領地へ帰ります。
エンライ様がメデルーの樹液を届けてくださった夜、私は直ぐにメデルーの樹液を甘いシロップに仕上げた。
更に、メデルーのシロップをたっぷりと混ぜたスコーンの様なビスケットはお持ち帰り用に。
メデルーのシロップをたっぷりとかけて食べる予定のホットケーキは、明日、2人でお茶の時に食べる用に仕込みを済ませた。
さっきまで、私のすぐそばでシロップ作りの作業を見ていた領主補佐のオッサンが居たのだが、
出来上がったホットケーキとシロップを抱えて、スキップしそうな勢いで去っていった。
多分、お父様の元へ行ったんだろう。
おそらく、仕事をしているお父様の目の前で、見せびらかしながら美味しく食べる計画なのだ。
あのオッサンが中々に良い性格をしているのを私は知っている。
そして私は今、明日からの長旅の為に荷物の最終確認をしている。
そう、明日からは領地に帰るのだ。
エンライ様と離れて一月を過ごす。
寂しいけど、帰ればそれどころじゃないくらい忙しい日々の始まりになる。
婚約のはずが婚姻して帰ってくるのだから、領民へのお披露目も早急に行わないといけないし、領民参加の宴会やエンライ様を迎えるための準備もしなきゃいけない。
開いてる部屋の中からエンライ様の使う部屋の許可をお父様からもらわないとだし、家具なんかも新調すべきものがあるかもしれない。
エンライ様の私兵の方々の泊まる場所の手配や、馬なんかの世話の人手も雇わないといけない。
まあ、今現在、我が領にある魔獣討伐隊の仮眠寮なんかに入ってもらえば何とかなりそうだけど、その辺も責任者と相談しないと。
そう考えるとゆっくりなんてしていられない。
やるべきことが沢山あるのだ。
直ぐにでも考えるべきことが山ほどある。
だけど、私が今、優先すべきことは、眠る事だ。
暫くの間お別れになるんだから、一番可愛い状態の私を覚えておいてもらわないと。
スキンケアもばっちり。
髪のお手入れも完璧。
今の私、人生で一番、気合の入った《恋する乙女》してます!
__________________
おっはよーございます!
昨日、早く寝たからか、目覚めも顔もすっきり。
最高の状態の私です!
実は、今日は来月までの分を前借りするつもりで、いつもよりも甘えてみようかなぁ。
なんて考えてます。
良いよね?
もう夫婦になったんだし、充電するくらい許されるよね?
暫く会えないんだし、私の事を強く印象に残すためにも必要だと思うし。
それに。
今日なら、甘えて恥ずかしい思いをしたとしても、来月まで会えないんだから、その間に好きなだけ床を転がって身悶えられるもの。
やっちまったぜー!!!!恥ずか死ぬぅぅぅぅ!!!
ってな感じに。
だから、今日は絶好のチャンスだと思う!!
朝からお昼ご飯の準備もばっちり。
沢山食べてもらって、もし、余るようならお持ち帰り用にお包みしよう。
冷めていてもツヴェイン家の皆さんなら喜んでくださるだろう。
さあ!エンライ様!
旅支度も終わって馬車への詰め込みも終わったので、出発時間ぎりぎりまでエンライ様と一緒にいられますよ!
何時でもいらっしゃってください!
既に準備は出来てます!
あ、ちなみに今日は馬車での長旅になるのでオシャレは控えめです。
普通の上品なワンピースに近い感じ。
髪も整えて、主張しすぎないリボンをつけて、エンライ様とお揃いのイヤリングをつけて。
ふふふふ♪
褒めてもらえるかな?
早く来ないかなー♪
この後、1時間、エントランスで今か今かとエンライ様の到着を待っていた私の所に領主補佐のオッサンが来て
【お嬢様、楽しみなのは分かりますけど、まだ朝ですから。エンライ様はまだまだ来ないんで。暇なら仕事してください。昨日の夜の分、溜まってます。】
と執務室まで引きずって連れていかれた。
一応、文句は言いましたが、きちんとお仕事をこなしましたとも。
昨日の分も、今日の分も。
そして待ちに待ったこの瞬間!!
エンライ様のご到着!!!!
お父様も家人も含めて全員でのお出迎えです。
いそいそとエントランス内に並ぶ私達。
家の中に入ってきたエンライ様。
そして、お決まりの
ガバッ!
