僕の天使!
エンライ様のリクエスト通りの赤いワンピースに着替えて部屋から出ると、
エンライ様は優しい笑顔で出迎えてくれた。
まさに、扉の前に張り付いていたのだろう。
オジ様方が既に気疲れしている感じがする。
「・・・・・似合ってる。やっぱ、お前には赤だな。」
上から下に私の姿を眺めてから、満足したかのように何度も頷くエンライ様。
よっしゃー!!
エンライ様からの【似合ってる】をいただきました!
これで似合わなかったりしたらどうしようかと思ったよ。
今後、赤い服を着る様にお願いされる機会も多いだろうに、似合わなかったら・・・困る。
お父様やオッサン、オジ様方からも賛辞のお言葉をいただいて、安心して出発です。
一応、既に行くお店は決めて、個室を予約してあるらしい。
流石、素早い判断&手配です。
お店に向かうにあたって、
先頭をオジ様2人。
次に手を繋いだ私とエンライ様。
次にお父様とオッサン。
最後がオジ様2人。
この順で歩く。
本当はエンライ様が私を抱えて歩くと言ったのだが、
お父様が
【目立つ。自重しろ。】
の二言でエンライ様を黙らせた。
ので、手を繋いで隣を歩いています。
いざとなったら、抱えて逃げてくれるらしい。
何て頼もしい旦那様なのか。
胸キュンです。
家族で歩いて外食に行くなんて、なんだかドキドキウキウキ!
と、ふわふわした気分で歩いていると
「いた!!見つけたよ!僕の天使!!」
変な声が聞こえた。
同時に、エンライ様が私を持ち上げ、お父様とオッサンがその前を固める。
左右と後ろにはオジ様方が構える。
オジ様方は既に剣を抜いて警戒しているにもかかわらず、変な声の主はこちらに近寄ってくる。
「探したよ!僕の天使!この前、君がここを通り、運命の出会いをした時から、再び会えるのを楽しみにしていたんだ!会えて嬉しいよ!僕の天使!」
と両手を広げる男。
私達は全員、
【誰だよ、お前。】状態である。
この男、20歳くらいだろうか。
髪はとろける様に甘いハチミツ色。
サラサラとした長い髪を後ろで結んでいる。
瞳は澄み渡る空の様な水色。
服装は白に銀糸で家紋やら様々な模様がごっちゃりと描かれている。
顔も白く、服も白く、細身の体型。
う~ん。
いや、マジで誰だよ、お前。
見た覚えが全くない。
お父様もオッサンも心当たりは無いらしい。
お互いに首を振り合っている。
そんな私達を見て、変な男は
「どうしたんだい?僕の天使。僕に会えて嬉しくないのかい?ああ!もしかして、拗ねているのかい?前に会ってから長い時が僕達の仲を引き裂いたからね。拗ねているんだね?そんな武骨な護衛に抱えられていないで、今すぐに僕の胸に飛び込んでおいで!さあ!」
と、更に手を広げる男。
え??
何?
もしかして、この変な男の言う《天使》って私の事?
私、貴方の事なんて知らないんですけど!?
しかも、出会って無いよね?
この前ここを通った時なんて、宿に入る時か出る時くらいだったよ??
いったい何時、出会ったのさ!
何こいつ!!
怖いんだけど!!
私の顔から一気に血が引いていく。
その様子を見て、エンライ様やお父様たちは本格的にヤバイ奴だと気づいたらしい。
「てめぇ!!誰が武骨な護衛だ!!誰がてめぇの天使だコラァ!こいつは、ミーニャは俺の嫁だ!ミーニャは、てめぇの天使なんかじゃねぇよ!!ブッタ切るぞ!!!」
と、エンライ様は私を抱えたまま、後ろへ一歩下がった。
すると、相手の男が目を見開き、怒り始めた。
「何をふざけたことを言っているんだ!?貴様!!冗談にしても悪質すぎるぞ!!僕の天使に手を触れるな!オッサンめ!!僕の天使を放せ!!」
「はあ!?冗談じゃねぇよ!!こいつは俺の女、俺の嫁だっつーんだ!バーカ!てめぇこそ、俺の嫁に近寄るんじゃねぇよ!!この蛆虫野郎!!それに!!俺はまだ若ぇよ!!オッサンじゃねぇ!!」
「妄想も大概にしろ!!このロリコン野郎!!彼女は、僕の天使はまだ8歳くらいなんだぞ!?僕はまだ22歳でギリギリセーフだがな!!オッサンの様に、40を超えても彼女の様な少女に恋をするのはロリコンと言って犯罪なんだよ。よく考えてごらよ。40歳の男が10歳未満の女の子を嫁にするなんて、気持ち悪い。」
と、エンライ様に諭すような言葉をかける変な男。
これにはエンライ様がブチ切れた。
「んだとゴラァ!!誰が40だオイ!!俺は25歳だっつーの!まだまだ若ぇんだよ!!バーカ!!」
『どっちもどっちだな。ロリコンは確定だろ。』
おいおいおいおい。
オジ様方はどっちの味方なの?!
