お屋敷では
婚姻の申請のあと、馬車に入るまで抱きかかえられていた私。
周囲からの
【ロリコン】
の声は聴かなかったことにしたのだけれど・・・。
私は今、エンライ様の膝の上に乗せられています。
確かエンライ様は神殿まで自分の馬で来たはず。
なのに、
な・ぜ・か
我が家の馬車に乗り込みました。
一度私を馬車に入れて、自分の馬をツヴェイン家の長男さんに押し付け、
我が家の馬車に乗り込み、私を持ち上げ、横抱きの状態でお膝に乗せられました。
そして、目の前にはお父様。
ねえ、これ、気まずいなんてものじゃないよ?
分かる?
狭い馬車の中、目の前にはお父様が居るのに、抱っこされてるのはなんで?
勿論、恥ずかしいので抗議させていただきますよ?
「あの、エンライ様?ご自身の馬でいらっしゃったのでは?それに、私は一人で馬車に乗れますよ?わざわざお膝に乗せていただかなくても・・・。」
「あ?馬は兄貴が乗りたがってたんで貸した。だから問題ねぇよ。・・あー、お前を抱えて乗んのは、あれだ、あー、おら、襲撃とかあった時に備えてだ。」
と、目を逸らすエンライ様。
完全に【今、考えました】って感じの言い訳なんですけど。
だって長男さん
【え?!嫌だよ!私、馬は得意じゃないし!お前の馬、じゃじゃ馬じゃないか!私、お前の馬に何度泣かされた・・・・】
って言ってたよね?
しかも、言葉の途中で手綱渡してこっち来ちゃったし。
長男さんが絶望の顔してて哀れだったもの。
しかも、襲撃って・・・。
こんな真昼間にこんな街中で襲撃するなんて、よっぽどの馬鹿だと思うよ?
とまさかの言い訳に気を抜かれていると、空気を読まないお父様が質問してしまった。
「いや、エンライ殿、こんな明るいうちに大通りでの襲撃はありえないでしょう。・・・もしかして、何か襲撃の情報でも手に入れたのか?」
なんて口調が砕けて真剣に心配しちゃってる。
それに対して、エンライ様は
「あー、いや、違う。襲撃は有り得ねぇだろうとは思うが、念には念を入れてだ。いざとなりゃ、俺が抱えて盾になりつつ戦うし、この方が安全だしな。それと、ただ単にミーニャを離す気がないだけだ。」
と少し申し訳なさそうな顔をしながら言った。
お父様は呆れた顔をしつつ
「あー、うん、そうか。・・・・。なんかもう、あれだな。そこまでくると清々しいな。
ああ、君とは気兼ねなく話した方が良いな。わざわざ丁寧に喋ってる自分が馬鹿らしく思えてきた。本当の息子として扱うので、エンライ殿もそのように接してくれ。」
と考えることを放棄したらしいお父様。
「そうしてもらえると助かる。昨日からの会話で分かると思うが敬語は苦手でな。頭を使いながら話すと苛々してくる上に、口数が減る。それじゃあ腹を割って話せねぇだろうからな。これからも驚くような事を沢山しでかすとは思うが、よろしく頼む。」
とお父様に頭を下げるエンライ様。
ねえ、その体勢辛くない?
私を抱えたままで頭下げるの。
私も横向きに傾けられてちょっと怖い思いをしているのですが。
っていうかね、
【離す気がない】
って何?
え?
もしかして、ずっとこのまま、我が家の敷地に連れていかれるの?
え、ちょ、ちょ、待って!
個人的には抱っこっていうか、少し触れているだけでもドキドキで心臓が爆発しそうなんですけど!!
さっきから、羞恥とトキメキで顔は真っ赤だし、完全に血圧上がってるし、心臓が破れそうなんですけど!
というか、ツヴェイン家の皆様と我が家の家人達に見られたくない!
絶対に生暖かい目で見られるじゃないか!!
ダメだ!
ただでさえ幼いんだから、しっかりしてる所をもっと見せておかないと!
