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エンライの打算。

今回は領主補佐のオッサンがエンライ様から聞いた話です。


婚約が発表される数か月前のある日、俺は当主である爺に呼び出された。

んで、座る間もなく言われた。


「エンライ、お前さん、ヌイール侯爵家のミーニャ嬢と婚約が決まったからのう。そのつもりでおれよ。」


反射的に俺は全力で拒否した。


「っはあ?!何言ってんだ爺!もうボケたのか?!昔から言ってんだろうが!俺は婚姻なんてしねぇし、一生独りで生きるってよ!馬鹿か!女なんて鬱陶しい金を浪費するだけのゴミ、なんで俺が抱えねぇといけねぇんだよ!ふざけんな!くたばれ!」


「おーおー、相変わらず元気じゃな。まあ落ち着け。わしはまだボケてはおらん。最後まで話を聞きなさい。お前さんはセッカチでいかん。」


座るように爺が促すと同時に、茶と茶菓子が出された。

腹が減ってたから、取りあえず、茶菓子を食いながら話だけは聞くことにした。


「まあ、お前さんが独り身で生涯を終えるつもりじゃったのは承知しておる。じゃがな、ちと困ったことになった。まず、本来ならばミーニャ嬢の婚約者は年齢的にも四男に・・・・。と思っておったのだがの、あいつはのう、その、お前も知っておるだろう?お前よりも数段上の脳筋に育ってしまった。お前でさえあんなに手を焼いたというのに、だ。

この前なんか、軍馬で有名な伯爵家のご令嬢に、

【お前、剣は出来るか?軍馬を扱ってるんだろ?戦えるのか?どうなんだ?強いのか?強い馬の見分け方を教えてくれ!】と迫る迫る。相手のご令嬢が泣き出してしまっても迫る迫る。わしが何とか言いくるめたから助かったがの、あいつは他家へは出せん。特に、今回の婚約相手であるヌイール家は侯爵家じゃ。数年と待たずあいつの首を斬られてお終いじゃ。

それにの、お相手であるミーニャ嬢を調べたんじゃがな、相当な才女である可能性が高くてのう。下手をすれば会った瞬間にでも見限られるじゃろうな。そうなると、ツヴェイン家とヌイール家の交友関係に亀裂が入る。これはツヴェイン家に属する人間全ての未来を決めかねんのだ。」


あ~、なるほどな。

確かに、まだ幼い俺の弟は、どうにも対人戦闘に特化してやがる。

ガキの頃から、棒を振り回しては

俺の寝込みを襲って来たり、

護衛に飛びかかってみたり、

男を見れば【あいつ強いかな?】と問うてきたやつだ。

何度ゲンコツを食らわせてしてやったことか。

・・・・・・。

まさか、あのゲンコツが原因で馬鹿になったんじゃねぇよな?

いや違う。

あいつは生まれた時からあんなんだ。

そうだ。

だとすれば、俺が被害を被る必要はねぇな。

お断りだバーカ。


「知るか。んなもん、俺にやった様に最低限のマナーだのなんだの叩きこみゃいいだろ。命がかかってりゃ死ぬ気で覚えるだろうからな、問題ねぇよ。」


茶菓子は全部食ったし、腹は満たされた。

俺は話は終わりだと席を立とうとした。

だが、爺の話は続いた。


「待てというに。この話はお前にとっての最後の頼みの綱でもある。いいから黙って座れ。」


爺の語気が強まった。

こういう時の爺は当主としてじゃなく、俺の祖父として、何か真面目な警告をしようとしてる時だ。

俺は貴族の情報に関しては疎い。

そんな俺に爺がする真面目な警告。

それを無視するような馬鹿な事は出来ねぇ。

俺は黙って座り直した。


「良いか?よく聞くんじゃ。お前さん、以前から【とあるババアに声をかけられて鬱陶しい】と言っておったじゃろ?同じ伯爵でありながらも上位の相手で邪険にしにくい相手だと。お前さんが警戒してる時点で怪しいからの、詳しく調べさせたんじゃ。

