ることを余儀なくされる。アデル自身失念していたことは否定しないが、勝っても負けても結婚できるわけもないアデルは、わざわざことを大きくしたくなかったが、仕方のないことかとあきらめた。希望としては、さっさと勝敗を付けてギアジとアレーシャ(しょあくのこんげん)をくっつけて終わらせたかったのだが、アデルの職業意識が邪魔をしてしまったのだ。アデルはあきらめるしかない。

 鳥で行った報告は驚くほど速く国王へ届き、「娘の結婚をかけて決闘だと!?」とそれのみの返信が返ってきた。許可が出たのかもわからなかった彼女らは一時決定を見送り、追って来た補佐官からの返書で国王がこちらに向かっている旨、決闘は到着次第となったことを知ったのである。


 「と、いうわけでして。陛下がこちらにいらっしゃってから決闘という次第になります」

 「わかりました。あの、これは御前試合ということになるのでしょうか?」

 「いえ、そこまで形式ばったものとはならないかと思います。一種の余興というていになんとかしますので、ワイアット殿は決闘に集中していただければ大丈夫です」

 「それならばよいのですが……。あの、話は変わりますがアレーシャ殿下とギアジ殿は、私には相思相愛に見えておりますが、認識違いでしょうか?」

 「いえ、正しいかと」

 「よかった。どちらにせよ、私のほうでもお二人が結ばれるよう動きますね」

 「ありがとうございます。そういっていただけると助かります。あの二人は、変な方向に一直線で、思い込んだらなかなか修正できませんので」

 

 諸悪の根源もとい暴走連結馬車とでも名付けようか。アデルがそう思ったかはさておいて、アデルもマカスキルも、飛び出すのはそういう家系なのかと納得する。間違いなく似たもの親子という認識を持ったが、口にはしない。国王父娘のためにどれだけ王宮の人間が苦労しようが、彼らには全く関係ないからだ。

 ともあれ、突然決まった国王来訪に、一番焦ったのはこの町の人間である。

 領主たる貴族からお触れが出され、少しでもと街道の整備やら日程の調整、警備などが突貫で見直された。

 こうなると、次に動くのは商売の気配を感じた商人たちである。何やら国王がご覧になるイベントが催されるらしい、と情報を仕入れた彼らは、領主に直談判を行い、どのような手を使ってか許可をもぎ取った。 そして、町中がお祭り騒ぎになったことで今度は町民たちが動き出す。

 そのころには決闘が行われるという情報は駆け巡りまくっており、領主から命令が下りた大工衆が舞台を設置する。とはいえ、この町でそれに向いた場所といえば広場しかなく、決闘に耐えうる石造りの舞台を突貫で作るのは不可能となれば、できるのは土を盛り踏み固めた土俵だ。これに不満を覚えた大工が細工師を呼び、囲えばそれなりにもなるだろうと木と縄の囲いができた。

 そしてさらに商人や有志が集まり、こんなに広いのならここでも屋台を出そうと組みはじめ―――。

 国王は馬を乗り継いで来たらしく、決闘騒ぎが始まってから4日でこの町へ到着した。驚異の早さであるし、驚異の身の軽さである。

 宿に着くまでに準備をあらかた確認してきたらしい国王は、アレーシャを抱きしめ挨拶を交わすと、すぐに部屋に返した。

 アデルとギアジを応接間に呼びつけ、ソファにふんぞり返ったままにらみつけてくる。その時点で、いや本当はもっと前から悟っていたが、アデルは確信した。あの王女にしてこの国王ありだと。


 「我が愛娘だ。おぬしらが奪い合いたくなるのもわからんでもないが、アレーシャのことを考えての決闘であろうな。ギアジ、最初から説明せよ」

 

 そう促され、説明したギアジの言葉は、アデルには否定したいものばかりだった。

 いわく、アデルはアレーシャが婚姻を望まれた男であること。

 いわく、アデルにアレーシャを娶るにふさわしくないと不敬にも断ったこと。

 いわく、アデルがギアジ以上にふさわしいならば、婚約者の座を譲ることになったと。

 突っ込みどころは多数あるが、仮にも国王の御前だ。他国の人間として下手はさらせない。先にアレーシャから話を聞いてくれれば、アデルとしても誤解が解けて助かったのだが、国王の態度を見るにギアジのことを信頼しているようだ。この後にアレーシャの話を聞いてどう判断するかはアデルには推測できないが、面白がる表情をする国王が決闘を取りやめることはないだろう。


