第三十五話 日常 後日談とトマトのご褒美
「トマト、結局あの犯人はどうなったんだ?」
部屋のベッドでくつろぎながら何気なくたずねる。昨日あの戦いに終止符を打ったので今日は休みを貰った。トマトも今日は半日俺の世話しか仕事はないらしく、のんびり待機している。
「犯人……ガードー・デニルというらしいですが、あの人はもちろん、昨夜無事お帰りになりましたよ。見送りはしませんでしたが、シェプカで帰ると言ってました。鳥太様はあの人を心配してらっしゃるのですか?」
「いやいやいや、違うよ。そういうことじゃなくて、何か罰を受けるようなことはないのか? そのまま帰宅?」
トマトはきょとんとした顔をした後、俺の常識の無さを思い出したらしい。
「ええと、もちろんパルミーレに申告したので、犯人の職業カードはルッフィランテで保管していますよ。それと犯人は執事と契約を切ることになったので、次第にスキルも失っていくと思います」
「てことは、もうルッフィランテに危険はないのか……。やっと安心できるな」
「ええ、もう安心ですよ。今回も嫌な事件でしたね。鳥太様は危うくお外で一晩過ごすところでしたし……」
トマトは何気なく言ってから、ポツリと零した。
「ルッフィランテはメイド喫茶としては世界一、二位を争うほどお金を持っていますから、こういうことはたまにあるんですけどね」
「ん、犯人の目的は金だったのか?」
尋ねると、トマトは『しまった』という顔をした。
この子はフィルシーさんの世話役をしていた時期もあるので、俺の知らない内情も知っている。犯人が奪おうとしていたのはフィルシーさんが肌身離さずつけているボタンだったけど、あれその物が目当てではなかったのか。
「鳥太様……今のはなかったことにしてもいいでしょうか……」
失敗を恥じるようにもじもじと言われては断れるはずもない。
「わかった、聞かなかったことにしておく。あのボタンが目当てだったんだよな」
「ええ、あれ? 知っているんですか? フィルシーさんは慎重な人ですから、『鍵』は肌身離さず持っているのです。Dクラス以上のメイドはフィルシーさんのお世話役を一度経験していますから、知っている子も多いですけど」
トマトはあっさり秘密を暴露した。
あのボタンは鍵だったのか。金庫の鍵、あるいはそれに近い何か、ルッフィランテの金を引き出せるアイテムだったらしい。
「………………」
「………………」
無言で見つめ合い、三秒後。トマトは口に手を当てた。
「えっ、知らなかったんですか!」
「そこまでは知らなかった。悪い、てっきりあのボタンが骨董品の類かと思ってた。あるいは秘密のパワーが凝縮されたアイテムとか……」
うっかり零した中二妄想もトマトの耳には届いてないらしく、
「うあ……わわわ…………」
あからさまに動揺を見せている。未熟な青いトマトみたいだ。
「いや、俺には関係ないことだし、トマトから聞いたことは黙っておくよ」
そっとフォローを入れると、トマトはふーふーと息を落ち着かせた。
「で、では秘密にしてもらえると助かります……。でもフィルシーさんに聞かれたら正直に答えてくださいね。嘘をついてはいけないので」
「おお、さすがだな」
忠誠心というのはこういうものなのかと再確認する。
フィルシーさんが俺に話せない秘密をメイドさんに教えているのも納得だ。
「ところで、今ルッフィランテが世界一って言ってたけど、メイドの給料も他のメイド喫茶よりいいのか?」
いい機会なので聞いてみる。
普段メイドさんは金を使ってる気配がないし、自由に遊んでいるところもあまり見たことがない。仕事の合間に会話をしたり、試作料理で楽しそうにしているくらいだ。
「ええと、私はまだお給料を貰っていないので詳しくはわかりませんけど」
「…………は⁉」
思わず遮ってから、ぐるぐると考える。
「それはつまり……トマトは喫茶店をクビになったからってことか?」
「いえ、違いますよ。私はまだDクラスなので、お給料は貰えないのです。その代わりに三食おいしいご飯が食べられますし、ふかふかのベッドで寝れますし、いつも綺麗なメイド服が着れます」
