お披露目会。
さてさて、無事に家に到着しました。
今から、お披露目会に向けての用意を猛ダッシュで行わなければなりません。
明日到着予定はずのメイド長や料理長が既に到着していて、皆に指示を出していることに驚き!!
【お嬢様の晴れの舞台に私たちがいなくてどうするんですか??馬を潰す勢いで来ましたよ。ははははは。】
なんて笑う二人が少し怖いけど、細かい部分まで指示を出してくれる2人がいれば、本来のお披露目会よりもバージョンアップしたお披露目会になるだろうから、助かります。
エンライ様の補佐のオジ様達から、領民達に振る舞う分のお肉を受け取り、料理長に焼きの作業を頼んでおく。
タレの指示だけ出して、そちらは料理長にお任せ。
私の技術を叩き込んである料理長だ。おそらく、お貴族様に出しても歓喜の声を戴けるレベルの焼き加減で提供してくれるはず。相手は領民達だが、きっと全力を尽くしてくれるだろう。
エンライ様の分のお肉は私が料理したいので、別にしておき、ローストビーフならぬローストホースに。
ピリ辛の西洋わさびのソースとグレービーソースを作って、付け合わせには濃厚なマッシュポテトとさっぱりとしたグリル野菜。
領民へのお披露目会では領民と同じお鍋の中身を食べるので、その後の食事になるけど、鍋の量はそんなにないし、エンライ様の大食らいを考えると後で食べても丁度良いはず。
私の作った料理を毎日3食も食べてもらえる幸せな日々の始まりである。
食べてもらえる瞬間を考えるだけでテンション上がる!!
幸せそうな顔で食事する姿が間近で見れるんだよ!?
褒めてもらえるかもしれないんだよ!?
とろけそうな甘い笑顔で頭ナデナデかもしれないんだよ!?
全力投球、当然でしょう!?
【お嫁さんの特権】って最高!!
っと、その前に、お披露目会をきちんと終わらせないと。
気合を入れて、急いでシャワーを浴びて着替えて髪形を整える。
持っている物の中でも上質なドレスや宝石の類を持ちながら、笑顔で迫ってくるメイド長さんは、まさに水を得た魚。
勿論、エンライ様とオジ様方にも客室の方のシャワーを使ってもらって、汗&血の臭いを消してもらいます。
当家の石鹸を使ってもらえば、汗の臭いも血の臭いも全て良い香りに。
昔から魔獣狩りをして血を浴びる地域なので、石鹸に関しては他の追随を許さないレベルなのです。
私の前世の知識も使ってるしね。
ドヤァ。
そんなこんなでドタバタと何とか用意を済ませ、ようやくお披露目の場へ。
ぐつぐつと煮えたイノシシ鍋と美味しそうに焼けたブルーホースの匂いに領民のテンションがかなり上がっているのが聞こえる。
領民は杯を片手に、領主であるお父様の挨拶を今か今かと待っている。
私たちの挨拶が終わってから一斉に鍋が配られるので、待ちきれない様子だ。
私とエンライ様、お父様を中心に補佐のオッサンやオジ様方が
外にいる領民の皆から見える様に2階のバルコニーの用意された席に着く。
鐘が鳴り、婚姻のお披露目会の開始。
さっきまでお祭り騒ぎだった領民が黙る中、
立ち上がり一歩前に進み、完全なる静寂の中、声を響かせるのはお父様。
我らがヌイールの領主様だ。
「良く集まってくれた、ヌイールの民よ!今日は我が娘、ミーニャの婚姻の祝いの日だ。ミーニャ、エンライ殿、一歩前に。この二人が今後のヌイールを支えていく事になる。皆の人生を支えるべく、尽力を尽くす2人に盛大な拍手を!
イノシシの鍋は侯爵家からの振る舞いである!通例通り、我らと共に食し更なる団結を誓ってくれ!更に、此方に居られるエンライ殿は《魔獣狩りの天才》と呼ばれる御方であり、皆が食べれるようにと魔獣の中でも美味で有名なブルーホースを獲ってきてくださった。イノシシ鍋と共に受け取るように。
さあ、皆、杯を掲げよ!!!!!!
皆の為にブルーホースを獲って下さったエンライ殿に感謝を!
《魔獣狩りの天才》がこのヌイールの地に来てくれた事に感謝を!