 「其方、名乗れ。ああ、邪魔だから礼は不要だ」

 「は。私はグレイティアース第一王女付き近衛騎士、アデル・ワイアットと申します。この度、わが主の外遊査察団として参りました」

 「その予定は聞いておる。まずは、よく来られた。ウィーフは其方らを歓迎しよう」

 「ありがたきお言葉にございます」

 「姫君はおいくつになられたかな?」

 「四歳に。すくすくとご成長されております」

 「ふむ。どうなるにしろ、いつかお会いできるのを楽しみにしておると伝えよ」

 「かしこまりました。確かに」

 「して。同じことを聞こう。グレイティアースの騎士よ。此度の決闘について、最初から述べよ」

 「かしこまりました……本当に、私の意見すべて申し上げてよろしいのですか?」

 「構わん。それが何であれすべて詳らかにせよ」

 「では、まず最初は―――」





 国王の始めの宣言で、アデルとギアジは距離をとって剣を抜いた。

 あの時、アデルは事細かに、アレーシャの内心すらもギアジの前で事細かに説明した。自分からみたこの真実が、ギアジにどう響くかはわからなかったが、国王が納得した時点でそれが正道になる。にもかかわらずこの決闘が行われているのは、多分に面白がられたとみて間違いないだろう。

 アデルは考える。

 現状、勝敗の結果に対する予測、ギアジとアレーシャ、国王の性格―――負けたら結婚という条件は残ったまま、勝ったほうが状況はだいぶマシ。

 判断を付けたアデルは、抜いた剣越しにギアジを見た。

 細剣を打ち据え、武器を折りにきたギアジの剣に合わせて滑らせながら前進し、彼の顔めがけて刺突する。

 首を傾けてよけたギアジの背後にくるりと回り込み、振り向かれる前に肩を突く。

 そもそも、アデルの剣は切ったり殴打したりできるような強度を持っていない。逃げるな、と叫ぶギアジに耳を貸さず、ひたすら急所に刺突を繰り返し、彼の剣を避け続ける。ギアジに攻撃権は与えない。正確に細剣をさばきながら、なかなか決定打を打たせないギアジの防御に、アデルは小さく舌打ちした。


 「ふむ、さすがですなあ」

 「ギアジは良い騎士であろう? マカスキルよ、だからこそ、余の娘を娶ることを許したのだがなあ」


 剣戟の音は盛り上がる観衆の声に負けず響いていた。それにもかかわらず、顎を撫で、感心したような声がはっきり聞こえたのに、アレーシャはぱっと顔をあげて口をはさんだ。


 「……ギアジの相手は、お姉さまでしたの?」


 つぶやきをひろった二人が舞台から目を離してアレーシャを見る。マカスキルは困ったものを見る目で笑い、父親である国王は首をかしげて怪訝な顔をしているのが、アレーシャには不思議だった。


 「何を言っておる。余はお主とギアジの婚約を認めたのだぞ。そも、お前の姉は外に出る予定であろう」

 「え!?」

 「ふぉふぉふぉ、王女殿下、あなた様が望むならと、マフカーン殿はワイアット殿を見極めようとされているのですよ」


 声が出ずに、そんな、と口だけでつぶやいた。

 ギアジの婚約を聞いてから今に至るまで、特に、アレーシャがアデルに婚約を申し込んだことをギアジに聞かれていたとまで説明されてしまえば、ギアジが決闘を申し込んだ意味も、はっきり理解できてしまう。だからこそ、アレーシャは青ざめた。


 「どうして!? 言ってくれれば、わたくし……」

 「話は聞いたがなあ。お主はギアジのことになると視界が狭くなりすぎておる。どうしてギアジに誰と婚約したか聞かなかったのだ」

 「だって、嬉しそうに、婚約が調ったとだけ言われたのですもの。あんなに嬉しそうにされたら、わたくし、誰となんて聞けなくて。わたくしにそうやって言うということは、わたくし以外の誰かだと思うでしょう?」

 「どういったのかにもよりますが……。勘違いは正せなかったのですか?」

 「そのあとから、わたくしギアジを見るのもつらくて、なるべくお話しないようにしていましたもの。もし、嬉しそうに婚約者のお話をされたら、わたくし、その方に何をしてしまうかわからなくて」

 「余の娘ながら、情けない……」

 「申し訳ありません……」

 

