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異世界のメイドさんを救うのは俺(ご主人様)だ!  作者: 豆夏木の実
最終章 異世界のメイドさんを救うのは
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第五十話 招集

「えと、用件は……?」


 人の部屋でいきなり踊り出したメイドさんに聞いてみると、


「鳥太様、ダンスと言えば……そう、パーティですわ! カルカロットの香りに酔いながら、シャトミュールに口づけるのです。そして、日が沈めば紳士と淑女は手を取り合い、月夜の下で愛のディトゥーレをするのですわ♪ ああ、なんてヴィスヴァーなのでしょう!」

「………………」


 語尾がおかしい上に何を言ってるのかわからない。


「えと、シュガー……?」

「はい、鳥太様。ダンスはディトゥーレとミルラテッドどちらがお好きですか? それともフルリーゼでしょうか? もしもお久しぶりでしたら、練習にお付き合いいたしますわ。私はこう見えても初心者ですから、ダンスの練習には最適なメイドかと心得ています。とてもオススメでしてよ?」

「………………」


 二度聞いてもまったく意味がわからない。

 トマトに視線でSOSの合図を送ると、


「つまり、鳥太様は伯爵になったので、さっそくパーティの招待状が届いたということですね」

「すごいな! よくわかったな今ので」

「ええ、長い付き合いですから…………」


 トマトは微妙な顔で答えた。褒められてこんなに嬉しくなさそうなトマトは初めてかもしれない。


「簡単に言ってしまうとそういうことですね」


 シュガーは急に素の表情に戻って、丁重にドアを開いた。

 その上品な仕草はトマトと比べても遜色ない。やればできる子だ。普段はやらないけど。


「鳥太様、一度下にいらしてください。手紙を届けに来た執事から、パーティについてご説明があるそうですよ」

「最初からそう言ってくれれば……いや、ありがと」

「はうっ……! どういたしまして! そういえば、ちょっと変わった執事でしたよ。見た目も雰囲気も」


 シュガーが言うのか……と思ったけど、笑顔でスルーしておいた。

 階段を降りるとき、不思議と足取りが軽くなっていた。




「葉風鳥太様、お待ちいたしておりました」


 目に飛び込んできたのは――『紫』、だった。


 この世界に来て数か月は経っているけど、紫色の執事服を見たのは初めてだ。

 上品なのか下品なのか、俺の美的センスでは判断できない。シュガーの言った通り、たしかに変わってる。


 その個性的な色に包まれている執事は見事なキツネ顔だった。

 優し気な切れ長の目は、少し角度を変えれば鋭く見えそうでもある。

 小さな口と高い鼻は気品が溢れていて、その完璧すぎる佇まいが、逆に俺の警戒心を強めた。


「えと、パーティに招待してくれるのか?」


 正直、パーティに行く気はないが、無下に断るのも悪い。

 誘いの言葉だけ聞こうとテーブル席につくと、招待状が置かれた。

 白地にピンク、結婚式みたいな色合いだ……。


「葉風鳥太様。本日は我が主の催すパーティへご参加いただきたく参りました。もちろん御付きのメイドもご一緒にいらしていただいて構いません。葉風様にとって非常に有意義な時間をお過ごしいただけることと存じます」


 断りの言葉を考えながら、一応、招待状を手に取る。


 紙に施された装飾はとても手が込んでいるが、その割に書かれている情報は少ない。

 日付と住所、それに筆記体の文字。『リリア・フィリヌス』。

 ……………………


「ん!?」


 慌ててもう一度確認する。『LILIA FILINUSS』――リリア・フィリヌス。

 三人目のご主人様の名前が『主催』の欄に綴られている。

 英雄マックが倒されたこのタイミングで、リリアが貴族を召集するのか。

 前言撤回、この話は聞くべきかもしれない。


「ただのパーティじゃないのか?」


 尋ねると、キツネ顔の執事はクスリと笑った。

 獲物がエサにひっかかったような表情。胡散臭い。


「ええ、我が主――リリア様がお選びになった方のみご招待させていただいている特別なパーティでございます。詳細は秘密にさせていただいておりますが、葉風様もお楽しみいただけると存じております」

「ちょっと待て、リリアが俺を呼んだのか? 俺はまだ伯爵だぞ……」


 伯爵は貴族階級で上から五番目だ。最上位のご主人様に目を付けられるとは思えない。それに、俺とリリアに面識はない。


「そうご謙遜なさらずに。葉風様のしたことを思えば不思議ではありません。リリア様は葉風様に感心を持たれておいでです」


 上品な口調がかえって嫌みのように聞こえるが、執事は特に悪びれる様子もなく続けた。


「ご主人様同時の決闘が行われたことにより、現在、シルフェントが分断状態にあることはお察しいただけることと思います」


 シルフェントは“ご主人様”が政治活動を行っている組織。パルミーレの最上階に会議室がある。やはりディークが“英雄”を倒したことで、シルフェントは機能しなくなったか。


「そんな最中、葉風様はご主人様の一人“ディーク・バシュラウド”に宣戦布告をされました。リリア様のご興味を引きつけるに十分なアピールでございます」

「別にアピールをしたつもりはない。というか、なんでそのことをリリアが知ってるんだ……?」


 不信感がそのまま語気に乗ってしまう。

 執事は眉一つ動かさず微笑み続けた。


「私がご報告させていただいたからでございます」


 ゆっくりとした瞬き。

 堂々と振る舞うことで何かを隠している。そんな態度だ。


「お前はどうやってその情報を手に入れたんだ? あの時パルミーレの庭には、俺達以外誰もいなかったはずだ。誰も知るはずのない情報を、誰から手に入れたんだ」


 パルミーレの庭は、ルッフィランテの屋敷がすっぽり収まるほどの広さだ。そんな視界の開けた場所に誰かがいれば気付く。


「偶然耳に挟んだだけです故、提供者がどのように情報を仕入れたのかについては存じあげておりません」

「あなたが直接見たのではないですか?」


 トマトが口を挟んだ。

 こいつもあの場にいた……?


