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第十七話 世話役決定

 翌朝、朝食を食べ終わってすぐフィルシーさんに呼び出された。

 三階の中央に位置する部屋の中にはタマゴ型のソファがあり、ふわふわした材質に尻を沈めると椅子の形に変形する。


 テーブルを挟んで向かい合った美女は、いつも通りブラウスのボタンを首元まで閉じ、大きな二つの半球を上品に押さえている。

 そんな胸元の防御と対照的に露出した二の腕は、コーヒーのような黒い液体を口に運ぶ動作を涼し気に見せた。


「ふぅ……朝はコロレアがないと落ち着かないのです。鳥太君もどうぞ」

「はい、いただきます」


 勧められた液体を飲むと、ほのかな苦みとミントのような爽やかさが口内に広がった。

 たしかにこれは眠気覚ましにいいかもしれない。


 フィルシーさんは湯上りのようなため息を吐き、上機嫌で語り出した。


「鳥太君、昨日はお疲れ様でした。オレンを助けてくれて本当にありがとうございます。彼女は明るい性格なのであまりいじめを気にしていなかったようですが、昨日は大変だったようですから、あのタイミングで連れ戻せて本当によかったです」

「はい、そう思います」


 昨日ジディグが行っていた暴虐を止められたのは本当によかった。

 あと一日遅れていたら、俺もフィルシーさんもこんな気分で朝を迎えることはできなかっただろう。


「仕事の成果は百点満点です。鳥太君、お話しした通りお世話役を決めていただくことになりますが、もう決めたのですね?」

「はい、トマトにお願いしました」


 昨夜スキルを貰う約束をした後、当然の流れでお世話役をトマトに頼んだ。

 本当はサッパリした性格のマカロに頼もうと思っていたが、俺の一番信頼している子が俺を慕ってくれていたのだから迷うことはない。


「鳥太君はSクラスメイドも含めたルッフィランテの中で、トマトを選んだのですね。微笑ましいエピソードです。まあ私は鳥太君ならそうすると思っていましたけどね」

「う……」


 さすが人心掌握に長けてるフィルシーさんにはバレバレだったらしい。

 気恥ずかしさを紛らわせるように苦笑いを浮かべ、別の話題を振る。


「そういえば、トマトからスキルを貰う約束もしました。トマトは俺に忠誠を誓ってくれるそうです」

「本当ですか! それはよかったです。今回の戦いは少し危険でしたからね。メイドのスキルは執事に比べると少し劣りますが、トマトから鳥太君への忠誠心は強いので、きっとこれからの戦闘で役に立つと思いますよ」

「そう言ってもらえると安心です」


 スキルの効果はメイドや執事の忠誠心によって多少上下する。これからはトマトとの信頼関係が大事だ。

 そしてもう一つ


「スキルを貰ったら、クシィに戦闘訓練を頼んでみます。スキル相手にも戦闘経験があるらしいです」


 俺はスキルに関しては使い方もわからないし、効果や持続時間なども知らない。

 戦闘のエキスパートであるクシィなら、詳しくアドバイスしてくれるだろう。


「鳥太君、いい意気込みですね。初日からとても頑張ってくれています。そんな鳥太君に昨日の成功報酬をあげましょう。家賃やお食事代を差し引いて、五十ティクレです」

「ありがとうございます!」


 一文無しだったので日払い報酬は嬉しい。差し出された硬貨を受け取ろうと笑顔で手を伸ばす。

 すると、フィルシーさんは顔に困惑を浮かべた。


「鳥太君、冗談に決まっているじゃないですか……」

「え」


 硬貨を引っ込められてしまった。

 たしかにまだ一度働いただけだから、食事と家賃でむしろマイナスかもしれない……。

 内心がっかりしていると、フィルシーさんは机から丸まった小さな紙を取り出した。


「五十ティクレでは何もできないでしょう。鳥太君はお金をあまり持っていないようですから、最低限は必要な物を買い足せるように、五千ティクレを前貸ししておきます。ルッフィランテでの宿代やお食事代はこれから少しずつ稼いで貰えば大丈夫ですよ」

「あ、ありがとうございます!」


 予想外なフィルシーさんの茶目っ気を新鮮に感じつつ、丸まった紙幣を受け取った。

 厚さからして一枚。

 案外、日本円に近い貨幣システムなのかもしれない。


 紙幣は嬉しいけど、さっきの硬貨の模様をもう一度見たかったな……とどうでもいいことを考えていると、フィルシーさんがプチ怒の顔をしていた。


「ちなみに鳥太君、本当に私が五十ティクレしかあげないケチな人だと思ったのですか? 私はこう見えても太っ腹なんですよ」


 キュッとくびれのあるパーフェクトボディの美女が言う。いや、太っ腹はそういう意味じゃないのはわかってるけどね……。


『金の価値がわからなかったです!』というストレートな言い訳は危険なので、『は』だか『へ』だかわからない曖昧な文字列と苦笑いで誤魔化すと、フィルシーさんは小さく嘆息した。


「ふぅ、まあいいでしょう。ひとまず鳥太君に関することはすべて順調ですから、スキルを貰えるように頑張ってくださいね。それと、トマトはあくまでも鳥太君に貸してあげているだけですから、四六時中独占してはだめですよ」

