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エンライの愚弟。


《ヒヒ~ン!!》

聞いたことのないお馬さんの声が響いた。

なぜに??

と、不思議に思っていたら、執務室の扉が開いた。

「坊!!外にいんの、末っ子の【ライアス様】じゃねぇか!?」

焦った様子のオジ様は窓の外を指さす。

無言のエンライ様はそっと私を膝から下ろし、窓を開けた。

すると

「あー!!!!!!!!!エン兄さまー!!!!!!みっけた!!!!!」

とクソデカボイスが響いた。

あれ、これ、あれでしょ、この子、脳筋って子でしょ?

リュールが言ってた、本来ならリュールの婚約者になるはずだった、脳筋の子でしょ?

間違いないでしょ?

これ、この、何も考えてない感じ、本当に、脳筋君でしょう?


「てんめぇぇぇぇぇぇ!!!なんでここに居やがんだ!!こんの愚弟がぁぁぁ!!!」

という、エンライ様の咆哮での確定です。

ありがとうございます。

「あの、とりあえず、家に入っていいただきましょう。何だかボロボロですし・・・。というか、護衛の方は?・・・もしや、一人で来たんじゃあ・・・?」

と、自分で発言しておいて真っ青になる。

あの子、確か5歳だよね?

馬に乗っているというか、しがみついてる感じだし、ボロボロなのも気になるんだけど・・・。

そう思っていると、目をカッと見開いたエンライ様が窓から飛び降りた。

それを見た護衛のオジ様が

「マズい、血を見ることになる。ミーニャ夫人、罰は後でいくらでも受けます。暫く我慢してください。」

との言葉と共に、私を抱えて走り出した。

もう一人のオジ様はエンライ様とほぼ同時に窓から飛び降りている。

「すみません、あのクソガキを止めてください。兄弟でも容赦しないのがあいつの悪いところで・・・。」

と、説明されながら走るオジ様によって運ばれる私。

すれ違う侍女たちがギョッとした顔でこちらを向いているので、

「【ツヴェイン家】のお客様です!領主様を呼んで!お風呂と食事の準備を!」

と指示をだし、私を抱えてくれているオジ様に

「玄関で下ろしてください。エンライ様に怒られます。」

と言うと

「あ、はい。・・・怒るな、間違いなく。」

と、ため息を吐かれた。

そんな会話をしている間にも玄関に到着。

扉を開けると


「お前はなんで、そんなに馬鹿なんだ!?ああ゛ん!?」

という怒髪天のエンライ様と、その足元で頭を押さえて蹲る子供が。

エンライ様と同時に飛び降りたオジ様がどうにかエンライ様を羽交い絞めにして止めている。

「エンライ様!!お待ちください!!相手はご兄弟とはいえ、5歳でしょう!?私の半分の年の子ですよ!暴力は無しで!叱責は言葉でお願いします!!」

と、後ろから声をかけると


「・・・・、おう、確かに、ミーニャの半分・・・、いや、だとしたら、こいつ馬鹿すぎるだろ??5歳ってこんなに馬鹿なのか??ミーニャ、お前が5歳の時、こんなに馬鹿だったか??」

と、何が何だか分からなくなったという様子のエンライ様から質問攻めにされた。

「えっと、詳しくお聞きしても?」

私にも良く分からないので聞いてみると、エンライ様が小さな頭に問いかける

「おい、愚弟、お前はなんでここにいる?」

「うぐぐ、エン兄さまが魔獣討伐隊の人、鍛えるって聞いたから、僕も。」

と、返事が返ってくる。

「アホか。護衛は?他の奴は?」

との問いには首を横に振る少年。

エンライ様の頭に青筋が浮かび拳に力が入っている様だったので、拳にそっと手を添える。

「・・・ふぅ~、誰かに言ってきたか?」

「馬で出てくるときに・・・。ヴァイス兄さまに《エン兄さまの所に行ってきます》って言ってから馬を走らせた、から、聞こえてた、はず・・・。」

と、言いながらもエンライ様をチラチラと見上げる少年は確信犯だ。

《ヴァイス兄さま》がどの兄かは分からないが、言いながら馬を走らせ逃げたのだろう。

「・・・一番上か、あいつは咄嗟の判断に弱ぇからな。狙ったな、愚弟。宿はどうした?ガキ一人じゃ泊まれねぇだろうが。」

「・・・・怒らない?」

少年が聞くがエンライ様は無言の圧力をかけるだけである。

「・・・・寝てない。この領地に入るまで、フォフィに綱で体を結んで乗って、一緒に来た。フォフィ、僕なら乗せたまま5日は走れるから・・・。エン兄さまに会ったら切りかかろうと思って、領地に入ってから綱切った。」

