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エンライのお茶会

アホクセェ数の挨拶を終えて、やっと茶会の時間になった。


俺にとって、貴族の付き合いの中でも特に面倒なのが会話だ。

あんなに沢山の人間の顔と名前なんざ憶えてねぇし、過去のどうでも良い会話なんざ憶えてもいねぇ。

俺にゃ、前もって叩き込まれた決められた言葉以外出てこねぇし、どのタイミングで話をすりゃ良いのかさえ、さっぱりだ。

だから毎回毎回、同じ挨拶をして、

馬鹿にした様に返答されるのを、不機嫌な顔を全面に出しつつも聞き流すのが

俺が出来る最高の会話だった。


それでも、とっとと話を終えてぇのに中々引き下がらず、グダグダと話し続ける奴も多い。

俺が貴族らしい話なんざ苦手だと分かっていて、わざと話を長引かせて、俺の顔色を見てる奴もいて、腹が立つ。

毎回誰かを生贄にブン殴ろうかと思うくれぇだ。


なのに、だ。

今日は全てが上手くいった。

そりゃ、あれだ。

全部、あの嬢ちゃんが上手く誘導したからだ。


【ディオリ様の御召し物は隣国から輸入なさった布で仕立てたとお伺いしました。本当に素敵なお色。エンライ様もそう思いになりませんか?】

【ええ、そうですね。素敵なお召し物ですね。】


【あら、キクリ様。そのネックレス、もしやケブル産では?やはりそうでしたか!本当に素晴らしい細工。このモチーフはユニコーンでしょうか?エンライ様はお分かりになりますか?】

【ええ、そうですね。これはユニコーンだと思います。素晴らしい作りですね。】


そんなのの繰り返しだ。

俺はほぼ相槌やらオウム返し。

相手が俺に話を振るそぶりをすれば、嬢ちゃんが先に話しかける。

ガキとはいえ、格上の侯爵家の娘が相手だからか、相手はとっとと引き上げる。

おかげで、無理やり詰め込められた、舌を噛みそうな恥ずかしい文章の数々を披露せずに済んだ。

助かった。

あの嬢ちゃんは中々だな。

今後も貴族を相手にする時には連れて歩きてぇぜ。

んあ?婚約者なら連れて歩くのは有りか。

まあ、俺がロリコンだの幼女趣味だの言われるのを引き換えにせにゃならんのが問題だがな。


廊下を歩きながら、そんな事を考えてたんだが、

到着した部屋のドアを開けた瞬間に、俺の鼻と腹を刺激する、美味そうな匂いに強制的に現実に戻された。



んだ、こりゃ。

美味そう、どころじゃねぇ。

分かる。

食わなくても分かる。

コレは美味い。

ぜってーに美味い。

ヌイールがブランデーケーキの産地で、美味いもんも多いと期待してたが、予想以上だ。

食いてぇ。

腹が鳴る。

クソ、他家での飯なんざ薬を盛られても文句はいえねぇ。

だから食わねぇ。

そう決めてる。

・・・・・・

・・・・・・・

いや、コレは大丈夫だろ。

流石に、どんなに金持ちでも、こんなに美味そうな物に薬なんざ入れねぇだろう。

ってか、そうであってくれ。

駄目だ。

我慢出来ねぇ。

6割、6割くれぇなら食っても大丈夫なはずだ。

爺はそう言ってたよな?

相手の分まで食うのは失礼だ。が、6割くれぇなら大丈夫だって。

言ってたよな?

あ~、

そういや俺、テーブルマナーがイマイチだから茶だけにしとけって言われたんだったか?

