表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
全裸を使わずして婿を探す方法  作者: 夕凪
プロローグ
1/3

プロローグ~彼女が旅に出る理由~

 


 アデル・ワイアットは、騎士である。

 仕える主は、王太孫たるメアリ王女殿下、御年4歳。自然の要塞に守られたこの国らしい天真爛漫な、だが王女らしからぬお転婆な幼女を守るはずの彼女の仕事は、基本的に子守と同じようなものだった。かくれんぼ、鬼ごっこ、それから、王女が考案する意味の分からない遊びに付き合って広い王城を走り回るうち、アデルはどんどん有名になった。

 

 アデル・ワイアットは、貴族である。

 生家は武の名門で、世代に一人は騎士を出さねばならなかったが、側室を二人迎えても産まれたのはアデルのみだった。産めなかったからと妻たちに暇を出すほど父親は鬼畜ではなく、幸いにも妻たちの仲も良く、結果、跡取りとしてアデルは厳しい教育を受けることになった。

 

 アデル・ワイアットは、優秀である。

 獲物は細剣。教育の賜物もあって扱う技術に関しては近衛随一とも言われている。才能も多分にあった。近衛になってからは訓練以外剣を取る機会がなくなったが、一般騎士であったころは市中見回り、賊退治などで腕を鳴らしていた。それだけでなく、主の世話、主の護衛、主の予定調整、主の外遊先の選定、主の―――と護衛だけでなくアデルができないこと以外はかなりの仕事を任されている有能さに育った。


 アデル・ワイアットは、令嬢である。

 名門貴族の一人娘でありながら一般騎士の従騎士となり、順調に昇格して王女の近衛になり、名実ともに優れた騎士であるが、紛うことなき貴族令嬢だ。

 しかし、彼女はいつも男の出で立ちだった。生家に伝わる跡取りの正装は、男物の意匠しかない。訓練中は動きやすいズボンにシャツ、勤務中は騎士の制服、公式行事は跡取りの正装。彼女がドレスを纏うのは、休みの日、自宅で過ごす時だけだった。

 つまり、常の彼女をみて、令嬢というのは難しかった。

 

 アデルというのは、女性名である。

 その上、彼女は髪も長く、ゆるく波打った金髪を耳の後ろだけ編みこんで、赤いリボンで一つに結い背の半ばほどまで流している。そしていくら男装をしていようと、シャツにフリルやレースをあしらって規則内でお洒落をしている。さらに、薄くはあるが化粧もしている。一番大事なのは、彼女は性別を公開している。城に入る際に申告しているし、貴族名鑑でも女性で載っている。隠しているわけではない。



 問題は、それにも関わらず、周りになぜか男性騎士と思われていることである。




 「ようワイアット、今日の飲み会参加するか? お前が来ると女のウケがいいんだよな」

 

 これはまだいい。男装の麗人と言って過言でない彼女の中性的な容色は、多くの女性に好まれるものであった。


 「そうだワイアット殿、来週の宿直、我らのみではまずいので、女性騎士入れることにしました」


 王女の護衛には絶対に女性騎士を入れなければならない規則がある。特に夜は、寝室の次の間で待機する必要があるため、男性騎士のみの護衛は禁止されている。

 だがアデルは女性騎士だ。三人体制にする意味がわからない。


 「あ、ちょっとアデル様! 姫様は今湯あみ中です。お部屋に入らないでくださいまし」


 重ねて言うが、アデルは女性だ。女性騎士の仕事は男性騎士の入れない場での主君の護衛である。王女が湯あみだというからここに来たアデルは、侍女に追い払われて少々、いやかなり落ち込んだ。

 


 こんな事が何度か繰り返され、アデルは冗談やからかいなどではなく、自身が男と思われていることを自覚した。騎士の世界に身を置いて、8年目のことである。

 従騎士時代は、まだ性差もそこまで出ていない10歳の子供だった。男女の差なく上司・先輩にしごかれ、徹底的に苛め抜かれたこのころは、誰もが男女など気にしてはいなかった。

