第六十話 最終決戦――開戦
クシィと約束を交わした後、俺達は三階へ上った。
フロアには部屋が一つしかない。
ドアノブはゴツゴツとした感触で、他の部屋と作りが違う。この先へ進めば最後の戦いが始まるのだろう。
後ろにいるのはトマト、リリア、バテラロ、白の四人。戦うのは俺とバテラロの二人だけだ。
左手で太ももに触れ、回数制限スキル――“打突”を付与しておく。
このスキルは一度付与しておけば任意のタイミングで使える。
それ以外のスキルは時間制限なので、使用直前まで温存だ。
四人へ視線を交わし、扉を開いた。
「葉風鳥太、答えは見つかったか?」
部屋の中央にいた人物が冷たい声を発した。俺の宿敵--ディーク・バシュラウド。
青い瞳の中に冷たい炎が揺れる。
「君は執事の下位互換であるメイドに対し、私の知らない価値を見出していた。ここに来たのはそれを伝える為ではないのか?」
「お前を止めに来たんだ。メイドの価値は、俺がお前に勝つことで証明するさ」
こいつを説得できるような言葉は見つからなかった。だから、俺にできることは、メイドさんの忠誠心を背負いこいつを止めることだ。
「……やはり君は私を超える存在ではないな。しかし、私や英雄と並ぶ“器”は持っているのだろう」
青い炎は一定の冷たさを保ったまま、俺の右方向――リリアへ向けられた。
そこから生気の抜けた声が発せられる。
「ご心配なく。私は手出しをしません。あなた方の戦いを見させていただくだけです」
「だろうな。貴様はそういう人間だ」
「あら、私のことをご存じなのでしょうか? 顔を合わせたのは一度か二度のはずですが」
ディークの表情に微かな怒りが滲んだ。
「知っている。貴様は我々三人の中で唯一、世界を導く意思を持たない。シルフェントに気まぐれで参加し、英雄の発言にただ頷き、挙句には興味がないと途中退席していた。己の生まれ持った立場に甘え、生きながらに死んでいる。英雄を倒した私が、なぜ貴様に決闘を仕掛けなかったかわかるか?」
「私は決闘をお受けしないからでしょう。私には戦う理由がありません」
微かに笑みさえ浮かべそうなリリアに、ディークは侮蔑の滲んだ声で告げた。
「貴様には倒す価値すらなかった。それが答えだ」
その冷たい言葉を受けても、リリアは表情を崩さない。怒りの感情を持たずに生まれてきた人形のように、瞬きの回数すら変わらず、平然と佇んでいる。
野心家のディークと世間に無頓着なリリア。
二人共価値観がガチガチに固まっているので、互いを理解し合うこともないのだろう。その証拠に……
「私には関係のないことですから」
これまでと何一つ変わらず、リリアは呟いた。まるで、その一言で周囲が納得してくれると思っているかのように。
ディークはリリアの反応を見ると、興味を失ったように、こちらへ視線を戻した。
「やはり、ミラナードを倒したのは君だろうな、葉風鳥太。執事にも、そこの女にも、彼女は倒せない」
「従者にやられるはずがないだろ。俺はお前を倒して、メイド達を救う男だ」
こいつを倒し、法案を取り下げさせる。そして、ルッフィランテのみんなを連れて帰る。
明日にはいつも通り、奇跡のように幸せな日々が戻ってくるんだ。
「やはり君は私と似ているな。自らの意思で世界を動かそうとする意思。そして、メイドに対する価値観も私と同じだ」
「何を言ってるんだ……お前はメイドを世界から消そうとしてる。俺は……」
「メイドを守ろうとしている。だが、君も私と同じように、メイドの価値を認めてはいない」
「なっ……ふざけるなっ……! 俺にとってこの世界に、メイドより大切なものなんてない!」
「いや、君にとってメイドはただの愛玩動物に他ならない。この世界に必要な存在だというのであれば、ここに来る前に“答え”を見つけられたはずだ」
「違うっ! 俺はっ…………俺は、メイドさんの容姿も好きだ。でも、この世界で働いている彼女達の姿を見てきた。言葉にはできなくても、必要な存在だと認めてる」
この世界に来てから、俺はもっとメイドさんを好きになった。
だから命をかけてでも、彼女達を守りたいんだ。
