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異世界のメイドさんを救うのは俺(ご主人様)だ!  作者: 豆夏木の実
最終章 異世界のメイドさんを救うのは
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第四十八話 二つの道

 周囲には誰もいない。

 パルミーレの庭で、俺達四人だけが向き合っていた。


 俺の隣にはトマト。対面にいるのは従者、たしかミラナードと呼ばれていた。そしてその主人の男。

 日の下に照らされても尚、男の全身を包む黒色は深い闇を思わせた。

 しかし、その口から発せられた声は、思いのほか穏やかに響いた。


「私はこの世界のメイドを救うつもりだ」


 男はそれだけ呟くと、俺の反応を窺うように口を閉ざした。

 発せられた言葉を反芻する。

 メイドを、救う。

 そう言った。

 俺と意思を共にしている人間……?


「本当なのか……?」


 唐突に発せられた言葉をすぐには呑み込めなかった。

 男の言うことが本当なら、強力な味方を得られるかもしれない。


「力を得た人間は何かを成さねばならない。多少なりとも力を行使している君にはわかるのではないか? 人の使命は、生まれ持った力の大きさに比例する。庶民は自分を守ればいい。貴族は家族を守ればいい。上流階級の人間は多くの人間を守ればいい。それぞれが自らの役割を全うすれば、世界は理想の形になる」

「けど、それでメイドを救えるのか……?」


 世界を救う使命を背負ったと言えるほどの力があるというのなら、俺一人では敵わない闇にも立ち向かえる。世界中のメイドを救えるかもしれない。

 男は一切の躊躇なく、頷いて見せた。


「その通りだ、葉風鳥太。私はメイドを救う。“虐げられるだけの存在”を、共に生きる存在として世界に認めさせる」


 男の口調は力強く、希望に満ちていた。

 が、俺の胸の中には見逃せない痛みが走った。


「待て、メイドは虐げられるだけの存在じゃない。共に生きる存在とお前も言っただろ。なんでそんな言い方をするんだ。それじゃまるで……」


 男は静観な瞳でじっと俺を見つめた。

 そして再び発せられた声に、先ほどまでの穏やかさはなかった。


「メイドは社会に不の感情を生む。それは彼女らが単に“執事の代替品”でしかないからだ。世界には優秀な執事が不足している。メイドはその穴埋めに過ぎない。しかし、明確に優劣のある存在が二つ並べば、劣っている方は“虐げられる存在”となる。それはこの世界の現状を見れば否定のしようがないではないか」

「ふざけるな……。メイドには執事にはない価値がある。少なくとも俺にとってメイドは必要な存在だ」

「それはなぜだ」


 男は遮るように言い放った。

 なぜか。

 それは俺がメイドを好きだからだ。

 それ以上でもそれ以下でもない。


「価値観なんて人それぞれだろ。メイドを必要としてる人は俺だけじゃない。この世界にいるんだ」


 トマトが働いていた喫茶店のオーナージョゼロットさん、フィルシーさん、ルッフィランテの元オーナーのジョスティフさん。メイドを必要としている人を俺は知っている。俺自身がなによりもそうだ。

 そう主張しても、男の瞳に宿る熱が冷めることはなかった。


「どのような存在に対してであろうと、価値を見出す人間がいることは否定しない。しかし、これは世界の問題だ。この世界でメイドは執事の劣化品であり、虐げられる対象でしかない。弱き存在は人の心を歪ませ、正義を歪ませる。人々にとってもメイドの存在は、世界の歯車を狂わせる要因でしかない」