あの変な男が調子に乗るかもしれないんだから、そんなふざけた事言ってる場合じゃないよ!!
私はあんな男の存在は認めないからね!
それにしても・・・・。
エンライ様に《俺の嫁》って言ってもらえるなんて、嬉し過ぎる!
相手に対する怒りでか、照れる様な事も気にせずガンガン言ってらっしゃるからね。
気を引き締めないと、私が悶え死ぬことになりそうです!
それと、私も発言させてもらいますからね!!
まず、変な男が私を8歳だと思っている事に怒りを感じる。
確かに私は体は小さめですが。
れっきとした10歳です。
というか、この変な男。
私の事を8歳だと思い込んだうえで、自分の天使だのなんだの言ってたの?
いやいやいや。
8歳を22歳はどうなの?
10歳過ぎてたらセーフ感あるけど、一桁はダメじゃない?
ね?
その辺はどうなの?
しかも、初対面の相手だし。
まあ、とにかく!私も一緒に変な男を撃退します!!
攻撃開始!!
「わ た し は!!こちらのエンライ様の妻です!!私は貴方なんて知りませんし、会ったこともありません!!それに、エンライ様は本当に25歳で、包容力にあふれた素敵な男性なんです!私の最愛の旦那様です!!」
私の発言に、気を良くしたのはエンライ様。
ふふん。
言ってやった。
これで少しは現実が見えるだろう。
そう思ったのだが、
変な男は自分に都合の悪いことは聞こえないらしい。
私の発言を完全に無視して、エンライ様に怒りの目線を向けたまま続ける。
「身なりの汚い蛮人め!!そんな格好で僕の天使に触れるな!!穢れるだろう!!」
「てめぇこそ真っ白でチャラチャラしてる服なんざ着てんじゃねぇよ!!裾の汚れが目立ってんぜ!?んだよ、馬糞でも踏んだのか??」
『どっちもどっちだな。』
いやいやいや。
だから!!
オジ様方はどっちの味方なの!?
そして、変な男!!
私の話は無視か!?
自分の天使だ、なんだと言うくらいなら、話くらい聞けよ!!
そしてエンライ様・・・。
馬糞はないよ・・・。
まあ、無視されようが何だろうが、今回も私は発言させていただきますよ!!
「私のエンライ様は汚くなんてありません!!動きやすい、機能美を考えた格好をなさっています!私は、エンライ様になら、泥にまみれた手でも触れていただきたいです!抱きかかえていただきたいです!大好きな大好きな私の旦那様ですから!!」
この発言に、目の前にいるお父様とオッサンの拳が震えている様に見えた気がしたのは気のせいだろうか?
エンライ様は感極まったのか、愛おしそうに、私の頬を撫でてくれた。
その、少し赤くなりながらも、目元に柔らかい皺を作りながら、頬を撫でるのは反則です!!
今、私の顔は真っ赤に染まっているに違いない。
そんな私を見たエンライ様は、満足そうに【フッ】と笑って、変な男を見下す。
が、変な男には私の言葉は届かないのだろう。
エンライ様の見下した視線に更にキレだした。
「貴様ぁ!!調子に乗るなよ!!僕はこの領地の領主の次男なんだ!!伯爵家の次男なんだぞ!」
「はぁ??俺も元伯爵家の次男。んで、今はこいつの旦那。侯爵家の婿だ馬鹿。」
『これは、エンライの勝ちだな。』
ああ、うん。
そうだけどさ。
オジ様方、もう少し、エンライ様に協力しよう?
んで、今回も私は発言させていただきます!
この変な男は聞いてないだろうがな!!
「そうです。私は侯爵家の人間であり、私の旦那様であるエンライ様は既に侯爵家の人間です。まあ、身分なんて関係なく、私はエンライ様の妻であり、エンライ様を愛する女ですが何か文句でも?」
私の言葉に嬉しそうに頷くエンライ様。
相手に対する、そのドヤ顔。
すごく可愛いです。
が、またしても私の話なんて聞いてないらしい変な男。
「貴様の様なブサイクが、僕の天使の視界に入るんじゃない!!僕の天使の目が穢れるだろうが!!」
「誰がブサイクだコラァ!!」
『これは反論出来んな、エンライ。相手は美形だ。』
おいおいおいいいい!!
オジ様方!!
どっちの味方なの!?
ついにはエンライ様の方をディスってるよね??
頷きながら【雲泥の差だな~。】とか止めて!!