「はい、大丈夫です! わかってます!」


 そういえば上司に『わかってます』は厳禁だっけな、と活かしきれてない生前の経験が頭を過ったが、フィルシーさんは笑顔で送り出してくれた。

 部屋を出て向かった先はトマトのいるところ。


 といってもどこかわからなかったので、廊下ですれ違ったシュガー・トストに案内してもらった。

 シュガーは皿洗いで軽く挨拶を交わしたときに『困ったことがあれば何でも聞いてください』と言ってた言葉通り、丁寧に案内してくれた。


 彼女の瞳はラメが入ったようにキラキラと光る特殊な白色で、この世界でもなかなか珍しいらしい。

 そんな雑談を交わしている内に、トマトが掃除をしていた大部屋に到着。


「ありがとう、シュガー。助かったよ」

「はぅっ、お礼を言っていただけるなんて感激です! こちらこそありがとうございました!」

「え……うん」


 よくわからないハイテンションのメイドさんは、胸を手で押さえながらよろよろと去っていく。

『はぅっ』と謎の声が再び廊下の先で聞こえて心配になったが、そのあと突然鼻歌を歌い出したので、スルーして大部屋に入る。


「トマト、お疲れ様。フィルシーさんに話してきた。仕事終わったら時間もらえるかな」

「鳥太様! もちろんです! あとでお部屋にいきますね。本日からよろしくお願いします!」

「こちらこそよろしく」


 ペコリと下げられた赤茶色の髪を見て、俺もギクシャクと頭を下げる。

 仕事を邪魔しても悪いのですぐ部屋に戻り、十分ほどすると軽く息の乱れたトマトが部屋にやってきた。


「と、鳥太様、お待たせいたしましたっ」

「早かったな、そんな急がなくても……」

「いいえ、今日から鳥太様のお世話役ですから、少しでも長く鳥太様のお側にいます」


 フィルシーさんにトマトを独占しないように言われたばかりだけど、やる気を出してるお世話役さんに水を差すのも悪いので、軽く礼を言っておく。


 そして本日の本題。


「トマト、今日の『忠誠を誓う』っていうのは具体的には何をするんだ?」


 昨日あの場で済ませなかったことを考えると、何か儀式が必要なのかもしれない。

 そんな答えを想定していたら、トマトは照れながら小声で言った。


「それは、そのっ……『人それぞれ』ですっ……」


『照れる』という動詞が『テレテレする』に変化しそうなほど、乙女チックな表情。

 人それぞれと言われてもまったくイメージができない。


「たとえばどんなのがあるんだ?」

「えっとぉ、それはですね~」


 前で合わせた手をもじもじさせながら、ケーキを選ぶ女の子みたいな顔をする。


「たとえば、マッサージをしてさしあげて、髪を整えさせていただいて、そのあとお風呂で背中をお流しして、お耳を掃除して、最後は誓いのキスをするのが定番です」

「定番……なのか……」


 なんだその夢のようなフルコースは。

 喜びたいけど絶対フィルシーさんに怒られるだろ。


「鳥太様、いやですか……?」

「うっ……」


 上目遣いで見つめられると抗う気力が奪われていく。

 元々トマトは非のうちどころがない美少女だ。

 そこにほっぺたを赤く染めた表情と、可愛さを際立たせるメイド服が合わさり、俺に対する最強の交渉術になっている。


 お手伝いメイドさんにあっさりKOされた俺は、フィルシーさんに怒られるのを覚悟で頷いた。


「じゃあ、それでお願いします……」

「はいっ! ではまずはマッサージです! ベッドでうつぶせになってください!」


 内心、服を着たままでよかったと胸を撫でおろしながら、トマトの指示に従う。


 小さな手が肩に乗せられると、筋肉の疲労をピンポイントで見抜いているかのようなテクニックが炸裂した。

 一昨日、俺の身体能力を測定したときの力強い揉み方とは違い、叩いたり揺すったり多様な技術を併用し、リラクゼーションを目的としているのが伝わってくる。


 一昨日の身体能力測定でも体が楽になったが、本気のマッサージはここまで違うのかと、十年修行を積んだメイドさんの技術に感嘆のため息が漏れる。


「鳥太様、お体の傷は痛くないですか?」

「ああ、全然大丈夫だ」


 言われて気付いたが、あれだけダメージを受けた翌日なのに、痛みはまったく感じない。

 そういえば俺の回復力はAだったな。Sならこれよりすごいのか。


「鳥太様のお体は傷への耐性がとても強いので、体内に蓄積されたダメージの方が大きいと思います。目に見えないので忘れてしまいがちですが、内部ダメージが一定量を越えると突然動けなくなることもありますからね。戦闘後なら私がサポートできますので、できるだけこまめに申しつけてくださいね」

「ありがとう、また頼むよ」

「はいっ」


 トマトの口ぶりからするとこの世界の“内部ダメージ”というものは、マッサージで回復できるらしい。単純に体内の怪我というわけではなさそうだ。


 それにしても頻繁にこの至福を受けられるとは役得だ。

 徐々に温まってくる体は完全な脱力状態でありながら、動こうと思えばいますぐ機敏に動けるほどのエネルギーが満ちている。

 まさに最高のリラックス状態。


 へたをすればこのマッサージを受けているだけで戦闘力も上がるかもしれない。

 そんなポジティブ妄想をしていると、トマトが何気ない口調で禁断の言葉を口にした。


「鳥太様、仰向けになってください」

「………………」


 ここまでしてもらっていまさら拒否できるはずもない。


「わ、わかった……」

「ふふ、お顔が見れると緊張しているかがわかるのでやりやすいです。まだ少し固いですね」

「ソウデスカ……」


 トマトに見つめられながらマッサージをされるという気恥ずかしいシチュエーションは、その後、顔にタオルをかけることを提案してなんとか回避できた。


 しかし、表向きになり視界を奪われた俺は、マッサージの気持ちよさが別のベクトルに向かないように必死で堪えるという苦行を課せられ、その後の約二十分間、地獄と天国を同時に味わった。

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