「違うっっっ!」


 絶対に、違う。メイドに存在価値がないなんてことはない。

 ルッフィランテの彼女達に、これまで出会ったメイド達に、価値がないなんて言えるはずがない。


「葉風鳥太。君はメイドを救う為に戦ってきた。その心は正しく、真っすぐ、紳士のそれであっただろう」


 男は諭すような口調で告げた。

 青い瞳。

 消えることのない熱の中に、氷の冷たさが覗く。


「しかし、君はメイドを救えない。周囲のメイドを守っているだけの君に、彼女達を救うことはできない」

「だから、俺はここに来た。これから世界中のメイドを救う為に」

「それでどうするつもりだ、具体的な策はあるのか?」


 それはまだ、ない。

 世界を変えるような方法は、すぐには思いつかない。

 けど、


「いつか必ず見つける。この機関の仕組みを把握して、出来ることを見つける。そうやって少しずつ進んでいくんだ。そしていつか必ず世界中のメイドを」

「その頃にはすでに、私がメイドを救っている」


 男は晴れやかに告げた。


「どういうことだよ……。メイドを救う方法をもう見つけてるっていうのか……」


 トマトは複雑な表情で、俺に視線を投げかけた。

 不安。期待。

 その二つに答えられるのは、俺ではない。

 握りしめた拳に爪が食い込む。


「答えはシンプルだ。メイドの存在をこの世から無くせばいい」


 全身の血液が抜けるような感覚。

 少し遅れて、気付けば俺は男に掴みかかっていた。


「てめえっ! そんなことはっ」


 しかし、俺の体は真横からの奇襲で吹き飛ばされた。

 地面に転がる。

 脇腹に鋭い痛み。

 拳を放ったのはミラナードと呼ばれた従者だった。


「我が主人に何をするつもりだ」

「ミラナード、無礼を働くな。彼は少なくとも悪ではない」

「くそっ……」


 何もかも、わからない。

 こいつの言ってることは何一つ納得できないのに、胸の中心に宿る熱を言葉に変えることができない。

 守るべきものを、大切なものをズタズタに否定され、それでも振るう拳がない。


 俺はこうやって戦ってきたからだ。

 馬鹿みたいに、拳を振るうだけの戦いしかしてこなかったからだ。


 無力だ。発した言葉は誰にも届かず、空虚に飲まれていくだけ。

 こんな俺に世界を救えるのか。

 ふざけるな。

 救うんだろ。今さら見捨てられるモノも、諦められるモノも、何一つだってないだろ。


 握りしめた拳を地面に打ち付けた。

 どんなに惨めでも戦わなきゃいけない。

 拳で体を支え、立ち上がる。

 男は微笑さえ浮かべそうな表情で見下ろしていた。


「勘違いしないで欲しい、葉風鳥太。私は彼女達を排除するつもりはない。責任を持って、社会に有意義な役割を与えるつもりだ。ただ、彼女達にはこれまでの“メイド”ではなく、世間に認められる新たな“メイド”になってもらう」

「どういうことだ」


 男の言葉は光に溶けて消えていく。

 希望のような輝きは束の間。そうわかっていても尋ねずにはいられなかった。

 そしてやはり、紡がれた言葉は闇へ続いていた。


「これからのメイドには、執事を補助する役割を果たしてもらう。執事の負担を減らし、執事の働きを活性化させる。現在は一部の富豪が必要以上に多くの執事を有しているが、執事にメイドを付随させれば、少ない執事で効率よく働かせることができる。大きな歯車を小さな歯車で支える。そうすれば世界はひずむことなく回り続ける」

「駄目だ。彼女達の心はどうなる。主人に仕えたいってメイドの気持ちはどうなる」

「間接的に仕えていると考えてもらうしかない。主人の下には執事がいて、執事の下にメイドがいる。メイドにとっての主人は執事になるかもしれない。どちらにしても些細なことだ。世界がそうなればすべては“そういうこと”になる」


 ずっと感じていた違和感の正体が分かった。

 こいつは弱い者の気持ちを知らない。

 世界を動かす立場ゆえに、その世界で生きる人々のことを知らない。


「そんなことが許されると思うのか……」

「言った通りだ。許すも許さないもない。世界は常に人間によって動かされ、その結果として世界は“そうなる”。そうして世界は回り続ける」

「お前は、自分の考えだけで世界を動かすつもりか」

「ああ、しかし私は目的なく世界を動かすわけではない。自分の都合のいいように転がすつもりもない。より良い世界へ向け、前進させる」

「それが間違っていたらどうするんだ! お前の勝手で世界を動かしたら、傷つく人が必ずいる! 何でそんなこともわからないんだっ!」


 叫びは広い庭に吸い込まれて消えた。

 男の穏やかな声は、決して止めることのできない風のように、流れ続ける。


「傷つくというのなら、彼女達は今、傷ついている。世界の弱者である“メイド”という肩書によって。それを救う為の一歩だ。確かに君の言う通り、私が間違っているのかもしれない。しかし、それは誰にもわからないことだ。進んでみなければわからない。私達にできることは、自らの信じる道へ進むことだけだ。そして私は奇跡的に、世界を導く器として生まれた。だから君達は、私の信じる道へついて来ることになる」


 男は何もかもが規格外だった。

 それが当然であるかのように、一人で世界に対し、進むべき道を示そうとしている。


「ああ……そうかよ」


 こいつの言い分はわかった。

 確かに世界は人間が勝手に動かしている。

 たまたま力を得た人間が、進むべき道を示している。

 自分の利益ばかり求める元の世界に比べたら、正義を示そうとしているだけ、こいつはマシなのかもしれない。

 それなら。


「俺は俺の正義で、お前を止めるよ」


 正しいかどうかはわからない。

 メイドにとって幸せな道がどちらなのか、俺にだってわからない。

 それでも俺でありたんだ。

 メイドを救うのは、俺でありたいんだ。


「勝ち残った方が正義というわけか。それは自然の摂理かもしれないな。受けて立とう」


 男は力強い笑みを浮かべ、並べられたモニュメントへ視線を向けた。

 豪勢な額縁が三つ並んでいる。

 美しいが、どこか生気の乏しい女性の絵。百獣の王を思わせる高貴な金髪に、雄々しい骨格の男の絵。

 そして最後の一つは空白だった。


 突然、フィルシーさんの言葉が蘇る。

 現在のご主人様は三人。英雄の“マック・ロナルフ”、令嬢の“リリア・フィリヌス”、そして情報の少ないもう一人が…………


「言い忘れたな。私の名は“ディーク・バシュラウド”。世界を変える男であり、君と相反する正義を持つ者だ」


 黒色を纏った男――ディークは、その絵の一つを見つめ、不意に視線を落とした。

 ゴトッ…………。

 男の絵は、何らかの力に抗えなくなったかのように転がった。

 ディークはそれを踏みつける。絵が無数の皴によって形を失う。


「葉風鳥太、本日の会議は“ご主人様”同士の決闘が行われた為、中止となった。決闘の結果は言うまでもない」




 英雄、マック・ロナルフは破れた。




 その事実は翌日、世界中の誰もが知ることとなった。

 俺達はその後、どんな言葉を交わし、どうやってルッフィランテに帰宅したのか、覚えていない。




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