ほんの僅かな日常
——同日、ディルエール東区画。露店街にて。
朝の暖かく爽やかな日差しが差し込む頃、大量かつ純度の高い宝珠を換金した日向は、たくさんの報酬を受け取り、そのお金でテイクアウトできる食べ物を買い込んでいた。
そろそろ定番になったトテポもといポテトフライを始め、その他の露店で見た目がよさそうなものをいくつかピックアップして、日向は手にたくさんの布袋をさげていた。
買ったのはマトマもといトマトのスープ、チキンの香草焼き、ディルエール近郊の海でとれた魚のフライ。布袋から漏れ出る得も言われぬ香りは腹の虫を蠢かせる。
日向はそれらを抱えて、東門へと走っていた。
「これだけあれば、きっと喜ぶだろうなぁ」
ハッハッ! と息を吐きながら、独り言を呟いて東門へと急ぐ。
日向は昨日、アイシアと約束した後、ディルエールに戻る時間がないということで、『紅眼の家畜小屋』に泊めてもらっていた。部屋は小綺麗に整理されており、日向が泊まっても何も問題はなかった。ただ、日向を認めないレナに睨まれていたが……。
小さな一室に四つの二段式ベッドを無理やり詰め込んだ寝室で、日向はアイシアの眠る二段目の下で、アイシアを含めた『疎外の紅眼』達の息遣いを感じながら、日向は眠りに就いたのだった。
そして、早朝に目を覚ました日向は先に起きていたルークに「おはようございます。ちょっと出かけてきます」と軽く小さく挨拶をして、ディルエールに向かったのだった。
「いつも、ご苦労様です」
東門に着いた日向はいつもの騎士に出会う。日向は軽く会釈をして口を開く。
「魔獣を倒すことで、自分の財産が増えますし、ディルエールに少しでも貢献できますから、やりがいはとてもあります」
少し嘘だった。確かに日向にとって魔獣討伐はやりがいがある。けど、それは『彼ら』のためであり、そして強くなる自分のためであり、ディルエールのためではなかった。ディルエールの住人全てを否定しているわけではないけれど、ディルエール王国という国そのものを日向は既に見限っていた。
「そうですか。十分お気をつけて。死んでしまっては元も子もないですから」
(それを、アイシア達の下で言って欲しかったなぁ。目を見て、しっかりと)
日向はコクリと頷いて、真面目に伝えている騎士に体だけよく見せる。
「じゃあ、いってきます」
「お気をつけて」
騎士の言葉を聞き流し、東門を通り抜けた。
見慣れた草原を進み、『ゴブリン』二体との戦闘を怪我無く済ませた日向は北東にある『紅眼の家畜小屋』に戻ってきた。
鍵のない扉を壊れてしまわぬようにそっと開けて、まっすぐと延びた廊下を渡り、右に曲がる。
外観とは異なった小綺麗なリビングの木の椅子には、ディルエールから送られてくる賞味期限ギリギリの新鮮さの感じられない野菜と乾パンのように水分のないパンを辛そうに咀嚼する四人の姿があった。
「あら、日向。どうしたの?」
日向から見て左側手前に座るアイシアは戻ってきた日向にそう伝える。
「……クンクン。お兄さん、この香り。もしや、何かお土産を持ってきてくれました?」
吸い込む音が耳に伝わるほど鼻を鳴らして、無理やり噛み千切った硬いパンを皿において、マロンは腹を空かせた子犬のように近づいてくる。
「……そうだけど、食べる?」
「いただきますっ!」
盛大に涎を垂らして、日向の手から鼻をくすぐる臭いを放つ布袋を掻っ攫ったマロンはすぐに上から降ってきた鉄拳に顔を歪める。
「イテッ!」
「……おっと」
鉄拳の勢いに手から零したお土産の詰まった布袋を抜群の反応で日向が落とさず持ち上げる。自然に落ちていた目線を上に向けると頭を押さえるマロンと拳を握ったルークがいた。
(状況から考えるに……たぶんルークさんの仕業だなぁ)
「マロン、少しは自重しろ。日向君、悪かったね。彼女があまりに急いでいたから、つい手を出してしまったんだ。俺から謝罪する」
「……いえ、僕は大丈夫ですから」
丁寧に頭を下げるルークに立ち上がった日向は愛想よく返した。
「それにしてもこんなにたくさん。悪いね」
「昨日色々と見せて頂いたお礼みたいなものです」
「それはご丁寧に……どうも」
椅子に座り、硬いパンをかじるレナは冷たく日向に礼をして、またそのパンをかじった。
「お兄さん、その美味しい香りのするものをいち早く食べさせて~。もう、まずい食べ物を食べるのはごめんなんだぁ」
ヒリヒリとした頭も気にすることなく、再び日向が手に持つ布袋に手を伸ばす。しかし、今度はマロンの手が届く前にルークの手がマロンの腕を取り、停止させた。
「痛い痛い痛い!」
「もう、あなた達いつまで続けるの?」
アイシアのその突っ込みが自然と笑いを生んだ。レナを除いて。
普段味わうことのできない贅沢な食事——彼らにとっては——を食べた後、『義務』の準備が始まった。
国防するという意味があるため、装備の支給品だけは精巧に緻密に作られている。魔法用の肩代わりとなる宝珠はないのだが。
支給品は一度与えられてからは特に何も送られてこない。つまり、装備の破損の修復や手入れは『疎外の紅眼』の仕事であり、彼らはその技能も必要とするのである。
「日向君、これを見るんだ。一度荒く研磨した後に目の細かい砥石でさらに磨き上げる。これで、元の切れ味に戻る。まあ、君の持つ剣にはあまり意味がないようだけど」
「いえ、ためになります。今後に活かせそうなので」
日向は彼らと一緒に準備をしていた。せっかくだからということで、ルークにあれこれ教えてもらっていた。『紅眼の家畜小屋』を出た草原の上で、支給品の中の使いこまれた砥石を使い、鎧や剣を磨き上げる。経験によって身に付けられた技術は鍛冶師と違わぬものであった。
ルークは日向の剣を目にして、異様なものであると感じていた。ルーラが日向に合った時のように。だからか、日向の持つ『デュランダル』に似たその剣を磨こうとはせず、自分達が所有する剣などを見本とし、日向に見せていた。
「これで、完成。どうだい?」
「うわぁ~、とても綺麗です。見事な技術ですね」
「そう言ってもらえると助かるよ」
ルークが日差しにその刃をあてているのは自身の持つ血液のような色をした刀身の赤い剣。一メートル強のその刀身は太陽に照らされて、プリズムのように輝いていた。
「ルーク、私達もできたわ。日向がいいのなら、そろそろ行かない?」
アイシアの声にルークは頷く。
「そうだな。そろそろ行こう。魔獣も溜まってきていると思うし」
ルークの一声で『疎外の紅眼』達は装備を身に纏う。それに倣うように、ルーラに買ってもらった銀光を放つ鎧を纏った日向の様子を確認して、『義務』への出発が始まった。
草原を他愛もない会話をしながら進んでいく中、日向には一つ懸念があった。
(ルークさん、やけに優しいな。怖いくらいに)