と、素直に喋るのは良い事だが、本当に脳筋だった。

どうしよう、この子。

「じゃあ、てめぇは誰にも許可を取らず、誰も供に付けず、馬に体を結び付けて、馬を休ませもせずにここまで走ったっつーことか。俺に切りかかるために。」

大きくないはずの低い声が響く。

「・・・エン兄さまに稽古してほしくて。フォフィには時々、お水と草をあげたよ。お友達だもん。」

もう、あれだ、何も言えない。

この長距離を、夜盗なんかも出る可能性もある道のりを、お供も付けずに、伯爵家の四男が馬にしがみついて乗り込んできたのだ【事前に何の知らせも出していない《他の領地》】に。

馬鹿としか言いようがない。

エンライ様がプルプルと怒りで震える中

「とりあえず、話は聞こえた。皆、中に入りなさい。ツヴェイン家の客人も、お腹がすいているだろう。汚れているし、風呂にも入りなさい。話はその後だ。」

と、お父様が出てきて、皆を中に招き入れる。

補佐のオッサンはフォフィと呼ばれた馬の手綱を受け取り、馬小屋まで連れて行った。

侍女に連れられてお風呂に向かう少年を見送った後、皆で談笑室に戻りながら、エンライ様が口を開いた。


「オヤジ、ミーニャ、すまん。あいつは、【ライアス】は本当にただの馬鹿なんだ。何にも考えず、本当に、ただ、オレを倒すのを目標に剣を振るってやがる。対人戦に特化してやがって、オレ以上の脳筋なんだ。迷惑をかけて申し訳ない。」

と、頭を下げられた。

すると、お父様は苦笑しながら

「ああ、大丈夫だ。ツヴェインの当主から聞いている。あの子が婚姻の儀式に来なかったのも、幼いからではなく【脳筋の馬鹿すぎて外に出せない】からだと聞いている。それと、エンライに1番懐いているから、大きくなったら魔獣討伐隊に立候補するか、邪魔しに行くだろうと、先に謝罪頂いている。まさか、こんなに早く来るとは思わなかったが・・・。あれだな、お前に似てるな。ミーニャとの婚姻をその場で決めたお前と似ている。即決断、即行動。貴族としてはあれだが、魔獣討伐隊にはいい人材かもな・・・。」

という、私たちが知らない間に当主間で色々な情報交換があったらしい。


「すまん・・・・。説明が遅くなったが、うちの家族は結構問題ありだ。爺は何でもそつなくこなせる大食いの糞狸当主。俺の母親がその娘でツヴェインの血が濃い大食い女。父親はツヴェインの分家筋で寡黙で真面目でただの大食漢だが、爺の裏に隠れて領地の仕事を上手くこなしてる。分家の婿じゃ舐められるから未だに爺が当主として王都で幅を利かせてるが、実質領地を治めてるのはこの人だ。んで、長男の【ヴァイス】はこの前の馬の件で分かったとは思うが、覇気が弱く瞬発力が足りないが、知識が深くてそこそこ戦えて大食い。次男は魔獣討伐に特化した大食いのオレ。三男の【エドモン】は父親の血が強いのか大人しい性格に見えて、頭が良くて搦め手や罠を仕掛けるのが大好きな腹黒で大食い。で、四男の【ライアス】は対人特化の馬鹿な脳筋。しかも、大食いではあるんだがな・・・。俺達とは違って『腹が膨れりゃ何でも良い』っつーか、ほっとくと馬と一緒に干し草食って腹満たしてたりしやがる。ライアスはツヴェインでは珍しく、《大食いのくせに食に重きを置かない人間》だ。だから、【食いもんでは釣れないガキ】だ。そんな愚弟にとっては唯一、俺だけがあいつの奇襲を食らわずに拳骨落としたり、剣での打ち合いが出来る【倒し甲斐がある存在】だからな・・・。練習相手がいなくなったと思って焦って追ってきたんだろうな・・・。はぁ~、面目ねぇ。」

