夜の時間。
お披露目会も無事に終わり、ほっと一安心。
領主が長居すると領民は緊張で最大限に楽しめないので、良い頃合で領民たちには手を振って、私達は屋敷に下がることに。
勿論、私はエンライ様に抱えられての退出でした。
領民含めて、もう誰も気にしてないの凄いよね。
ウチの領民も案外図太いのよね。
そう考えていると、エンライ様とオジ様たちが話し始めた。
エンライ様とオジ様たちは鍋を食べてもまだまだお腹に余裕があるらしい。
「ローストホースだったか?オッサンがあんなに楽しみにしてんだ、よっぽど美味いんだよな。楽しみだ。」
と、エンライ様はまだ見ぬローストホースを想像したのか、じゅるっと涎を飲む。
他のおじ様方も
『さっきの焼肉も美味かった。』
『鍋も美味だった。』
『あれ以上の美味いものか・・・。期待値大だな・・・。』
『坊、良い嫁さん貰ったな。』
と、口々に【坊について来て良かった。これからもヌイールの食事楽しみ!】と大盛り上がり。
そこに割って入るのが補佐のオッサン。
「美味しいですよ!!とっても!!特に濃厚なマッシュポテトと一緒にグレービーソースで食べると、呼吸が止まります!!全粒粉のザクザクのパンにソースを浸して、口いっぱいにお肉を頬張っても最高で!!」
と、幸福を語る信者の様にテンションの高いオッサン。
「あっ!?お嬢様、マッシュポテト、ありますか!?全粒粉のパンは!?今日は作ってくれました!?」
と、もしかしたら今日は作ってないかもしれないという事に気づいたらしい。
両手をわさわさと動かしながら挙動不審に質問してくるオッサン。
「慌てなくても大丈夫。ソースはピリ辛のわさびのソースとグレービーソースの2種類。付け合わせには濃厚な生クリームとチーズ入りのマッシュポテトとさっぱりとしたグリル野菜、パンもちゃんと用意してあります。エンライ様がどれを気に入ってくださるか分からないので、周囲からの評判が高い組み合わせで何種類か用意させていただきました。」
と、全員に説明するとガッツポーズの補佐のオッサンが一人。
エンライ様は
「周囲の評判って、誰からの評判だ?オッサンとかオヤジか?」
と、食材の事じゃなくて評判の方を質問された。
そうだよね、全く知らない人間が美味いって太鼓判おしてても、実感わかないよね。
「大丈夫です。私のお父様と、第二のお父様、うちの料理長がお気に入りの逸品です。それに私も大好物なので、エンライ様に気に入っていただけると嬉しいです。」
と、私も気に入っていることを告げると
「そうか、その三人か。ならいい。いや、こっちの話だ。ミーニャが美味いって言うんならウメェんだろうな。楽しみだ。オヤジも早く食おうぜ。」
と、当然の様に奥の部屋へ歩き始めたエンライ様と、その後ろでザワザワとお話ししながらついてくる皆。
部屋に入ると、テーブルセッティングはメイド長の指示で完ぺきに用意されていた。
私とお父様、エンライ様の席。
補佐のオッサンとオジ様方は後ほど、別室で食べるので、席はなし。
それを理解しているのでスッと壁際に移動する補佐のオッサンとオジ様方。
それを見たお父様は少し考えるそぶりを見せて、
「今日は祝いの日だ。無礼講で良いだろう。補佐と護衛も一緒に食べていい。堅苦しいマナーも今日は考えなくていい。偶には美味い飯を囲んで酒を飲む日があった方がメリハリがついて良いからな。ミーニャも食事の用意が終わり次第、配膳はメイドに任せて座って共に食べなさい。」
と、全員が一緒に卓を囲めるように指示を出してくださった。
エンライ様のご用意したお肉だけど、調理をするのはヌイールで、お父様がここの最高位。
従うのみでございます。
お父様はメイドに言って椅子を持ってこさせ、大きなテーブルに少しきつめに椅子を並べた。
オジ様方は最初は遠慮していたが、補佐のオッサンが嬉々として椅子を並べ、【温かい方が美味しいですからね!!さっすが領主様!!話が分かるお方だ~~!!よっ!!領主様!!んえ?ああ、私専用のお肉も貰ってますが、明日の朝食にするんで!!今、こっちを頂けるんならいただきますよ、もちろん!!遠慮なんてそんなそんな!!勿体ない!!】と見え見えのお世辞&全力の本音を言ってさっさと席に着いたので、苦笑だけで席に着いた。