ミーニャを幸せにすると約束してくださった事に感謝を!
この地を護り、領民を護り、育んでいくことを約束した次期当主ミーニャとその夫、エンライ殿に有らん限りの幸せが降り注ぐことを現ヌイールの領主として願う!
ミーニャとエンライ殿の婚姻に乾杯!!」
お父様の挨拶の直後、爆発した様な大歓声が起こる。
皆、口々に【おめでとうございます!】と声を張り上げてくれる。
中には野太いオッサン声で
『エンライ様ー!自分に魔獣狩りの全てを叩き込んでくだされー!!』とか
『うおおーー!よくぞヌイールに来てくださったー!!』とか
『憧れの歳の差婚ーーーーー!!』とか
謎な言葉も多いけど、やっぱり、魔獣を狩れる男なのがこの地では大人気。
少年も御爺さんも目をキラキラさせてるから、きっと、魔獣討伐隊への志願者はさらに増えるでしょう。
でも、腰の曲がった御爺さんでさえその気にさせるエンライ様の存在は凄いなぁ。
皆で杯を傾けて少し口を湿らせたところで、次は私たちの番である。
お父様が士気を高めてくれて領民の心が一つになっているし、皆早くお鍋食べたいだろうから私は手短に。
お父様と同じように、一歩前に出て一礼。
「今日は私の婚約のお披露目会に来てくれてありがとう。エンライ様と婚姻できた事、皆にお披露目できた事、本当に嬉しく思います。これからも共にヌイールを豊かにしていきましょう。」
そこまで私が述べるとエンライ様が私の隣に並び
「俺もミーニャと婚姻できたことを嬉しく思う。ヌイールに来れたこと、自分の力を必要としてもらえている事、嬉しく思う。俺は喋るのが苦手で上手く言えないが、ミーニャは俺が絶対に幸せにする事をここで誓う。俺が魔獣を狩ってお前らの生活も守ってやる。あー、と、剣の技術も叩き込んでやる。んと、荒事は俺に任せろ。祝ってもらえて嬉しいぜ。」
と、恥ずかしくなったのか、途中から素の状態で話しながら、首の辺りを擦りながら声を出すエンライ様。
最初はお父様を真似てたのに、最後の方は口調が荒い上に早口になっていてすんごく可愛い。
本当に、強くてカッコイイのに可愛い人。
私の好きなツボをガンガンと踏み抜いていく。
そんな人に、皆の前で【俺が絶対に幸せにする】って誓ってもらえるなんて幸せすぎる。
こんなに素敵なエンライ様に好きになってもらえて、私は人生の幸運を使い切った気分だが、それでも構わない。
これで、私とエンライ様は完全なる夫婦である。
邪魔するものは無い。
むふふふ。
にやけ笑いが止まらない。
そんな私の顔を見たらしい
お父様、補佐のオッサン、舌打ち止めて。
オジ様方、笑うの堪えてるの分かってるからね?
対して領民達は照れてるエンライ様の言葉にも
【うおぉぉー!!】
という叫び声で答える領民達。
大歓迎してもらえてるみたいで良かった。
いつもみたいにロリコンとか言われたり、変な目で見られたらどうしようかと思ったけど、何の問題もないみたい。
この地に住んでいる人間にとって、自分たちを守ると宣言してくれたエンライ様は最強の守護神の扱いの様だ。
兎に角、挨拶も無事に終わったので、お父様の合図により、イノシシ鍋とブルーホースの焼肉が配られる。
まず先に、お父様を筆頭にバルコニーにいる人の分が複数の大鍋から少しずつ注がれて2階のバルコニーに運ばれる。
私たちの手元に運ばれる頃にはすっかり冷えているのだが、しょうがない。
全員の目の前にある鍋から集めて【同じ鍋を食べる仲間】である事を強調するのが大切なのだ。
その後は皆に配布が開始される。
小さい子供たちも目を輝かせて、自分のお皿をしっかりと持って並んでいるのが可愛い。
ちなみに、お肉や鍋の具なんかの硬い物が食べられない位に小さい子には、お粥や重湯なんかも用意してある。
配布先は何か所かに分けてあり、住んでいる地区によってもらう場所が決まっているので、大混雑にはならない。必ず全員が貰えることが分かっているからか、順番を抜かしたりする人もいない。
