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異世界のメイドさんを救うのは俺(ご主人様)だ!  作者: 豆夏木の実
最終章 異世界のメイドさんを救うのは
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第五十三話 戦闘ーー非戦闘ご主人様

「わかったよ。一瞬で終わらせてやる」


 リリアにトマトを傷つけるつもりはない。それならこのくだらない遊びに乗ってやる。

 すでにスキルを付与されている十人の執事と、ほぼ無限にスキルを補充できるリリア。この布陣を突破する方法は一つだ。


 俺が持っているメイドさんのスキルはどれも執事のスキルに比べて持続時間が短く、威力が高い。この優位性を発揮できるのは短期決戦一択。


 百以上のスキルをまともに相手してたら確実に負ける。が、俺には加速シスト打突ガルダの圧倒的な瞬発力がある。

 元々ディークと戦うときもこの戦法を使うつもりだった。これがリリアに通用するかどうか……。


 トマトのほっぺたをつつくリリアの態度を見てから、頭に上った血液は下っていた。トマトの安全が保障されているなら気兼ねなくやれる。

 これまでのどの戦闘よりもリラックスした状態で戦術を一つづつ組み立てる。


 リリアは十分な間を置いてから、手のひらを合わせ、開戦の合図を発した。


 ――――ダンッッッッッッ!


 銃声のような音が部屋中に反響した。おそらくただ音を鳴らすだけのスキルだと察し、脳内で組み立てていた作戦の遂行を始める。

 体に触れていた右手から、三つのスキルを同時に発動。


 あらゆる物理攻撃を無効にする――『防御壁エグラ』。持続時間は三分間。

 移動速度と攻撃速度、それに伴う攻撃力の上昇――『加速シスト』。持続時間は二秒間。

 手のひらで触れた物体を弾き飛ばす――『打突ガルダ』。制限回数は一回。

 三種三様の熱が全身を包み込んでいく。


 防御壁エグラによって生じる見えないヴェールは、外部から皮膚への感覚をほぼ遮断する。まるで波のない水に包まれているかのように、外気に触れている感覚すらなくなり、ある種の無敵感にも似た高揚が全身を駆け巡る。そして何よりこのスキルは俺が初めて得たスキルであり、トマトから得たスキルでもある。いつだってこのスキルを付与すれば、俺は最高のメイドさんが側にいると実感できる。


 異常な持続時間の短さがメイドさん本人の性格を表している加速シストは、たった二秒間という厳しい制限でありながら、一瞬で戦況を変えてしまう圧倒的な性能を誇る。これまで何度このスキルでピンチを打破してきたかわからない。

 しかし、特攻気質なチズから得たスキルだが、俺が扱う場合、これほど神経をすり減らすスキルもない。なぜならこの加速は肉体の限界を凌駕する為、俺の思考速度と判断力によって行動できる量が変わるからだ。

 俺がこのスキルを操作するとき脳裏に浮かべるのは、もはや早送りの映像ですらなく、金色の筋が走る漠然としたイメージになる。それが俺の操れる最高速度。戦闘を重ねる度にそれは増している。以前は通常速度における『三十秒間の行動』を発揮するのが限界だったが、今なら『三分間』分動くことができる。


 そして俺の最高攻撃力だった加速シストを凌駕したのが、トイプから得た新たなスキル――打突ガルダだ。このスキルは手のひらで軽く敵に触れるというわずかなモーションで、Sクラス執事を戦闘不能にさせるほどの衝撃を生み出す。

 さらに、このスキルを試してわかったことは、任意のタイミングで発動できるということだ。たとえ俺が手のひらをどこかに触れたとしても、発動させず温存しておくこともできる。つまり、一撃必殺の切り札を手に宿したままトライを繰り返し、一瞬の隙に撃ち込むという戦闘スタイルを取れる。


 俺は世界の頂点にいるリリアが相手だなんてことはどうでもよくなっていた。


 いつも通り戦うだけだ。


 最初から目をつけていたのは藍色の服の執事。明らかに他の執事とは雰囲気が異なり、どこかつかみどころのない静けさを醸している。戦闘の指揮系統はこいつが握っていると俺の直感が告げる。


 導火線に雷でも落ちたかのように、藍色の執事へ繋がる金色の筋が瞬いた。


 普段よりも加速のイメージが一瞬で目に浮かぶ。調子がいい。

 そう思ったときには俺の手が執事の背中に触れていた。その無防備な背中に切り札を撃ち込む。


 ――――打突ガルダ


 執事は部屋の中央から吹っ飛び、食器の乗っていた台を巻き込みながら床に転がった。食器が砕け散る悲惨な音が鳴り響くと同時に


「ガハッ…………!」


 苦し気な息が破裂音を奏でる。それを聞きながら俺の眼球はすでに右側から飛びかかってくる紅色の執事を捉えていた。


 紅色の執事は不自然なほど体勢が傾いている。それもそのはず、執事は何らかのスキルによって右手の指先を軸にして空中に浮いている。その長い人差し指を曲げると、体は反対方向へ進むようだ。その速度はSクラス執事が全力で床を蹴るよりも速い。ゆえに俺の加速中でも動いていることがわかる。