「君の言葉は響かない。始めようか。力だけで決まる単純な戦いを」
ディークの冷たい炎を消す力は、俺の言葉にはない。そんなことはわかっていた。だから俺達は戦うしかないのだろう。
「それと執事。お前など誤差の範囲だ。同時にかかってくればいい」
「そうさせていただこう……私は主の命に賭け、貴様の首を取る」
バテラロは右手の指を突き出すように構えた。
「来い……」
ディークから冷たい声が発せられると、バテラロは右方向へ走り出した。
挟み撃ちを狙ったのかもしれないし、ディークの正面からの攻撃を嫌っただけかもしれない。
俺はセオリー通り、バテラロと反対方向へ走り出す。
元々考えていたプランでは、開戦直後に加速で仕掛けるつもりだった。が、今ディークはスキルを身に纏っている為、攻め込むのは危険だ。
まずはディークの戦闘パターンを見極める。
重要なのは攻めに転じるタイミングだ。
ディークは糸で吊るされたように、棒立ちのまま、体から軽く手を浮かせて構えた。
そういえば奴のスキルにはデメリットがあった。
永。スキルの制限時間が無くなるかわりに、肉体の自由を失う。こうして見ると立つことはできるようだが、ほとんどまともに動くことはできなそうだ。
けれど、ディークはおそらくスキルによって自由に動けるか、機動力を補って余りあるほどの攻撃力、防御力を持っている。
うかつに近づくのは危険だ。
一発目の攻撃は躱し、そこからこいつの戦闘スタイルを把握する。
そうプランを組み立てた瞬間。
先に攻撃の間合いに入ったバテラロが、指先をディークに放った。
狙いは指先の攻撃ではなく、上級スキルの『握破』だろう。指先の攻撃を放った後、手を開くことで、その勢いを爆風に変えることができる。
ディークはどう避けるのか――――。
青い瞳がその指先を見つめた。
距離は数十センチ。
普通ならこの時点で躱すことなどできないが、
ディークの青い瞳がグルリと横を向き、バテラロの手は瞳と同方向へ逸らされた。
バォッッッッッッッッッッッッッッッ!
バテラロの右手が爆風を巻き起こした。
熱を伴った風が俺の頬を掠める。
うかつに近づいていたら危なかった。けれど、これでディークのスキルが一つ判明した。
『視操』――視線により物体をドラッグ&ドロップのように動かすことができる希少性の高いスキル。
細かな操作はできないが、戦闘における単純な攻撃や防御を行うことができる。つまり、永の反動でほとんど体を動かせないディークの”手足”となることができるスキルだ。
そしてその”手足”の有効範囲は、目に見える場所すべてに及ぶ。死角はほとんどない。
ディークは俺の真横に視線を動かした。
その力に弄ばれ、バテラロが壁に叩きつけられる。が、苦悶の表情を浮かべながらも、壁に手を突いて耐えた。致命傷ではなさそうだ。
俺はディークの視線を警戒し、弧を描くような軌道で走る。
黒マントの背に右手を翳す。
ディークは脱力したまま、瞬時に体の向きを変えた。
ストップをかけるように右手を突き出す。
やはり簡単に背後は取らせてくれない。
この構えは攻撃スキルか、防御スキルか。
攻撃スキルだとしたら、一撃でやられるかもしれない。
けど――――
防御スキルだとしたら、操作は通る。
どっちだ。
攻撃か、防御か。
判断に要した時間はコンマ一秒程度。俺はその動作を『防御』と判断した。
ただの“直感”。けど、ディークの瞳に潜む炎はまだ静かに揺れている。切り札を切る雰囲気ではない。
ディークの手に、自分の右手を押し当てた。
――付与。
操作は“使用者本人に付与する”という常識的な使い方を逸脱したスキルである為、おそらくディークには警戒されていない。
興奮と冷静の入り混じる精神状態が、強敵を前にしてもスムーズに体を動かした。
体の中心に宿る静かな炎を、右手へと移す。
ココナから得たスキル。
女主人から酷い扱いを受けていても、真っすぐに向き合っていたココナ。
誰よりも主人に尽くし、同じメイドさんに対しても礼儀正しく接するココナ。
あの子の存在価値を、その強さを証明する為に、
この熱を、ディークへ…………!
