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第十六話 信頼 ~トマトの涙~

 部屋に戻り自室でくつろいでいると、ドアをノックする音が聞こえた。


「鳥太様、トマトです」

「おはよう」


 ドアを開けて答えると、トマトはお礼の代わりにお辞儀をした。


「鳥太様、おはようございます。中に入ってもよろしいでしょうか?」

「もちろん」


 右手で椅子を勧めたが、トマトはふるふると首を振った。人の部屋の椅子に座るのはメイドさんにとって気が重いらしい。

 俺だけ座るのも気兼ねしたのでそのまま立っていると、トマトは固い表情で口を開いた。


「鳥太様、本日はお仕事お疲れ様でした。フィルシーさんは鳥太様のご活躍をとても褒めていらっしゃいました。ですが、今日の鳥太様の戦い方に関しては、少しお怒りです。いまお話しするとお説教になってしまうかもしれないので、明日改めてお話するとのことです」


 今日俺はオレンが退避するまで防御に徹し、執事を引きつけていた。

 フィルシーさんは正義感が強い人だから、そんな自分を犠牲にする戦い方に怒っているということだろう。


「たしかに鳥太様の行動のおかげでオレンを救出できましたが……フィルシーさんは鳥太様のお体を心配なさっています。とても危険でしたから……。これからは私も状況を見極めて、早めに撤退指示を出せるように注意します」

「俺は大丈夫だけど、トマト、フィルシーさんに怒られたならごめんな」


「いいえ、怒られていませんよ。オレンを救出できたことについてはとても褒めて下さいました。フィルシーさんにとってそれが何よりも大切なことですから。そしてそんなフィルシーさんから鳥太様に伝言ですが、やはり今回の活躍は認めていらっしゃいますので、今朝お話しした通り、お世話役はSクラスメイドも含めて、自由に選んでいいそうです」

「そっか。報告ありがとう。お世話役は決めたから、明日その子にお願いするつもりだよ」


 断られる可能性もあるので、名前はまだ口にはしない。

 するとトマトは瞳に寂しそうな色を携えて、そっと口を開いた。


「鳥太様、実はもう一つお話があります」


 これまで聞いたことのない深刻な声に、俺は何も言えず、無言で続きを促す。


「実は……」


 言いにくそうに、不思議な赤系統の瞳が部屋の隅に逸らされる。


「鳥太様の本日の戦いをご報告したところ、やはりスキルが必要だという結論に至りました。フィルシーさんは、鳥太様に忠誠を誓うメイドはスキルを与えていいと、明日のメイド会議で全員にお伝えされる予定です。忠誠を誓うというのはお世話役や専属メイドという形式上のことではなく、鳥太様のことを想い、心を捧げるという意味です」


 トマトの表情はまだ緊張を保っている。

 ここまで聞く限りでは、俺がスキルを得られるかどうか、メイドさんから忠誠を得られるかどうかが問題なのだろう。


「まだ頼りないかもしれないけど、忠誠を誓われるように努力するよ。スキルはしばらく手に入らないかもしれないけど、そんな深刻そうな顔しなくていい」

「鳥太様、何をおっしゃっているのですか……?」


 トマトは怪訝そうな顔をした。

 ここに来てからよくされる反応なので、自分が何かやらかしたことだけは察する。


「えと、ごめん。違ったか」


「違います。今日ミリザに行く途中でお伝えしましたが、いまルッフィランテにいるメイドのほとんどは、鳥太様に忠誠を誓うことを拒んだりはしません。鳥太様はたった二日で私とオレン、二人も助けて下さいました。私達に対する接し方もとても紳士的で、本当にお優しい方です。ですから、鳥太様がスキルを得ること自体はとても簡単なのです」


「……そうなのか……てっきりリップサービスだと……」

「そんなはずないです! 本当ですよ!」


 トマトはほっぺたを膨らませて熱の籠った口調で言った。どうやら本気らしい。

 それならスキルは得られるわけだから、一見何の問題もなさそうに思える。


「ですが、鳥太様。メイドのスキルはとても弱いのです」


 トマトは小さく拳を握り、悔しそうに呟いた。


「執事の忠誠によって得られるスキルは、鳥太様が本日ご体感された通り、有利な状況を生み出す特殊効果を持っています。それに対してメイドのスキルは、効果が微弱で使用回数が少なく、持続時間も短いです。稀に便利なスキルもありますが、執事のように、一クラスの戦力差をひっくり返せるようなスキルはありません。また、スキルはメイドや執事の忠誠心によって効果が増減しますが、忠誠心は皆備えているものですから、大きな差が生まれることも少ないです」


