エンライ様と狩り。
エンライ様とオッサンが険悪な感じで狩りが始まるのかと思ったけど、そんなこともなく。
オッサンはご機嫌。
エンライ様もご機嫌。
御供のオジ様方もご機嫌。
なんだかんだで全員、狩り大好き人間っぽいです。
エンライ様が
「どんな魔獣がいんだ?何狙ってくんだ?何頭狩る?」
とウキウキで質問すると
「あー。割と色々な魔獣が出ますよ。森なんで、ベアー系とトカゲ系が多いですかねー。ん~、狙いはブルーホースなんてどうでしょう?今の時期、脂がのってて美味いですよ。食べれる部分も多いですし。一応、拡張保存袋は持ってきましたが、傷むのは止められないので、出来るだけ近場が良いですよねー。この人数だし、沢山狩って持って帰れなくてもダメですし、ブルーホースはデカいんで3頭くらいにしときましょうか。領民全員が来るわけでもないですし、余裕で足りるはずですよ~。」
と、ゆる~い返事を返す領主補佐のオッサン。
「うっし、んじゃ、ブルーホース狙いで行くぞ!」
と、エンライ様が気合を入れると
【おう!】
と、声を合わせるオジ様方。
一致団結、オジ様方を纏め上げるエンライ様、カッコイイ。
そして、さり気無く「おー!」って手を上げて声を合わせたオッサン、空気読むの上手いな、おい。
私一人、何も言えなかったよ。
ちょっと疎外感・・・。
なんて思いつつ、オッサンとオジ様方の面白話を聞きつつ歩いていると
「あ!お嬢様!あの穴!見てください!!」
と、突然、私に声をかけてきたオッサン。
「え!?何!?」
何か良い物でも見つけたの!?と、テンションが上がった私を見たエンライ様が
「んだ??ミーニャが喜ぶものか!?よし、俺がとってやる!!」
と、腕まくりしながら穴に近づいていく。
すると、オッサンが
「あれ、毒蛇の穴です。気をつけましょうねー。手を突っ込むのは馬鹿くらいなんで。」
ってにこやかに言い放った。
エンライ様は無言でピタッと立ち止まった。
その様子を見たオジ様方は
【ブッホ!!!!!】
って、お腹を抱えて爆笑。
私は笑わず。
あのエンライ様を見ながら爆笑できるオジ様方の心臓強ぇー!!!!
と、ただただ感心。
当然、騙されたエンライ様は
「っざけんな!!ミーニャが喜ぶもんだと思ったじゃねーか!!紛らわしいんだよ、オッサン!!」
と、切れた。
が、どうやらオッサンは森に入ると童心に返るタイプの人間だったらしい。
「ふっははは!バーカ、バーカ!」
と、楽しそうなオッサン。
今時、【バーカバーカ】なんて子供でも言わないよ、オッサン。
オジ様方も一緒に【バーカ、バーカ】って言ってるけど。
「ちくしょう、良く考えりゃ分かるのに、騙されたぜ・・・。」
と、悔しそうなエンライ様。
そんな油断したエンライ様の目の前に、突然飛び出てきたのはオオトカゲ。
どうやら、エンライ様が剣の鞘で叩いて気絶させたらしい。
《らしい》というのは、その瞬間を見れなかったからだ。
オオトカゲに私が気付いた瞬間、目の前にオッサン、左右と斜め前、後にオジ様方が立つと同時に
ひゅんっ!って音と
ドン!って音がして、オッサンの脇から見てみたら、エンライ様の目の前にオオトカゲが伏せてた。
「今回の狙いじゃねぇし、気絶させて置いてくけど、良いよな?」
と、何事も無かったかのようにオッサンに聞くエンライ様。
「ええ、置いてって大丈夫ですよー。にしても、流石ですね。動きを目で追うのがやっとでしたよ。ああ、良かった。貴方なら、本当の意味で、ここヌイールの地でお嬢様と暮らしていただける。俺も領主様もお嬢様より先に死にますからね。貴方がいてくれるなら安心です。御付きの方々も、お嬢様を守る為に動いてくださった。今更ではありますが、貴方方がこの地に来てくださった事、心から感謝、歓迎させていただきます。」
と、オッサンが真面目に頭を下げた。
「ん?ああ。だからオオトカゲが近づいてんのに、毒蛇の穴の話に持って行きやがったのか。油断してる時の俺の力量が見たかったんだな?」
と、エンライ様が問うと
「ええ。だまし討ちの様な真似をして申し訳ございません。ですが、油断してたとしても、あんなのの攻撃を食らうなら魔獣討伐隊は任せられません。討伐隊を貴方に任せられないなら、俺が兼任しつつ、後継者を育てていかないと間に合わない。だから、油断するように毒蛇の穴の話をしました。まあ、あの穴に手を突っ込むのは馬鹿だけっていうのは本当の話ですが・・・。不愉快な思いをさせてすみません。コレは俺の独断です。領主様は関係ありません。」
