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異世界のメイドさんを救うのは俺(ご主人様)だ!  作者: 豆夏木の実
最終章 異世界のメイドさんを救うのは
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第四十七話 従者ミラナード

「おはようございます、鳥太様!」


 寝ぼけた頭の中に太陽が飛び込んできたような声。もう朝だ。


「……おはよう、トマト…………」


 ふかふかのベッドに手を突いて、ゆっくりと起き上がる。窓から射す光を網膜に当てても眠気は覚めず、あくびを一つ。


「鳥太様、いよいよですね。緊張していますか?」

「ふああ……キンチョ? まあ……ふあぁ、そだね」


 ふらふらした足元を確認しながらドアへ向かう。

 昨日読み散らかした本は、机の上に整頓されていた。


「鳥太様、大丈夫ですか? やっぱりこの三週間、スケジュールを詰め込み過ぎたのでは……」

「大丈夫、大丈夫。おかげでパルミーレの知識はバッチリ頭に入った。今なら余裕で……とはいかないけど、恥をかかない程度には会議に参加できると思うよ。本当にありがとう」


 礼を言うと、トマトは照れた様子で「いえいえ~」と首を振った。

 テンションが高いせいで「Yeah, Yeah~!」とご機嫌なアメリカ人みたいに聴こえる。俺より睡眠時間が少ないはずなのにこの余裕。トマトのスペックには驚かされる。


 フィルシーさんにパルミーレへ参入する決意を伝えてから、俺は三週間ほぼマンツーマンで、トマトからパルミーレの基礎知識を学んだ。

 朝から晩まで毎日。前世の受験直前でもこんなに勉強しなかったほどに。


 それができたのはトマトが丁寧に教えてくれたのと、常にトマトというメイドさんが側にいてくれたおかげだ。俺の学習能力が限界まで引き出された三週間だっただろう。


 その成果はというと……今は寝言で「ミプスン、ヴァスリオ、アフトゥランタ、ウトピア、ルラータ、ピビアノスカ、グラヅォール、シルフェント」と言える。

 これは「主人、男爵、子爵、伯爵、公爵、侯爵、大公、ご主人様」それぞれの階級で政治活動を行うグループだ。俺は伯爵なのでウトピアに所属する予定になっている。


 何にしても、やれることはやった。それだけは自信をもって言える。


「鳥太様、本当に頑張りましたね。お体は大丈夫ですか?」

「大丈夫。今日は戦う予定もないしな。会議中に寝ないようにだけ気を付けるよ」


 冗談めかして笑うと、トマトも口だけニッコリ笑った。目がちょっと怖い。


「冗談だって。トマトの為にも、他のメイド達の為にも、必ず成功させてくる。ほら」


 右手を翳すと、トマトは不思議そうに首を傾げた。


「ハイタッチ、手を合わせるんだ。幸運を祈るおまじないみたいなもんだよ」


 そう言うと、トマトは顔を輝かせ、上品にふわっと手のひらを重ねた。ちょっと違うけどまあいいか。


「じゃあ行こう、パルミーレに」

「はい!」



 ルッフィランテを出て、シェプカに揺られて約二時間。降り立つとそこは高級住宅地のようだった。

 四つ隣の街――“パトリスティオ”。


 パルミーレに向かって歩き始めて数十分間、城のような建物が一つか二つ、常に視界に入っている。その他の家はほとんどなく、豊かな緑が敷き詰められている。トマトが言うには公爵や大公でないと、とてもではないが住めない地域らしい。


 すれ違う人々は大勢の従者に囲まれながら、風に揺られるようにゆったりと歩いている。

 そんな上流階級の街をしばらく歩んだところで、パルミーレが見えた。


 ルッフィランテの何倍あるかわからない壮大な敷地に、鐘の備え付けられた城。

 開け放たれた門をくぐり、砂の一粒一粒まで丁寧に配置されたような道を進む。


「門番はいないのか。不用心だな」


 率直な感想を言うと、トマトは小さく笑った。


「ここは国の中枢機関ですから、敷地内は誰もが平等に出入りできるのです。ご意見板もありますよ。ただし、建物の中に入ることができるのは、会議に参加する貴族とその従者だけです。鳥太様はまず手続きをしないといけませんね」