「――――っ!」
冷たい炎に阻まれたような感触。
スキルの熱が伝わらない。
なんでだ…………
ディークの手には触れている。その手のひらからスキルらしきものは出ていない。
それなのに……
見開かれるディークの目。
中央の青い瞳が、縁へスライドした。
――――視操
やられた。
そう直感したと同時に、体が見えざる力に掴まれ、引っ張られた。
壁に叩きつけられる。が、その瞬間に手のひらで壁を叩き、受け身を取る。
「ぐっ……クソッ…………」
切り札として考えていた操作の付与に失敗した。
ディークは操作を防ぐスキルを持っていたのか……。
けど、ディークは俺が操作を使うとわからなかったはずだ。
なぜなら、俺は全く同じ動作で、攻撃スキルの打突を撃つこともできる。読めるはずがない。
答えは見つからないまま、俺は操作を自分の体に付与した。
操作本来の使い方。スキルによって生じた神経回路に接続することで、体の操作性を高める。相手の体を操作する使い方に比べると効果は低いが、一応、身体能力を二十%ほど底上げできるので無駄ではない。
この動作を見て、ディークは眉を持ち上げた。
「なるほど、それが噂の操作か。相手にも自分にも付与できる特殊スキル」
「…………やっぱり、知ってたのか」
「ああ。だが、わざわざ調べたわけではない。それではフェアな戦いにならないだろう」
ディークは平坦な声で言った。声音から、事実だとわかる。
「元々私は『執事と互角に戦ったメイドがいる』という噂を耳にし、その真偽を確かめる為この街に来た。噂が事実であれば、私のメイドに対する価値観が変わるかもしれないと考えた」
おおよそ察した。
女主人と路上で戦闘したときの話だろう。
「確認した結果、私が探していた『強いメイド』は存在しなかった。君がそのスキルでメイドを“操作”し、執事と戦わせていただけだった」
しかし、とディークは続ける。
「並の人間にそのような真似ができるはずはない。私は直感した。メイドを操作していたその男は、間違いなく、私や英雄、そしてそこの女と同じ“器”を持っていると」
居心地の悪い沈黙が部屋中に漂っていた。
バテラロは壁に手をつき立ち上がり、ディークの話に耳を傾けている。
リリアも、白も、トマトも、今この瞬間はこの男の言葉に集中している。
この男には人を動かす妙な力がある。青い瞳は内なる炎を沈めている。
「公平を期す為、私のスキルを一つ、メイドに伝えておいた。永の存在を知れば君は諦めるかもしれないと思ったが、杞憂だったようだ」
「そんなことはどうでもいい」
「いや、大事なことだ。私はこのスキルがなければ君の操作を防げなかったかもしれないのだから」
頭の片隅でそのことを考えていた。
そして、この言葉がヒントになり、答えに辿り着いた。
「"付与制限"か…………」
「その通りだ」
ディークはゆらりと手を動かし、襟元を整えた。
やはりそうか。
一人の人間に付与できるスキルの数には“上限”がある。
ディークはその上限――五つのスキルをすでに纏っている。だから操作を付与することができなかった。
「残念だったな。この戦いが三年後であれば、どうなっていたかはわからない。君も多くのスキルを手に入れ、シルフェントに所属し、政治でも決闘でも私と同じフィールドで戦うことができたかもしれない。しかし……」
ディークの瞳の奥で、冷たい炎が燃え上がる。
「現時点で君に勝ち目はない。メイドは今夜、世界から滅びるだろう」