相手は上位伯爵家の78歳の未亡人。【魔獣殺しのエンライを自分の夫に欲しい】と周囲に言っておったそうだ。それが最近、男爵やら子爵を集めようとする動きがあっての。【周囲にエンライと私が婚姻すると噂を流させて既成事実にする】だそうだ。ある程度の話を通した後には仲の良い公爵家へ話が決まったと報告に行くつもりだったらしいぞ。」


何だそりゃ。

んなもん、俺は知らねぇし、婚姻なんて拒否する。

そんな話が通ってたまるか。


俺の考えが顔に出てたんだろう。

爺が話を続けた。


「国王や公爵から公認とされ、祝福されたら断れんよ。我が家は伯爵家でも下位中の下位じゃからのう。ツヴェイン家としては本来なら喜ぶべき話じゃろうしな。

だがな、わしは、例え大きくなろうが、多少問題ありの脳筋だろうが、孫が一番可愛い。どの孫も平等に可愛い。分かるか?お前さんがミーニャ嬢の婚約者になり、あの脳筋小僧がウチで生きていくのが最良の選択なんじゃ。

それにのう、ヌイールの家はお前を狙ってるババアよりも格上の相手だからババアも周囲も文句は言えん筈じゃ。ヌイールの爺さんとの《孫同士の婚約》の約束があるのも有名だからのう。お前さんが婿になれる唯一の家なんじゃ。

後、ミーニャ嬢個人についてもな、お前さんなら上手くやっていけると思うぞ?

噂ではな、魔獣退治をする父親の為に料理を作っているらしい。なんでも、ヌイール当主のお抱え研究者から直々にレシピを教えてもらって、だそうだ。お前さんがダンジョンで食ってるブランデーケーキもヌイールの名産品じゃからの~。夫になったお前さんが頼めば、美味い料理を作ってくれるかもしれんぞ。

オマケに、ヌイールは魔獣がウジャウジャ出る領地。魔獣討伐隊が遠征したりするらしいらかのう、魔獣退治に生きるお前には一番相性のいい領地じゃないか?

もし、ミーニャ嬢がお前さんが言う喧しい女だった場合、10歳になる女の子であればまだ修正が効くだろう。お前好みに育てればいい。」



爺の言葉を一言一句逃さねぇように聞き、考える。

爺が女嫌いの俺に押し付けようとする女にしては、最高の評価をしたっつーことか。

なるほどな。

確かに、そうかもしれねぇ。

俺も78歳のババアに強制婿入りさせられるよりも、10歳のガキの婿になって、俺に文句を言わねぇように言う方が楽だ。

ガキなら不機嫌な俺の顔を見りゃ、近寄りもしねぇだろうしな。

しかも、魔獣退治のオマケ付きとありゃ、まあ無難な選択だろうな。

魔獣が出る領地なら俺を邪険には扱わねぇだろうし。

それに、俺の好きなブランデーケーキの発祥の地とありゃ、それだけで価値がある。

ダンジョンに潜る仲間内でも特に腹が減る俺にとって、あの食いごたえのある、腹にもどっしりとくるブランデーケーキは今では俺の心の友、生活必需品だ。

それが気軽に手に入るようになるかもしれねぇ。

しかも、他の美味い料理も食えるかもしれねぇ。

まあ、ガキに頼むなんて死んでもお断りだからな、ガキのオヤジさん辺りにでも交渉するしかねぇか・・・。


うっし。

兎に角、今はババアから逃げるのを優先して、そのガキと婚約だけしちまおう。

んで、ほぼ家に帰らないで魔獣を狩ってりゃいい。

文句がありゃ、あっちから婚約破棄すんだろ。

こっちは25、ガキは10。

真剣に婚約から婚姻の話になる時にゃ、ガキは15、俺は30だ。

15になりゃ高位貴族の女は学園に入る。

そうなりゃ、若い男でも捕まえんだろ。

格下の旦那がいる貴族の女に愛人は必須だ。

俺が相手するまでもねぇ。

んだよ、中々の優良物件じゃねぇか。


「うっし、爺。そのガキと婚約する。婚約者なら魔獣退治に訪れても平気か?」

俺は既に魔獣退治に思考を逸らした。


「・・・・。エンライ、頼むから、あちらでミーニャ嬢に向かって《ガキ》なんて言わんでくれよ?わし、不安になってきた・・・。爺にガンを飛ばすなと言うに。ゴホン、魔獣退治は問題ないと思うぞ?ヌイールの現当主は自身で隊を率いて討伐に行ってるはずじゃ。お前さんが参加するなら喜んで迎えるだろう。そうじゃ、現当主は割と庶民派だったはずじゃ。お前とは気が合うやもしれんな。」