よし、あっちに着いたらちゃんと降ろしてもらおう。
「あの、エンライ様?襲撃に備えて、私を護ろうとして抱えていただけるのは有り難いですし凄く嬉しいのですが、あちらに着いたら降ろしてくださいね?私は皆様をおもてなしする側の人間なのですから。」
と正論を言ったつもりなのだが
「あ?降ろす訳ねぇだろ?もてなすも何もいらねぇよ。もう両家は家族なんだからな。うちの奴らは下手に気ぃ使わねぇ方が喜ぶぞ。それに、お前は他の奴らより歩幅が狭いんだからよ、ひとりで歩かせたら遅いだろ。俺が抱えてて丁度良いくらいだぜ。」
と俺が正しいと言わんばかりに自信満々で言うエンライ様。
更には、なぜか頭を
【ポンポン】
と撫でるオマケ付き。
もう、ほんと、なんなのこの人ぉぉぉぉぉぉ!!!
頭をポンポンしてくれるとか、乙女の心を鷲掴む事ばっかりしてぇぇ!
カッコ良過ぎるじゃないのぉぉぉぉぉ!!
なんでこんなに行動イケメンなのさぁぁぁ!!
この間から私の夢がドンドン叶っちゃってるんですけど!
もう、本当にカッコ良過ぎる!
素敵すぎる!
好き!大好き!
私の旦那様、最高!
なんて、何も言えずに赤面し、脳内で叫んでいると
また空気の読めないお父様から
「もてなす事についてはエンライ殿の言う通りかもしれんな。ツヴェイン家のご当主様も気安いお方の様だし、今後、両家が本当の家族の様に過ごしていくのであれば、最初のきっかけが大事だろうしな。他の貴族がいる前では出来ないが、二家だけの事であれば、それぐらい気楽な付き合いの方が今後やっていくにはいいかもしれないぞ。あ、それとエンライ殿、ミーニャはこう見えて中々歩くのが早くてね。別に・・・」
「だーかーら、俺がミーニャを離す気がねぇんだっつーの。歩くの云々(うんぬん)は言い訳だ。言い訳。俺が降ろす気がねぇの。親父さんにも分かるだろ?惚れた女が、一日待ってようやく嫁になったんだ。しかも、俺の為にこんなに めかし込んで、俺が何かする度に顔を真っ赤にすんだぜ?可愛いに決まってんだろ。手放したくねぇに決まってんだろ。抱え込むに決まってんだろ。」
と開き直ったエンライ様。
「す、すまん。」
顔を赤くしたお父様から発せられたのはその一言だけだった。
って、ちょっと待ってー!!
お父様をときめかせてどうするのエンライ様!!
そしてお父様も顔を赤くしないで!
頬を染めながらエンライ様をチラチラ見るの止めて!!
エンライ様は私のーーー!!!
もう、私の脳内はいっぱいいっぱいである。
前世を合わせても こんなに照れる言葉の数々を聞いたことなんてないのに、もしかして今後ずっとこんな風に甘い言葉を言われ続けるのかな・・・。
私の心臓、大丈夫なのか・・・?
ドキドキで死んじゃわない?
幸せな方向で死亡フラグ立ってない?
これ、平気?
なんて悩んでいる間も、私を膝に乗せたエンライ様は空いている右手で私の髪をすいたり、
時折、指で私の頬を撫でる。
もぉぉぉぉぉぉ!!!
やーめーてー!!
照れるから!
恥ずか死ぬ!
というか、10歳の女の子にこんな事していいと思ってるの?!
10歳の女の子の頬を撫でて、嬉しそうに、満足そうに優しく微笑むなんて、完全にアウトでしょー!!
可愛いもの!!
満足そうな、そのお顔、すごく可愛いよ!
でも、精神年齢が高い私が相手じゃなかったら本当に危ないロリコンだからね!
気を付けてね!
・・・・。
あれ?
ってことは今、私以外の目にはエンライ様は完全なるロリコン野郎に見えてるんじゃ・・・。
・・・・・・。
おうっふ。
10歳の女の子を膝に乗せて、頬を撫でる25歳。
ここで注目すべきはエンライ様が25歳じゃなくて40代に見える事。
完全にアウトじゃん。
よく考えたら、この状況で怒らないお父様も変じゃない?
