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第十二話 初仕事(前編)~オレン・ピール救出任務~

 講堂に戻るとトマトは仕事モードの顔で、メモも見ずにスラスラと説明を始めた。


「鳥太様、本日のお仕事は、喫茶店『ミリザ』で働くDクラスメイド『オレン・ピール』が職場でいじめに遭っているという情報の真偽を確認し、事実であればオレンを救出することです。喫茶店のオーナーは『ディルタア』――三十五歳、職業は“主人”、スキルは一つ、本人の戦闘能力はゼロに等しいですが、所持執事はAクラスが三人。正面戦闘になると勝てる可能性は低いです。できるだけ戦闘を避け、交渉が失敗したらすぐにオレンを回収しましょう。万が一戦闘に巻き込まれAクラス執事にスキルを付与された場合、勝ち目は非常に薄くなります。その場合はオレンを一時諦めて即退避です」

「すごいな……本当に一晩で全部暗記したのか……」


「はい、他にもミリザ周辺の道や避難できるメイド喫茶、ミリザの従業員や常連客の情報もあります。オレンは一年ほどこの店で働いていますが、ディルタアと執事によるオレンへのいじめを常連客が面白がり、いじめが徐々にエスカレートし、最近では常連客への見世物のようになっているとの情報が、偶然店に立ち寄ったお客様から伝えられました」

「許せねえ……すぐ助けに行こう」


「鳥太君、元気があるのはいいのですが……」


 フィルシーさんが俺の両肩を撫でる。


「あまり危険なことはしないでください。私もこの話が本当であればディルタアを許せませんが、鳥太君が傷つけられてしまえば、私は同じくらい怒ります。いいですね、あなたの仕事は戦うことですが、それは必ずしも戦闘ではないのです。ルッフィランテはこれまで力を持っていませんでしたが、それでも地道に戦ってきました。まずは自分の身を守ることを優先して、無事に帰ってきてください。一度失敗したとしてもまた他の方法を探しますから」


「わかりました」


 大人しく返事をしたが、自分の身を優先するつもりはない。オレンを救うのが最優先、そして同行するトマトを守るのが同じく最優先。そうでなければこの仕事を引き受けた意味がない。


 そんな考えがばれているのか、フィルシーさんは険しい表情のまま続けた。


「鳥太君、カードが完成したので渡しておきます。このステータスを見せればディルタアとの交戦は避けやすいと思いますので、まずは交渉してみてください」


 受け取ったカードには俺の戦闘力が細かく書き連ねてあった。


 筋肉の部位別に書かれた硬質性、瞬発性、柔軟性、持久性、修復性、耐熱性、耐冷性、耐圧性、耐斬性、耐打性、耐刺性、などなど、見たことのない項目が書き連ねてあり、それらが数値化・グラフ化されている。


 トマトが検査で測った数値はこんなに細分化されていたのか……。


「特に重要な項目、『耐』と書いてあるものはすべて上限に達しています。これらは防御力にも攻撃力にも関わってきますので、極めて優秀です。また、瞬発性や持久性なども上限に達していますね。これらの数値はこれ以上測定することはできませんが、上限を越えて強化することは可能ですので、戦闘を重ねて力をつけていってください」

「はい、わかりました」


 二人の簡潔な説明はわずか十分程度で終わり、俺とトマトはフィルシーさんから温かい「いってらっしゃい」を受けて送り出された。


 クシィも別の場所で俺達と同じような仕事をしているらしく、門にいたのはチズという別のメイドさんだった。

 メイドさん達の置かれている環境がいかに大変かがわかる。


 道を把握しているトマトに案内され、細かな石が敷き詰められた通りを歩いていく。

 見えないところでメイドさんが虐げられていると思うと、この綺麗な街並みも無性に腹立たしい。


「鳥太様、落ち着いてくださいね。フィルシーさんの言っていた通り、今回は危険なので慎重にいきます。退避の判断は私に一任されているので、絶対に無茶はさせません」

「わかったよ。大丈夫だ」


 珍しく強い口調でトマトに念を押されれば頷かざるを得ない。

 おそらくまだ中高生くらいなのに、トマトは仕事になると人が変わったようになる。これが独り立ちしているDランクメイドなんだろう。


「トマト、一つ気になってたんだけどさ」

「はい、なんでしょう鳥太様?」


「ディルタアの職業――“主人”ってのは“ご主人様”と違うのか?」

「はい。全然違いますよ」


 トマトは歯切れよく答え、流れるように説明した。


「“主人”や“女主人”は、使用可能なスキルが一つです。生まれ持っての“従える者としての器”によってその数が変わります。男爵が二つ、子爵が三つ、伯爵が四つ、公爵が五つ、侯爵が六つ、大公が七つ、そしてご主人様は八つ以上と言われています」

