第一話 家はメイド喫茶
俺――葉風鳥太はメイドさんに囲まれて暮らしていた。
ドアを開ければ『おかえりなさいませ。ご主人様!』と大勢のメイドさんに迎えられて、席に着くとメイドさんがぴょこぴょこと食事の注文を取りに来てくれる。
ときには一緒にゲームをしたり、写真を撮ったり、オムライスに似顔絵を書いて貰ったりして、楽しく暮らしていた。
――つまり、俺は家を持たず、バイト代の全てをメイド喫茶に注ぎこみ、『ご主人様』として暮らしていた。
しかし、これが俺の死を招いた。
俺の通っていたメイド喫茶『ほーむ☆めいど』には、料理のできるメイドさんが一人もいなかった。
あえて料理のヘタなアニメヒロイン系のメイドさんを集い、レトルトなどではない、彼女達が作った料理を提供してくれていたのだ。
下手なりに一生懸命作ってくれた料理を頑張って食べる。それがご主人様としてのメイドに対する敬意であり、愛だ。
そんなご主人様としての使命を全うする為に、俺は三食プラスおやつのパフェまで、全ての食事を『ほーむ☆めいど』で食べていた。
俺に懐いてくれていたマロフィーユちゃんは中でもぶっちぎりの料理下手で、焦げた生ごみや溶けた宇宙人のような物体を申し訳なさそうな顔で運んできてくれたけど、俺は笑顔で全部食べた。
だって“おいしくなるおまじない”をかけてくれたんだから、おいしいに決まってるじゃないか!
『一生懸命作ってくれたことが何よりも嬉しいよ』
クールな顔で彼女の料理を平らげた。
彼女の言う『おいしく作れなくてゴメンなさい』を、『ありがとう! ご主人様!』の笑顔に変える為に。
この感謝の言葉だけメイドさんはタメ口になる。常連のご主人様達だけが知っている裏技だった。
俺の誕生日、マロフィーユちゃんはいつものパフェをお誕生日仕様にしてくれた。
チキンの丸焼きのように見えたそれを、マロフィーユちゃんは『パフェです』と言っていたので、パフェなんだろう。
一口食べると腐乱と狂気と混沌と死と愛の味がした。
俺はそれ以上スプーンを動かすことができなかった。
震える手から金属の感触が零れおち、『カシャン』という音に重なって視界がぐらついた。
硬い床の衝撃を受けたのに、痛みはなかった。
――『ご主人様』失格だ……
朦朧とする意識の中で後悔が残った。
死への後悔なんかじゃない。『メイドさんの愛を受け止めることができなかった』という後悔だ。
メイドさんが作ってくれた料理で死ぬのは最高の死に方だ。
けど、俺は最後の最後で『ご主人様』ではいられなかった。
大勢のメイドさん達が心配そうに見守ってくれている中、俺は最後までメイドさん達の姿を目に焼き付けようと目を開いていた。
けれど、やがて桃源郷のような光景は光に包まれフェードアウトした。