かなり失礼な状況なのに、よく怒らないよね。
そう思ってもう一度 お父様を見てみると、遠い目をしながら窓の外を眺めていた。
ああ、うん。
諦めの境地に入っちゃったのね。
私たちの事をオブジェだと思うことにしたんだろう。
こっちを見ないようにしてるし
こんなカオスな馬車に乗るのは人生初です。はい。
一人は10歳の女の子を抱え、撫でながらご機嫌な25歳の男。
一人は赤面しつつ、脳内パニックな10歳の女の子。
一人は考える事を止め、外の景色を楽しむことにしたオヤジ。
そんな三人を乗せて、馬車はヌイール家へと進んだ。
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今から
俺の悪友であり、上司であり、領主様のヌイール家ご当主様(笑)が
お客様方を連れて、王都での住処であるこの屋敷に帰ってくる。
おかげで昨日からほぼ徹夜で屋敷の準備に追われた。
こっちの屋敷は奥様ともう一人のお嬢様がお使いになられているから、普段、領地に住んでいる俺達にはどこに何があるのか、さっぱりだった。
なのに、この王都の屋敷の家人達は何故か動かない。
まるでミーニャお嬢様の婚姻を邪魔しようとしているようだった。
色々と指摘しても良かったのだが、時間が無かった。
だから俺達領地から来た人間が全力で頑張った。
超頑張った。
オッサンの俺も頑張った。
メイドに指示されてカーペット持って走ったり、趣味の悪い像を持って走ったり、皿を抱えて走ったり、終いには【このカーテンつけといて!】ときたもんだ。
俺、一応、領地で2番目に偉いオッサンなんだけどなぁ・・・。
ま、無事に準備が完了して良かった。良かった。
ミーニャお嬢様が幸せになる為のお手伝いだと思えば、安いもんだしな。
今日、招待しているのはツヴェイン伯爵家の方々、ミーニャお嬢様の婿になるお方とそのご家族様だ。
俺達には良く分からなかったが、ミーニャお嬢様があんな短時間で惚れこんだ男だ。
よっぽどの男なんだろう。
悪友曰く、
【ミーニャとヌイールの領地、両方を護れる武力に優れた男だ。ミーニャ自身が選んだんだからな。この地に必要なのは間違いない。】
とかなんとか。
まあ、納得出来るな。
ミーニャお嬢様がご自身で選んだ男なら領地の人間は文句なんかない。
ミーニャお嬢様は昔から変わってたお子様だった。
俺からすれば、とんでもない発想やら考えやらをブッ込んでくる、爆弾みたいなお子様だったんだが、それらを商品にすれば次から次にドンドン軌道に乗る。
今では《王族御用達》の製作者だからな。
凄いもんだ。
皆も最初は驚きと不安が多数だったのが、今では領地の経営でさえ【一度ミーニャお嬢様にも聞いてみましょう】とまで言われるようになった。
実際、父親である、俺の悪友からビシバシと、見てるこっちが【止めてやれ!】って言いたくなるほどの英才教育を施されてきたおかげか、どんな難題にも自分自身で真剣に考え答え、悪友並みの対策を持ち出してくる。
そう、彼女はまだ10歳の若さでありながら、様々な事を成し遂げる奇人だった。
そんなミーニャお嬢様が気に入った婚約者、じゃなかった、婿殿に失礼があってはならない。
と、俺たちは眠い目を擦りながらも気合を入れていた。
今の俺たちの覇気は魔獣討伐の時と同じ位だろう。
俺たちの間でミーニャお嬢様のご機嫌を損ねるのは絶対のご法度となっているからな。
もし、ミーニャお嬢様のご機嫌を損ねて、更にはそれが領地の魔獣討伐隊、及び領地経営の幹部に知られれば間違いなく絞められる。
理由はただ一つ、ミーニャお嬢様は
我ら《甘味を愛すオヤジの集い》の女神様だからだ。
俺たち、甘味の祝福から見放されたオッサン達は、何年、何十年もの間、心に穴が開いたような日々を過ごしていた。
平民は元々甘味は祭日にしか食わないので、大した問題はないだろう。
だが、俺たち領地経営にかかわっている奴ら、魔獣討伐隊の隊長格ともなれば
そこそこの地位にいることになる。
そうなると領主の貴族への挨拶に御供したり、貴族のパーティーに上辺だけのお呼ばれをしたりする。
領主の御付きの際には、目の前で悪友とお貴族様がお茶の際に召し上がるのを間近で拝見するのみ。
《俺たち御付きの者》には甘味なんか出されず。
パーティーでは【自分で取って食べる】が基本であり、男性が甘味を自らの手で食べる事なんか許されていない。
その際にも間近で《食べる事の許されない》甘味を見ることになるのだ。
手が届くところにあるのに、味も知っているのに、食べてはいけない。
なのに、女子供の為に用意されている甘味。
食べているのを見るだけで腹立たしい。
この世の暗黙のルール
【男子たるもの、15を過ぎれば甘味は食すべからず。他家で出されたものは不問とす。】
なんてくだらない事を広めやがった奴を100万回は殺してやりたい。
ずっとそう思っていた。
だが、今では違う。
ミーニャお嬢様が悪友に作る甘味の切れ端やら型崩れやらを
少しずつではあるが俺たち家人にも配ってくれるようになった。
それがもう、美味いのなんのって!