 すべてを理解したアレーシャが目線を舞台に移したので、会話は途切れた。目に溜まる涙を、唇をかんで必死にとどめる。実際にアレーシャには舞台のことなど目に入っていなかったが、国王もマカスキルも指摘はせず、同じように決闘の様子に目を細める。

 マカスキルは、決闘の前。アデルに勝てるのかと尋ねていた。苦笑しながら、難しいでしょうね、と答えていたが、今の様子を見る限り可能性はなくはないだろう。


 「私は、技術に関してはそれなりだと自負しておりますが、それが強いということではないんですよ」

 「ほう? 技術が高ければそれだけでいいように思えますが」

 「その辺の賊であるなら負ける気はしませんが、相手は騎士ですから。性差もあって、マフカーン殿のほうが圧倒的に筋力も上背もあります。一対一においてこれは全く無視できない要素ですから、難しいとしか答えようがないのです」

 「とはいえ、ワイアット殿も騎士ではないですか。確かに体躯に差はあるようですが、それが負けに直結するとは、私には思えませんがねえ」

 「いえ、騎士でも女なんですよ、私。もちろん、姫様を後ろにしてこのようなことは言いませんが……まあ基本的に、近衛っていうのは一人で敵に相対してはならない職ですから」

「ふぉふぉふぉ、今からそこまで予防線を張らなくともよろしいではありませんか」

 「いえあの、まあ、今回はいいです。ところで、お願いがあるんですが」


 会話の最後はマカスキルにはよくわからないあきらめが滲んでいたが、アデルがいいというならばいいのだろう。アレーシャの誤解を正すことは叶った。あとマカスキルがすることはタイミングを見極めることだ。もぞりと尻を動かし、落ち着くところを探しながら、マカスキルは目を細めて舞台を見下ろした。

 これだけ離れていて、なおかつ衆人環視の中、マカスキルがこちらをみているかどうかなどアデルにはわからない。だが、事ここにきて、彼が自分から目を離すことなどないだろうという期待の元、アデルは攻撃の手を緩めることなく動く。

 アデルの戦闘方法は、基本的に攻撃を軸にしている。純粋な力が騎士としては弱いアデルは、守りに入ると受けきれない可能性があるからだ。できれば一撃、最低でも三撃目までには仕留めるというスタイルだ。しかし、相手が手練れである場合は手数を以て相手を制す戦いに移行する。

 ギアジは初手以外なかなか攻撃に移れないでいた。彼からすれば、一撃一撃はそれほど重くない。受け止めることは可能だし、何とかいなせてもいる。だが、ギアジが攻撃に剣を動かすとそれを妨害するように恐ろしく正確な急所狙いが入ってくるのだ。これでは。


 「これでは決着が着かぬではないか、アデル・ワイアット!」

 「そんなことありませんよ。ほら、観客の皆さんは盛り上がってるみたいですよ」

 「観客などどうでもいい。われらは一心に殿下を想い戦えばいいのだ!」

 「それなんですけどね、やめていただけませんか? 仮に私が王女殿下と結婚できたとして、それは純然たる政略結婚の域を出ません。一人の女性として殿下を大事にできない、そんな人間に大切な殿下を嫁がせるのですか?」

 「……已むを得まい。それを殿下がお望みなのだ」

 「本当、空気の読めない人なんですね。ほかの方はわかっていたというのに」

 「何の話だ!?」

 「本当に? あなたの王女殿下の望みは、本当に私との結婚なのですか?」

 

 観客が湧く。

 強引に振り切られた剣を数歩後退して避けたアデルはそこで初めて、歓声が耳に入った。先ほどは盛り上がっているなどと煽ってみたが、嘘にはなっていない。ふう、と呼吸を整えて、憤怒の形相の相手を見つめる。

 やっと途切れた彼女の攻撃に、耐え続けた鬱屈とそれからの解放感。妙に腹の立つ恋敵に、今度はギアジが攻撃に出た。

 ギアジの剣を一言で表すなら、純粋。一閃一閃が迷いなく、すっきりと振られる。剣筋そのものが切れ味を持つように、アデルには感じられた。いなして、よけて、捌く。先ほどのように派手さはないものの、攻守交代はさらにその場を盛り上がらせた。場にとどまって受け切ったギアジとは違い、アデルはステップを踏んで舞台上を動き回る。