 自身の無力さを嘆くような言葉が、部屋の中にぽつりと零れ落ちる。


「鳥太様の職業は不明ですが、どの職業でもスキルの所持数には上限があります。そして、一度スキルを取得してしまった場合、書き変えることはできません。ですから、メイドのスキルで取得上限に達してしまった場合、執事に忠誠を誓われる機会があっても、スキルを得られなくなっていまうのです。メイドのスキルを得るかどうかの判断は、鳥太様自身にお任せします。もしもルッフィランテのメイドから選ぶなら、Sクラスから選んでください」


 トマトは本気で俺の身を案じてくれているらしかった。

 このまま戦い続ければ、いつか負ける日が来るかもしれない。スキルが得られるなら得るべきだろう。けど、


「俺は執事のスキルが欲しいとは思わない。メイドを守る役目だから、メイドのスキルで戦う。メイドがこの世界で、執事に負けないことを証明する。ただ、俺はスキル目当てでメイドを選ぶようなことはしたくないんだ」


 トマトは瞳に驚愕を浮かべた。

 わなわなと震える口元が何か言いたそうにしている。

 変なこだわりを持たずにちゃんと戦力で選べと言いたいんだろう。


 悪いけど、俺はメイドさんを守る者として、メイドさんの気持ちを無視するわけにはいかない。


「最初にスキルの話を聞いたときから考えてた。忠誠を授かるってのはそんな簡単な話じゃない。スキルがどうとかよりも、お互いに信頼できる相手を探すよ」


 トマトは口を噤み、俺の言葉に耳を傾けてくれた。


 真剣に話せばちゃんと聞いてくれる。仕事熱心で、優秀で、的確に俺のサポートをしてくれる。

 メイド服が誰よりも似合う、非の打ち所のない女の子。


「トマト、俺がルッフィランテで一番信頼してるのは君だ。いますぐじゃなくていい。いつかトマトが俺を信頼していいと思ったら、そのときは忠誠を誓ってほしい」


 告白じみた言葉は、自然と口をついて心の中から飛び出した。


 顔を真っ赤に染めた赤茶色の髪のメイドさんは、じっと何かを堪えるように震えながら、潤んだ瞳を俺に向けた。


 まだ出会ってたったの二日。早かったかもしれない。けど、これははっきり伝えておく必要があった。

 いつか忠誠を誓ってくれという宣言は、俺自身に対する鼓舞でもある。


 しかし、赤茶色の髪は小刻みに左右に震え、次第に大きく、はっきりと横へ振れた。


 拒絶。


 その二文字が脳裏に過った。


 そしてトマトは決壊したように、泣き交じりの声で叫んだ。


「鳥太様ぁっ……私はっ……私はずっと鳥太様を、信頼していますっ! お話をする度に……お側にいる時間を過ごす度に……お仕えするなら鳥太様がいいとっ……思っているのですっ……!」


 予想外の言葉が、耳を通り抜け、頭の中で反芻される。

 伝わってくる言葉の意味が広がっていくように、体中が指先まで熱を帯びていく。

 俺を懲らしめるように、その健気な姿が、胸の内側をぎゅっと握りしめる。


「“いつか”なんてっ……言わないでくださいっ……! まだ信頼されてないだなんてっ……そんな悲しいことっ……思わないでくださいっ…………! なんでっ……信じてくれないんですかぁっ…………」


 小さなメイドさんの言葉が一つ一つ胸に突き刺さっていく。

 この子がこんなにも俺に信頼を寄せていたことに、俺はいままで気付いていなかった。


 信頼されていないと思い込むのは、相手を信頼していないのと同じことだ。

 馬鹿な俺の思いがこの子を泣かせてしまった。


「私は、鳥太様がお望みになればっ……いつだって……忠誠を誓いますっ……」

「……っ」


 俺は何も考えられず、ただその小さな体を抱きしめた。

 後悔を伝える言葉がなくても、この子の涙を止めたかった。


「鳥……太……様ぁっ…………」


 腕の中にある柔らかな温もりが、吐息混じりの声を漏らした。


 俺は、この子の信頼に答えよう。

 この子が忠誠を誓っても恥ずかしくないような人間になろう。


 自然と湧き上がってきた想いを忘れないように、力を入れた腕の中に伝わる感触を、もう一度ゆっくり確かめた。

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