 が、それでも遅い。


 執事は浮かんでいる両足を器用に回転させ、威力の高い連続攻撃を放とうとした。

 ブラジルの格闘技カポエラを連想させる。が、そんな熟練の動きが披露されたのはコンマ数秒だった。


 金色の筋が最短距離で執事の元へ伸び、神速とでも言うべき速さで移動した俺は、執事の機動力を支えていた指先を左足で払う。すかさず、バランスを崩した体に拳を叩き込む。――――あと九人。


 この瞬間にもリリアの執事達の中で比較的動きの速い者は俺を死角から狙っていた。さきほど動き出す前にポジションを見ていたからおおよその位置は把握してる。俺の左後ろに一人、そこからやや離れた右後ろに一人。


 ここまで一瞬で二人片づけているとはいえ、見えていない敵をターゲットに取るのは危険だ。トリッキーなスキルで一瞬でも動きを抑えられたら加速シストの効果が切れる。


 そう判断した瞬間、俺の目は部屋の対角線――最も遠い場所にいる執事を捉えた。赤い服。たしかルベルと呼ばれていたその執事は、見るからにパワー型だ。握りしめた拳をねじり、何かしらのエネルギーを溜めている。


 地面を蹴る、という感覚すらなく、俺は滑るように執事の真横へ移動する。自在に動ける電気にでもなったような気分で、その横腹に見えない速度の拳を叩き込む。――残り八人。


 本来の俺なら肉体がこの速度に耐えられないが、防御壁エグラを纏ったことにより俺自身への衝撃は緩和されている。故に威力を調整する必要はない。常に全速力。


 ここまでおよそ一秒間経過し、執事達はその分だけ行動していた。

 俺に向かってダッシュを切っている者、防御姿勢に入っている者、目を閉じて何かをしようとしている者もいる。


 そんな中で一人、危険な奴を見つけた。

 左手を翳し、俺に狙いを定めている。


 瞬時に作戦を構築し直す。その間0・五秒。貴重なスキルの制限時間を削ってでも考える必要があった。

 残り八人を最低でも残り三人まで減らさなければいけない。その為にはこれまでの直線的な動きでは間に合わない。一瞬で五人。できるか?


 その疑問が湧き上がるとほぼ同時に俺は決断を下した。

 執事達を結ぶ線を脳内で描く。

 俺に狙いを定めている最も危険な執事を避け、それ以外で比較的動きが遅い者を選ぶ。ただし、目を瞑っている一人はトリッキーなスキルを所持している可能性が高いので除外。

 眼球を動かさず、すでに視野に入っている執事達をジグザグの線で繋いだ。


 ――――パンッ!


 俺自身もその0・五秒でどのように動いたのか正確にはわからなかった。しかし狙い通り、加速の制限時間が切れた瞬間、五人の執事が倒れた。

 部屋の隅で俺は一人の執事の肩に触れている。

 目を瞑っていた黒紅色の服を着た執事。その体に俺は最後のスキルを付与した。


 ――――操作ミリカ


 相手の神経に接続し肉体の主導権を得るこのスキルは、制限時間が十五分間。俺のスキルの中で最も長期戦に向いている上、多人数戦においては敵を一人こちらの戦力として奪うこともできる。メイドさんの中で特に忠誠心が強いココナから得たスキルだ。


 手のひらの熱が執事へ移動すると、脳の外側に新たな神経回路が生じた。そこへ接続し、頭の片隅でいつでも操作可能な状態を作り出す。


 これで実質二対二。この執事を俺側の戦力として使うこともできるし、壁にすることもできる。こちらに攻撃の狙いを定めている執事もいるが、問題ない。まともな攻撃は全て防御壁エグラで防ぎ、トリッキーなスキルはこの執事に被弾させられる。


「チェックメイトだ。まだ続けるか?」


 問いかけると、リリアは目を見開いたまま口角を持ち上げた。スポーツのファインプレーを見たような活き活きとした表情。その感情を表す言葉は『興奮』以外になさそうだ。本当にこの令嬢は何を考えているのかわからない。


「まだ三人います。最後まで戦って見せてください」

「いや、それはおすすめしないぞ…………」


 無駄に被害を広げたくない。はっきり言って、それほど俺が操作している執事はヤバい。


「俺は操作ミリカでこの執事の動きを制御した。つまり、俺はいつでもこいつの目を開かせることができる。そうしたら何が起きるかあんたはわかってるだろ?」

「そうしたら、あなたもただでは済まないのではないでしょうか」


 純粋に疑問を投げかけてくるリリアにとってもはや勝敗などどうでもよさそうに見える。

 俺は頭を掻きながら「う~ん」と説明の言葉を探した。


「信じてくれるかどうかわからないけど、俺は今、防御壁エグラを纏ってる。そんで俺がトマトから得た防御壁エグラは、執事のそれとは比べものにならないくらい“硬い”んだ。今ここでこいつの目を開かせれば、俺は無傷のまま部屋の半分が吹き飛ぶ。当然、今出口側にいる執事二人も巻き添えだ」