 気づいていたとして何名ほどだろうか。舞台上を動き回る二人の攻防、アデルが常に観覧席を視界に入れる位置をとっていたことを。

 ギアジは気づかなかった。そして、自分の背後からする、自分への涙混じりの声援に、ぴくりと一瞬反応してしまった。


 「勝負ありですね。本当、愛情深いところは尊敬しますよ、マフカーン殿」


 一瞬あれば、アデルには十分だった。相手の剣を巻き込み、足を払い引き倒す。結果生まれたのは、膝を広げた正座のような形で座り込み剣を首に突きつけるアデルと、胸と腿を膝で抑えられ、剣を持った手を体重のかかった足首で抑えられたギアジだ。


 「……そこまで! 勝者はアデル・ワイアット!!」


 観客たちから、わあと歓声が出た。悲喜ないまぜになったようなのは、間違いなく行われていた賭けの結果によるものだろう。見た目からして優男風のアデルに賭けた人間は少なかったようで、喜んでいる人間は比べてそう多くない。

 宣言ののちにゆっくりと立ち上がったアデルは、剣を収めるとギアジの腕をつかんで起き上がらせた。緩慢に従うギアジは、その間に敗北を噛みしめたようで、くやしさを前面に押し出した表情をしている。しかし、借りた手を払いのける真似はせず、短く礼を述べて剣をしまう。二人は中央に移動し、観覧席で立ち上がったウィーフ国王に対して、跪き頭を垂れた。国王の斜め後ろに、一般にはこの決闘の景品であるとみなされているアレーシャもたつ。


 「良き戦いを見せてもらった。アデル・ワイアットよ。我が国の精鋭に対し、よくぞ勝利をもぎ取った」

 「お褒めにあずかり、恐悦至極にございます」

 「うむ。ギアジ・オグル・マフカーンよ。よくぞ善戦した。其方の力量は疑う余地はなし。此度の経験を活かし、次こそ勝利をおさめよ」

 「面目次第もございません。今後、一層精進いたします」


 齎される言葉をそれぞれに受け取り、二人は同時に立ち上がった。

 ゆったりと観覧席から降りてくる二人に、観客たちが惜しみない声援を送っていた。身分の高くない人間にとって、国王とは神と同義語だ。騎士に守られ、十分な距離が開けられているとはいえ、この距離で王を見ることは基本的にはありえない。機嫌よく手を振って応えながら、国王が舞台に上がる。

 近いともいえない距離にアデルが目を細めると、泣いたのか、泣きそうなのか、アレーシャが目元を赤くしているのが見える。こっそり横を伺えば、同じことに気付いたのだろう、ギアジが心配そうな表情をしてアレーシャを見ていた。

 略式礼で迎えたアデルたちを楽にさせ、国王が大きく手を振り上げた。


 「では、これより決闘の条件を果たす。アレーシャ、ここへ」

 「はい、陛下」

 「アデル・ワイアット。勝利した暁に、其方は何を望む?」

 「……僭越ながら、我が望みはただ一つ。アレーシャ王女殿下がお望みを叶えて頂きたく存じます。そのために、この場を借りて、マフカーン殿には殿下に対する正直なお気持ちを語っていただきたく、お願い申し上げます」

 「聞いたな? 静粛にせよ。これより、勝者に褒美を与える。皆の者、その証人となるがよい。マフカーン」

 「は」


 アレーシャとギアジが対面し、周りが静寂に包まれる。

 この決闘が行われる理由として流れていた話では、アデルがアレーシャに一目ぼれして求婚し、護衛騎士がアデルを見定めるために決闘を申し込んだというものだった。その話からすれば、勝者であるアデルは、結婚についてを求めるものだと思っていた観衆は、アデルの求めたものにどう反応するべきかわかっていない。

 反対に、わかりやすくにやにやとしだしたのはギアジの同僚である近衛騎士たちである。国王付きの者は真面目に警備しながらも口元の緩みを隠そうともしていないし、アレーシャ付きの者たちはすでに指笛を吹くためや歓声をあげるために、手足が予備動作に入っている。

 ギアジは負けた悔しさからか緊張からか、同僚の様子には気づかぬまま、アレーシャの前に跪く。アレーシャも、胸元で握った両腕をびくりと動かして、大きく息を吸って余計な力を抜いた。


 「殿下……。まずは、その。お恥ずかしいところをお見せして、申し訳ございません。負けてしまいました」

 「ええ、見ていましたわ。邪魔をしてしまったのではないかしら?」

 「そんなことはっ! ありません……あり得ません、殿下。応援していただけて、とてもうれしく思います」

 「そう」

 「ワイアット殿が婚姻するに足る男であると、この私は身を以て実感いたしました。求婚について文句を述べたことを、罰を受けろと仰るならどのようなことでもいたします。ですが、その。どうか、決闘にも負けた身ですが、どうか私にも、殿下に求婚する栄誉をいただけませんか。お断りされるとしても、どうしても申し上げたいことがあるのです」