爺は安心したのか、少し嬉しそうにヌイールについて話しを始めた。


まあ、安心するのは当然だろうな。

俺は本気で嫌だと思えば逃げる。

今回、俺が逃げれば、

あの俺以上の脳筋な弟を婚約者にして、

日々、あいつの言動を修正し、余計な事をしでかさないか

心配しながら何年も眠れぬ夜を過ごすことになったんだろう。

それを回避したのだから、安堵して当然だ。

まあ、俺が婿になったとしても不安は変わらんだろうがな。


俺は最低限、本当に最低限だがマナーは身につけさせられている。

椅子にくくられての授業は本当に腹が立ったが、家族全員に頭を下げられて、

【俺のせいで全員死ぬ可能性がある】

なんて言われちゃあ、ガキとしては学ぶ他なかった。

おかげで、周囲からは【脳筋】と評価されてるが、最低限の言葉が使えるおかげで首は飛んでねぇ。

【脳筋】の評価のおかげで婚約話なんてほぼ来ず、悠々自適に暮らせると思ってたら、

今回の婚約話だ。

年寄りの酒の席での約束事は無効にする決まりが作られることを心から願うぜ。

爺の話を聞きながら、そんなことを考え、

婚約話を簡単に考えていた俺が甘かった。


爺はヌイールの当主に話をつけた後、再度俺を呼び出し、


「このままではお前の首が飛ぶからのう。言葉を再教育するぞ。なに、無理は言わん。丸暗記で良い。ミーニャ嬢へのお祝いの言葉、他の貴族からの婚約に関しての祝辞に対する挨拶。それらだけで構わん。わしも高望みはせん。」


そう言って、俺は婚約発表の一週間前に挨拶の丸暗記をさせられた。

本気で爺をブン殴ってやろうかと思ったが、

【ババアの婿の方が良いか?】

の一言に逆らえなかった。






そして、婚約発表の前日、俺は溜まっていた鬱憤を晴らすため、ダンジョンに潜った。

んで、時間を忘れての魔獣退治。

俺が戻ったのは約束の時間ぎりぎりだった。


ついさっきまで楽しく魔獣退治してたっつーのに、見たこともねぇガキのやたら豪華な誕生日パーティーに出席。

窮屈な服を着せられて、美味そうな飯を前にしながらも

【信用出来ねぇ人間が集まる中では両手は必ず空けておく】

そう自分で決めたルールを守る為に食う事も出来ず、

俺のイラつきは最高潮。

視線だけで人が殺せそうな俺に、爺は更に


「ようやく来たかエンライ。そう眉間に皺を寄せるな。お祝いの席じゃぞ?まったく・・・。

ああ、そうじゃ。さっきミーニャ嬢を見かけたんじゃがな、ありゃ想像以上じゃ。

この後、ミーニャ嬢と2人だけの茶の席が設けられるからの。お前さん、その場でミーニャ嬢に求婚してこい。」


って・・・・・。

あ?

何言ってんだ、この爺。


「もう一度言うぞ?おそらく、エンライ、お前はミーニャ嬢を気に入るじゃろう。今後お前さんが他の女に惚れる事は無いから、そのまま求婚してこい。欲しいものは何が何でも自分の手で手に入れるお前さんの事じゃ。婚約では足らんだろ。ツヴェインの当主としてわしが許す。求婚してこい。以上じゃ!」


爺はそう言って、拳を握りしめた俺の前から脱兎のごとく姿を消した。

クソッ!足が速ぇ爺が!!

この怒りをどうすりゃいいんだ!!