と、頭を抱えるエンライ様。


「まあ、先日の食事会で大体の話は聞いた。ミーニャにはまだ話してはいなかったが。長男は少し軟弱そうだったが、領地経営に関しては中々の手腕、更に剣の腕もそこそこだとか。三男は運動は駄目だが長男には出来ない搦め手などの経営手腕と人脈があるとか。三男が分家のどこかの婿に入り2人で領地を支えていくと聞いている。・・・四男は駄目過ぎて領地から出せないと聞いたのだが・・・。まあ、何というか、あれではしょうがないな。まっすぐ家にたどり着いたから良かったものの・・・。」

と、お父様も苦い顔だ。


そうだったのか・・・。

お父様はちゃんとツヴェインの方々と交流を深めていたらしい。

にしても、【食に重きを置かない、食べ物で釣れない人間】という存在は難しいな。

私は食べ物でツヴェインの皆さんと仲良くなったわけだから・・・・。

5歳ということは、甘いものも好きに食べていいはずだし、甘いものでも釣れない。

まあ、この世界の甘味と私の甘味は違うので、もしかしたら・・・。

があるかもですが。

というか、一番大事なことに気づいた!!

ライアス様がエンライ様を【唯一、興味のある存在】だと思っているのだとしたら、私のライバルの出現って事ではないですか!?

エンライ様との時間を取り合う《敵》の出現な予感がするのは私の気のせいですか?

そう考えていると、副料理長が作ったらしい【ポトフ】が運ばれてきた。

パンもあるけど、おそらく、食べやすいものと考えて柔らかく煮込んだ野菜たっぷりのポトフにしたんだろう。

あ、それと私が作って保存してあったポテトサラダが出てる。

ごろっごろのお芋にコーンやスライスした玉ねぎ、にんじんにキュウリが入っていて、食べ応え抜群。

歯ごたえもよくて、中々好評な品なので、自信はある。

二つ用意してきたってことは・・・。

「エンライ様、こちら、ミーニャ様がお作りになったサラダです。ライアス様にお出しいたしますので、その前にお味見くださいませ。」

と、パンと共に侍女が出してくれる。

「そのまま食べても美味しいですし、パンにはさんでも美味しいと思います。どうぞ、召し上がってみてください。」

と、ドキドキしながら促してみると、

エンライ様はスグに手を伸ばして食べ始めた。最初はそのまま。

スプーンですくって一口。

「んおあ!思ったよりもホクホクっつーか、ごろっごろしてんな。もっとベチャベチャネッチャリしてるかと思ったぜ。酸味もきいてて、うめぇ。これも初めて食う味だ。これ、サラダなのか?」

と問いつつも手は止まらず、少し残したところでパンに塗って食べることに。

勿論、コレは私がやらせてもらう。パンにはバターを塗って、レタスやハムを一緒にマヨネーズも少量足して。ポテトサラダのサンドイッチ様の完成!!

「うんま!!合うな、コレ!サラダって事は野菜だろ?なのになんでこんなにうめぇんだ?パンとの相性も抜群だな?ミーニャは味付けもだが、色んな組み合わせの食い方を知ってるよなぁ。これ、なんて名前の料理なんだ?」

と、2個、3個と口に放り投げていくエンライ様。

「それは《ポテトサラダ》とそれをパンに挟んだ方は《ポテトサラダのサンドイッチ様》です。」

「・・・サンドイッチ様?そーいやー、茶会でも見た事ないパンが出てきたが、あれもサンドイッチか?っつーか、サンドイッチって3種類だよな?パンもちげぇし、サンドイッチ様ってなんだ?」

「お茶会でお出ししたのはサーモンのサンドイッチ様とターキーのサンドイッチ様です。我が家では、普通のサンドイッチ以外で、我が家独自の柔らかいパンに具を挟んだものを《サンドイッチ様》と呼んでいるんです。サンドイッチ・スペシャルバージョンみたいな感じですかね?」