いや、ちげぇ。

ありゃ、飯の時の話だ。茶会は含まれねぇだろ。

大丈夫だ。


俺は頭の中で【食って良し!】と判断した。


だが、食うためにはまず、ある程度の会話をしねぇといけねぇ。

挨拶して、軽く食いながら、相手との会話をこなす。

口に少しづつ入れながら、相手との会話を・・・・。

いや、今の俺なら腹が減ってる。

高速で噛んで飲み込める。

大丈夫だ食える。

大丈夫だ。


そう思ってたら、嬢ちゃんからまさかの言葉をかけられた。


【挨拶は後で良い。冷める前に好きなものを好きなだけ食え。】

要約すりゃこんなんだ。


驚いた。

まさか、貴族が重んじる体面である挨拶よりも、食い物を優先するんだからな。

俺が食いたがってるのが分かったんだろう。

俺の腹が鳴ってるのが分かったんだろう。

その優しさに、気づかいに胸を打たれた。

俺は必死に丁寧に言葉を紡いだ。

【お言葉に甘えて】なんて大層な言葉、俺の人生で初めて使う言葉だった。


んで、食ったんだが・・・・。

美味ぇよ。

当然だよな。

こんなに美味そうな物が、美味くない訳ないだろう。

美味ぇよ。

美味い。

言葉も出ねぇくらいに美味い。

俺は我も忘れて食った。

ミーニャ嬢の事なんざ忘れて一心不乱に食った。

温かい食事、美味ぇ。

昨日から今日にかけて、硬くて冷たいパンを食べてたから尚更美味い。

土台が薄いパンみてぇもんで出来てて、旨味が凝縮された濃厚なホワイトソースに厚切りのベーコンやら菜っ葉なんかの具が入ってて、上にトロトロしたもんが載ってる。

ひき肉がたんまり入ったトマトソースの間に薄いパスタが挟まれてて、上にトロトロしたもんが載ってる。

このトロトロなんなんだ?

すげぇ美味いんだが。

もっと食いてぇ。

コッチのはなんだ?


あああああああああああ!

何なんだよ!

この白いフワフワのが塗ったくってあるやつ!

ブランデーケーキの一種か????

美味いじゃねぇか!

フワフワのが口で溶けて、果物の酸味と相性が抜群じゃねぇか!

この野郎!

こんなに美味い甘味があるなんて!

ブランデーケーキだけじゃねぇのかよ!!

くそう!負けた!俺の負けだ!

食っちまった!

6割なんかじゃねぇよ!9割食っちまった!

と後悔していても手は止まらん。

スピードは落ちたが、手は止まらん。


そう後悔していると、ミーニャ嬢から声がかかった。


「エンライ様、本日はお忙しい中、来ていただきまして、本当に有難うございます。」


だと。

なんだよ、怒ってねぇのか?

お前の分も食っちまったっつーのに。

お前を完全に無視して飯を食らいつくしたっつーのに。

貴族にあるまじき態度だったっつーのに。

お前は俺を責めないのか?

普通なら不機嫌になるとこだろ?

いかん、不思議ではあるが、ここで挨拶だけはしとかねぇと、流石にヤバイ。


「いえ、此方こそ、招待いただき有難うございます。ミーニャ嬢、お誕生日おめでとうございます。」


何度も練習させられた言葉だ。

スラスラ口から出てきた。

だが、練習させられた言葉とはいえ、

こんな丁寧な言葉を使うのにも嫌悪感がない。

思っていたよりも良い縁が結べそうだ。

そう思っていた。


そんな気分が、次の瞬間には崩された。


【魔物の話をいつも通りの言葉で聞かせてほしい】


だと。

馬鹿か?

何の為に、俺が丁寧に喋ってると思ってんだ。

何の為に、あんなに大量の例文を覚えさせられたと思ってんだよ。

なんだよ。

俺が使う敬語はそんなに可笑しいってか?

馬鹿にしてんのか?