「貴族ってのは?」

「貴族は主人とご主人様を除く六階級の総称です。一般的に“ご主人様”はほとんどいない為、貴族と言えば地位の高い人を指す言葉です」

「そうなのか」


 俺が女神に与えられた職業はご主人様。

 はずれ覚悟で選んだけど、貴族よりも高い身分らしい。


「トマト、もしも俺に“従える者としての器”があれば、スキルを使えるのか?」

「はい。ですが、それにはメイドまたは執事から忠誠を誓われる必要があります。一般的には専属の執事またはメイドからスキルを得られますが、鳥太様がお望みならルッフィランテのメイドから得ることも可能だと思います。昨日一日で鳥太様はメイドの心を掴んでしまいましたから」

「ん……そうなのか……? そしたらトマトも俺にスキルくれるのか?」


「…………」


 何気なく言った言葉は届かず、俺達は喫茶店『ミリザ』に到着した。

 トマトは聞こえなかったのか、それとも俺にスキルを渡したくなかったのか。


 ……いや、もっと単純な話だ。よく考えたら一度助けただけの俺に、忠誠を誓えるはずがないよな。

『メイドの心を掴んだ』ってのはリップサービスだったんだろう。


 俺が強くなる為には、これからトマトや他のメイドさんと、地道に信頼関係を築いていくしかない。

 そんな風に決心を固めていると、トマトが何事もなかったかのように言った。


「鳥太様、これから中に入りますが、ここで細かい行動をお話しします」

「おう」


 その様子はわずかな気の揺らぎもない。ひょっとしたら本当に聞こえていなかったのかもしれないな、と希望を抱きながら、慌てて仕事内容に耳を傾ける。


「鳥太様は普通のお客様として店に入り、オレンの様子を観察します。私は鳥太様の専属メイドという設定になっています。ですから、鳥太様は怪しまれないように、できる限り私を邪険に扱ってください」

「え……それは……必要なのか?」


 そんなことを言われてもメイドさんを邪険に扱うなんてできないが……。


「できる限りで大丈夫です。鳥太様はお優しいので、普段のように私に接してしまうとおそらく怪しまれてしまいます。私とあまり話さず、私がお世話をしてもお礼を言わず、決して私をエスコートするようなことはしないでください」

「そういうことか。わかった。それくらいならできそうだ」

「頑張ってくださいね。では、入ります」


 トマトはミリザの扉を開けて、恭しく俺に頭を下げた。

 俺は何食わぬ顔で店に入り、執事の案内に従ってテーブル席に着く。


 執事はさすがにメイドさんより優秀と言われているだけあって、礼儀作法がきっちりしている。動きも直線的で、メイドさんにはない視覚的なスマートさを感じる。

 かといってメイドさんの接客が劣っているかというと、好みの問題だろう。違いはわかるけど、これが差別の対象になるのは俺には理解できない。


「お客様、少々お待ちくださいませ」


 執事は恭しく俺に頭を下げてからカウンターに引っ込み、小柄な男と小声で話し始めた。


「あれがディルタアです。鳥太様、あまり目線を合わせないようにしてください」

「あいつか……了解。ところでトマト、座らないのか……?」


 何気なく尋ねてみると、トマトのオーラが灰色に染まった。


「鳥太様、私はメイドですから、ご主人様と同じ席に座ることはありません。間違っても私に飲み物を注文したりしないでくださいね」

「も、もちろん、それくらいわかってるよ」


 危ない。二人でコーヒーでも飲みながら観察するつもりだった……。さっきトマトが言ってたのはこういうことか。


「鳥太様、来ます。オレン・ピールです」


 振り向くと、オレンジ色の髪をしたメイドさんがトレイに水のグラスを載せて運んできてくれた。

 耳元でくるくる跳ねたくせ毛がボブカットのようなシルエットを作っている。瞳はオレンジ色で目元の印象が明るく、白い歯を見せる笑顔も好印象だ。


「お水をお持ちしました、お客様」

「ありが……おう」


 礼を言おうとしたらトマトに服の袖を引っ張られた。危ない。


「ご注文はお決まりでしょうか」

「じゃあ、『コセラッテ』で」

「かしこまりました」


 適当に飲み物らしきものを注文すると、オレンは明るく答えた。

 こうして見るといじめに遭っているようには見えない。

 けど、オレンの瞳がトマトの姿を確認した瞬間、何か後ろめたいような、微かな陰りが見えた。


「……トマト、どう思う?」

「間違いないと思います」


 確信に満ちていた口調でトマトは言った。


「鳥太様はメイドをお連れしているので、執事を買えない貧乏なお客と見られています。そして、鳥太様に対する接客を嫌がった執事が、オレンを接客に向かわせました。これは日常的に嫌なお客の相手をオレンにやらせているということだと思います」