と、説明すると

「私は鶏肉の照り焼きの《サンドイッチ様》が好きだぞ。」

と、お父様も話に入ってきた。

「そうなのか!今度、それも食いてぇな。にしても、本当にヌイールは食が豊だな。」

と、全て食べ終えたエンライ様が褒めてくださった。

「ヌイールの料理部隊は優秀ですから。最新作をどんどん出せる様に(私を中心に)切磋琢磨しているんです。未知の味を作れるように(私のレシピを元に)日々頑張っているんです。今度、照り焼きのサンドイッチ様、エンライ様の為に作りますから、楽しみにしててください。」

と返せば、

「ああ、楽しみにしてる。・・・なるほどな。俺達が魔獣退治に人生かけてるのと同じで料理人も同じように頑張ってんだなぁ・・・。」

と、感慨深い顔をしている。


すると、侍女の

「ライアス様をお連れしました。」

との言葉にお父様が

「お通ししろ。」

と言った瞬間

「エン兄さま!覚悟!!」

と、すっ飛んできたライアス様がエンライ様の頭上に剣を振るった。

次の瞬間・・・。

木剣を籠手で受け止め、ライアス様の頭を鷲掴んでいるエンライ様がいた。

「てめぇ、ミーニャに当たったらどうするつもりだ?あ゛あ?」

と、青筋を浮かべながら、ギリギリと音を立てて宙に浮いたライアス様の頭を締め上げるエンライ様。

「い、痛い!ご、ごめんなさ!!」

と、理解していないが、兎に角謝罪して離してもらおうとするライアス様。

「いいか、よく聞け。俺の隣にいる女は俺の女だ。俺の嫁だ。良いな、こいつに今後、土埃一つでもつけてみろ。愚弟でも容赦しねぇぞ?もし、万が一、傷つけてみろ。・・・地獄みせるぞ?」

と、殺気が駄々洩れになってきた。

間に入って止めてあげたいが、殺気が凄くて息をするのが苦しい。

何よりも、お父様とオジ様方に動くなとジェスチャーをされたので動けない。

その間もライアス様は宙に浮いたまま。頭を掴まれたまま。

エンライ様からのお説教を受け、最後の【分かったか?】という有無を言わせない問いの後

「ずびっ・・・あい・・・。」

と何とか返事をした。

返事をしたことで満足したのか、エンライ様はライアス様の頭を離し、床に下ろした。

そしてそのまま、エンライ様はお父様に頭を下げた。

「大変申し訳ない。ヌイールが当主、レグルス殿。我が妻、ミーニャ。元ツヴェイン家の者として、ツヴェインを代表して此度のライアスの愚行、謝罪させていただきます。」

と、丁寧な言葉づかいで謝罪するエンライ様に皆ビックリ。

「お前も頭を下げろ、ライアス。ここはツヴェインの領地じゃねぇんだ。他の領、しかも侯爵家での攻撃行為、木剣で5歳とはいえ首が飛んでもおかしくねぇんだ。腕力なんて関係ねぇ。貴族はそういうもんだと教わってるはずだ。お前のせいで一族連座で首飛ばされんだぞ。謝罪しろ。」

と、詳しく説明しながらも頭を下げる様にと命令するエンライ様。

なるほど。

今がこの子を躾ける絶好のチャンスだという訳だ。

お父様も苦い顔をしながらライアス少年を見つめている。

普段なら苦笑していそうなオジ様方もライアス少年を睨んでいるし、侍女たちも冷たい目をしている。

勿論、私も我関せずといった感じに紅茶を飲み、ため息を吐くいておく。

脳筋の少年はエンライ様の言葉を少しづつ己の中で噛み砕き、理解するのに少し時間がかかったが、理解してからの行動は素早かった。

エンライ様が頭を下げたお父様に向かって頭を下げ

「大変申し訳ございませんでした。二度とこのようなことが無い様に努めます。どうか、御慈悲を。・・・首を飛ばすのは、わたくしだけにしてください。家族にはなんの罪もございません。お許しください。」