そして、エンライ様は
「んじゃあよ、俺とミーニャはそっちの小さいテーブルで食うことにする。オッサンはオッサン同士で交友深めてろよ。俺は嫁と二人でディナーだ。【1日3回の幸せの確認】だからな。他の奴に邪魔なんてさせねーぞ。」
と、堂々と『二人で食う』宣言。
これには皆
『お前な、お互いの部下も含めてもっと仲良くなる機会だろうが・・・。』
『あちゃ~。本当に空気読まない人なんですね~。今後、お嬢様が苦労しますね、これ。』
『少しは考えてから発言しろ・・・頭がいてぇ。』
『坊らしいっちゃらしいけどな、領主様の気遣いも考えろ。』
『そこまでして嫁さん独り占めしてぇのか、余裕なさすぎだろう。』
『もう、好きにしたらいい。なんだかんだで隣のミーニャ夫人は嬉しそうだからな。わしは何も言わん。』
と、最後のオジ様が発言した時点で、皆の目が私に集中した。
そして、全員からの苦笑をいただく。
エンライ様はドヤ顔の満面の笑みだ。
私はニヤニヤしそうな顔を抑えるのに必死である。
きっとバレバレだろうけど。
だって、嬉しいんだもん!!しょうがないじゃない!!
【嫁と二人でディナー】なんてエンライ様の口から聞けるなんて思ってなかったんだもの!
不意打ちだったんだもの!
なんて照れていると、お父様から
「無礼講なんて中々出来ることじゃない。今日が特別な日なんだ。ミーニャ、気持ちは分かるがエンライは私が説得するから、とりあえず食事の用意をしてきなさい。」
と、送り出された。
確かにね。
こんな日でもないと、部下と領主様が一緒の卓で食事をとりながら腹を割って話せる日なんてないよね。
魔獣討伐の時は一緒に食事はとるけど、上司と部下の線引きだけはしっかりしてるものね。
なので、とりあえず、私は食事の用意にかかる。
と言っても仕上げと盛り付け程度なのだが・・・・。
部屋に戻ると説得が終わっていたらしい。
少し不機嫌ながらも諦めた表情のエンライ様と少々疲れた様子のお父様とニコニコ笑顔の補佐のオッサン、笑いを堪えてるオジ様方という、カオスな状態だった。
「・・・ミーニャ、お前はオレの横だ。」
と、不満そうながらも自分の隣にこれでもかと席を引き寄せているエンライ様がいた。
「・・・・座りなさい、ミーニャ。用意ご苦労。後はメイドに任せなさい。」
と、説得に全力を尽くしたらしいお父様はお疲れのご様子である。
さて、私もエンライ様の隣の席に座り、お食事タイム開始!!
お肉とマッシュポテト&温野菜が盛られた小さなお皿とソースの小鉢がそれぞれ配られる。
パンと残りの切り分けた塊肉は真ん中にドーンと大皿で盛り付けてあるので、好きに取って食えスタイルである。
一応、夜食だからね。
エンライ様以外の方がそんなに食べるとも思えないし、最初はみんな同じ小盛で。
【おお~~~~!!】
「綺麗な肉だな。」
「皿の中の色どりが良いな。流石ヌイールだ。」
「匂い!匂いが良い!!」
「おわー!パンの匂いもたまらんな!」
「早く食おうぜ!オヤジ!早く!」
「領主様!!!!」
それぞれの大歓声と共に唾を飲む音を聞きながら、お父様が食べ始めるのを待つ。
皆、匂いも気に入ったのか、スンスンと鼻息が荒い。
お父様は苦笑いしながらも、急いでお肉を切り、口に入れる。
そして一言、
「もういいぞ、食え。」
と、笑顔で促した。
すると弾かれるように手を動かすオッサン達とエンライ様。
【美味い、美味い】と連呼してくれるオジ様方に対して
エンライ様と補佐のオッサンは無言でガチ食い。
もごもごと口を動かしながら、大皿のお肉を狙う。
一応、塊肉を切り分けてあるので喧嘩にもならないのだが。
モグモグモグモグと、一心不乱に食べるエンライ様再び。
最初に合った時もこうだったよな~。
無言でとにかく食べまくる。
食べ終わってから会話をする。
私はそのモグモグする姿を眺めながら楽しみ、ゆっくりと食べるつもりだ。そう思って、美味しそうにモグモグと食べ続けるエンライ様を見つめていると、エンライ様のお皿の中身が無くなりそうになっていることに気づいた。
なので、新しいお皿にお肉とマッシュポテトを盛り付けて食べ終わったお皿とタイミングを合わせて交換してみた。