「そんな意味だったのか……」


 トマトの意外な洞察力に感心するとともに、俺の中でこの世界の綺麗な皮が一枚剥がれたような感覚が残った。


 そのまま観察を続けていると、オレンへの酷い扱いは随所に現れていた。


 執事が道を通るときオレンは脇に追いやられ、ぶっきらぼうな言葉で幾度となく作業を命令される。これだけならまだ“厳しい職場”という範囲なのかもしれないが……


「メイ奴、皿の持ち方が無様だ。貴様が持っているだけで料理の品位が下がる。それに何だそのドブネズミみたいな悪臭は」

「はい、すみません……」

「おい雑巾係、五番のお客様がお飲み物を零された。早く行け。次遅れたら貴様の服を剥ぎ取って拭かせるぞ」

「すみませんでした、いますぐ行きます」


 オレンは執事によるいじめを苦笑いで耐えていた。

 顔を背けた瞬間辛そうな表情をするが、瞳は真っすぐ前を見据え、客の前に行くと満面の笑みを振り撒く。

 皮肉だけど、いじめがエスカレートした理由の一つはこれかもしれない。


 オレンが前向きに頑張っているせいで、フィルシーさんにSOSが伝わるのが遅れた。

 そして苦笑いで耐えるオレンの健気な行動が、執事達の罪悪感を軽減させている。


 いじめを行っている奴らは無表情で、まるでそれが挨拶かのように、オレンに不快な言葉を吐き捨てる。これはオレンのポジティブな性格が裏目に出た結果だろう。


「トマト、もういいだろ。見てられねえ」

「はい、救出しましょう。まずはディルタアに……」


 トマトが言いかけた瞬間、オレンが床を拭いていた付近で下衆な笑い声が聞こえた。


「ぎゃひゃっひゃっ。おい、便利だろ? この足置きは床掃除もするんだぜ?」


 ダルマのように太った男が、テーブルの上をベトベトに食べ散らかしながら、横向きにイスに座り、床掃除をするオレンの背中に両足を乗せていた。


「オーナー、いい足置きじゃねえか。お前はゴミ拾いの才能があるな!」

「お褒めいただき光栄でございます。ジディグ様は相変わらずユーモアに長けていらっしゃいます」

「ぎゃひゃっ。わかってるじゃねえか。俺の親父は地主だからよ。俺の靴が汚れちまったらこの店潰れちまうからな。わかってるな足置き? オラ、オラ」


 ジディグと呼ばれた醜いダルマは、靴の裏でオレンの背中をぐいぐいと踏みつけ始めた。


「おい、はやく掃除しないと大変だぞ? おい聞いてんのか?」

「はい、少々おまちくださいませ」

「ぎゃひゃっ、この足置きは俺を待たせるらしいぞ? 俺が滑ったらどう責任取るつもりだ?」


 ダルマはニタリと気色の悪い笑みを浮かべながら、食い散らかした床の液体に自分の靴を突っ込んだ。


「おおっとぉお~! 踏んじまったぁあああ。ほら見ろ足置き、お前のせいだぞ? なあオーナー、どう責任取ってくれるんだぁ~?」

「ジディグ様、申し訳ありません」

「…………申し訳ありませんでした」


 オーナーに続けて頭を下げるオレンを見下し、ジディグは嗜虐的な表情を浮かべた。


「お前のせいで靴が汚れちまった。足置き、わかってんだろう? とっとと仰向けで寝転がれ。踏んでやる」

「そ、そんなっ……」

「おい、俺に逆らったらお前のクビじゃ済まないぞ? お前を派遣してるフィルシーとかいうクソババアをメイ奴にして、俺の家の便所掃除に雇ってやってもいいんだぜぇ?」


 俯くオレンに、先ほどまでの苦笑いを作る余裕はなかった。


「ぎゃひゃっひゃっ。そろそろ足置きにも慣れてきただろぉ? 今度は足拭きマットだ。わかったらとっととやれ。仰向けで寝転がってから、どこを踏んでほしいかちゃんとお願いしろよぉ? ぎゃひゃひゃひゃひゃ!」


 さも愉快そうに笑うジディグの顔を見て、オレンの瞳から光彩が消え失せた。


 ははは。


 そう無感情に笑うオレンに、抗う力は残っていない。


 ああ、こういうことか。


 女神が言った言葉――『世界を、いえ“メイド”を救ってください』


 ぶっ壊れてしまったこの世界で、俺が救わなきゃいけないものが、いまはっきりとわかった。

 差別なんてありきたりな名前をつけても、目に見えないとわからないよな。


 人の悪意ってのは、こんなに汚いもんだったのか。

 俺が救わなきゃいけないのは、守らなきゃいけないのは、この途方もない悪意に逆らうことすら許されない彼女達。

 俺が戦わなきゃいけないのは、ぶっ壊れているこの世界全部。


 やることはもう決まってる。




「オレン! 帰るぞっ! フィルシーさんのところに。みんなのいるルッフィランテに、帰るぞっ!」




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