と頭を必死に下げ始めた。

何度も何度も。

同じ言葉を壊れた人形の様に繰り返すライアス少年。

それに対しお父様は

「・・・今回は不問とす。よく覚えておけ。今回許すのは、我が息子となったエンライの頼みだからだ。お前の謝罪に何の価値もない。他家では首が飛ぶ行為だということを、その足りていない脳みそに刻め。以上だ。この茶番はここまでとする。良いな、エンライ。」

と、ヌイールの領主としての言葉を述べた後、エンライ様に確認するお父様。

「ああ、すまん、オヤジ。この愚弟にはさっきの言葉での謝罪以外出来ねぇんだ。覚えられなくてな・・・。いいか、ライアス。ここはオレが婿入りした先だから、許してくれたがな、他家では本当に首が飛ぶからな。例え、格下の家でもだ。例え、俺相手に剣を抜いたと主張しても駄目なんだ。周囲を見ろ。ヌイールの領主のレグルス殿、ご息女のミーニャ様が俺と同じ席に座っている。他の人間に害を与えるつもりだったと判断されてもおかしくねぇ。他家では【何もするな】。良いな?」

と、少し疲れた様子のエンライ様。

でも、ちゃんと説明している姿は《お兄ちゃん》という感じで何だか素敵だ。

新たな一面に胸キュンである。

そんな私の様子に気づいたのはもちろん、エンライ様である。

「ん?どうした、ミーニャ?・・・こいつが馬鹿すぎてツヴェインの血が怖くなったか?」

と、少し不安そうなエンライ様が聞いてくるが

「いいえ。そうではなくて・・・。こう、ライアス様を教え導く姿が、【兄】という新たなエンライ様が見れて、こう、胸がドキドキしています。」

と、胸のトキメキを伝えると、周囲からため息を頂いた。

驚いた顔のエンライ様が口を開くより早く

「変な女。」

と、小さく呟き、ハッとしたかのように口を自分の手で押さえる少年の頭に拳骨が落ちた。

「黙ってろ。」

これには皆、何も言わない。

《そーだよなー。これは言ってもしょうがない》みたいな空気が解せない。

にしても・・・。

【変な女】か・・・。

エンライ様からも言われた言葉なんだけど、ライアス様に言われると喧嘩売られてる気分になったわ。

相手が違うだけでこんなにも受け取り方が変わるのね。

「すまん、オヤジ、ミーニャ。こいつ、もう、本当に黙らせるか隔離するから、許してくれ。正直、俺はこいつに似すぎててな・・・。イマイチ説教出来る立場じゃねぇんだ。剣を振るわせれば黙ってるし、家に隔離されるのも慣れてるから、迎えが来るまで部屋に隔離するか、爺をローテ組んで打ち合いさせとくからよぉ・・・。」

と、普段よりも覇気のないエンライ様。

それに対して

「隔離してるから駄目なんじゃないですか~?」

と、ひょっこりと会話に混ざってきたのは補佐のオッサン。

「隔離してたら学びませんよ~。もしかして、親戚にも中々合わせてないんじゃないですか?あ、やっぱり。だからですよ。学ばないの。だって【家族は怒っても最終的に許してくれる】の本能で分かってますもん。この坊主。」

と、嫌な言い方をするオッサン。

「けどな、他家には出せねぇだろ。こんなの。少し前まで男と見りゃあ殴りかかる、クソガキだったんだぞ?なまじ剣の腕が良いし、逃げ足もはえぇから下手な教師も付けられねぇ。今までは俺が最低レベルのツヴェインって言われてたの、塗り替えたんだからな?俺にやった教育法でも駄目だったんだぜ?お手上げだろ。」

と、両手を上げるエンライ様。

他のオジ様方も頷く中、

「とりあえず、1週間。自分に預けてみてくださいませんか?どうにもならなくても困らないでしょう?領主様、エンライ様に関する案件は全て私ではなくて幹部の方に回してください。エンライ様が噂よりもまともな方だったので、私じゃなくても大丈夫でしょう?魔獣討伐隊の方も大隊長達とエンライ様にお任せ出来るんですから、私は最低限の仕事だけ回してもらって・・・。そうです。私が躾けます。」