 そう言いながら、トマトは巨大な城に足を踏み入れた。こちらの扉も開け放たれている。

 中に入るとトマトは受付で荷物を下ろし、俺は用意していたセリフを唱えた。


「伯爵として申請しに来た。本日のウトピアの会議に参加したい」


 暗記したまま一字一句伝えると、受付の男はトマトと荷物を一瞥し、顔を上げた。


「かしこまりました。伯爵の証を発行でお間違いありませんね?」


 無言で頷くと、男は艶やかな口髭をスッと指で整える。


「証の発行には四百万ティクレ必要となります。スキルは後でご確認させていただきますのでご了承ください」

「あ、ああ……」


 予想以上に事務的な口調だが、こちらにとってただ事ではない。

 メイドさん達の努力の結晶、ルッフィランテが溜め続けた金。覚悟はしていたが、その袋を持つ手はやはり震えた。


 それがカウンターの中に消えたとき、後戻りできないと実感した。

 男は袋を奥の執事に渡し、一枚ずつ紙幣を数えさせる。


「そちらで少々お待ちください」


 男は丁寧な仕草で、備え付けられているソファを示した。

 座る気分にはなれない。

 それとなく執事を監視できる位置に立ったまま、建物内の壁などに視線を這わせ、時間を消費した。


「お待たせいたしました。ご確認が取れましたのでこちらへお願いします」


 男に呼ばれ、受付に歩み寄る。

 その時、建物の奥から何かの気配を感じた。


 こちらへ近づいてくる。

 どこか普通ではない。

 俺の緊張がそう感じさせているのか、建物の雰囲気がそうさせているのか、あるいは…………。


 階段に響く足音が徐々に大きくなっていく。

 目を凝らすほどの距離ではないが、目を細め確認する。小ぶりな靴。装飾の施された革靴。

 気配の正体が後者であることは明らかだった。


 階段の中ほどで二人の姿が露になる。

 前方を歩いていたのは黒い服を着た小柄な人間。短髪だが、前髪は大きな瞳の前で揺れている。小ぶりな口、尖った顎。男か女か判断しづらい。服は一見メイド服にも見えるが、足元はスカートではなく、それぞれの足にぴたりと結わえてあるような形状だ。


 従者と思われるそいつを連れているのは、やや長身の男。

 これまで見たどの貴族よりも整った顔立ちだが、その目には底知れない何かを感じた。と同時に、なぜか自分の姿が脳裏を過った。


 なぜだ? 俺とは似ていない。


 鋭く波打つ黒髪は、圧倒的な強者の風格を漂わせている。

 全身を覆うのは上質な黒色。服自体は貴族のそれと大差ないが、一つ一つ風合いの異なる黒は、闇のような威圧感を放っている。

 一挙手一投足が何か、違う。


「いかがされましたかな?」


 受付の男に呼ばれ、慌てて振り返る。


「いや、何でもない。それで、どうすればいい?」

「そちらの部屋でスキルの確認を行っていただきます。それと同時進行で、こちらで証の発行をいたします。お名前を窺ってもよろしいでしょうか」

「葉風鳥太」


 そう答えた瞬間、先ほどの二人が俺の背後を通った。

 足音が止まる。


「聞いたか、ミラナード」


 男が呟いた。


「はい、あちらの男、例のメイディアンですね」


 小柄な従者は俺に聞こえるのも厭わず、淡々と答えた。

 振り向くと視線が交差する。

 男の青い瞳は、闇の中で燃える炎のように、静かな熱を宿している。


「間違いないようだな」


 男は横目で従者に指示を出し、再び出口へ向かって歩み出した。

 取り残された従者が、毅然とした表情で告げる。


「葉風鳥太様、我が主とお話をしましょう。お外へどうぞ」


 口調は丁寧だが頭を下げることはしない。メイドのように見えるが、メイドではないのか。


「悪いけど今から手続きがある。それに俺はお前の主人に用はない」


 これから会議に出なければならない。

 そう答えると、従者は足を一歩引いた。戦闘の構え。


「どちらにしても、本日の会議は終了です。我が主人の命に逆らうのであれば力づくでも」


 会議は終了……?

 そんなはずはない。出かける前にフィルシーさんが確認を取っていた。パルミーレの会議はよほどのことがない限り中止されることはない。


 それにこの従者。俺が誰だか知った上で、力づくで勝てると宣言している。従者ではないのか……? それにあの男は一体…………。


 トマトに視線を向けると、俺と同じく訝し気な表情をしていた。

 早めに来たので、幸いまだ時間はある。こいつらの意図を知っておいた方がいい。

 そんな気持ちが沸き起こり、俺はトマトへ尋ねた。


「さっきの男と少し話しても、大丈夫か?」

「ええ、まだ時間はたくさんありますから……」


 俺達の返事を聞いた従者は、踵を軸に反転し、歩み出した。


「こちらへどうぞ」


 その身軽な動作は、明らかにメイドや執事のそれと異なる。一体何者なのか。

 警戒を強めた俺の背後でトマトが囁いた。


「彼女は格闘家です」


 振り向くと、トマトはメイド服の裾を小さく握っていた。瞳は真っすぐ従者の背を見つめている。


 格闘家。

 初めて見る職業。黒服に包まれた背はやはり女のものだが、しなやかに波打つ背筋は、並大抵の人間では身につかない。

 飛び出そうとするバネを、さらに大きな力で閉じ込めているような、エネルギーの塊。

 その背を追いかけ、俺達は再び扉をくぐった。


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