と、いつものヘラヘラした態度は一切なしに、更に頭を下げるオッサン。
「いい、いい、頭なんざ下げなくていい。別にこれぐらい構わねーよ。この地じゃ必要な事で、俺は合格なんだろ?なら、それでいい。あんなのは寝てても倒せる。それよりよぉ、もう少しで良いから、ミーニャに俺が見える様に立ってくれねぇか?オッサン、ミーニャの視界、完全にシャットアウトしてんじゃねぇか。俺の勇姿、全く見えてねぇだろ、それ。」
と、適当に返事したかと思えば、私を指さして、立ち位置について文句を言うエンライ様。
「ああ、失礼。無意識っておそろしいですね~。次はもう少し見える状態でお守りしますから、安心してバンバン活躍してくださいね~。それと、お亡くなりになる前に、その腕前をご自身のお子様にも全力で叩き込んでくださいね~。ご子息のご活躍も楽しみにしてますので~。」
って、にこにこ笑顔で答えるオッサン。
死ぬ前にとか、縁起でもないこと言わないでよ・・・。
と思ったんだけど
「任せろ。息子にも叩き込んで、俺並みに強い男に育ててみせっから、楽しみにしとけ。」
ってドヤ顔で返事するエンライ様が可愛いので良しとしよう。
まだ見ぬ未来の息子君よ、息抜きなんかでは全力で手助けするから頑張っておくれ。
そう思っているとオジ様の一人が
「まぁ、男が産まれるとも限んねぇけどな。はははは。」
と笑い、辺りに静寂が広がる。
「ゴホン、これから俺が指導する人間全員に叩き込んでやる。人材育成にも全力尽くしてやるから楽しみにしとけ。」
うん。少し恥ずかしそうに咳で誤魔化しつつ、言い直したね。
流石に女の子相手じゃ、全力で叩き込むのも、エンライ様越えも難しいもんね。
私としても、女の子なら戦いはある程度で、私の後を継いで社交界で活躍してほしい。
他のオジ様方や、オッサンも
【そうだよね。女の子には酷だし、まだ時間もかかるし、先に今いる奴ら鍛え直してやろうぜ~!】
みたいな話になってる。
うんうん。そうだよね。
って違う!今はそんな事よりも、魔獣狩り!ブルーホース探し!!
私達の将来設計じゃなくて、今日の晩御飯兼領民に振る舞うお肉!!
「あの!人材育成の話は今度にしましょう!遅くなる前に帰らないといけないんですから、早くブルーホース捕まえましょう!!」
挙手しながら提案すると
【ああ、そうだった、そうだった。ブルーホース、ブルーホース。肉。肉な、肉。】
と、今回の目的を思い出したらしく、口々に呟いた。
皆さん、しっかりしてください。
そして、目的のブルーホースを目指して、どんどん森を歩く私達。
突然現れる魔獣も動物も、エンライ様が剣の鞘でぶん殴って気絶させたり、踵落しで気絶させたり、威嚇で蹴散らしたり、鞘でぶん殴ったり、鞘で殴ったり、鞘で殴ったり・・・。
正直、魔獣狩りしてるというよりも、ガキ大将が棒っきれを振り回してる様にしか見えないんだけど・・・・。
当のエンライ様は、魔獣を倒すたびに此方を振り返って
【どーだ!速ぇだろ!すげぇだろ!カッコイイだろ!強ぇだろ!】
と、いう様な眼で見てきて、たまらなく可愛いです。
なんだよ、この愛おしい生き物。
棒っきれを振り回す少年風でも何でも、素敵な事には変わりない。
私の目はハートマークにでもなってるんじゃなかろうか。
此方を振り向いた後のエンライ様は、私の顔を確認して、破顔。
私からの称賛を浴びて、嬉しそうに私の頭を撫でて、フンっって鼻息と共に、また先頭を歩く。
これの繰り返し。
【お嬢様の顔、見たいような見たくないような・・・・。】
ってオッサンが呟いていたのは聞かなかったことにしよう。
【闘いの時の坊の顔を、あんなにキラキラした目で見れるのスゲェよな。】
【褒め殺しだな。珍しく照れてやがる。】
【嬉しそうだな。幸せそうで良かった。】
【大した事してねぇけどな。】
って、オジ様方も小声で嬉しそう。
なんだかんだでオジ様方もエンライ様の事、大好きだよね。
発言が、小さい頃から面倒見てきた親戚のおじさん達みたいだもん。
手のかかる子ほど可愛いとか、そんな感じなのかな。
ふふふ、エンライ様が愛されてるのが分かると、私も嬉しい。
そうして歩く事、数十分。
エンライ様が突然、手を後ろに伸ばして全体の動きを止めた。
そして、そのまましゃがむ様に掌を下に下ろして指示。
息を殺してエンライ様の視線の先を見てみると
おお!