 一般騎士時代には各々二次性徴が始まり、周囲も男性と女性で差が出てくる。このころからアデルも成長し始めた。筋肉のせいか胸と尻にはあまり肉がつかなかったが、彼女の体の線は間違いなく女性のそれである。男性騎士と比べれば華奢といって過言ではない。惜しむらくは、アデルの顔は父親似で、系統がだいぶ中性的であることだろう。

 5年ほど一般騎士として過ごしたが、女性騎士は数も少なく、近衛でなくとも護衛として勤める場合が多い。市中見回りや賊退治などには参加しない女性騎士が多かった。参加する騎士たちは腕に自信があることがおおく、性差を言い訳にするなと女性扱いは忌避される傾向にあったため、このころもあまり従騎士時代と変わらなかった。

 そして近衛になってから、明確に男女の騎士の働き方が変わる中で、鈍いアデルも自覚するに至ったのである。アデルは思う、もしかしたら、一般騎士時代から男と思われていた可能性が高いと。

 

 

 自覚してしばらく、アデルの休みに合わせて父親が家族召集をかけた。18歳の娘の将来の話をしなければならないし、それに関してののっぴきならない性別問題が浮上したからだ。

 談話室の一人掛けのソファに父親が座り、母親たちは3人仲良くくっついて、テーブルに寄せた寝椅子に陣取った。アデルは二人掛けのソファにゆったり腰かけると、手袋をした手をそっと口元にもっていき、可笑しそうに笑った。


 「ここまでくると、逆に面白いですよね。いったいいつから私は男になったのか……ふふっ」

 「……確かに、ここまで突き詰めて来られると面白くもありますわね。アデル、あなた、自分で男だと言い回ったのではなくて?」

 「母上、私は男になりたいと思ったことは全くありませんよ。騎士である以上、女であることを面倒だと思ったことこそありますが、私とて結婚し、子を産みたいとは思っています」


 アデルの一言に、真ん中に座る母親が眉を寄せている。生母であり正妻から、深いため息とともに出た質問に、アデルはさも心外だと全身で表現した。 

 いつか王子様が、といった男への夢見がちな考え方は騎士として過ごすうちに、それが置いてあった地面ごとえぐれるように無くなったが、相思相愛でなくても結婚をして子供を産み育てたいと思うくらいの女心は、アデルにも残っていた。


 「問題はそこなのです。このままだと、あなた、お相手の殿方がいないのですよ」

 「……アデルへの縁談がない……いえ、少ないわねぇとは思っていたのよぉ? でもね、まさか、殿方に間違われているなんて、どうして気づかなかったの?」


 左右に座る女性が順に発言した。今回の召集の目的も、アデルの婚姻に関することだ。まさか縁談が無いとは思わなかったが、アデルはさもありなんと考え直した。自分が男なら、男の家に縁談はもっていかない。

 なぜ自分が気づかなかったかといえば、アデルは少し考えて。


 「それに関しては、自分でも反省しています。言い訳でしょうが……長髪を紐でなくリボンで結び、レースやフリルのついたシャツを着て、化粧もしている相手を男と認識されているとは思わず……」

 「中性的な顔が邪魔してしまいましたのね」


 ため息の合唱が、テーブルを囲って響く。

 着飾ることが嫌いではないアデルだが、勤務中は汗で化粧が落ちる可能性も考慮して極力薄化粧だ。見栄えが最低限保てれば良い、というくらいでも、化粧は化粧。髪型もできる限り女性らしく整えているというのに、男と本気で思われているとは思わない。