私はエンライ様が一番なんだから!!
はい!はい!はい!はい!
挙手!挙手!挙手!
私は発言させていただきますよ!!
変な男は聞いてないだろうけどね!!
エンライ様も言い返せないのか、ギリギリと歯ぎしりしてるからね!!
「わ!た!し!は!エンライ様が好きなんです!!当然、内面もですが、そのお顔も大好きなんですよ!男らしいお顔、中でもキリッとした目元が、笑う時に皺を作ってこちらを見てくださる時なんて、ドキドキが止まりません!私を見つめてくださるその瞳も、時に鋭く鮮やかで、時に柔らかく淡い色に見えて、何時までも見ていたいんです!口の端を少し持ち上げて笑う姿もカッコよくてたまりません!エンライ様は世界で一番いい男です!!ちなみに、貴方の様な人の話を聞かないような人間は大嫌いです!!」
よし!言ってやった!
嫌いだとまで言ってやったんだから、これで現実が見えるだろう。
「僕は一目惚れしたんだ!僕の方が天使を愛している!貴様になんぞ譲らない!僕の天使を放せ!」
うん、やっぱり聞いてなかったかー。
しかも、私の名前を覚えようとしないで、《僕の天使》って固有名詞で呼んでるのが怖いよね。
ヤバイ人な感じがする。
と、ドン引きしていたら、
「ザケンじゃねぇよ!!俺の方が愛してるっつーの!!一目見ただけで、顔面だけでこいつに惚れたてめぇと違ってな、俺はこいつの内面にも惚れてんだよ!!俺が唯一惚れた女だっつーんだ!!近寄んじゃねぇ!!この変態野郎!切り落とすぞ!!」
なんて、私への愛を叫んでくれたエンライ様。
こんな、大勢の民衆の前で、私への愛を叫んでくださるなんて!!
キャーー!!
嬉しいです!!
そして、民衆の皆さん、
【大の男が、あんな子供を巡って喧嘩か?】
【両方貴族だよな?】
【抱えてる方が旦那だと】
【・・・本当かよ?】
【あの嬢ちゃんが熱烈に愛を叫んでたから間違いねぇ】
【んだよ、またあのロリコン次男か】
って、
最後に発言した方、挙手でお願いします!
内容をもっと詳しく!!
もしかして、この変な男、毎回こんな事してるの?
ここの領地大丈夫なの?
いつもの道を通った方が良かったんじゃないですかー!お父様ー!
なんて思っていると、変な男と睨み合っていたエンライ様に向かって、お父様が
「ふう、エンライ。ここは私に預けてくれないか?人も増え、民衆の目もある。」
と、片手を上げて下がらせようとした。
エンライ様は少し不満そうだが、私を抱えていることもあって、不用意に近寄りたくないのだろう。
大人しく下がった。
そして、お父様と補佐のオッサンは変な野郎に向かって近づいていく。
「先ほどから黙って聞いていれば、君は人の話を聞かない人種のようだね?私は君が天使だと言っている子の父親なんだが、君は私が侯爵だという事は理解出来ているのかい?」
と、お父様は丁寧に幼い子供に言い聞かせるように話をする。
後ろ姿しか見れないが、恐らく、お父様は怒ってる。
こめかみに血管が浮き出ているのではなかろうか。
口元が引き攣っているんじゃなかろうか。
「うんうん、黙って聞いてくれて嬉しいよ。まず、君が理解すべき事が一つ。この子は私の娘、私の天使であり、君なんかの天使じゃない。そこは理解してくれるね?図々しいにも程があるからね。身の程をわきまえなさい。」
と、変態野郎から完全に私を隠すように、変態野郎に更に一歩近づくお父様。
お父様が近寄れば、補佐のオッサンも並んで一歩近寄る。
すると、変態野郎は何を思ったのか
「僕の天使のお父様ですか!僕は天使に求婚させていただきます!是非、僕と天使の中を認めてください!」
と、また訳の分からないことを述べる。
「・・・・本当に話を聞かない人間なんだね。耳は聞こえているのかな?私は君の様な使えない変態野郎を息子にする気は無いし、娘に近寄らせるつもりもない。エンライが俺の息子であり、娘の夫だ。お前の入る余地なんざ一切ない。いいか?耳の穴をかっぽじってよく聞け。俺はお前が嫌いだ。心の底から嫌悪する。娘の話を聞かず、娘を私物の様に扱う貴様を殺してやりたい程度には嫌悪している。死ねばいいと思っている。それに加えて貴様は先ほど何と言った?娘に求婚する?ッハ!馬鹿言え!私の娘は既に婚姻している、侯爵家の人間だぞ?貴様の様な話を聞かない変態の伯爵家の次男なんぞ、問題外だ。断固拒否する。貴様の様な人間はどこも引き取らないだろうよ。いいか?今後、二度と私の娘に近寄るな、視界に入るな、天使と呼ぶな。胸糞悪い。もし、この約束を破るのならば、私はヌイール侯爵家の当主として貴様を罰する。俺を甘く見るなよ?害虫は全力で潰す。」
怖ぇ~。
お父様、一気に言い切ったよ。
後半なんて、近寄りすぎて相手の耳元で呟くように喋っていたけど、変態野郎が道路に座り込み、ドンドン顔色が悪くなっていったから、なにやら恐ろしい事を言っていたんだと思う。
最初の方の、エンライ様を息子だと認めている発言は聞こえた。
それが凄く嬉しいのだけど、ところどころ、聞いちゃいけない言葉が聞こえた気がして、素直に喜べない・・・・。
なんて思ってると
「・・・。んだよ・・・。息子ってよ・・・。んなガラじゃねぇだろーよ。」
と、声のする横を向くと、エンライ様が照れたように、口を軽く突き出しながら呟いた。
んっふ。
可愛すぎる。
お父様に認められて嬉しいけど、素直になれないって感じが可愛い!