 トマトとリリアは執事の背中側にいるので安全だが、残り二人の執事は別だ。

 二人とも攻撃を警戒したモーションに入っていたことから考えて、おそらく防御スキルは付与されていない。ここで爆発が起これば戦闘不能は免れないだろう。


 俺が操作している執事は、感覚をエネルギーに変えるスキル――念壊ダルナを付与されていた。

 目を瞑ることで視覚を遮断し、ある種の瞑想状態でエネルギーを蓄積している。その為、視覚を解放した瞬間に爆発的な念波が生じる。それは目に見えるような衝撃ではなく、直接建物や人体に亀裂が入るようなエネルギーだ。はっきり言って恨みもない執事二人にぶつけるのは忍びない。


 と、その時、俺は致命的な見落としに気付いた。


 リリアは戦闘開始前にこう言っていた。添付ピットによって、手を触れることなく執事達にスキルを付与したと。つまり、俺が口上を垂れている間に、リリアはいくらでも追加のスキルを付与することができた。


 俺は敗北を悟り、リリアの瞳を確認した。が、


「面白い物を見せていただきました。あなたのメイドは解放しましょう」


 あっさりと告げられた。


「いいのか? 本当はまだやれるんじゃないか……? それに、少し手加減してただろ……」

「いえ、十分です。御覧の通り、私のスキルはそれほど威力が高くありません。比較的火力が高いのはそこの執事に付与した念壊ダルナと、すでにあなたが倒している執事に付与していたいくつかのスキルだけです。あなたのスキルの威力が高いという噂は本当だったようですね」


 ほっとした半面、そう言われても素直には喜べない。


「こんな手加減されて勝ってもな。この執事達はせいぜい一つか二つしかスキルを付与されてないだろ」


 リリアはスキルを百以上持っている。本来ならここにいる執事達に十ずつ付与することもできたはずだ。


「いえ、付与できるスキルの数には上限があります。執事の資質によって、一つから三つ。三つ付与できる執事は、最初にあなたが倒してしまったカルレウだけです」

「そんな制限があったのか…………」


 通常はスキルを数十も持っていることはないから気にすることはない。しかしこれはひょっとすると朗報だ。


「その上限は執事に限らず誰にでもあるのか? ディークやリリアにも」

「ええ。私や英雄、青目でも、一度に付与できるスキルは最大で五つです。ですから言ったはずですよ。無敵ではないと」


 リリアはそれだけ言うと口に手を当て、小さくあくびをした。突破口を残して。


 ディークが数十個のスキルを持っていたとしても、一度に使えるスキルが五つなら勝機はある。この情報があるとないとでは今後俺の取れる行動が大きく変わっていただろう。


「俺の力試しをして、情報までくれた。感謝してもしきれない。ありがとう、リリア」


 そう告げたが、リリアはまたぼんやりとした無表情に戻っていた。感謝の言葉にはこれっぽっちも興味を示していない。


「あなたが青目と戦うことを楽しみにしています。ご武運を」


 それだけ言い、リリアは俺の手を取った。

 “倒すこと”ではなく、“戦うこと”を楽しみにしているという言葉に少しひっかかりを覚えたが、手の中に何かを握らされたことで、そんな小さな違和感は意識から消えた。

 立ち去ろうとするリリア。


「ちょっと待った。これは何だ? 貰っていいのか……?」


 手を開く。冷たい質感の角ばったメダルに緻密な模様が描かれていて、外枠には無数の文字が刻まれている。不揃いで調和のとれたその装飾は、手作業で莫大な手間がかけられたことを物語っている。ただのメダルではない。


「それは今日あなたがここにいた証です。そして私を倒したことの証明でもあります。ではこれで。お休みなさい」

「お、お休みなさい…………」


 まだ聞きたいことはあったが、眠たげなリリアを引き留めることもできず、その背がドアの向こうへ消えるのを見送った。


「…………とりあえず終わったな。トマト、帰ろう」


 フワフワと宙に浮いていたトマトを抱きかかえると、まだすーすーと息を立てていた。飲み物に睡眠薬でも入れられていたようだが、それ以上にトマト自身が疲れていたのだろう。

 俺の勉強に付き合い、リリア達やパルミーレについて調べ、ルッフィランテでのいつもの業務もこなしてくれていた。

 しばらくこのまま寝かせておこう。


「終わったよ、大丈夫。ディークは俺が何とかする。メイドは必ず守るよ」


 寝息を立てているトマトにそう告げ、抱きかかえたまま、屋敷を後にした。



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