と、補佐のオッサンが名乗りを上げた。

思案するお父様とは対称にエンライ様は慌てた様子で

「いや、無理だ。こいつは、本当に対人戦には向いてるんだよ。逃げるのも隠れるのもうめぇ。オッサンの手に負える相手じゃねぇ。」

そういった瞬間

「いいえ。何とでもなりますよ。ただ、私にも拳骨を落としても良いと許可くださいね。多少のけがは大目に見てください。あと、自分で言うのもなんですけど、私、魔法の使い方は領主様よりかなり上なので。子ネズミ一匹見つけて捕獲するくらい、何でもないですよ。ついでに、私自身も平民のクソガキからこの地位までのし上がった人間ですからね。そういう奴の【教育の仕方】は自分が体験してる分、しっかり出来ると思いますよ。ただ、一週間欲しいのと、他の皆様にも色々と大目に見てほしい事、仕事を他に割り振って欲しい事、それぐらいです。領主様、分かりますよね。このままなら、ヌイールの害になります。消さないといけなくなりますよ。エンライ様も。英断を。」

と、有無を言わさぬ空気。


お父様とエンライ様、2人とも少しの時間を置いて

「分かった。お前に任せる。ツヴェイン家には俺から手紙を出す。エンライ、この件はこいつに預けろ。ツヴェインとヌイールの両家で縁を持った以上、何かあればヌイールも引きずり下ろされる。」

とのお父様の言葉に

「・・わーった。どうにもならなくても隔離されるんだしな。どうにか出来るんなら、その方がありがてぇ。俺だって、愚弟とはいえ情がねぇ訳じゃねぇ。ぶん殴っても良い。オッサン、頼む。オヤジ、手紙書くときは俺も一言添えるから声かけてくれ。」

と、ライアス様を預かる方向で話が進んでいく。

「え!?僕、ここにいていいの!?エン兄さま!!稽古!!」

と当の本人は叫び、エンライ様からの拳骨再び。

「おめぇは、話聞いてなかったのか?あぁ゛?お前はこのオッサンの世話になんだよ。挨拶しろ。」

と、補佐のオッサンを指さされ、

「・・・ちぇっ、ライアス。オッサンは?」

と、不満げに挨拶するライアス様。

それに対して補佐のオッサンはニコニコ笑顔である。

「いやぁ、コレは楽しめそうな人材が来ましたね~。私はヌイール領主補佐をしております、ヨアンと申します。以後、ライアス様のお世話係として様々なことを指導させていただきますのでよろしくお願いいたします。」

と、楽し気にお辞儀する補佐のオッサン。

「ヨアンか。お前、強い?」

と、ライアス様は強いかどうか気になるらしい。

「ははは、不合格。私は平民なので普段は呼び捨てでも構いませんが、先ほど領主補佐と名乗りました。ここでは二番目の地位にいます。更に、今、目の前にこのヌイールの最高責任者である領主様がおられます。その不躾な言い方はこのヌイールを馬鹿にすることと同意です。ご注意ください。なので、この場合は【ヨアン殿はお強いですか?】が正しいですね。はい、もう一度言い直してください。」

と、ニコニコ笑顔で言い直しを要求する補佐のオッサン。

「・・・ヨアンどのは、お強いですか?」

と、兎に角、答えが貰えるなら何でもいいという風にオウム返しするライアス様。

「はい、とても宜しいですね。今後も他の方に質問する場合は、私の名前の部分を変えながら聞いてみてくださいね。他の人間には正しく言葉をつかえない場合は無視するように言い含めておきますからね。さて、きちんと質問してくださったので答えますね。【私は強い】です。魔獣討伐隊を領主様の代役で率いる程度には強いです。剣では領主様に負けますが、魔法ではこの領一の強さですよ。なので、私から逃げられると思わないでくださいね。最低限の礼儀を叩きこむまで逃がしませんからね。私は領主様もミーニャお嬢様もこの地の領民も大好きなんです。なので、貴方様の言動でヌイールが傷つくのは許せないんです。良いですね、私、真剣にライアス様を鍛えますからね。」