ブルーホースの群れを発見!!
全部で5体。
誰も言葉を発することなく、エンライ様からの指示を待つ。
エンライ様はこちらを見ずに小指を一本立て、二回、前に倒した。
すると、私の斜め前にいたオジ様がスッと音もたてずにエンライ様の横にしゃがんだ。
監視をそのオジ様に任せたらしいエンライ様はこちらを向き、オッサンに私を指さし、シッシと追い払うような動作で私の真横まで下がるように指示。
その後、他のオジ様方に指で何やら合図をし、見張りのオジ様以外の全員が頷いたのを確認。
そして、そのまま左右2人づつ、素早く移動。
決めていた位置に到達すると同時に、4人が低い体勢で飛び出した。
すると、右に居たオジ様2人が2体のブルーホースの進行方向を遮断。
武器を構えたままブルーホースと睨み合う。
その間に、左から飛び出たエンライ様は1体のブルーホースの首を素早く切断。
まさに一刀両断。
素早すぎて、目で追えない位のスイングで首が落ちた。
エンライ様は、そのままの勢いで右に移動。
軽やかなステップと共に近づき、舞う様にブルーホース2体の首を刎ねていく。
左から一緒に飛び出たオジ様は他のブルーホースが近寄らない様に威嚇&エンライ様の背後の護衛をこなしていた。
誰が見ても分かる、素晴らしいチームワーク。
「いいな、あれ。ウチの奴らにも・・・。」
と、オッサンの目に期待と羨望の光が見えたのは気のせいじゃない。
手を貸すこともなく、見守るというほどの緊張感もなく、あっという間に終わった狩り。
そして至極当然の様に解体を始めるオジ様達。
エンライ様は見張り中。
あまりのカッコ良さに興奮して、近寄ろうと立ち上がろうとする私を止めたのは、見張りの為に残っていたオジ様。
「血の臭いに大物が寄ってくる可能性がありますので、このまま待機していただきたい。」
ああ、そうだった。
血の臭いでもっと強いのが来る可能性もあるもんね。
危ない。
下手に近寄ってたら、エンライ様から呆れられてたかもしれない。
余裕で倒していたからって、気を抜いちゃいけない。
危ない危ない。
止めてくれたオジ様に感謝。
「いや、凄いですね~。全力で振った剣を元の位置にあの速さで戻せる腕の筋力、馬鹿みたいに凄いですね~。皆さんの対応力、すごいですね~。ああ、一つ、質問良いですか?エンライ様が解体じゃなくて見張りをしてる理由は何ですか?解体が苦手だったりします?」
と、オッサンがオジ様に質問すると
「解体も得意なんで大丈夫ですよ。ただ、あいつは殺気に対する察知能力みたいなのが秀でてるんで、見張りをさせるんです。使えるもんは年上でも目上でも使うのが俺達の流儀なんで。あとは・・・。多分、解体で血に濡れたら、ミーニャ夫人に触るのが躊躇われるからじゃないですかね?汚しちゃうから。」
と、後半は半笑いで答えてくださったオジ様。
オッサンも
【ああ、なるほど・・・。確かに・・・。】
と、半笑いだったのは見なかったことにしましょう。
そんな風に会話をしている間に、解体は終了。
オッサンが渡していた保存袋にドンドン入れていく。
そして
「おい、オッサン!オッサン用の袋はどれだ?」
と、オッサンを呼ぶエンライ様。
ハテナマークを頭に飛ばしたオッサンが近寄っていくと
「んだよ、忘れたのか?道案内させるから、肉は多めに食わせてやるっつったろ。後で分けんのめんどくせぇからよ、先にそっちに突っ込んどけ。」
と、大きな塊肉を差し出すエンライ様。
見た感じ、かなり上質な部位な気がする。
勿論、オッサンは
「良いんですか!?こんなに!?こんな上等なとこ!?俺が貰って良いんですか!?後で返せとか言いません??」
って、驚き&喜びながらも何度も確認しつつ、自分の保存袋を差し出していた。
「んあ?道案内した上に、ミーニャを護ってた事に対する俺からの礼だ。受け取れ。」
と、葉っぱで包んだ肉を豪快に袋に突っ込むエンライ様。
「うわああああ~!ありがとうございます!」
って、本当に嬉しそうなオッサン。
他のオジ様方はクスクスと【良かったな~】とか【帰りも宜しく~】とか声かけてる。
オッサンは【任せてください~!】と笑顔で何度も頷いてる。
エンライ様は呆れ顔だけど、
魔獣狩りに来る時は、狩った魔獣は全て魔獣隊の稼ぎになるから、個人に配分される肉はそんなにないのよね。