すると、エンライ様がくるっとこちらを向いた。
突然だったので驚かせたか、と申し訳なく思ったが、目を真ん丸にしながらも頬を膨らませながらモグモグと咀嚼してる姿が可愛かったので、つい、微笑んだ。
すると、エンライ様はグルンとオジ様方の方に顔を向け
「見たか?爺ども。オレの嫁。良いだろ?羨ましいだろ?気が利いて、飯も美味い。それに、この笑顔・・・。ングウゥゥ。・・・・。食事中の俺をこんな顔で見れるのはミーニャぐらいだぞ?見たか?なあ、見たか?」
と、オジ様方に同意を強制しだした・・・。
オジ様方は食事に集中してるので、エンライ様を見ることもなく【おう、良かったな。お似合いだぞ。】の棒読みである。
が、エンライ様はそれでも満足だったらしい。
今度は私の方を見て
「やっぱり、お前と婚姻して良かった。俺は世界で1番の幸せをつかみ取った幸運な男だな。飯も美味い、気もきく。俺は幸運な男だな。あいつらにも全力で自慢してぇなぁ。」
と、何度も頷きながら私を見つめるエンライ様。
そしてさらに
「ミーニャ、これ食え。この部分が一番うまかった。」
とお皿のお肉の中から選び、周囲を切り落とし、一口にしたお肉をフォークで私の口に運んでくれた。
これはあれですよね?
いわゆる【あ~ん】というやつで、まさに恋人、夫婦の特権というやつで・・・。
ふぎゃーーー!!!
大食いのエンライ様からの【あ~ん】って、なんだかすごく貴重なことをしてもらっている気分!!
思わず、口に入れてもらってから、
「も、もいひいでふ。」
って、物を口に入れた状態で喋っちゃうほど・・・。
貴族としては はしたないんだけど、もう、テンション上がり過ぎてそれどころじゃないわ。
「クククッそうか、もいひいか。フハハ、良かったな。」
と、もの凄く上機嫌なエンライ様。
【これも食え、こっちも。】
と、私に勧めてくる姿は、餌付けの楽しさを知った飼育員の様・・・。
周囲のオジ様方が【雛鳥だな・・・。昔飼ってた・・・。】とか言ってるのは聞かなかったことにしたい。
そんなこんなで楽しい時間はあっという間に過ぎた。
パンも肉もモリモリと食したエンライ様はすっかり満足したようで、明日に備えてもう眠ろうという空気。
部屋に戻るにあたって、誰が私の護衛に来るかという話だったのだが・・・。
自分が送ると譲らないエンライ様とお父様の激論の末、全員で私の部屋まで送った後に解散することに決まったのも、予想の範囲内である。
領主のお父様も補佐のオッサンも、オジ様方もエンライ様も引き連れて、私の部屋まで歩く。
勿論、エンライ様に抱っこされて。
そして、私の部屋に到着したとき、私を下ろしながらエンライ様が言った。
「・・・こうやって寝る直前まで一緒に居られるのも良いな。一緒に住むとこんなに良いことがあんだな。夫婦ってーのは、思ってたよりも良いもんなんだな。今までバカにしてきたけどよ・・・もっと早く出会いたかったぜ。」
と、まだ宴会の余韻が残っているのか、浮かれた様子のエンライ様。
「はい。私も、夫婦というものがこんなに素敵なものだとは思っていなかったので、幸せで胸がいっぱいです。出会うのに時間はかかりましたが、まだまだ若いですから、これからもっともっと、夢のような幸せな時間を過ごせますよ!」
そうなんだよね。
私の知ってる身近な夫婦はお父様と元母親。
そのお父様と元母親は仮面夫婦だった。
元母親は私が前世を思い出し階段から落ちたふりをした時、ずっと看病してくれていたけど、傍にいただけ。
心配してるというより、
【子供が一人いなくなる事によって、再び《スペア》を産まなきゃいけなくなる事への恐怖】が大きかったように思う。
【この子が死んだらもう一人産まなきゃ駄目?】と乳母に言っていたのが印象深い。
だから、あまりこの世界で夫婦になることに希望は持てなかった。
元々、リュールから得た知識で脳筋を舵取りしつつ、領地を護り生きていくつもりだったし。
だから、こんなに幸せな生活が出来るとは思ってなかった。
エンライ様だってまだ25歳、殺されても死にそうにない御方だから、きっと長生きなさるだろう。
いや、してもらわないと困るんだけど、とにかく、これからもっと、どんどん幸せになってやるんだから!!
