到着。
長かった。
ようやく着いたよ!我が家!
と言っても、王都のお家なのでいまいち実家って感じはしないけど。
結局、横抱きのまま、馬車での時間を過ごしました。
もうね、あれだよ。
慣れって恐ろしいね。
最初はドキドキだったのに、もう誰も何も言わないから、どんどん落ち着いてきてしまって
エンライ様の体温で程よく温かいし、優しく髪を梳いたり、頭を撫でたり、頬を撫でられたりしていると気持ちよくてウトウトしてきたもの。
そこまで真剣に眠くはなってはいないから大丈夫だとは思うけど、涎出てないよね?
大丈夫よね?
と口元をさりげなく触っていると、少し動かした足から靴が落ちた。
ああ、
エンライ様に横抱きにされてるから、足がプラプラ浮いてるのよね。
いつもと違う感じで気を抜いてたから落ちちゃった。
すぐにお父様が靴を拾い、そのまま履かせてくれようとしたのだが・・・・。
「貸してくれ。俺が履かせる。」
とエンライ様がお父様から私の靴を奪った。
え?
ちょ、ま、私を膝に乗せてるのに靴を履かせるの?
無理じゃない?
私の足はそこまで上がらないよ?
と疑問に思っていると、
「もっと左に詰めてくれ。」
お父様に左に寄れ。と言うエンライ様。
無言で素直に左に寄るお父様。
エンライ様は驚く私をお父様の右隣に降ろした。
そしてそのまま、馬車の中で片膝をついた。
「は?」
私とお父様の声が揃った。
親子2人で馬鹿みたいに口を開けているのだが、エンライ様は何一つ気にしていないようで
靴が脱げた私の片足を、立てている方の自分の足に乗せた。
そしてそのまま私の脹脛を支えながら、ゆっくりとつま先から靴を履かせた。
履かされている私は恥ずかしさで気を失いそうだった。
白目むいてたかもしれない。
本気でそう思うくらい恥ずかしかった。
お父様に至っては、
【なぜ俺を左に寄せたんだ?右に寄せてくれれば扉から出られたんだぞ。なぜ、俺は今、娘のいちゃつきをこんなに間近で見せられてるんだ?】
と魂が抜けたような顔でブツブツと呟いてる。
私も同じ考えだよ!お父様!!
そう、なぜ、お父様を左へ寄せたのか!
右ならお父様は外に出られたのに!
というかその前に、この状況がなんなの!
本当に、この状況がなんなの!!
訳が分からない!
エンライ様!!
あーもう!!!!
その満足そうな笑顔はなんなのよぉぉぉぉ!!!!!
下から見上げて笑わないでぇぇぇ!
私は咄嗟に両手で赤くなった顔を隠した。
そんな私の耳に聞こえたのは
「クッハハ!そうだ、そのままで良い。」
という軽い笑い。
そしてその直後、また横抱きで抱え上げられた。
うーわー!
待って!
この人、このまま馬車を降りるつもりだ!
「ちょ!ちょっと待ってください!エンライ様!」
と顔を上げて抗議をしたのだが、
「ん?良いのか?周りの奴らが見てるぞ?その赤い顔、隠さなくていいのか?」
と言われ、
見られてたまるか!
と直ぐに顔を隠した。
そして今度は
「そうだ。それでいい。そんな可愛い顔、他の奴に見せんな。隠しとけ」
とか言い始めた。
だれか、この人を止めてくれ。
心臓がもたない。
私の心中とは真逆に、とっとと馬車を降りたエンライ様。
お父様その後ろを出てくるみたい。
もう、招待客が当主より先を行くことに関しても何も言う気がないらしい。
と、私が出るのと同時に男の人の叫び声が聞こえた。
「ちょ、とま、止まってぇっぇ!誰か!とめ、止めて!うえっぷ」
という半泣き声と共に馬の駆ける音が聞こえる。
更にはうわぁぁ!というツヴェイン家の方々の悲鳴?