皆、きちんと並んで静かに受け取る。
受け取った後は大騒ぎだけど、その辺の教育は徹底してある。
魔獣討伐隊が目を光らせているのもあるけど、横入りや横取りしたりすると家に帰されるので、皆大人しいのだ。
ちなみに、来ている妊婦さんや怪我人などの並ぶ事が難しい人には鍋を抱えたボランティアの人間が廻る事にしている。
私たちは二階のバルコニーに座ったまま、時々かけられる言葉に笑顔で手を振りながら、イノシシ鍋を啜る。
うーん、野生の味。
子供も食べるから生姜は少なめな上に、コスト上の理由で領民の舌に合わせた味付けになっている。
不味くはないけど、味薄い。
ついでに肉肉しい大味。
お米もブチ込んであるから、イノシシの肉雑炊みたいな感じ。
対して、エンライ様が捕まえて下さったブルーホースは上質なお肉なので、お酒のつまみにも良し、そのまま食べても美味しい、領民にとって最高級の御馳走品。
領民達のテンションもそりゃ高くなるだろう。
私も戴こうっと。
うん。軟らかくて甘みもあって美味しいです。
もきゅもきゅと食べていると、
「美味いか?」
と、顔を覗き込んでくるエンライ様。
お行儀が悪いので喋れない代わりに何度も頷く。
ちゃんと飲み込んでから
「すごく美味しいです!」
と、返事をすると
「そうか。そうか。良かった。」
と嬉しそうなエンライ様。
「明日は何が良い?何が食いてぇか言っといてくれりゃ、狙って狩りに行くぞ。」
と、目をギラギラさせながら質問してくるエンライ様。
「何を言っている。数日は狩りになんて行かせないぞ。まず、こっちの魔獣討伐隊の基礎知識を覚えろ。ついでに隊の人間を鍛えるなり、見極めるなりしてくれ。ある程度整えたら数人連れて実力を見せてやってくれ。次の魔獣討伐遠征までまだ時間があるからな。こっちの気候に慣れる意味でも必要な時間だろう。」
と、私よりも先にお父様がお答えになりました。
「・・・・。おぅ・・・。」
エンライ様は何とも言えない顔で歯切れの悪いお返事をなさいました。
「なんだ?不都合でもあるか?」
お父様、領民に見せる用の笑顔のままだけど、声が怖い・・・。
「んや。別に嫌ではねぇよ。ここの奴らを鍛えに来たのも本当だしな、ビシバシ鍛えてやるのも割と好きな方だぜ。けどよ、毎日3食ミーニャに飯作ってもらうって決めたんだしよ、その材料ぐれぇ自分で取りてぇなぁ・・・。と、おもってよぉ・・・。」
と、歯切れ悪く、分かってはいるけど・・・。みたいなエンライ様。
んんんんん----!!!!!!!
その、『自分の力で養ってやりたい』感、男らしくて大好きです!!!!
ありがとうございます!!
大好き!!
と、愛を伝えようかと思ったら
「なら、早起きしましょうよ~。どうせ夜は暇なんですから、さっさと寝て翌朝に備えて。4時くらいに起きて、私がエンライ様を連れて森に入りますよ。小物でも良いでしょう?文句言いませんよね?少人数ならそこそこの速度で往復できますし、少し離れた辺りに出る小型のベアー系なら1頭でも量が取れますし、肉質もそこまで悪くないですからね~。筋肉質で硬いお肉でもお嬢様の手にかかれば美味しくなりますから問題なし。3食それで作ってもらって、明日はイノシシ系を狩りに行きましょう。で、日中は魔獣討伐隊を鍛えるという事でどうでしょう~?」
と、緩い口調ながらも提案してくれる補佐のオッサン。
オッサンも補佐という地位があるから、それなりに忙しいはずなのに案内をかって出るという事は、数日なら睡眠時間を削って付き合っても良いと思うくらいには気を許してるって事だ。
「うおっ!良いのか!?オッサンが良いなら、それで頼む!ダッシュで狩ってくんぞ。ジジイの内から一人連れてくからよ、残りはミーニャの護衛しながら魔獣討伐隊との基礎の擦り合わせしとけ。んで、狩りから帰ったら朝飯が出来るまで討伐隊の見極めな。で、飯食ってからは実際に鍛える。ジジイ共も使って基礎からやる。その時に俺達と魔獣討伐隊との戦い方の違いを徹底的に突き詰める。んで、明日には訓練の仕方を組み直す。こんな感じか?」