久しぶりに食う甘味の美味さに、涙が浮かんだからな。
他の奴らも同じだった。
我慢しようとしてるのに顔が笑っちまって、オッサンが全員揃って気持ち悪い顔してた。
皆、誰もが
目の前にあるのに金もあるのに手に入らなかった玩具を大人になってから手に入れた子供みたいな顔をしながら食ってた。
その後、すぐに俺たち《甘味を愛すオヤジの集い》が結成された。
この集いに入れば、今までは誰にも言えなかった甘味への思いを語れる。
そして一番重要なのは、この集いに入れば
甘味が苦手な奴らと甘味を交換してもらえる順番に入れるという事だ。
甘味が好きな奴もいれば苦手な奴もいる。
だが、ミーニャお嬢様は平等に配って下さる。
なので、甘味が苦手な奴に酒や肴と甘味を交換してもらえるように取り計らった。
俺が窓口になり、甘味が苦手な奴らから甘味を引き取り
《甘味を愛すオヤジの集い》の会員で順番が回った奴に酒や肴と引き換えさせ、甘味が苦手な奴らに集めた酒や肴を返却する。
俺も集いの会員ではあるが、他の奴らより悪友のご相伴にあずかる事が多いので、どうしてもというやつには馬小屋掃除1回交換の条件付きで順番を譲ってやったりしてる。
おかげで部下たちの中での俺の株は急上昇だ。
ちなみに、今のこの状況を作ってくれた俺の悪友、領主様の株もどんどん上昇している。
これらの理由から
お嬢様のご機嫌を損ねて甘味を作る回数が減る、甘味の量が減るのは困る。
という状況だ。
失敗すれば、後が怖い。
魔獣退治に命を懸けれる男どもの本気をなめるな。
と、眠い頭を働かせて改めて気合を入れていると、ついに馬車が到着したようだ。
おし!
お出迎えも頑張るぞ!
そんで、全部終わったらミーニャお嬢様にお腹空いたアピールしよう。
俺たち頑張りましたってアピールしよう。
そうしよう。
もしかしたら、今日のご馳走の残り物やら甘味が振る舞われるかもしれないからな。
他の奴らの為にも、アピール頑張ろう。
そしてようやく
ヌイール家に馬車が着き、出迎えの為に家人達を並ばせる。
が、中々この家の主もミーニャお嬢様も出てこない。
後ろに着いてきたツヴェイン家の馬車からは既に人が降り始めているというのにだ。
更には、なんだか良く分からないが、一頭の馬が暴走してる。
乗っている人間は高貴そうなお方なので、おそらくツヴェイン家のお方だと思われるのだが、一体どうすればいいのか。
俺たちは眠い頭を働かせつつ、口元を引き攣らせた。
この家の主人はまだ降りてこない。
馬車でお嬢様と話をしている最中なのかもしれない。
俺たちはそう考え、まずは降りてきたツヴェイン伯爵家の方々の方に頭を下げて対応することにした。
そして、俺たち頭を下げた家人の目の前ギリギリを通り、
「ちょ、とま、止まってぇっぇ!誰か!とめ、止めて!うえっぷ」
と暴れる馬に乗り、門から出て走り去っていった人間がいた。
悪友よ、俺にこれの対応は重過ぎる。
悪友よ、いや、領主様、今すぐ出てきてください。
俺は初めて心の中で悪友にすがった。