「ちょ、来るな!来るな!こっちに来るな!」
「そっち、そっちに行きなさい!」
「死ぬにはまだ早い!!わし、まだ生きるー!!」
という数々の言葉と共に、走る人間の足音。
悲鳴と共に去っていく馬のひづめの音。
そして立ち上がる土埃。
私は突然のことに驚き、顔から手を放してしまい、土埃が顔面に直撃した。
目がもぞもぞして、ゲホゲホと男らしい咳が出る。
ここは女の子らしく、ケホケホとか、コホコホが良かったなぁ・・・。
なんて咳が苦しいにも関わらず、愛しの旦那様にお姫様抱っこをされているからか、乙女らしい考えをしていると
またこの人が真っ先に動いた。
「ピィーーー!! 動くな!!」
強めの口笛が響き、低い怒号が響き渡る。
すると、足音も悲鳴もピタリと止まった。
蹄の音も無くなったので、馬も止まったらしい。
シーン。
と何とも言えない無音の中、エンライ様の歩く足音と私の咳が響いた。
この可愛くない男らしい咳を止めたいがどうにもならない。
もろに吸い込んでしまったらしい。
「大丈夫か?少しだけ待ってろ。目は擦るなよ?もう少しだけ、我慢してくれ」
とグングン歩いていくエンライ様。
おそらく既に玄関前に来ているだろう。
「おい、女の医者を呼べ。目に砂が入ったかもしれん。うがい用の水と目を洗う用の水を用意してくれ。あと、清潔な布も頼む。」
と玄関前の家人に指示を出して、そのまま屋敷に入った。
我が家の家人達は
エンライ様が私を抱えていることに驚いたのか、最初は戸惑っているよな空気を感じた。
が、すぐに正気に戻り
【直ちにご用意させていただきます。】
【お嬢様をこちらの御椅子にお運びくださいませ。】
【すぐに医者を連れてまいります。】
などと対応をしてくれた。
本来はこの指示は当主のお父様がやるはずの事なんだけどね・・・・。
その後、目を水で洗った後にソファに座りました。
勿論、エンライ様のお膝に乗せられているのですが、喉が痛いので抗議するつもりも無し。
何度も水を渡されてうがいもしたし、咳も止まった頃、診察しに来たお医者さんは膝に乗せられている私を見て仰天していたが、貴族相手に何も言えなかったのか、凄く気まずそうな顔をしながらも診察をしてくださいました。
お医者様は口の中の確認とか、眼球に傷がついていないかを確認してくれたんだけど、
エンライ様が後ろから頭部を軽く支えたり、顎を持ち上げて医者に向けたりと、なんだか診察を嫌がる幼児を抑える仕草だった気がしたのは気のせいですかね?
まあ、眼球に傷はなし。
喉は少し腫れちゃったらしくて、声は出せるけど喉自体が少しヒリヒリしてる。
診察が終わって、エンライ様にご褒美とばかりに頭を撫でられている時に、ようやく、お父様とツヴェイン家の皆さんがやってきた。
「ミーニャ、大丈夫か?エンライ殿、迅速な対応ありがとうございます。」
と私の心配をしながらもエンライ様に感謝するお父様。
そして続くツヴェイン家の皆さん。
皆さんも心配してくれたみたい。
気を取り直してご挨拶しようと思ったんだけど、
「ミーニャ嬢、申し訳ございません。私の乗っていた馬が制御できず、こんなことになってしまって誠に申し訳ございません。」
と頭を下げたのはツヴェイン家の長男さん。
手と頭を横に振って
【いえ、気にしないでください。】
と言おうと思ったのに、喉を痛めているからか直ぐに声が出なかった。
それに気づいたのか、エンライ様が代わりに
「気にしてねぇってよ。まあ、俺が押し付けたせいだ。看病は俺がするから兄貴はもう気にすんな。」
と言ってくれた。
なので、その通りだと、なにも気にしなくていい。と頷いておく。
すると私の言いたいことが分かったのか、長男さんも
「すみません。ありがとうございます。ミーニャ嬢はお優しいんですね。」
と微笑まれた。
が、すぐに太い腕で視線を遮られた。
そして
「ひっ!!ごめん!」
という謝罪の言葉と
「まあまあ、落ち着け。」
と喧嘩の仲裁に入る様な言葉が聞こえた。
これってエンライ様が私の目をふさいで、長男さんに何らかの表情・行動をして、ご当主お爺ちゃんが止めに入ったってことだよね?
一体どんな表情だったの?