 「………ちなみに、そなたはどれほどの人間が勘違いをしているかは把握しているか?」


 父親の絞り出すような声に、またアデルは考え込む。少なくとも近衛の同僚は私を男と思っているようです、と答え、ついでに姫様付きの侍女にも、と付け加える。


 「私のほうでも調べてみたが、軍上層部でも勘違いしている者は多いようだ。そなたは私の嫡男だそうだぞ」

 「義務的には間違っておりませんね。跡継ぎではあります」

 「ここで、私に回ってきた頭の痛い話がある。あれを出せ」


 こめかみを揉みながら、父親が家令に手を振る。すぐにアデルの前に数枚の釣書が並べられた。

 アデルは目を細めて、一つ一つを流し読む。彼女の視線がほかに移ったとみるやそれに重ねて肖像画を置くのだから、うちの家令は優秀だ、と逃避しかけたのは、釣書通り、描いてある肖像のどれもが令嬢のものだからだ。


 「年齢、家柄はつり合いが取れていますね」

 「そうだろう、とても現実的な話だ。そなたが男であれば」

 「ええ、私が男なら。うーん、これはどう頑張っても受けられませんね。希望だけでなく、私も子を産む義務がありますから、嫁はもらえません。なぜ釣書を受け取ったんですか?」

 「私は断った。というか、そなたが女であることを説明し、無理だと言ったが……少し席を外したら、荷物に紛れ込んでいた」

 「それは……」

 「この中で、だれか事情があって女装せざるを得なかった殿方とか、いらっしゃらないかしらぁ……」

 「事情によっては、婿にはちょっと厳しいのではありませんか?」

 「もう、いっそお嫁を貰ってしまえばよいのではなくて? 結婚することに変わりはなくてよ」

 

 なぜ信じてもらえないんだろう、とアデルと父親が二人して苦い顔をしていると、顔にもう面倒だと書いてある生母が、投げやりに言い放った。

 全く現実的でない提案だが、母親がこのようになるということは。

 アデルは、はっと気づいた。おそらく、いま父親が持ってきた物以上に、女性からの縁談は多いのではないだろうか。最終決定は父親がするが、それまでの娘の婿取りの候補選びは母親の仕事だ。もしかして、同じように申し込みがあり、娘だと説明し、わかってもらえず送られてきた釣書が、まだ大量にあるのではないか。

 左右の母親たちに目を合わせれば、アデルが気づいたことに気付いたのか、苦く笑って首肯した。

 こんなことをしている場合ではないのだが、アデルは思わず天を仰いだ。


 「とにかく、だ。そなたも結婚適齢期、さっさとそなたの性別の周知徹底を図らねばならん」

 「女性の格好で次の夜会に出るのはどうですか? 今までは我が家の伝統衣装で参加していましたが、せめてドレスならば信じてもらえないことはないでしょうし」

 

 はたして、ここにアデルの性別周知させるための作戦が立案された。

 母親たちは、令嬢としては体格の良いアデルをもっとも美しく見える装いを検討し、父親は勘違いがどこまで広がっているかを調査しつつ、縁談を打診する。

 アデルは令嬢としての教養をもう一度浚い直し、仕事をしつつ支度を整えていった。


 


 そんな一大舞台だった夜会の、翌日。

 談話室に集まったワイアット家の面々はうなだれていた。

 何せ、見事に化けたアデルのことを、なぜかアデルの妹だと勘違いされてしまったからだ。父親のエスコートで入った会場でかけられた言葉といえば、本人(アデル)にこんな美人の妹がいたとはしらなかっただの、本人(アデル)と似ていますねだの。どれだけ本人ですと主張してもダメだった。

 

 「なぜだ」 

 「分かりかねます」


 つぶやかれた疑問に、アデルは即座に返答した。

 せめてアデルの妹と思われていてもいいから、縁談がほのめかせられればよかったものを、そういった話はことごとく他家の嫡男からしか来なかった。アデルも跡継ぎであるため、婿入り必須だ。


 「そういえば、打診していた縁談はどうなりましたの? そろそろお返事が来てもおかしくはありませんでしょう?」

 「武門の貴族には、釣り合いの取れる婚約者のいない男が居なかった。まあ、当主はアデルだし、武はアデルが担うとして、それを考えれば婿として領地経営の補助ができる文官でもよいかと思ったのだが……ああ、アデル」