一気に俺の中での熱が冷めた。

気付けば口が勝手に答えてた。


【ガキは乱暴な話し方も魔獣の話も聞きたくねぇんじゃねぇのか】

と。

馬鹿にするように、蔑むように聞いていた。

結局、こいつも今までの女と同じかと。

俺の素顔が知りたいだの、魔獣殺しの話が聞きたいだのと、俺が喜ぶだろうと話をしようとして。

結果、俺が素で話をしてやると顔をしかめる。

野蛮だの貴族らしくないだのと、余計なお世話だ。

俺の勝手だ。ほっとけ。

折角の良い気分が台無しだ。

そう、本気で思った。


だが、ミーニャ嬢からの言葉でそんな考えも全て吹っ飛んだ。


曰く、

領地経営まで叩き込まれる頭の持ち主だからガキだと思うな。

お茶やドレスの話は俺じゃ相手にならん。

自分で剣や魔法も使える。馬鹿にすんな。

ヌイールの領地で魔獣退治をする者達の為にも、魔獣を倒した話が聞きたかった。

ってよ、最後にゃ【ご理解いただけました?】ときたもんだ。

なんだよ、想像と全然違うじゃねぇか。


他の女と比べて期待してた分の落差から、つい、普段よりも馬鹿にした様に言葉をぶつけた筈だった。

その言葉に対して正論で返した挙句【子供に言い聞かすように《ご理解いただけました?》】なんて言いやがった。

俺の方がガキだと言ってるみてぇな言い方をされた。

そう理解すると同時に、胸が高鳴った。


こんな女、見たことがねぇ。


俺の不機嫌な顔を見た上で泣きもせず、

蔑むような喧嘩を売る様な言動に対しても

無礼だのなんだのと騒がず、自分で受けて立ちやがった。

間違いなく変な女だ。

ミーニャ嬢は変な女だ。

普通、俺の睨みとガサツな言葉を目の当たりにすりゃあ、作った表情は剥がれ落ちる。

一瞬だとしても、蔑みやら自分勝手な怒りやら恐れやらが見えるはずだ。

が、ミーニャ嬢にはそれがない。


それどころか

背筋をピンッと張った姿は小せぇくせに威厳がある。

言葉の端々から感じる、しっかりとした理性と会話を促す上での軽い挑発。

あとは俺を見るこの目。


この目が たまんねぇ。


真っすぐに俺を射貫くこの目。

俺と真っすぐ目を合わせる存在なんざ、身内以外では俺と殺し合いをする魔獣だけだ。

殺すか殺されるか。

相手の一挙一動から目が離せない。

そんなビリビリとした衝撃を伝える睨み合いに似た何かが、

ミーニャの目を見てるだけで全身に廻る。


すげぇな。

思い返してみると、話を始めてからずっと

ミーニャは ほぼ俺の目を見たままだ。

目を離さない。

ミーニャの眼球に俺の姿が映ってやがる。

すげぇ。

こいつは本当に変な女だ。


不機嫌な表情の俺でさえ、じっと平常心で見つめられる女。

苛立ちでクソみてぇな言動の俺でさえ、ガキ扱いで諭せる女。

知識や理解力が無い俺の、足りない部分を補える頭のある女。

俺の食事の邪魔をせず、俺の魔獣退治を理解し、必要としてくれる女。


おいおいおい!!

最高じゃねぇか!

こんな変な女、他にはいねぇだろ!

こいつとなら、ミーニャとなら、退屈で凝り固まった毎日を生きていける!

俺の生活の一部である

魔獣退治を《脳筋の遊び》だと馬鹿にするんじゃなく、自分の評価に加えようとするんじゃなく、

《自分にとっても重要な事》だと考えてくれる女。

しかも、飯が美味い領地の女。


うおおおおお!

気分が上がってきた!

女を目の前にして気分が高揚するのは初めてだぜ!

もしかして、コレが恋か?!

これが俺の初恋か!?

そうと分かりゃ、俺がすべき事はただ一つ!

ミーニャを口説くだけだ!

こいつは、ミーニャは俺の嫁にする!

ぜってー俺のにする!

決めた!


だが待てよ、この高揚した気分のまま押せば、引かれるかもしれん。

俺は男女の駆け引きなんざ知らんが、ここまで冷静な女なら、ちゃんと説明してからじゃないと婚姻を申し込んでも怪しまれるだろう。

魔獣との駆け引きと同じだ。

勢いだけじゃいかん。

周囲を固めねぇと。

うし、そうと決まりゃあ、俺が気に入った点を伝えていこう。


「変な女」


あ、ヤベェ。

選ぶ言葉を間違えた。

いや、変な女な事も気に入ってんだ。

それが一番の理由でもある。

が、この言葉だけじゃ、伝わらんだろ。

ヤバイ。

焦る心とは反対に、冷静な振りをして言葉を続ける。


「なるほどな。年は下だが、媚びてもいねえし、頭の回転も速いみてぇだし、普通の女みたいなキーキー声も出さないし、かなりマシだから良しとするか。飯も美味かったし。その礼ぐらいはすべきだろうな。だが、先に俺からの質問にも答えてくれ。」


と、こんな感じか?

さっきまでの会話は不機嫌に言っちまったからな。

今は機嫌が直ってる事を伝える様に雰囲気を柔らかくしてみた。

口が悪ぃのに呆れたか?

質問に答える気はあるか?

ミーニャの反応はどうだ?