そんな時、俺の名前が呼ばれた。

第三王子と共に呼ばれ、イライラを必死で抑えながらヌイール当主の元に向かう。

爺から【お前さんは何も言わない方がまだマシだ】と言われてるし、第三王子に声はかけねぇ。

その時、俺は初めて俺の婚約者を見た。



正直、遠くから見た俺の婚約者の最初の印象は《普通のガキ》。



可笑しなことに、貴族の女らしい空気は一切纏ってなかった。

才女だ~早熟だ~なんだ~っつーから、

ガキのくせに、女らしい気取ってる女王様みてぇな感じなのかと思ってた。

正直、驚いた。

同い年の姉である、隣のガキは化粧なんざしてめかし込んで、欲が丸出しの変な愛想笑いしやがって【色気づいた貴族のガキ】だっつーのによ。

自然体っつーかなんつーか。

浮かれてもいない、王子を目の前にするのに、素のまま。

そんな表情をごく自然に作れる、そんな変なガキっつー印象だった。

ただ、落ち着いた色合いのドレスと装飾品、

背筋をピンと張った立ち姿はなかなか好印象だった。


しかも、俺みてぇな格下年上が婚約者な事に対する不満を一切顔に出さない。

俺は不満タラタラな顔をガキに見せてるのに、だ。

当然、当主にはバレねぇ様に細心の注意を払って、不満そうな顔を見せてやった。

これで今後の関係をどうするか決めようと思ってた。


泣き出すんなら、幼いガキだ。今後は強引に交渉していけばいい。

不満そうにするなら、貴族のガキだ。メンドクセェ。今後は極力関わらねぇようにする。

媚びを売ってくるなら、俺の【魔獣殺し】の名に媚びてぇんだろう。夢に出るくれぇ魔獣の血を目の前で見せてやる。


そう考えてたんだがな、どうにもこうにも、俺の考えとは違う表情をしてやがる。

俺を追いかけまわす、俺を夫にと求めるババアに近いが、それとも違う。


頬が薄く色づき、俺を見て微笑んでやがる。

目の奥には厭らしくない、好奇心の様な興奮。


例えるなら、俺が強い獲物と出会った時の様な、待ちに待った相手との遭遇。

の様な表情だ。

俺の【魔獣殺し】の評価を気に入ってるのとは違う。

ねっとりと纏わりつくような厭らしさが無ぇ。

だとしたら、

この表情は俺の顔を見ての評価だろうな。


自分自身、有り得ねぇとは思う。

自分の顔なんざ分かってる。

実際の歳よりも格段に上に見られる老けた顔をしてんのも重々承知だ。

が、この表情を一言で言うのであれば、

どうやら俺はこの嬢ちゃんの中での【当たり】らしい。

表情が一切曇ってねぇ。

見下しやらの表情は一切無い。


他の女は王子を【獲物】を見る様な目で見てるのによ、

この嬢ちゃんは俺しか見てねぇ。

まあ、恐らく、大人しいのも、俺を時々見ては微笑むのも全て計算だろうがな。

ガキにしては計算高くて生意気だとは思うが、その目の中に【俺が不利になる感じ】はしねぇからほっとく。

隣の姉貴はクソ煩くて耳が潰れるかと思ったぜ。

それに比べると何倍もマシだ。


それらを全て含めて考えると・・・・。

なんでかは分からんが、俺はこの嬢ちゃんの中での当たり。

それも、格下の相手でありながらも、

周囲の目を気にせずに、俺からの評価を上げられるように動く程度には好意を抱いている。

俺がうるさいのは好かんだろうと、自分自身で判断して、俺に少しでも好印象を与えるように自分で考えて動ける頭がある女だっつーことだ。


なるほどな。

こりゃ上々。


爺から高評価を得るだけはある。

俺としても評価は上々。


今まで、自分の意志を押し付ける女しか見てこなかったが、こいつは違う。

自分を好意的に見てもらうためとはいえ、俺の好みに合わせて大人しくしている。

俺の為に動けるのは評価が高い。

こいつなら、隣に居ても問題ない。


そう思っていた。

茶会になるまでは。


長くなったので途中で切りました。

後でちょこちょこ直すかもしれません。


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