 執事の反応を見ると、口元がニヤリと吊り上がっていた。クイズの答え合わせでもするような余裕の笑み。これで動揺を隠しているとしたら相当ひねくれてる。


 トマトは執事にペースを崩されることもなく続けた。


「例えば、姿を消す“透化クリファ”というスキルがあります。世界一スキルを多く持っているあなたのご主人様、リリア・フィリヌス様であればおそらくお持ちでしょう。そしてあなたは対外交渉を専門とする執事ですから、情報を自ら仕入れる技術も持っているはずです。どうでしょう?」


 執事は音楽でも楽しむかのように、目を瞑りながらトマトの言葉に頷いていた。

 肯定も否定もしない。

 けど、その様子を見ればトマトの推測が正しいのは明らかだ。こいつは主人から付与されたスキルで姿を消し、気配を殺し、俺達を観察していた。


 おそらく本来のターゲットは俺じゃないだろう。ディークの動向を探っていたら偶然俺を見つけたといったところか。


「まあ、俺はリリアが俺を探ろうがディークを探ろうがどうでもいい。ただ一つだけ教えてくれ。リリアはどちら側についてるんだ? ディーク側か、マック側か」

 

 あるいはそのどちらでもないのか。

 三人目のご主人様の立場はこの戦いの勝敗を左右する。

 ディークの側についているとしたら俺の敵。パーティ自体が罠かもしれない。

 マックの側についている、あるいはどちらにも属さないのなら、少なくとも敵ではない。パーティに行けば有益な情報が手に入る可能性も高い。


「お気になっていらっしゃるのでしたら、是非、我が主のパーティにご参加ください。私から主人の情報を漏らすことはできません故」

「じゃあ、行かない。お前も知っての通り、俺はディークと戦うつもりだ。パーティなんかで時間を無駄にしたくはない」


 参加するべきかどうか、もう少し判断材料が欲しい。

 あえて突き放してみたが、執事の表情は柔らかさを増した。


「パーティでは我が主人とお話しする機会も得られます。ご質問されたいことはございませんか? 例えば、ディーク・バシュラウドとマック・ロナルフについて」

「それは…………」


 ご主人様のリリアなら二人について、世間が知らないことも知っているだろう。その情報は欲しい。やはりこの怪しげなパーティに乗り込むべきか……。


 執事は隣のテーブルに置かれた会報に視線を向けた。伯爵になった特典の一つとして、今朝パルミーレから俺宛に届けられた物だ。


 手品でも行うような手つきでそれを持ち上げる執事。


「『英雄マック・ロナルフとディーク・バシュラウドの決闘は三十分を超える激戦となった。最強と謳われた英雄は、彼の代名詞とも呼べるスキルーーマグドを中心に責め続けたが、ディークの粘り強い攻撃に疲労し、一瞬の隙を突かれて奇しくも敗れた。万全を期していたディークに対し、英雄は前日に決闘の申し込みを受けたばかりであったことから、公正を欠いた決闘であったとの声も上がっている』。おや? 肝心なことが何も書かれていないようですね」

「英雄を擁護する記事だって言いたいんだろ?」


 人々の混乱を避ける為か、詳しい事は何も書かれていない。ディークのスキルは何だったのか、英雄の負傷具合はどうなのか等、全て秘匿されている。

 執事は口元に手を当て、秘密めいた口調で囁いた。


「ええ、英雄は擁護されております。市民にとってマック・ロナルフは希望であり、国の柱ですから、『英雄が圧倒的な戦力差を前に成すすべなく負けた』などと書けるわけがありませんね」

「圧倒的な戦力差、だったのか……?」

「少なくとも私の目には。いえ、あの場にいた者の目にはそう映ったことと存じます」


 マックは全てのスキルの威力を三倍に高められるオリジナルスキルを持っている。そのマックを圧倒するなんてにわかには信じられない。

 が、俺は昨日、決闘後に傷一つ負っていなかったディークを見ている。

 正直嫌な予感はしていたが、ディークは想像以上に厄介な敵かもしれない。


「それともう一つ、この記事には“一番肝心なこと”が書かれておりません。彼らの決闘の目的は何だったのでしょうか? そしてなぜマック・ロナルフが決闘の対象に選ばれたのでしょうか?」

「おい、何だそれ……。メイドに関する法案で揉めて決闘になったんじゃないのか……?」


 執事の口車に乗っていることに気付いていても、尋ねずにはいられなかった。

 キツネ顔は小さく左右に揺れ、俺の問いを否定する。

 決闘にメイドは関係なかった。

 こうなるとわからないことだらけだが、情報はすべてリリアが握っている。

 会報が招待状の横に置かれた。


「どうなさいますか?」


 ここまで煽られたら答えは一つしかない。この怪しいパーティに参加し、リリアから情報を引き出す。

 複雑な表情をしているトマトに視線で了承を得た。


 会報を指先で弾き、招待状を手に取る。


「葉風鳥太ともう一人参加。そう主人に伝えといてくれ」




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