その、唇を少し突き出した感じなのがまた可愛い!
表情が緩みそうになるのを必死に抑えてる感じなのが本当に可愛い!!
思わず、ふふふ、と声が漏れる。
すると、私の声にハッとしたのか、エンライ様がわざとらしく咳を繰り返し、
「お、おい!オヤジ!先に行くぞ!!そんな奴に構ってる時間が勿体ねぇよ!ミーニャにさっさと飯食わせて、明日に備えさせるべきだろ!まだ言いたいことがあんなら、オッサンと2人で締め上げてやれよ!俺とミーニャは飯食ってくる。」
と、私を抱えたまま歩き出したエンライ様。
変態野郎の事は既に気にする価値も無いようだ。
目線を合わせることなく、歩き始めた。
すると、お父様と補佐のオッサンから待ったがかかった。
「待て待て!行く!俺達も行くに決まっているだろう!こんな変態に割く時間はない!行くぞ!」
と、我先にと歩き出すお父様たち。
その日の夜、皆で食べた外食は、
自分の作ったものよりも薄味で種類も少ない物だったけど、
凄く美味しかった。
皆で和気あいあいと、大皿から取り分けて食べて。
エンライ様がお肉の大皿を抱えて食べようとして皆から怒られたりした。
そんなエンライ様は、自分が抱えようとしたお皿から、私のお皿にお肉を移動させてくれたりして、キュンとした。
取り箸の取り合いやら、酒の飲み比べを楽しむお父様達。
まさに家族団らん。
素敵な空間の出来上がりだ。
みんなで笑い、盛り上がりながら食事を続けていると、
補佐のオッサンが
【お嬢様~、ここ、甘味も置いてありますよ?食べませんか?珍しい味かもしれませんし、お好きでしょう?甘い物。ね、頼んでみませんか?もし多い様なら、私も食べるの協力しますからね~。お好きな甘味をお好きなだけ注文して良いですよ~。】
と、私に甘味を猛プッシュしてきたり。
【自分、甘味が食べたいです!残すふりして、私にも食べさせてください!】
と言う、オッサンの可愛い心の中が透けて見えたので、何品かピックアップして注文する。
そして、一口だけ食べて、他の人達にも少しずつ食べて貰える様に声をかけてみる事に。
すると、なんと、オジ様方とエンライ様も食べると言い出した。
あくまでも、《男子たるもの甘味は食すべからず。》の姿勢は崩さず
【残すのはもったいないから食おう】
という感じに。
まさかの展開に、補佐のオッサンは真っ青。
こんな人数で食べれば、自分が食べたかったはずの甘味が食べられないかもしれないと・・・。
なので、私は追加で注文。
様々な味が食べたいから、と理由を付けて、もう3品ほど追加注文する。
すると、補佐のオッサンが、私の方を見て何度も強く頷いた。
そして、甘味を一口食べては、お皿をエンライ様に渡すのを繰り返しているうちに気が付いた。
エンライ様、私がフォークを付けた部分だけ、切り取って食べてらっしゃる。
他の方々も気付いたのか、苦笑しているけど。
これって、私の食べかけを他の人に食べさせてくないって事だよね?
これも独占欲ですかね?
ふふふっ♪
だとしたら私、愛されてるなぁ♪
今日は変態男に絡まれたりして大変だったけど、こんなに楽しい夕食を食べられて、愛情の確認が出来て、嬉しい日になった。
人にも恵まれて、私は本当に幸せ者だなぁ。
と実感した。
私は、この人たちとヌイールの領民を大切にしながら、精一杯生きて行こうと思う。
そう、皆の笑顔を見て改めて思った。




