冗談じゃない注文
「いらっしゃい。……おや、ルーラ様と一緒におられた方じゃないですか?」
日向は翌日、ルーラに鎧を買ってもらったサイモンの武具店に訪れていた。
「その節はありがとうございました。お風呂をもらっちゃって」
日向はカウンター裏に立っている店主のサイモンに頭を下げる。
「……いえいえ。ルーラ様に恩を売れたのでこちらとしても助かっているんですよ。大切な常連客で一番私の商品を買って頂けるお客様ですから」
サイモンは心底嬉しそうに笑みを浮かべて答えた。武具という商品を買ってくれる売り上げの大多数を占めるルーラに恩を売れたのだから、これからが楽しみだと言わんばかりに。
「……それならよかったです」
日向は苦笑いを浮かべて、サイモンを立てる。
「で、お客さん今日は何の御用で?」
一頻り喜びを伝えたサイモンは真顔に近い微妙な笑みを浮かべた表情で問いかける。彼はあくまで、ルーラが大切であって、ルーラのいない日向にはあまり興味がないのだろう。
「……まず、これをルーラさんが来たら渡しておいてください」
日向が懐から出したのはちょうど三万リエルの入った布袋。それをサイモンのいるカウンターの上に置く。
置かれた袋の中身を確認したサイモンは「……あぁ」と言って、理解したように頷いた。
「……これを、ルーラ様に返しておけばいいんですね? 承りました」
「お願いします。僕よりずっとルーラさんに会える可能性があると思うので」
「これだけですか?」
サイモンがカウンター下に三万リエルの布袋を隠しながら、日向に目を合わせずに問いかける。
「あっ、ちょっと待ってください」
日向のその言葉にサイモンは体を起こし、少し気だるそうに日向の目を見つめる。
「……これで、防具一式できる限り品質の良いものを作ってください。できるだけ早く」
再び懐から取り出したのは日向のほぼ全財産、総額十万リエル以上だった。先ほどとは比べ物にならない正真正銘の金銭による膨らみにサイモンの表情は驚愕に変わる。
「……どこでこんなにたくさん。お客さん、悪いことしたんじゃないでしょうね?」
「そんなことしませんよ。魔獣退治での報酬で手に入れたものです」
日向の言葉に齟齬は一切ない。高ランクの魔獣を満身創痍になりながらも駆逐し続けた日向はその純度の高い宝珠を売ることでかなりの大金を手にしていた。
「……それで、いつまでに一式作れと?」
驚嘆から金の亡者のような鋭く熱い視線に変わったサイモンは食い気味にそう問う。
「できれば、明日。遅くても、三日以内に……」
「三日っ!?」
サイモンは店中に響き渡るような声を上げる。サイモンの店ではオーダーメイドで武具一式を注文する時、最低でも一週間、最高で半年ほどを要求している。奥が深い金物の世界で、三日というのはあまりにも短い。日向の注文はかなり酷なものだった。
「冗談じゃないです。防具一式にそんな短時間で完成させることは不可能です」
「……そうですか。……なら仕方ないです……ね。わかりました、他の店に頼むことにします」
日向には時間がない。アイシアの命が刻一刻と迫る中、店を選んでいる余裕などなかった。
日向はおもむろに身を翻し、店の扉に手をかけると……。
「待って!」
サイモンの叫びが日向を止めた。
「ちょっと、検討してみます……」
サイモンの言葉に日向は喜色を浮かべる。サイモンがこの決断に至ったのは鍛冶師として仕方がなかったからである。
鍛冶師は基本的に稼ぎが低い。特に特殊な武具は人気が偏る上、西区画にはこういった店が密集している。日々客の奪いが発生している西区画ではとにかく客を逃さないことが生き残るための最重要項目だ。そのため、十万もの大金を積み立ててくれる客はどうしても逃すわけにはいかなかった。
「お客さん、三日ください。それで、お客さんのご要望の品を何とか完成させましょう」
意を決したようにサイモンは日向へ伝えた。
「……本当ですかっ!? 絶対に三日で完成できるんですか!?」
日向は珍しく声を荒らげて、サイモンの元へと駆け寄る。
「……こちらとしてもお金を落としていってもらわなければならないので、全力を尽くして完成させましょう」
サイモンは他の依頼を全て棚に上げて日向のものに全精力を注ぐことに決めた。日向も不謹慎かつ不躾なサイモンの言葉をスルーして、食い気味に答える。
「なら、お願いしますっ!」と。
日向は十万リエルの詰まった袋をカウンターの上にボンッ! と置いた。その置いたときに流れる重低音から、十万リエルと日向の思いの重みが感じられた。
一頻りサイモンに自分の求める防具の内容を伝え、先払いで金を支払った日向はカランコロンとベルの鳴る扉を開けて、外へと出る。
相も変わらず西区画の鍛冶師の街は金物を打つための炎と鍛冶師達の情熱による熱気がムンムンと立ち込めている。けれど、スカッとした青空の広がる昼下がりの心地よい陽気はとても気分の良いものだった。
日向は久しぶりに纏っていたパーカーをひらひらと揺らしながら、人間あるいは亜人を軽やかにかき分けて、別の目的地へと駆け出した。