ああ、そうだ。

俺が求めてたのはその表情だ。

真剣に俺の質問に答えようとしてる。

その顔が見たかった。


俺はニヤケる顔を表情筋を酷使して抑え、質問する。

まず、ミーニャが俺を気に入るか、俺を婿にする気があるかを調べねぇと。

俺と婚姻する気はあるのか。

生涯を共にする夫婦になる気があるのか。

これで俺の今後の対応が決まる。



結果は、上々。

っつーか、王子を引き合いに出しても、俺が出す条件の方が良いって言うくらいだ。

むしろ、俺以外は不可能だろう人間を婿に迎えたいと。

もう、俺に婿に来いって言ってるも同然だった。


なんだ、その、少し照れるな。

こんなに全力で

【俺が良い】【俺が良い】【俺が良い】

【他の男じゃ嫌だ】

って叫びが聞こえる様な事を言われて。

生まれて初めての【女相手の気恥ずかしさ】を隠すように

ミーニャに何の話が知りたいのか聞いた。

すると、ワイバーンの話が良いとよ。

あれは最新情報で、まだ知ってる人間は少ないはずだ。

どうやらヌイールの情報網はかなり優れてるらしい。


俺は上機嫌で話をした。

真剣でありながらも好奇心あふれた表情で、

嬉しそうに俺の顔を見ながら次の言葉を待つミーニャは

小動物みてぇで、頭を撫でまわしたい衝動に襲われる。

そんな衝動を我慢しつつ、初めての感覚に戸惑ってると、

ミーニャの小さな口から鋭い質問が大量に飛んできた。


ただただ、話を真剣に聞くだけなら誰にでも出来る。

ミーニャは、そこから更に奥深く、本気でワイバーンを討伐するために必要な情報を引き出そうとしてきやがった。

これが貴族の女に出来る事か?

いいや、不可能だ。

あいつらはブッタ切れば良いとしか思ってねぇ。

それに比べてミーニャは魔獣討伐に必要な事を知ってる。

どんな情報が有益かを知っている。

という事は、ミーニャにとって魔獣討伐は身近な事だっつーことだ。

討伐隊の為に、父親の為に少しでも多くの知識を取り入れようとしてる。

自分以外の人間の為に動ける貴族の女は珍しい。


「お前、本当に変な女だな。」


ミーニャは少し腑に落ちない様な表情をしたが、

これ以外の評価は出来ねぇだろ。

普通の女とは違うその姿に、嬉しくなる。

俺と同じだ。

俺も【普通とは違う】と言われ続けた。

俺と同じ、普通とは違う感覚を生きる女。

嬉しさに口が止まらねぇ。


「お前、本当に変な女なんだな。でもそうか。なるほどな。じじいが、女嫌いの俺に無理やり押し付けるだけはあるな。そうかそうか。こいつが俺のか。そうか。成程な。」


他の女なんざ置き去り、ぶっちぎりのトップを独走する女。

そう、こいつは、いや、ミーニャは俺の婚約者だ。



そう考えると幸福感でいっぱいになった。

欲しかったものを手に入れた様な、

砂漠で水を手に入れた様な。

甘い感覚が身体を巡る。


俺は今までになく上機嫌で質問に答えてやる。

俺がこんなに喋るのは普通じゃない。

他の奴らが知ったら異常事態だと騒がれるだろう。

そんぐれえ、俺の機嫌は良かった。

話を一区切りさせて、茶を飲み干すと腹が減ってた。

用意された食事はほぼ食い切り、残ってるのは俺の心の友、御馴染みのブランデーケーキだけだ。

それも量が少ない。

どうするか。

このままブランデーケーキを食い尽くしても良いだろう。

ミーニャは全部食っても怒らねぇ女だろうしな。

しかし、ここで追加の料理を頼んだら?

ミーニャならどうする?

俺の為に追加で用意してくれるのか?

断るのか?

他の奴に持ってこさせるのか?

追加するんならどんな料理が並ぶんだ?

温かい料理か?

冷たい料理か?

甘味は追加すんのか?

ミーニャなら、俺のミーニャならどうする?

そう考えると好奇心が止まらねぇ。

ミーニャならどう行動するか、知りたい。

そのことで頭がいっぱいになった。

俺は欲望の赴くままに、己の好奇心を満たすために、ミーニャに食事を頼むことにした。

ついでに俺の食いたい物の要望も添えて。


すると、

【ミーニャが作るか、侍女が用意するか】

ってな返事が返ってきた。

成程。

俺自身に選択させるわけだな。

会話を優先したいなら、侍女を選べ。

作らせたいならミーニャを選べ。

こういう事だろ。

さっきの料理が美味かったし、さっきの料理をミーニャが作ったのかどうかが気になった。

だから【さっきの飯は?】と質問した。

そしたら、あの美味い飯を作ったのはミーニャだと。

なら、悩む必要なんてねぇ。

俺はミーニャで即答した。

この会話の間にもミーニャは俺に新しい紅茶を入れた。

手際が良い。

普段から自分でいれてる証だ。

やっぱりミーニャは良いな。

俺にとって、ミーニャの手で茶を入れてもらえるのは重要な事だ。

信用できない人間を介しての気の抜けない茶を回避できるという事は、精神面での負担が軽くなる。

そう思ってると、盛大に腹が鳴った。


クッソ恥ずい!!!