 「はい?」

 「そなたはなぜこんなに名が売れている? 城の文官に話を持っていったら、娘がいるのかと確認された。アデルの事を知っているようだったぞ」

 「ああ、父上は普段あまり城には上がりませんしね。姫様は、遊ぶといって私の一瞬の隙を突く潜在能力の高いお方です。しかも、私の視界に入る範囲内にはいるのですが、小さいお体を利用して巧みに逃げ回るのでなかなか捕まえられません。安全を考慮して、城内の警備兵の数を増やしていただきました」

 「しかしそれでは、いざというとき駆けつけられないではないか」

 「そこなんですが、必ず一人は、一息で駆けつけられる位置に居られるのですよ。分かったのは、姫様は近衛の一人を追いかけ役とし、その人物から逃げるんです。私が追いかけ役になると張り合いが出るそうで、今では城すべてを使った追いかけっこになっています」

 「ふむ……いずれ王になるお方だと思えば頼もしいが……今回のことを考えるとな」


 母親たちはもう知らんとばかりにソファに身を預けて座っている。どうしたものかと腕を組む父親も、これ以上の手が考えられないようだった。アデルとしても、女の格好で出ていって本人でないと思われるなら、かくなる上は脱ぐしかないか、と貴族令嬢でなくてもあるまじき方法しか出てこない。

 加えて、これはありえないだろうと思うが、もし、脱いだとしても女と認識されなかったらどうしよう、という意識が、夜会直後の今はどうしても否定できない可能性として存在した。さすがのアデルも、脱ぎ損はしたくない。


 「父上。もう、いっそ独身を通しましょうか」

 「……跡継ぎはどうする?」

 「親族に子供は?」

 「ふむ。現状、ワイアット一族で養子に取れそうな子供はおらんな」

 「大叔母上の孫はいかがです? かなり前ですが、はとこが生まれたとか」

 「年齢的に考えるのであれば、まだそなたの婿のほうがいいだろうが……人柄を見るに婿には向いておらぬし、教育を始めるには遅すぎる」

 「ではどこかから孤児でも持ってきますか?」

 「手続きが面倒なうえ、当主とするには難しい……いや待て」


 アデルは大変あきらめのいい令嬢である。決断力があるといってもいい。最終手段:全裸に頼るのは、人としてよろしくないしやりたくないと考えたすぐ後に、結婚出産をあきらめた。であるならば、跡継ぎ問題は父親ないしアデル本人が養子をとることである。

 正直に言って、アデルが結婚する方法はある。

 第一に、ワイアット家からの縁談の打診を出すこと。これはすでに行ったうえで、失敗している。

 第二に、ワイアット家への縁談の中から選ぶこと。これも、縁談相手が令嬢の時点で破たんしている。

 第三に、権力に任せて強制的に婿取りをすること。これが取られなかった理由はいくつかあって、武の名門とはいえ、ワイアット家は公的権力はそこまで大きくない。戦時体制中ならばともかく、平時の武家はあまり権力を持たぬように定められているので、無理やりにいうことを聞かせられる貴族がそう多くはないし、その中でアデルが婿取りをできるような男はさらに少ない。男の婚約を破談にしてまで婿取りをするのは、相手貴族との関係上できない。

 もろもろ加味したうえで、養子に落ち着いた結論だったが、父親がふと考え込んだ。

 いっそのこと、とかむしろ、とか聞こえてくるのを、紅茶を啜って聞いていたアデルだったが、もう一つ二つ選択肢があったな、と気づいた。


 「……そうですね。母上たちさえ納得してもらえるなら、私はかまいませんよ」

 「まさか、平民から婿を取るとでもおっしゃいますの?」

 「かまわんだろう。それならば種馬として我が家に入り、仕事を全うしてもらう。ま、平民とは限らんがな」


 無駄に切羽詰ってきたワイアット一家に残された手段は、養子をとるか、平民から婿をとるか、国外の男を探すかのどれかだ。さらに上がってきた選択肢に、アデルは思ったより手段はあるな、と肩の力を抜いた。結婚できないというのは、いくら原因がふざけたものとはいえ、女として気まずい話題だ。