トマトは幸せそうな顔でそんなことを言う。
文化の違いもここまでくると理解するのに時間がかかる。
「でも、小遣いがないと不便じゃないか……? フィルシーさんは本当に一ティクレもくれないのか?」
「はい。ですがときどき高価なお菓子を買ってくれますし、こういうのも買ってくれますし」
と頭につけているフリルのカチューシャを指す。
制服の一部じゃなかったらしい。
よく考えたらつけてないことも多いなあれ。
「なので、不便はないですよ。鳥太様もほとんどお金を使ってないのではないでしょうか?」
「ええ、まあ、そうだけどさ」
この世界に来て俺は買い物らしい買い物はしていない。元々インドア派な上、屋敷内はメイドさん天国なので、ほとんど外に出ようとも思わなかった。
「でも俺は衣食住に加えて少しは貰ってるのに、トマトが給料ゼロってのは……」
釈然としない俺に、トマトはぷっと噴き出した。
「欲しいものがあれば、フィルシーさんはときどき買ってくれますよ。楽器とかお洋服とかです。それに私はまだDクラスですから、修行してた頃の恩返しをする時期です。お給料を貰うのはCクラス以上になってからでいいのです」
「頑張ってるんだな~」
えらいな、と思うと同時に、ようやくこのシステムが俺にもわかってきた。
トマトは十年くらいここで修行を積んできた。その間は特に働かずに衣食住を保証されていたので、今は給料がもらえないということらしい。一瞬フィルシーさんがものすごくケチなのかと思ったが、そんなことはなかった。
今ルッフィランテにいるE、Fクラスのメイドさん、チョコちゃんとかもこうして育っていくんだろう。
ふと窓の外を見ると、丁度日が真上に上り始めている。
庭の噴水は虹のような色の蝶が舞っているいつも通りの光景。
そこでふと思いついた。
「トマト、ちょっと一緒に出かけないか?」
突然の申し出にきょとんとした後、トマトはぱっと顔を輝かせる。
「はい、なんでもお手伝いしますよ! お買い物ですか?」
「そうじゃなくて、前にした約束」
「約束……?」
何か重要な案件と勘違いしたらしく、トマトは険しい顔をし始めた。
俺はベッドから立ち上がり、軽く笑う。
「前に飲み物おごるって話したけど、あれ昼食でもいいか?」
「にゃっ⁉」
盛大に舌を噛んだらしい。
トマトは涙目になりながらこくこく頷く。
「いいのでふか?」
「もちろん、昨日と一昨日のお礼も兼ねて。盛大に食おう!」
ドアを開けながら言うと、トマトははっとした様子でドアマンの役目を代わろうとしたが、俺はそのままトマトを通した。
「あ、ありがとうございます! 外でお食事するなんて、すごいご褒美ですね!」
「大袈裟だなぁ」
微笑ましく思いながら、廊下に出て食べたい物を尋ねる。すると、
「実は、行きたいところがあるのです……!」
トマトは意外にもあっさりとリクエストしてくれた。
甘えてくれるのは可愛いな、と思いながら、その場所を聞いて納得した。
「フィルファードに行きたいです!」
フィルファード――トマトが以前に働いていた喫茶店で、久しぶりに再会したオーナーのジョゼロットさんは、生き別れの孫に会ったおじいちゃんみたいにトマトを歓迎してくれた。来てよかったと思う場面だ。
そして席に通され、俺はピザのような食べ物ファパッリ、トマトは昼食にはならなそうなアップルパイ系の食べ物シャトゼリーを頬張る。
トマトはしっかりしてるけど、まだ十五歳くらいだ。昼ごはんにデザートという怒られそうなことを一度はやってみたかったんだろう。
俺も初めて夜中にポテチを食べたときは妙な背徳感を味わったな……。と懐かしい思い出を振り返ったり、トマトの修業時代の話を聞いたりしながら、楽しい食事時を過ごした。
そして。
「鳥太様、ご馳走様でした!」
外に出ると、トマトは店先でペコリとお辞儀した。相変わらず礼儀正しい。
全国のお父さんが娘にしたいランキングに入るんじゃないかな、とよくわからない妄想が頭を過る。
「おう、美味かったな。また今度来ような」
何気なく、だけど本心でそう言うと、
「にゃっ⁉」
勢いよく顔を上げたトマトはまた盛大に舌を噛み、涙目で微笑んだ。