凄く気になるんだけど。
「ああ、そうじゃ、そうじゃ、ミーニャ嬢を助けたのは偉かったぞ、エンライ。流石、ミーニャ嬢の夫となった男じゃな。それにしても、お前ならミーニャ嬢を抱えて走ると思ったのにのう。まさか早歩きで行くとはのう」
と上手く話題を変えたご当主お爺ちゃん。
あ、私もそれ思った。
走るかと思ったのに、早歩きだった。
婚姻の申請の時は抱えて走ったのにね。
そんな疑問に対してエンライ様は私の目を隠していた腕を除けて、私の頭を撫でながら
「嫁を護るのは当然だろ。こいつは俺の嫁だからな。俺が護る。っつーか、俺のせいでこんな怪我させたんだしな。
走らなかったのは馬が近くにいたからだ。俺が走るとなんでか馬が並走しようとしやがるからな。だからだ。あのままミーニャを抱えて走れば、その周りを馬が走っちまって余計な土埃が出んだろ。」
と苦虫を噛み潰したような表情で答えるエンライ様。
ご当主お爺ちゃんはそんなに興味なさそうに そうかそうか と頷いて
「ミーニャ嬢はそこで少し休んでいた方が良いんじゃないかのう?喉を痛めたのであれば、話をするのも食事を口にするのも辛かろう?無理はせんでいい。わしらはお父上と適当に話しているからの。エンライ、お前が傍にいてやりなさい。」
とツヴェイン家のご当主おじいちゃんが勝手に言う。
その言葉を聞いたエンライ様は
「当然だ。俺はもう少しミーニャを抱えてる。そっちで勝手に食って飲んで仲良くなっとけ。ああ、俺の分の飯はこっちに用意してもらうからな。気にするな。」
と食事会には興味が無いとでもいうかの様に手をヒラヒラと振っている。
『だろうな。』
ツヴェイン家の皆さんの声が揃った。
ついにはお父様も
「ああ。そうだな。それが良いだろう。うん。そうしよう。おい、ここにエンライ様の分のお食事と、ミーニャに喉に良いお茶を用意してくれ。」
とメイドさんに料理を運ぶ指示を出している。
直ぐに動いたメイドさん達を横目に、エンライ様は
「山盛りで頼む。肉多めでな」
とちゃっかり注文してるし。
ツヴェイン家の皆さんなんて
【お腹すいた】
【いい匂い】
【早く食べたい】
【腹減ったのう】
なんてお腹が空き過ぎたのか、好き勝手言って、隣のお部屋に流れていくし。
お父様も
「我がヌイールの名産が沢山用意してありますから、沢山食べてください。心から楽しんでいってください。」
と、にこやかに先頭を歩いて去っていった。
どうやら話についていけなかったのは私だけだったらしい。
皆は納得顔で去っていった。
そして、部屋に残されたのは私とエンライ様の2人。
私の心境は
【待って!今のエンライ様は何だか行動イケメンになっちゃってるから2人っきりにしないで!心臓が破裂する!私もそっちのお部屋に入れてぇ!】
である。
そう!
なんでか知らないけど、今日は一日、凄く甘い雰囲気全開なんだよ!
エンライ様!
膝に乗せられ、頭を撫でられたまま、息を殺して固まっていると
「ミーニャ、んなに警戒しなくていい。俺はまだお前に手ぇ出す気はねぇからな。まだ大丈夫だ。安心しとけ。それよりも、お前に怪我させて悪かった。すまん。俺の配慮が足りなかった。」
と謝罪された。
「いえ!そん・・・ゲホ、」
「あー、喋んなくていい。喉いてぇだろ?・・・、これは俺の自己満足での謝罪だ。すまん。兄貴は馬術が苦手っつっても、普通の人間並みに乗れる奴だし問題ねぇと思ったんだ。すまん。いくら気が急いてたとはいえ、お前も傍にいるんだし、少しでも危険なことは回避すべきだった。すまん。俺が悪かった。」
と眉をハの字にして、眉間に皺を寄せながら謝るエンライ様。
エンライ様の悲しそうな顔に胸がキューってなった。
そんな悲しそうな顔してほしくない。
怪我って言っても、少し喉がヒリヒリするだけで全然大したことないし、問題ない。
医者もそう言ってたし。
それに、長男さんの話も本当だろう。
馬が苦手って言っても、貴族なら最低限は出来るはずだし、多分、洋服が正装だったせいで、上手く足が動かなかったんじゃないかな?と考えられるし。
だから、何度も首を横に振る。
私は何も気にしてないし、問題ないもの。
私は振り向いて、エンライ様の方を向いて
「大丈夫。気にしないでください。私もエンライ様と居たかったから良いんです。馬車で一緒の時間が過ごせて嬉しかったです。」
と未だに後悔の表情でいっぱいのエンライ様の首に抱き着く。
左肩に顎を乗せるように、ぎゅーっと抱き着く。
はしたない事をしているのは百も承知だ。
でも、こんな顔をさせたままで良い訳ない。
通じよ!この想い!
