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異世界のメイドさんを救うのは俺(ご主人様)だ!  作者: 豆夏木の実
謎の事件 シュガー・トスト
33/67

第三十二話 深夜の作戦

 ルッフィランテの三階はH型の廊下にメイドさんの部屋が連なっている。

 アルファベットでの位置は、『H』の左上が俺の部屋で、右上が風呂場だ。

 今夜俺とトマトは風呂場を監視し、犯人を捕まえる。


 いつもより遠慮がちなノックが聞こえ、部屋の扉を開くと、トマトの顔が手に持った灯りで薄く照らされていた。


「鳥太様、フィルシーさんがお風呂場に入ったのを確認しました。今から予定の位置に着きましょう」

「ああ、みんなを起こさないように、慎重にな」


 トマトは灯りを最小限に絞って歩き出した。俺も後に続く。

 『H』の横棒に位置する廊下で身を潜めた。

 ここなら全方向を監視できる。犯人がルッフィランテの内部にいるなら廊下でかち合うし、外部から侵入してくるなら階段から上ってくる可能性が高い。

 もしも脱衣所に直接侵入してきたとしても、フィルシーさんが何らかのアクションを起こしてくれれば助けに行ける。また、犯人を捕まえられなかったとしても、トマトが側にいることで俺の罪は晴れる。


「ところでトマト、あれは手に入りそうか?」


 腰を屈めながら尋ねる。

 フィルシーさんの書斎に保管されている――すべてのスキルが載っている分厚い本。それが手に入れば、昨夜犯人が侵入に使用したスキルを見つけられるかもしれない。トマトはそんなスキルはないと言っていたが、俺には漫画やゲームの知識があるので、スキルの応用法に思い至るかもしれない。


「残念ながら、お部屋に入れませんでした。今日はフィルシーさんが本のお部屋でずっと対策を練っていたのです。けれど、明日のお昼までには手に入ると思います」

「ありがとう、今晩犯人が捕まえられなかったらよろしく」


 雑談を終え、俺はトマトと背中を合わせた。

 トマトは風呂場と物置部屋の扉を、俺は階段側の廊下を監視する。

 メイドさん達が寝静まっているので、周囲は物音一つしない。


「鳥太様、こちら向きでいいのですか? 鳥太様がお風呂を見ていた方がいざというときに動けるのではないでしょうか」


 背中越しにトマトが囁いた。


「そっちもすぐに対応できるから大丈夫だ。何かあったら声をあげずに触れて知らせてくれ」

「はい、犯人に気づかれないようにですね。では灯も消しておきます」


 トマトが持っていた棒の尻を引っ張ると、その先端についていた豆粒大の光が消えた。


 俺が風呂場側を監視しない理由はもう一つある。

 万が一フィルシーさんが裸で飛び出してきたとしても、見ないようにする為だ。もちろん、これは口が裂けても言えない。


 そのまま数十分、暗闇の中でひたすら待った。

 二つの呼吸音だけが響く。


 寝間着用の簡易的なメイド服を着たトマトは衣擦れの音をさせずにじっとしている。

 俺は念のため戦闘服に着替えていたので、音の立たない素材に助けられている。


 明かり一つ無い廊下をじっと眺めているのは思ったよりもキツい。

 ぼんやりしていると、自分が目を開けているかどうかもわからくなりそうだ……。


 けれど、犯人が階段を上がってきたら、必ず暗闇が”揺れる”。

 それを見逃さないように…………。


 すーっと背後から流れる吐息の音が、切れそうな集中を引き戻した。

 フィルシーさんが風呂から出るまで一時間くらいか。ギリギリ集中力は持つ。


 俺が想定している犯人のスキルは『壁抜け』だ。現実世界でも天井裏のダクトを通り抜けるなど、建物の構造を突いた抜け穴を見つけることはある。それに加えてこの世界にはスキルが存在するので、こちらが想定していない方法で侵入することは可能なはずだ。


 それに対して、厄介なのは透明化のスキルだった場合。俺達には見えないので、捕まえるのは困難だろう。


 思考に飲まれて集中が監視から逸れるタイミングは何度も生じてしまう。透明化だとしたらこの隙に廊下を通過することはできるだろうか。いや、それでも風呂場への扉を開いた瞬間にトマトが気付く。俺達の姿を確認して犯人が逃げる可能性はあるが……。