調理して食事として出されることはあるけど、『この塊肉は俺のモノ!』なんてことは、まずない。
だから、嬉しさ倍増なんだと思う。
「んで?ミーニャ、どうだった?俺の活躍。本当は俺だけでも良かったんだけどな。手は抜かねぇ。相手も死ぬ気でかかってくるからな。常に最善を尽くすのがウチのやり方だ。で、どうだった?カッコ良かったか?」
と、しゃがんで目線まで合わせてくるエンライ様。
「勿論です!!カッコ良かったです!!凄かったです!!あんなに早く人体が動く様子、初めて拝見しました!!とても、とっても逞しくて、カッコよくて、素敵でした!!ああ!!もう、なんと言えば良いのか!!興奮しすぎて言葉が出てきませんよ!!素敵でした!エンライ様!最高です!流石、私の旦那様!!」
と、興奮して答えると、ガバッと抱きしめられた。
分厚くて硬い胸板に鼻をぶつけて、ブフっって変な空気が出たけど、エンライ様は気にしない。
「くぅ~~~~!!!!お前ら聞いたか!?俺の戦ってる姿をカッコイイってよ!!《鬼》だの《般若》だの《通常狂戦士》だのと呼ぶ馬鹿もいんのによ、俺のミーニャの可愛い言葉、聞いたか!?《私の旦那様》ってよ!!お前ら、聞いたか!?」
って、テンションMAXなエンライ様。
他の方々、笑ってるけど《通常狂戦士》って何??
そのあだ名については詳しく教えてほしいんですけど・・・・。
嬉しそうなエンライ様に頬ずりされてて、水を差すような事言えないからお口チャックするけど。
頬っぺたスリスリ、嬉しいなぁ。
同時に頭も抱え込んで撫でてくれるし、
さり気無く、頭部にキスしてくれたりするの。
おお、お次は首元に頭を埋めてまいりました。
【くそう、可愛いなぁー。】
って言いながら、首元にグリグリ。
甘えてるみたいで可愛いし、照れてるのか、エンライ様の首元もほんのり赤くなってて幸せである。
そんなウフフ、アハハな幸せオーラ全開の私達を現実に戻したのはこの人。
「おじょーさま!おじょーさま!コレ、このお肉!!半生のやつにしてください!!あれ、薄く切って食べる奴!!」
と、テンション高くお願いしてきたオッサン。
どうやら、今まで黙ってたのは、何の料理を作ってもらうか思案していたみたい。
半生のやつとは、《ローストビーフ》のブルーホース版の事である。
塊肉じゃないと出来ないし、薄く切ったのをパンにぎゅうぎゅうに詰めて、西洋わさびをほんの少しだけ溶かしたソースをかけて、レタスと共に食べるのがオッサンのお気に入り。
少し厚めに切って、マッシュポテトと共に、グレービーソースをタップリ付けて食べるのも好き。
ダメ?ダメ?みたいに小首をかしげるオッサン。
オッサンのくせに、可愛い人だなぁ。と思う。
昔っから、私はこの顔を見ると、ダメと言えない。
本人は気付いてないだろうけど、《捨てられそうな子犬》みたいな目してんだよね。
オッサンの中で、私からの拒否=嫌われたって方式でも成り立つんじゃないかと思うわ。
なので、返事は一択。
「勿論。作ってあげるから、楽しみにしててね。エンライ様!申し訳ないのですが、同じくらいの塊肉をもう一つ、エンライ様と護衛の皆様用に分けておいていただけませんか?皆様にも、私の作るローストホースをご賞味いただきたいので、お願いします。」
と、オッサンに許可を出すと同時にエンライ様にお願い。
オッサンに作るんなら、エンライ様にも作らないと。
お父様の分はオッサンが分けて食べるだろうから大丈夫。
なんだかんだで仲が良い二人だからね。
「おう!【オッサンばっかずりぃ!俺のも作れ!】って言おうと思ってたんだけよ、ミーニャから言ってもらえて嬉しいぜ。他の爺共の分まで悪ぃな。頼む。」
と、自分の保存袋を出して、オッサンの塊と同じくらいのの2個キープするエンライ様。
うん、自分の分一つとオジ様方の分1個かな?
オジ様方から
【ありがとうございます。楽しみにしています。】
との期待の声もかかり、気合が入ります!
そんなこんなで、全員がホクホク顔で帰宅する中、大きなサンダーベアーが登場。
勿論、エンライ様が瞬殺。
【塊肉3個減って足りなくなった分の補填にしよう。】
と、全員でアイコンタクト。
素早く解体を済まし、無事に帰宅となりました。
後は、夜のお披露目会に向けて、急いで用意しないと!!
エンライ様の戦う勇姿が見れて、本当に有意義な時間を過ごせました。