と念じながら、ぎゅーっと首元に抱き着く。
・・・・・・・。
あの、何かリアクションしていただけませんか?
エンライ様?
座高の差のせいで軽く背伸びの状態でぎゅーってしてるんですけど?
まあ、首を若干下げてもらってる感はありますけども、ねえ?
恥ずかしいのを我慢してるんですけど?
もしかして嫌だったの?
ねぇ、何か言ってください。
じゃないと動くに動けない。
・・・・・・。
あ、うん。
動かないし何も言わないのね?
どうしようこれ。
引くに引けないんだけども。
体勢的に苦しくなってきたので、横を向いてエンライ様の顔色を確認しようと思ったんだけど、
首が真っ赤だった。
エンライ様、首がゆでだこみたいに真っ赤になってる!
もしかして、顔も真っ赤なの!?
ど、どうしよう!?
これ、離れても良いの!?
男の人って、顔が真っ赤なの真正面から見ても良いものなの??
プライドが傷ついたりしない?
大丈夫????
どうしたら良いの!?
こんな事になるなんて思わなかった!!
私なんかが抱き着いただけで真っ赤になるなんて思わないじゃない!
まだ10歳のペチャだもの!
抱き着いても面白くも楽しくもないでしょう?!
さっきまでのエンライ様なら抱きしめ返されるとか、頭をポンポンしてもらえるくらいだと思ったのに!
チョイス間違った!!
誰か!助けて!
メイドさん!お食事はまだ!?
少し遅いんじゃない!?
早く!早く持ってきて!
私の腹筋と両手が限界を迎える前に!!!!!
結局、そのままの体勢で痛くなってきた腹筋と両腕に耐える事1分。
もうダメだ。
限界・・・・。
と手を放して楽になろうとしたのだが、腕の力を抜いたのが伝わったのか、今度は逆にエンライ様に
ギュッ!!!
と抱きしめられた。
「・・・・お前な、こんなクッソ可愛い事してんじゃねぇよ。我慢できなくなるだろうが。あー、クソッタレ。体温高いし、細いし、小せぇし、ガキなのは分かってんのによぉ・・・・。お前は俺をどうしてぇんだよ・・・・。勘弁してくれ。俺は性犯罪者にゃなりたくねぇ。」
とか言いながら、背中と後ろ頭に手を廻されて、ぎゅーっと両手で抱きしめられて、更には頬ずりされた。
うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
恥ずかしい言葉のオンパレードが来た!!
やっぱり、エンライ様、なんかのスイッチ入っちゃってるよ!
こんな事を言う人じゃないでしょ!?
しかも、髭がジョリジョリする!
10歳の女の子にこんな事しちゃってる時点で、もう犯罪者に片足踏み込んでると思うんですけどぉぉぉぉ!!!!
と、ぎゅーっとされていると、
【コンコン】
とノックの音と共に新人のメイドが来たらしい。
持ってくるの遅いよ!
でも、良くやった!
私の救世主!!
さあ来い!いま来い!スグに来い!
「遅くなって申し訳ございません。お食事をお持ちいた・・・・」
「取り込み中だ!!」
「ひぃあっ!も、申し訳ございません!お、お召し上がりの際にはお呼びくださいませぇぇーー!」
という叫びと共に新人メイドは去っていった。
ってちょっと待て!
もう少し頑張れよ!
確かに怖かったけど!
迫力すごかったけど!
「1食なら食わなくても死なねぇよ。折角のミーニャからの抱擁だってーのによぉ。」
なんて耳元で囁くの止めてください!エンライ様!
吐息が後ろ首にかかるから!
抱きしめる手を強めるのも止めて!
なんてパニックになったけど、
ご機嫌も治ったし
【好きだ】
って言ってもらえてるみたいで、ぎゅーってしてもらえるの凄く嬉しい。
私もエンライ様が大好き。
そう想いを込めて私からの抱擁も強くする。
そんな私達の時間を壊したのは、新人メイドに話を聞いて、顔を青くしながら突撃してきた
お父様とご当主お爺ちゃんのお二人でした。