あんだけ食っておきながら!?とか思われたんじゃねぇのか!?

なんでこのタイミングで鳴るんだよ!!

作りに行った後で鳴れや!!

俺の腹!!


「・・・・俺は大食いで燃費が悪いんだ。すまん。」


これ以外に、俺が口にできる言葉は無かった。

恥ずかしい気持ちが大きく、大人びたミーニャなら呆れてるんじゃねぇかと思ったんだが・・・。

何でか、【任せておけ!】という様な、気合の入った様な興奮状態の雰囲気で部屋を出ていった。

扉が閉まると同時に、小走りで廊下を去っていく音が聞こえた気がするんだが、気のせいか?

もしかして、俺の腹が鳴るほど減ってると判断したから、走ってったのか?

だとしたら、なんてイイ女だ。

たかが空腹だと馬鹿にせず、

俺の為に、貴族の子女としての決まりも破って、走る女。

ツヴェイン家にとっての空腹は一大事だ。

それを言わずとも、俺の為に走ってくれる女。

親でも走らないぞ。

普通は。

流石、俺のミーニャ。

そう考えると、居ても立ってもいられなくなった。

ただ待っているのは性に合わん。

何か出来ないか?

俺はミーニャが戻ってくるまで、椅子の位置を直したり、自分の服装を整えたり、

無駄に歩いたりした。

が、大したことも出来ず、あっという間に

カラカラというカートの音と、数人の足音と共に、トタトタという少女特有の軽い足音が聞こえてきた。

その音が聞こえただけで気分が高揚する自分に驚いた。


扉が開くと同時に、俺の目に飛び込んできたのは素晴らしい料理の数々だった。

見たこともねぇ、美味そうな料理!

俺の要望に答えつつ、サラダにスープまで揃ってやがる!

すげぇ!

コレが全部、俺のもんなんだ!

俺の為にミーニャが作った、俺が独り占め出来る料理だ!

ウチで食う時みてぇに取り合いにもならねぇ!

こんな幸せな食事が他にあるかよ!!

俺は必死にフォークとナイフを動かした。

下品にはならねぇように急いで飯をかっくらう。

ミーニャは黙って、嬉しそうに微笑みながら、俺が飯を食ってるのを見つめてる。

感謝や感想を強要することも無い。


本当に、イイ女だ。

こんないい女が、《俺の婚約者》なんだぜ。

こんなに幸運な事は他にねぇだろ。

ああ、本当に俺はツイてる。

こんなにイイ女が俺の婚約・・・・。

あ?

俺の《婚約者》だ?

俺の、婚約・・・

おい。まて。

婚約っつーのはあれだろ?

破棄できる約束の事だよな?

神に誓う契約じゃねぇよな?

おいおいおい。

待て待て待て待て。

って事は、だ。

このままいけば、俺は婚約を破棄される可能性もあるって事か?

ミーニャを手放す可能性もあるって事じゃねぇか?

ふざけんなよ、おい。

俺はミーニャを俺の傍に置きたい。

討伐隊や親父さんを心配するように、俺のことも心配させたい。

俺の目の前で一喜一憂の全てを見せてほしい。

俺の手で笑わせてぇ。

俺の事で頭をいっぱいにしてやりてぇ。

俺の中にドロドロとした独占欲に似た何かが溢れ出てくる。


どうするか。

どうすればいい?