 ふと、背後のトマトが小さな衣擦れの音を立てた。

 体勢を変えた様子はなく、無造作に動いたような音には、少し違和感があった。


 振り向いてから、その顔が闇に隠れているのを思い出し、視線を戻して声をかける。


「トマト、大丈夫か?」

「鳥太様…………申し訳ありません」


 突然の謝罪に不安が募るが、平静を装って質問を重ねる。


「どうした? 落ち着いて話してくれ」

「いえっ、あのっ……その…………」


 上ずった声は、恥じらっている顔を容易に浮かばせた。

 この声だけで察する俺もどうかと思うけど、気付いてしまった以上、知らん顔するわけにはいかない。


「二~三分くらい一人でも大丈夫だ。休憩してきてくれ」


 と告げると、トマトはホッと息をついた。


「……はい、すみません!」


 そそくさと立ち上がる。

 トマトはほぼ休みなく働いていた上で俺の手伝いもしてくれていたので、これまでトイレに行く時間がなかったのだろう。


 すぐ近くにあるトイレをスルーして下の階に降りて行ったけど、脳内で詮索するのはやめておく。


 トマトが戻ってくるまで三分~五分程度。この間は三方向に集中する必要がある。

 闇の中で一パーセント程度しか機能しない視覚と聴覚を研ぎ澄ませ、トマトが去っていった階段を眺める。


 ふと、背後で小さな光が漏れた。


「――――っ!」


 風呂上がりのフィルシーさんが出てきた。

 慌てて壁に身を隠す。


 一瞬目が合ったかもしれない。バレたなら説明すればいいのかもしれないけど、トマト不在で対応するのは心もとない。おまけに条件反射で隠れてしまったので、弁解が難しくなった。


 扉が全開にされたのか、廊下は橙色の光に照らされた。

 暗闇に目が慣れていたせいで眩しく、やましい行為を咎められているようにすら感じる。


 音が聞こえないのはフィルシーさんが立ち止まっているからか、それとも息を殺しているからか。

 今すぐ出ていくべきか……?

 けど、タイミングが悪すぎる。こっそり部屋に戻るべきか…………。


 メイドさんを守る状況なら怖いものはないが、これまでと異なるピンチに対応できない。額にじんわりと汗が滲む。


 突然、廊下の光が消えた。

 暗闇で何かが動く気配。

 それは俺の目の前でダンッと床を鳴らし、シュッと細く鋭い息を漏らした。


 慌てて回避。

 これまでの経験から辛うじてそれが攻撃だとわかった。

 転がるように自分のいた場所から退き、髪に感じた風圧からその殺意の大きさを知る。


 犯人か⁉


 どこから侵入したのかわからないが、このタイミングで現れた上に、まさか攻勢で来るとは思わなかった。

 退路の階段側を塞ぐべきか。

 いや、ここは……


 フィルシーさんを守る為、風呂場への進路に立ち塞がる。


 ダンッッ!


 相手が再び床を踏み切った。気配を隠そうとする様子もない。厚い板の間に響く音は、全力で踏み切った音色だ。しかし、思いのほか軽く小さい。


 至近距離に生じた風圧を二歩下がって躱すと、再びスッと小さな息の音が聞こえ、ようやくその正体に思い至った。

 この攻撃は………………


 と、油断した瞬間、


「――――――っ!」


 完全に警戒を怠っていた背後から、後頭部に硬質な物体が振り下ろされた。

 鈍い痛みが広がる。

 再び背後で誰かが何かを振りかぶった。

 同時に、前方から凶暴な小動物のような気配が飛んでくる。


「ま、待った! 俺だ! 鳥太だ!」


 背後から振り下ろされた木の棒らしき物を左手で受け、前方から突っ込んできた拳を右手で払う。そして明らかに俺の正体を察したであろう前方の小さな影は、ワンテンポ遅れて俺の腹を軽く殴った。


 この負けず嫌いな性格。間違いない…………。


「チズだな」


 廊下に明かりが灯ると、チズが寝不足と殺意が混じった瞳で俺を睨んでいた。

 小柄な影の正体はやっぱりこの子だ。


 そして、背後から木製の花瓶で殴りつけてきたのはフィルシーさん。


「と、鳥太君ですか……」

「はい、俺です。犯人じゃないですよ」


 フィルシーさんとチズも俺達と同じように、今夜脱衣所に犯人が現れると踏んで、事前に打ち合わせをしていたんだろう。たぶん、フィルシーさんは俺の正体に気付いた後、チズの部屋に合図を送っていた。


 フーッと猫のような荒い息を吐くチズから視線を逸らし、弁明しようとフィルシーさんに視線を向ける。


 薄手の寝間着姿のフィルシーさんの胸には、いつもブラウスに付けているのと同じボタンがついてる。相変わらず胸の大きさで弾き飛びそうだ。


「鳥太君、何か言いたいことはありますか……?」

「え、いや、俺は何も見てない」

「はい? なんで鳥太君はここにいるのかお聞きしたいのですが」


 胸の話じゃないのか。落ち着け、俺。ここで動揺を見せるのはマズい。


「いや、俺は犯人を捕まえようと見張ってたんだ。トマトもさっきまで一緒にいた。今はトイ……下にいってるけど」

「そうですか……では鳥太君はずっとここにいたのですね?」

「はい、廊下をずっと監視してました」

「では、誰かが脱衣所に侵入したのを見ましたか?」

「いや、誰も見てない」


 フィルシーさんは長い睫毛を風呂場の方へ向け、世間話でもするかのように告げた。


「鳥太君、誰も侵入していないのなら、なぜ脱衣所のものが動かされているのでしょう?」




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