と、スラスラと今後の予定を決めていくエンライ様。
流石、私兵全てに自身で指示をお出しになるお方だ。
お父様も補佐のオッサンも、その決断力に嬉しそうな顔をしている。
「それで頼む。俺は溜まってる仕事を片付けねばならんのでな。明日の朝には討伐隊の隊長格を集めておく。そいつらに話を通しておくから好きに鍛えてくれ。狩りが終わり次第、そいつは返してくれよ。それでも補佐の地位にあるからな。仕事がある。ミーニャも朝食を終えたら仕事をこなすように。」
と、お父様からの命が下った。
私もオッサンも領主のお父様ほどではないが、やらなければならない仕事が多い。
暫く王都に居たので、溜まっている仕事も多い。
いくら優秀な人間を雇っていても、最終的なハンコを押せる人間は決まっているのだ。
他の領地に比べれば優秀な人間が多いので仕事は少ないと思うけどね。
エンライ様の為に3食、毎回大量に作る時間位がある程度には皆が優秀で本当に助かる。
「・・・・そうだよな、ミーニャにも仕事があんだよな・・・。くそう、俺が他の奴らを鍛えてんのを見せてやろうと思ってたのによぉ・・・。まあ、しゃーねぇか。」
と、少し残念そうなエンライ様。
うん。
私も残念ですよ。
エンライ様が戦うのではなくて、【人を指導する姿】はまだ見たことが無いんだから。
初めて見る姿を見れないのは悔しい。
けど、仕事は大事。
公私混同は駄目、絶対。
やるべき事をきちんとこなしてからじゃないと。
そう考えていると
「・・・はぁ、分かった。休憩時間に共におやつを食べるくらいは許可しよう。午前10時と午後3時に15分。それ以外は仕事を終わらせてからなら許可する。」
と、ため息を吐きつつ許可してくださるお父様は本当に優しい。
「お父様ありがとうございます!!では、休憩時間にはエンライ様の元に・・・」
「いや、俺がミーニャの元に行く。部屋か?あ?執務室か。了解。」
と、エンライ様が来てくださるらしい。
私が差し入れする形を考えていたのだけど・・・。
「ミーニャが来るんじゃ遅くなるだろ。俺が走ってくりゃ、もっと長くいられる。」
と、当然の様に語るエンライ様。
その言葉に苦笑いの皆さま。
成程。私の足ではどんなに急いでも往復で10分はかかってしまう。
猛ダッシュででもだ。
そうなると一緒に居られるのは5分。
逆に、エンライ様が猛ダッシュでこちらに向かって来てくれれば、あっという間だろう。
少なくとも10分は一緒に居られる。
素晴らしいです。賛成です。
でも、そうなると、私は自分の仕事を全て終えてからじゃないと、エンライ様の【指導する姿】を見れないという事だ。
戦うだけじゃなく、人の動きを見極め、教え導く姿はきっと今以上にエンライ様の素晴らしさを見れると思う。
汗を流し、鍛え上げた筋肉をもって、周囲の者を導く姿はきっと素敵だろう。
見たい。是非とも拝見させていただきたい。
しかし、仕事が終わらないと駄目と言われてしまった今、全力で仕事をこなす以外の選択肢はない。
夜戦の練習は基礎を固めてからだろうから、まだだとすると、暗くなる頃には練習が終わる可能性が高い。
となると、
「全力で、出来る限り早く仕事を終わらせて、エンライ様の勇姿を見に行かなければなりませんね。【指導する】エンライ様を見る為には、集中してさくさくと仕事を終わらせねば!」
と、握りこぶしを作る。
おっと、どうやら、心の声が漏れていたらしい。
『・・・・頑張ってみなさい(ください)。』
お父様とオッサンは苦笑いしていた。
『ミーニャ夫人、すげぇな。』
オジ様方からは称賛の声を引き攣った口元から頂いた。
「・・・何時でも見に来い。待ってるからな。」
そう告げるエンライ様の顔が赤かったのは照明のせいではないだろう。
笑顔で頷く私の頭を撫でて、雑炊を掻っ込むエンライ様は可愛かった。