俺がミーニャを確実に手に入れるには・・・・。

ああ、ああ、そうだ。

俺はジジイから許可を得てきたんだった。

なら、後は交渉するだけだ。

いざとなりゃ、掻っ攫うと脅せばいい。

【俺は今すぐにミーニャと婚姻する】

そう決め、オヤジさんの所に向かった。


んで、まあ、その後も色々とあったが、

結果から言うと、無事に婚姻まで持っていけた訳だ。

我ながら無理やりだったとは思うがな。


ちゃんとメリットとデメリットも説明してやったし、今後の苦情は受けつけねぇ。

今後は完全なる俺の嫁、俺のミーニャだ。

誰にも邪魔はさせねぇし、文句なんかは勝手にほざいとけ。



初めての茶会でミーニャに貰ったジャムはあっという間に食っちまった。

ダンジョンに潜ってる間、他の野郎どもに羨望の目を向けられつつ、ちまちま食った。

それでも、俺の腹を満たす量のパンを食うには足りねぇくらいで。

甘くて、トロリとした食感が、ダンジョン特有のピリピリとした空気を和らげる様な、幸せに浸れる瞬間を味わっている様な不思議な心地を作った。

瓶は全部洗って持って帰ってきた。

ミーニャからの初めての贈り物だ。

捨てる訳がねぇ。

にしても、こんなものを土産に用意してるなんて、可愛い奴だ。

しかも、俺より格上、若くて権力のあるツラの良い男、王子には無い。

俺にだけってのが、イイ。

俺の独占欲が満たされる。


ミーニャはどんどんお喋りになる。

最初は大人しかったのが嘘みてぇだ。

よく喋るし、表情もコロコロ変わる。

それが俺の前でだと顕著だ。

他の人間の前では取り繕った面を見せてるのに、俺の前では自分を抑えられない。

言いたくないのに、我儘を言っちまう。

俺と会話したくてしょうがない。

そんな感じで、それがまた愛おしい。

ミーニャは

俺にだけ素直に、俺だけを頼って、俺にだけ甘えればいい。

本当なら、誰にも見せずに閉じ込めておきてぇ。

何にも触れず、傷つかず、他の人間に微笑まず、俺だけをその目に映してりゃいい。

俺以外の人間の名前も呼ばせたくねぇ。

そう本気で思う。

が、そうなりゃ、ミーニャが壊れるのは確実だ。

そんなのはごめんだ。

飯も作ってもらいてぇし、一緒に買い物だってしてぇし、遠乗りだってしてぇ。

ミーニャには日の光に当たって、背筋を張って堂々と笑顔を振りまいて生きてほしい。

おそらく、領民もそんなミーニャを好いてるだろうしな。


このドロドロとした異常な支配欲だけは抑え込む。

俺はそう決めた。

ミーニャが悲しむような、笑顔に影が見える様な束縛はしねぇ。

そう決めた。



________________


ここまで一気に話してから、

第二の親父さんでもある、領主補佐のオッサンに目線を戻す。

オッサンは苦虫を噛み潰した様な顔をしてやがる。

そりゃそうだ。

自分でも【危うい男】だと判断した男が、

異常な支配欲を持ってる可能性が高い上に、その感情が向いている相手は娘の様に可愛がってる10歳の女の子だ。

警戒すんのも当然だな。



「で、だ。俺は全部を正直に話した。あんた達に警戒されんのも、軽蔑されんのも承知でな。俺はあんたとミーニャの親父さんにだけはミーニャの事に関して嘘をつく気はねぇ。まあ、今更、一緒にいる事を反対されても俺はミーニャを諦める気はねぇし、既に婚姻しちまってる以上、誰にも邪魔させる気はねぇけどな。なんなら、第二の親父さんである、あんたと親父さんの両方に誓う。ミーニャを悲しませるような束縛はしねぇ。どうだ?」


オッサンは眉間に皺を寄せたまま、ため息を吐いた。


「あー、取りあえず、15になるまでは一切の手出し禁止だ。接吻も禁止。お嬢様からのおねだりでも禁止だ。あんたは自分の理性がどんだけのもんか、まだ理解出来てねぇだろうからな。とりあえず禁止だ。あと、この事は領主に報告するからな。何かしらの罰はあると思っておいた方が良いぞ。一月後に領地に行くからって直ぐに会えるとは思わない方が良い。それに、今までの様に抱っこも禁止されると思っておいた方が良いぞ。あいつはお嬢様を溺愛してるからな。もう一度言うぞ?あいつはお嬢様を溺愛してる。」



嘘だろ?

そんな、まさか、ミーニャに触れなくなるなんて・・・。

おいおい、待ってくれ。

ちょ、何とかしねぇと。

これはマズイ。


「・・・。触るのは良いだろ?今までみてぇによ、挨拶の頬キスやら、抱っこやら。髪を梳いたり頭を撫でるのは良いだろ?ミーニャも俺が触ると喜ぶんだぞ?我慢させるのか?嫌われたのかもしれねぇって不安にさせるかもしれねぇんだぞ?良いのか?」


卑怯なのは分かってる。

だが、ミーニャに触らず、避け、悲しみを浮かべた顔で見つめられることを考えると、臓物を引きづり出される気分だった。

そこで、俺はミーニャが悲しむという線でオッサンを責める事にした。

オッサンは更に眉間の皺を深くしつつも


「こっの、クソガキが。・・・・・・。まあ、お嬢様がお前を慕ってるのは本当だからな。わーった。俺もそこまで鬼じゃねぇ。それとなく領主に冷静に伝えてやるから、後は自分で説得しろ。お前はここで待機だ。以上。」