 「というか、なんだ。考えていたらだんだん腹が立ってきてな。アデルが女だと言っておるのに信じぬ貴族の男に娘をくれてやるのかと思うと、なんというか……」

 「あら。ええ、本当にそれもそうですわね。貴族としてはたたかれるでしょうが、公に出るのはアデルですもの。そのあたりは上手くやれるはずですし」

 「ええ。そう教育いたしましたもの。確かに性別の周知が済んだ後に言ってくるような殿方は、あまりよろしくは思えませんね」

 「そうねえ。それなら、いっそのこと最初期に縁談を打診してくださった令嬢を押したいわあ」

 「国際情勢を考えるとできれば国内の男をと思っていたが、もう拘っていられんだろう」


 かくして、今度は外国人の婿探しの作戦立案が始まった。母親たちもけだるい様子をはぎ取って前のめりだ。

 天然の要塞に守られたこの国は、あまり戦争を仕掛けられることが少ない。もちろん、王族以下外交に携わる者たちの努力の成果もあるが、奪うより緩衝材として存在してくれていたほうがよほど良い、という立地であるからだ。

 この国を囲む国々のいくつかは、今は小競り合いの真っ最中。緩衝材として考えると、現状では国外から婿を取るのは難しい情勢である。武の名門というワイアット家でなければ、まだ可能性はあったが、いつ、どういう理由でどこぞの国が小競り合いを始めるかわからないために、そういう情報の集まるワイアット家では今まで国内での婚姻が推奨されていた。


 「とはいえ、国土を接する国とは避けるべきだろう。遠くにはあまり伝手はないが、どうしたものか」

 「弟君とは言わずとも、せめて妹君がご誕生されれば可能でしょうが、そうでなければ姫様が外遊されるのは先の話になりますし……」

 「わたくしたちの実家も伝手などございませんけれど、アデルだけが国外に出るのならばやりようがあるのではなくて? ワイアット家は武の貴族ですもの」

 「武者修行とでも言うつもりか?」

 「悪くはないのでは? 父上も若いころには国外へ出ていたではないですか」

 「馬鹿者。それは従軍であって、外遊ではない」

 「あら、殿方にはわかりませんの? 娘の結婚話は、女にとっての戦争ですわよ。違う派閥の貴族が条件の良い相手と縁談を組んだのなら、こちらの派閥でもそれ以上の相手を探すものですわ。そして、そういう評判がよくなるように育てるのが仕事ですの。完璧に情報戦と練兵ですわ。お分かりにならなくて?」

 「……すまん、わかったいやよくは理解できんが女の世界もいろいろあるのは分かっている。しかし、仕事を辞めさせるのもな」

 「可能かも知れません」

 「何か手が?」

 「いえ、確かに姫様が外遊に出られるのは先の話になりますが、外遊の選定は今から始まっているんです。私もその選定に席をいただいているので、今のうちに視察名目で各地を巡るのは出来るかと。とはいえ、私一人で行動出来るわけでも有りませんから、目的が叶うかと言われると難しいですが」

 「いや、かまわんだろう。少なくとも、そなたが仕事を辞さぬのであれば、最悪相手が居なくとも問題なかろう。そのときには、そのときのために、どこぞの貴族の種が落ちていないか探しておこうか」


 


 王城の大広間は、基本的にアデルがこのあいだ参加したような王族主催の夜会など大人数での催しで使用される場所だが、今回のような少人数でも使われることがある。人数に対して隙間が多いが、もともと装飾が多く、きれいに並べられた花や置物があるせいかあまり寒々とは感じなかった。