と、返事を返すと、【強い・鍛える】の単語だけを受け取ったのだろう。

「稽古か!!任せろ!!」

と、ご機嫌になったライアス様。

「ささ、残りの話は後にして食事にしましょう。」

と、手を叩いて食事の方に意識を向けるオッサン。

「食事はパンだけでいいよ。腹に入れば何でもいっしょ。それより稽古。」

と、パンを二つ手に取り、歩き出そうとするライアス様。

エンライ様が立ち上がって止めようとした瞬間、椅子に縛り付けられていた。

「いけません。食事も貴族の嗜みですからね。ましてや、他家の方々の前で、そんな行動は許されません。手は使える様にしてあります。きちんと食事をしてください。それとも何ですか?ヌイール家の料理人が作った料理など食せないと?食べるに値しないと、そうおっしゃりたいのですか?格上であるヌイール家に喧嘩を売るおつもりで?わざとそう行動なさっているのですか?」

と、オッサンは魔法で縄を操り、ライアス様を椅子に括り付けた。

「違う!そうじゃなくて、食事より稽古・・・」

「ええ、ですから、稽古よりもヌイールの御当主様が用意してくださった食事会の方が劣ると、そう仰りたいのですよね?」


おおう、怖い。

ライアス様は脳筋だけあって、言葉を羅列されると一時停止するらしい。

理解に時間がかかるタイプだ。

口をパクパクと開けながら、困惑している。

「・・・エン兄さま!僕、食事はいつもので大丈夫だから、稽古が・・・」

「そうですか、格上のヌイール侯爵様との食事会よりも自分の稽古の方が大事だと。ならば、とっとと貴族なんてやめて、平民の元に養子に行かれた方が御身の為ですよ。ツヴェインの皆様とは縁を切って、平民として、自由に生きて行けば宜しいでしょう。あなたのせいで皆が死ぬんです。下手をすればヌイールの家も危ない。エンライ様、貴族として生かせないのならば、見限り、捨てるのも貴族の務めですよ。」

と、平民にしろと告げるオッサン。

その言葉を聞いたエンライ様は

「・・・・そうだな、ここまで馬鹿ならそれも仕方ないな。一族で相談してみる。」

「家を出すなら早いうちが良いですよ。平民の生活に慣れるのも時間がかかるでしょうし。」

と、さっきまで面倒を見ると言っていたのに、見限れと言うオッサン。

この会話に焦ったのはライアス様だ。

何が何だか分からないけど、自分が家族と縁を切られる事に兄が頷いている。

「待って!食べる!!食べるから!!」

「はい?食べる?貴方は何様ですか?この食事はヌイールが用意してくださったんですよ?言うべき言葉は分かりますか?」

「えっと、んと、い!いただきます!!この食事を、有難く、頂戴いたします!!」

と、今まで教わった記憶を掘り起こし、返事をしたらしいライアス様。

必死である。

「うむ、疲れもあるだろう、とりあえず、食べなさい。そして眠りなさい。ただの馬鹿なのか、徹夜のせいで頭が使えないのか判断できんからな。平民にするにしても、何にしても、とりあえず、一度預かると言ったのだからな。1週間は補佐に任せよう。いいな、エンライ。」

「ああ。よろしく頼む。手紙は俺も別に添えて書く。オッサン、いや、ヨアン殿、愚弟を頼みます。ボコボコにして構わない、方法は任せる、口も出さねぇ。迷惑かける。」

と、オッサンに頭を下げるエンライ様。

「はい。お任せください。」

と、ニコニコと外向きの笑顔で返事をした補佐のオッサンは、そのまま、どこから食べたら良いのか何を使えば良いのか分かっていないライアス様に、後ろから指示を出し、食事を開始させた。


「よし、では、仕事に戻るぞ。時間を大幅に過ぎた。」

と、お父様が声をかけ、皆、持ち場に戻ることに。

エンライ様は私の真横に来て、

「ミーニャ、お前にも迷惑かけると思うが、1週間だけ我慢してくれ。すまねぇ。」

と、少し情けない顔をしながらも優しく抱きしめてくださるエンライ様が可愛くて心臓が破裂しそう。

ライアス様を預かる1週間、不安でもあるけど、エンライ様の様々なお顔が見れそうで、何だかワクワクしてしまう!


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