と言い捨てて、ミーニャを抱えて出ていった。


ミーニャを置いて行って欲しかったが、そんなこと言えば面会禁止にされそうなので大人しくしとく。


そして、大人しく座って待っている俺に、扉をブチ破って入ってきた親父さんが

拳骨をかました。

避けることも出来たんだが、義理の父親からの怒りとして、キッチリと受けておこうと思った。

んだが・・・それが痛ってぇのなんのって!!

このオッサン、手に鋼でも仕込んでんのか?!

ってくらい痛ぇ!!

ってか、拳骨くらうのなんて何時ぶりだ!?

闘いを始めてからは、自然と頭を護る癖がついたから、かなり久しいはずだ。

頭部への攻撃が有効なのを今更、身をもって知ったわ。


「この!!クソガキがぁぁぁぁ!!おま、お前!!ミーニャになんてことを!!俺の可愛い愛娘にぃぃぃ!!!」


おいおい、完全に我を忘れんじゃねぇか。

おい、冷静に伝えてくれるんじゃなかったのかよ、補佐のオッサン。

おい、片手を上げて【すまん。無理だった。】みたいな顔すんの止めろ。

ムカつく。

兎に角、今はこの怒り狂ってる親父さんに落ち着いてもらわねぇと。


「すまん。そっちのオッサンに話してもらった事が全てだ。ミーニャを悲しませるような異常な欲は抑える。15まで接吻以上はしない。接吻もしない。だが、触る事と頬への接吻は許してほしい。」

兎に角、頭を下げて何度も許しを乞う。

謝り続けて数分、ようやく平常心に戻った親父さんに条件を出された。


「・・・。2カ月。領地に戻ってから2カ月。ミーニャに触るな。近寄るな。」


「無理だ。」


「即答すんな。領地に戻ってから2・・・」


「無理だ。」


「お前な、・・・領地に戻ってから1カ月半、ミーニャに・・」


「無理だ。」


「おい。聞け。・・・・領地に戻って1カ月、ミー・・・」


「無理だ。」


「最後まで聞けよ!!・・・なら、領地に戻ってから2週間、ミーニャに・・・・」


「ざけんな!!オッサン!!無理に決まってんだろうが!!」


「誰がオッサンだコラ!!クソガキがぁぁ!!!!」


「2日が限界だコラァ!!」


「お前がふざけんな!!」


という口喧嘩を1時間経て、

俺は【2日間、ミーニャに近寄らない。触らない。】という約束を交わした。


ついでに、長時間の罵り合いを経て、俺は最終的にはミーニャの親父さんを

《オヤジ》と呼ぶようになり、オヤジは俺を《エンライ》と呼ぶようになっていた。

そしてそのまま、オヤジとオッサン、気絶したミーニャ達が領地へ出発するのを

俺はヌイール家の門で見送った。


________________



俺は今、ミーニャお嬢様にエンライ様と悪友の、子供の様な口喧嘩のやり取りと出発の様子だけを話した所だ。


エンライ様から聞いた打算やらドス黒い感情の話は、

お嬢様に話す気にはならない。

あのミーニャお嬢様なら、エンライ様のドス黒い感情も全て受け入れてしまいそうだが、それはエンライ様本人の口から語られるべき話であって、第三者の俺が話して良い事じゃない。

俺と悪友はそう判断した。

だから俺は、悪友とエンライ様のガキの様な口喧嘩とその後の出発の様子に的を絞って話をした。

なぜか殴り合いにまで発展しかけ、最終的にはライバルの様な、お互いを認め合い、気軽に呼び合う仲になっていたのが笑える。

俺も同じ種類の人間だから馬鹿には出来ないが。



「と言うわけで、エンライ様は領地についてから2日間、お嬢様に近寄れない事になってます。手紙を送るのは問題ないですが、ダンジョンにでも潜ってて連絡が取れないと思いますよ。それでも書くのでしたら早馬に届けさせます。お任せください。

あ、あと、お嬢様も、不用意に男性に接吻を迫らないように。良いですね?」

お嬢様に釘を刺すのも忘れない。


が、その切なそうな目、止めてください。

会えないなんて・・・・。

なんて目に涙をためるの、止めてください。

俺が悪い訳じゃないでしょう?