 上手く誤解を解いてくれたようだと、そばで聞いていたアデルはマカスキルに視線を送る。舞台には上がらず、脇で控えている老人は茶目っ気たっぷりに片目を閉じた。礼を伝えられる距離でないので、苦笑だけが出る。


 「………許します」


 そんなアレーシャの声は多分に涙を含んでいて、それに誘われるのはどんな感情だろうか。

 そういえば、どうしてマカスキルは舞台に上がらないのだろう。はっとアデルが気づいた時には、すでにギアジが言葉を発している。


 「ありがとうございます。……アレーシャ殿下、私、ギアジ・オグル・マフカーンは、殿下をお慕いしております。これから先殿下とともに生きてゆきたいとそう思っておりました。可能性はなくとも、しばしこの気持ちを抱くことを、どうかお許しください」


 当事者が盛り上がる。観客も盛り上がる。アデルだけが内心辛くなってくる。


 「ゆ、ゆるしません!!」

 「殿下……」

 「ごめんなさいっ! ギアジ、わたくし、勘違いをしていたの!! 誰かほかの方と婚約が決まったのだと思って、つらくて、あなたの顔が見れなかったの。知らない女性とあなたが結婚するのだと思ったら、わたくし何をするかもわからなくなって、怖くて、この国に、いられないと思ったの! だから、だから、ごめんなさい、わたくしに、貴方に応える権利をください。わたくしもあなたと一緒に生きていきたいの……」

 「権利など……! 私でよろしいのですか? 俺は……夢を、見ているのか」

 「夢じゃないわ。わたくし、ギアジのことが好きなの!」


 隙間などないような抱擁に、近衛騎士たちからの歓声が。

 熱く燃え盛る愛の言葉に、観客が沸き立つ。

 そしてアデルは、もうどうしようもないことを悟った。


 「ではここに、新たなる夫婦が生まれることを余が宣言しよう! 皆の者! わが娘とその婿に祝福を!」


 この日、一番の歓声がウィーフの片隅で起こった。







 数日後、いろいろあっていまだ機嫌の悪いアデルは、ウィーフとトロンデルの国境に向けて馬を歩かせていた。国王、王女、近衛から、お詫びにもらったうちの一つである菓子をつまむ。貴族としてはまったくなっていない様相だが、同行者は仕方ないと黙認されていた。少なくとも国境までは、やけ食いくらい黙認しようという信条からでもあったし、イラついたアデルに意見を言おうものなら、その場で叩き斬られてもおかしくない雰囲気だったからだ。

 三袋めの最後の菓子を口に放り込んだところで、アデルの目に関所が見えた。そっと馬車によって「やっとウィーフを出られます」と報告する。

 マカスキルが窓を開けると、お詫びに埋もれた窮屈そうな車内が見える。


 「ワイアット殿、もうすこし召し上が」

 「何かおっしゃいましたか?」

 「いや、なんでも。それにしても卓さん頂いてしまいましたなあ」

 「まあ、受け取らないのも気にしているようで嫌でしたからね。消え物以外は本国に送ってくれるようですし、しばらくの間は窮屈くらい我慢していただけますよね?」

 

 本来ならば、貴人の馬車に荷物が詰め込まれるはずがない。

 荷馬車と御者を用意するといったウィーフに対し「乗るのはマカスキル殿だけなので、ぎちぎちに詰め込んでください」とイイ笑顔で言った結果。つまりアデルなりの報復だ。あの決闘の提案の時点で、遅くても流れる噂を仕入れた時点で、マカスキルにはアデルがどういう状態になるのかわかっていたはずだ。わかっていたから舞台に上がってこなかったのだ。気づいた時にはどうしようもなかったが、何もしないとは言っていない。

 乗っているのは日持ちのする食料だけなので、次の国につくまではなくなるだろう。


 そろそろ国境が近い。

 こんな、人を『横恋慕し決闘し、想い人に振られた他国の男』とみてくるような国とは、さっさとおさらばしたい。

 しかし顛末を聞けばアデルの主は行きたがるような気がして、まだまだ先の報告をどうしたらいいのか、彼女は頭を捻りながら、アデルは馬車から離れた。



 はたして次の国で、彼女は夫候補を手に入れられるのか。

 






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