第二話 女神とご主人様
メイド服のようにヒラヒラとした絨毯の上で目を覚ました。
カーテンも見慣れた刺繍がほどこされていて、窓枠は巨大なメガネのフレームのようになっている。
ファンシーながら落ち着いた色調の空間で、しっとりとした声が響く。
「葉風鳥太さん、目を覚ましたのですね」
パフェを持った美女が近づいてきた。
白い肌、白い髪、金色の瞳。
真っ白なメイド服を纏った神々しい美女は、パフェを口に運んだ。
ぱくっ。
「ふぁふぁえふぉいふぁふぁん、あなふぁはふぃにまふぃふぁ」
「………………」
ごくんと飲み込んでから再挑戦。
「葉風鳥太さん、あなたは死にました」
「うん、覚えてるよ」
短く答えると、美女は優しく微笑んだ。
「ご心情お察しします。少し気持ちを整理する時間をあげましょう」
「いや、べつにいらな」「あと十秒」
美女は俺の言葉を遮って『ちっちっちっちっち』と口ずさむ。なんなんだこの人……。
「はい、お終いです。気持ちの整理はできましたか?」
「最初からできてます」
「ほうほう、なかなか度胸の据わった方ですね。では、ここで衝撃の事実をお伝えしましょう」
「衝撃の事実?」
オウム返しで聞き返すと、美女は得意気に人差し指を立てた。
「はい、実は私、神様なんです!」
「へー、それでそれで?」
「…………………」
あ、これで終わりだったのか。
死後の世界でいきなり誰か現れたら、普通神か天使あたりだと思うよ……。そこに意外性はないよ……。
ゴホン、と咳をして女神は取り繕う。
「思ったよりも理解力があるようですので、いろいろ細かい説明をすっとばして、本題に入りましょう」
「助かります!」
女神はもの言いたげな反応をした後、すまし顔に戻って続ける。
「実は、葉風さんは死んだ後、元の世界で生まれ変わる予定だったのですが、私があなたの世界の神に交渉してこちらに奪ってきました。ですから、私の統括する世界に生まれ変わっていただきます」
「はっ!? ちょっと待て、なんでそんなことを!?」
「いいリアクションですね、それが欲しかったのです」
女神は嬉しそうに微笑んだ。
なんなんだこの神は……。
「葉風さん、あなたには素質があります。私は死者のリストからあなたの死因を知り、ぜひ私達の世界に欲しいと思ったのです」
女神は前のめりになり顔を近づけてきた。
「あなたはメイド愛に溢れています。そうですね?」
「もちろん」
当たり前すぎる質問だったのであえて軽く頷く。
「よかったです。あなたがいまから生まれ変わる世界には大勢のメイドがいます。そこであなたが取るべき行動は“自由”です。神である私が指示を下すことはありません。けれど、あなたは世界に平和をもたらしてくれる可能性があると、私は考えています」
「ちょ、ちょっと待て。メイドのいる世界って、中世ヨーロッパか何かか? そんなガチのメイドさんはちょっと違うぞ。それに世界の平和って、いまどっから出てきた?」
「質問が多いですね。面倒なのでまとめてお答えすると、あなたが考えているような世界ではまったくありません。常識を捨て、世界に順応してください。あなたならきっと世界を救えるはず……いえ、“メイド”を救えるはずです」
「メイドを……救う……?」
女神の不親切な説明に疑心が募っていく。けど、メイドという単語が出た以上、俺の選択肢は一つに絞られた。
「覚悟ができたようですね。では一つだけ注意点をお伝えします。あなたを赤ん坊にリセットしてしまうと、メイド愛が消えてしまうかもしれないので」「そんなわけないだろっ!」
神にぶちぎれてしまった。
「あ、すみません続けて下さい」
「こほん……いまの無礼は特別に許しましょう。次やったらイモムシに転生させますが」
陰湿だな!
「とにかく、あなたを赤ん坊にしたくはないので、いまの年齢で記憶を保ったままこちらの世界に送ります。ですから最初に社会的身分――職業を決めてもらわなければなりません」
「職業……?」
「はい、こちらのメニューからお選びください」
「………………」
メイド喫茶のメニューみたいなものを受け取って開くと、丸っこい文字で職業が書かれていた。
パタン。
「“ご主人様”で」
「即答ですね……」
「おう」
あっさり答えると女神は俺に右手をかざし、持っていたメニューを謎の力で浮遊させた。
ペラッとさっきのページがめくれる。
・執事 ・メイド ・ご主人様 ・魔法使い ・億万長者ニート ・大富豪 ・政治家 ・旅人 ・勇者 ・格闘家 ・マジシャン ・職人 ・踊り子 ・生産者 ・調合師 ・音楽家 ・料理人 ・アサシン ・弁護士 ・管理人 ・うさぎ係 ・着付け師 ・庭師 ・ランダム ・神様におまかせ ・―― ・―― ・―― ・―― ・―― …………
数百種類のメニューが書かれている。
さっき一瞬でご主人様を見つけて即答したけど、よく見ると人生勝ち組が確定してるようなものや、よくわからないものもある。
「葉風さん、本当に“ご主人様”でいいのですね? この中には世界で『称号』として認められているものもあれば、ただの職業や世間的な肩書、ハズレも含まれています」
「もちろん、ご主人様一択だ。たとえこのリストに“神”が含まれていたとしても変えるつもりはない」
ていうかハズレは確実に『うさぎ係』だろ。これ小学校の飼育係じゃないのか……?
「なるほど、いい答えですね。ちなみにハズレは『うさぎ係』です」
「やっぱりな!」
女神はちょっと悔しそうな顔をした後、威厳のある表情を作って続けた。
「それでは、いまから転生を始めますが、一つだけヒントをお伝えしておきます」
「ヒント?」
「はい。ここでの職業選びは、あくまでも“職業”です。当たりはずれはありますが、どれを選んだとしても世界を変える力はありません。その力が手に入るとすれば、転生した後」
そこで女神は区切り、まじまじと俺を見つめた。
転生した後、世界を変える力が手に入るかもしれない……?
「あまり欲はなさそうですね。けれど、あなたの行動と運次第では、望まずともその力が手に入る可能性があります。その際にはぜひ世界を救ってください」
軽い調子で言った後、女神は立ち上がり、指でハートマークを作った。
このポーズは……。
「あ、それと一つだけ、別世界に連れてきてしまったお詫びに、少しだけ身体能力をアップさせておきますね。どちらにしても人間の身体能力では、こちらの世界でまったく通用しませんので」
「あ、そんな超人達の巣窟なんだ」
「ええ、でも可愛い世界ですよ。私の第一志望でしたから。自信を持ってオススメします。では転生させますね」
そう言って、女神は胸の前に作ったハートマークを可愛く左右に揺らした。
「生まれかわ~れ、モエモエ、キュン♡」