そう、お父様が、悪友が決めた事ですからね。

そう、エンライ様が納得したことですからね。

俺じゃない。

俺が悪いんじゃないですよ~。

だから、おやつを減らしたりするのは止めてくださいね?

ね?お嬢様。

ああ、お手紙の用意ですか?

既に出来てますよ。

俺は優秀なオッサンですからね。

後はお嬢様がちょいちょいと書くだけですよ。

ああ、そうそう。

帰ったら少し、他の奴らにも甘味を用意してあげてもらえると嬉しいです。

領地にいた奴らはお嬢様がいない間、寂しかったでしょうし、

一緒に来た奴らは今回の事でかなり頑張りましたから、少しだけ、労ってもらえると嬉しいです。

甘味作りはお嬢様にとっても、エンライ様に会えない気晴らしになるでしょう?

ああ、そうですか!

それは良かった。

《甘味を愛すオヤジの集い》の連中喜び・・・いえ、なんでもないです。

そうです、そうです。

そんなに落ち込まないでください。

来月には一緒に暮らすんですから。

部屋も用意しなきゃいけませんし、婚姻の宴会の準備もあるでしょう?

忙しいですよー。

エンライ様が来るまでに大方終わらせておかないと、一緒に過ごせる時間も短くなりますからね~。

頑張りましょうね~。

俺も手伝いますからね~。

エンライ様に喜んで貰える様に、一緒に頑張りましょうね~。

ええそうです。

その調子ですよ~。

よっ!流石!我らの お嬢様!



よし、お嬢様は頭を切り替えて手紙を書き始めた。

お嬢様の切り替えの早さ、素早く前を見据える姿勢はすげえ。

俺が尊敬している点の一つだ。

それに、お嬢様は使用人に優しいから、

さっきの約束通り、領地についたら皆を労うために色々と作ってくれるだろう。

そうなれば、忙しさでエンライ様への寂しさも薄れる。

甘味を作っていれば、気晴らしにもなるだろうし、一石二鳥。

《甘味を愛すオヤジの集い》のオヤジ共の平穏も守った。

後は、手紙を届けさせて、返事をもらってくるように指示して。

あいつのヤケ酒に付き合うくらいか。

今後も何かありゃエンライ様とドンパチやるんだろうなぁ・・・。

まあ、似た者同士っぽいしな。

既に喧嘩仲間の領域に入ってる気するし。

あいつが俺以外の人間にあんなに気軽に話をする事はねぇから、一応、認めたんだろうしな。

ちと・・・・寂しい・・・か。

ま、あいつの周囲に信頼できる人間が多い事は喜ぶべきことだよな。

・・・うん。

俺が一番の仲間だしな。

オッサン同士だし?

話も合うし?

酒の趣味も合うし?

仕事を押し付け合える仲だし?

ミーニャお嬢様の事だってそうだ。

あっちは旦那、俺は名目だけでも第二の親父。

うんうん。

大丈夫だ。

今まで通り。

寂しくねぇ。



・・・・・・。

お嬢様は心が読めんのか?

一心不乱に手紙を書いて、何度も確認した後、俺から封筒を受け取り、封をしながら

【エンライ様が好きよ。大好き。愛してる。それと同じくらい、家族として、お父様とあなたの事も愛してるわ。】

なんて言われちまって、俺はただただ、微笑むしか出来なかった。

俺の顔に寂しいって書いてあったのか?

だとしたら情けねぇなぁ。

いい年こいたオッサンが、寂しいなんて顔して、10歳の女の子に慰められるとか・・・。

ああ、でも、嬉しい。

恥ずかしいが、嬉しい。

俺は領主補佐だけど、お嬢様たちの家族じゃねぇ。

俺の家族はいねぇから。

でも、お嬢様は《家族として》って悪友と俺を同等に言ってくれた。

お嬢様とは呼びつつも、俺の娘でもある、女の子から、家族だと。

愛してると言われて、嬉しくない訳がねぇだろ。

今日、見張り役を押し退けて、この場にいて良かった。

この瞬間を迎えられて良かった。

俺はお嬢様から手紙を受け取り、早馬の元へ向かった。

目から落ちる水で手紙が濡れねぇ様に気をつけて・・・。




_____________________________________



前回からここまでの話は、

エンライが領主補佐のオッサンに話した話であり、

オッサンが宿でミーニャに伝えたのは最後の方の【エンライと父親の口喧嘩】と【ミーニャが倒れた後から出発までの様子】だけで、エンライの話には触れてません。

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