 王族が使う舞台の脇で、アデルはこの場に見合わない旅装束を身に着け立っている。足元に縋り付いているのは主である姫君で、表情は複雑だ。どこに行くのか楽しみにもしているし、お気に入りの騎士が少しの間でもいなくなるのが悲しくて嫌。そんなわかりにくくてわかりやすい姫君をくっつけたまま、アデルは穏やかに笑う。


 「アデル、アデル。本当に行くの?」

 「ええ、姫様。姫様がもう少し成長されたときに、向かって楽しい場所をアデルが探してまいります。次に向かうときは私がご案内いたしますから、供につれて行ってください」

 「もちろん! では、美味しいお菓子の情報も手に入れてきてね! 楽しみにしてるわ!」

 「ええ、お菓子に、きれいな景色、面白い人。姫様が好みそうなあらゆる情報を集めて、きっとご満足頂ける様にいたします。では、姫様。今回視察に出る我らに、激励をお願いいたします」

 「はあい。いってきます」


 とてとて、とかわいらしい足音で舞台に上がった姫君が挨拶を開始する。

 ―――皆様、今回はわたくしのための視察に向かっていただけること、感謝に堪えません。皆様ならば、実りある視察にしていただけると信じております。ですが、視察だけでなく、皆様も諸外国を楽しみ―――

 先ほどとは打って変わって4歳児とは思えぬ挨拶を聞いているのは、視察団の面々だ。実際に向かうのは、姫の教育官のうちの一人、外交官二人、それぞれに護衛騎士が数人付くだけなので大した人数ではない。アデルは教育官とともに、姫の好みを知っている選定委員の代表でもある。

 姫君の外遊予定地はこの国に隣接する4国と、さらにその向こうのいくつかの国とまでは決まっていた。アデルと教育官は東西に分かれ、現在の政情、治安、施政者の評判などを聞き込み、あるいは直接会って外遊先にふさわしいか選定する。この国にも数年前に視察団が訪れていて、上手くいけば来年以降に王子が外遊に来るだろう。

 主の挨拶も終わり、ほかの近衛に連れられて姫君が大広間を去った。自分もそろそろと振り返ると、すでに既婚の同僚に声をかけられる。

 

 「おいワイアット。相変わらず、姫様の変わり身には驚かされるな」

 「そうですね。聡明であられることは間違いないのですから、あとは私たちが慣れればいいだけですよ」

 「まあなあ。俺らの前でだけ素を出してくださっていると思えば、こういう顔しかしらない奴らに対してちょっと優越感がある」

 「不敬ですよ」

 「えー、でも思わないか? 男として、女の子が自分の前でだけ素になるなんて」

 「……もう一度言いますが不敬ですよ。それから、私は男ではありません、女です」

 「相変わらずだな。結婚したくないからってそんなこと言ってないで、そろそろお前も結婚しろよな。いいぞ結婚は。子供もかわいいし。妹いるんだろ? 先を越されるぞ」

 「結婚はしたいと思いますので、相手は探しています。妹はいません」

 「嘘つくなよ。こないだの夜会に来てたじゃないか」

 「私です」

 「いなかったろ? ま、さすが兄妹似てるよな」

 「本人です……。私はもう外に向かいます。最終確認ですが、長くて一年は帰れませんので、その間くれぐれもお願いしますね」

 「任せておけ。外的要因で姫様には傷一つ付けん!」

 「頼もしいです。それでは」

 「おう。武運を祈る」


 見送りを受けて外に出たアデルを待っていたのは、自分と共に出る者たちだけだった。

 がちゃがちゃと馬車が三台並び立ち、アデルとともに東へ向かう外交官が二台目に乗り込んでいる。一台目はアデル用の馬車らしく、御者が扉を開けて待っていた。


 「ああ、私は馬で行くので、荷物だけお願いします。寝るときのみこちらを使わせてもらう形でも構いませんか?」

 「かしこまりました。では、お荷物をお預かりします」


 準備が整うと、後方の護衛騎士が号令をかける。

 軽快に出発したアデルが婿を見つけられるのか否かは、まだ彼女のあずかり知らぬ話である。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