そう決意し
「エンライ様、これからもっともっと幸せになりましょうね!!私、エンライ様を愛していますから!絶対に幸せにしますから!!食べ物の事だけじゃなくて、もっと、こう、別の事でも!エンライ様を幸せにしてみせますから!!明日からも宜しくお願いします!!わ、私、ここで失礼します!!おやすみなさい!!」
恥ずかしいので、出来るだけ早口で言いきって、逃げる様に部屋に引き込もる。
中にいたメイドさん達には私の叫びが聞こえていたらしく、微笑みながら迎え入れられた。
逆にいたたまれない。
ドア越しに聞き耳を立ててみるが、特に声もなく足音が去っていったので一安心。
赤い顔を冷たいタオルで良く冷やしてから眠りについた。
明日から、エンライ様とのウキウキ新婚生活~ヌイール編~だ!!
なんて盛り上がりつつも、疲れていたのか、寝たのはスグだった。
___________
目の前で、顔を真っ赤にした嫁から
【愛してる、幸せにする】
なんて男前な発言を投げかけられ、赤面。
上手い言葉が出てこず、真っ白な頭。
正気に戻って、やっと伸ばせた手。
そんな俺をよそにミーニャの部屋の扉が閉まった。
この、抱きしめようとして空を切った手をどうしろっつーんだ?
後ろには声を殺して笑いを堪えてるオッサン共が多数。
全員に罵声を浴びせてブン殴りてぇが、我慢だ。
我慢だ、俺。
ミーニャの部屋の前で、そんな醜態を晒すわけにはいかねぇ。
とにかく、今は一刻も早くここを去ろう。
ミーニャの事が気になってしょうがねぇが、俺は早歩きで自分の部屋へ戻る。
その間に、流石にヤバいと思ったのか、爺共がフォローしてくる。
『真っ赤だぞ、坊。恋は良いもんだろ?』
『空ぶってやがる!腹がよじれる!』
『《愛してる》ってよ、良かったじゃねぇか。』
『その辺の奴より、男前だな。良い女だ。』
『チクショウ、ミーニャが・・・。少し前までは《お父様が一番》だったのに・・・。』
『やーい、やーい、逃げられたー。』
って、おい。
補佐のオッサン。
お前のその怖いもの知らずな感じ、嫌いじゃねぇが、今は少し黙っとけ。
ついでに爺の一人、お前は腹よじらせて棺桶入れ。くそが。
そんな中、オヤジは悔しそうにしながらも
「エンライ。今みたいな心残りがある状態を《後ろ髪をひかれる》って言うんだ。良かったな。一つ賢くなったな。もう忘れない言葉だろ。」
と言った。
確かに、初めて聞いたけど、もう二度と忘れねぇわ。
ミーニャに直接は言えなかったが。
こいつらに爆笑されるのは確実だし、今後も二人の時にしか言うつもりはねぇが。
俺だって愛してる。
ぜってぇに守るし、幸せにする。
女の扱いは分かんねぇし、魔獣退治しか能のねぇ俺だが、ミーニャの為なら何でもしてやらぁ!!
国でもドラゴンでも何でもかかってこい!!!!!
よし、その為にはヌイールの魔獣討伐隊を死ぬ気で鍛えあげぇとな。
ついでに爺共も。
もっともっと上を目指してもらわねぇと。
「明日が楽しみだな?」
そう言って部屋に戻った。
俺の言いたいことが分かったのか、顔を青くした爺共を残して。