ギュー!
ヒョイ!
クルクルッ!
チュッ!
「会いたかったぜ!ミーニャ!昨日ぶりだな!」
ギューっと抱きしめてからヒョイっと持ち上げられて、そのままの勢いで回転。からの頬へのキス。
そして、抱きかかえられたままのご挨拶。
鼻が付きそうな位置で目を合わせて微笑まれると照れる。
「エンライ様!私もお会いしたかったです!朝からずっと何時いらしてくださるのかと心待ちにしておりました!」
私からもエンライ様の頬に軽く頬ずりをしてから、ご挨拶し、逞しい首元に抱き着く。
この逞しい腕に抱えられるのも、この太い首に抱き着くのも昨日ぶりだよー。
今日は甘えるって決めたんだもんねー。
怖いモノなんて無いもんねー。
と、心は《押せ!押せ!モード》である。
が、当のエンライ様は思わぬ私の反撃に驚き、照れたのか、
「お、おお、なんだ、その、遅くなった、その、もっと急ぎゃあ良かった、な。す、すまん。」
なんて顔を赤くしてるから可愛い。
むふふ。
自分がするのは良いけど、私にされると顔を真っ赤にして照れちゃうなんて、本当に可愛いよ!
純粋な厳つい系男子、最高!
なんて二人でキャッキャうふふしてたら、知らない男性達の声がした。
「こりゃまた、世にも珍しいもんを見たな。明日は命日か?」
「命日どころか、隕石でも降るんじゃねぇのか?」
「坊のその顔が見れたんなら思い残すことはもうねぇな。」
「・・・まあ、女の方が若い分には問題ねぇし、めでてぇな。」
としみじみとしてらっしゃるのは40~60歳辺りの渋いオジ様方。
初めてのお顔ですね。
全員、武人さんなんだろう。
御歳は召しているけども、身体が分厚い。
手もゴツゴツとした岩の様で戦う人間の手だとすぐに分かる。
お父様と私が挨拶をしようとしたところ、直ぐにエンライ様が紹介してくれた。
「このオヤジ共は俺の護衛だ。俺の私兵の中から年寄りを集めた。まあ、年寄りだが腕は立つ。
俺はミーニャに若い男を近づける気はねぇからな。今後、俺の周囲について回るのはこのオヤジ共だ。むさ苦しいが仕方ねぇな。」
とため息を吐いたエンライ様に対し
『むさ苦しいは余計だ、このクソガキが。』
と全員で声を揃えたオジ様方。
お互いに笑いながら、軽く口で言いあう。
歳が離れてるのに仲が良いのが伝わる光景だった。
昨日はツヴェイン家の方々が一緒だったけど、今日はこのオジ様方が御共に来たらしい。
おそらく、フットワークの軽いエンライ様について行ける上に、止める重石の役割を果たせる人間がこのオジ様方だったんだろう。
全員、筋骨隆々なのに下品じゃない、《オジ様》って感じで素晴らしいね。
こんな風に仲間と仲良く素敵に年を重ねていけたら楽しいだろうなぁ。
なんて微笑ましく考えてしまう。
お父様が先に挨拶をして、次は私の番。
エンライ様は私を抱えたまま、オジ様方の前に行き、挨拶させてくれた。
「御機嫌よう。私はミーニャ・ヌイールです。今後はエンライ様と共に過ごす時間が長くなりますので、皆さんと会う時間も多くなるでしょう。よろしくお願いしますね。」
初対面の全く知らない人なので、軽い挨拶だけにしておく。
まあ、抱えられたまま挨拶するなんて失礼な事なんだけど、エンライ様の護衛の方々だし、まず、エンライ様が私を降ろす気が無いのでしょうがない。
そんな状態でも皆さんそれぞれ
「初めまして、ミーニャ夫人」
なんて挨拶をしてくれる。
うおぉ!
夫人だって!!
そっか、そうだよね。
もうエンライ様と夫婦なんだから、私も人妻なんだ。
10歳だけどね。
なんてニヤニヤしてたら、オジ様方にエンライ様が首を動かし合図をした。
オジ様方は苦笑しつつ、お父様の方へ寄っていった。
それと同時に私の部屋に連れていかれる私。
お父様とオジ様方は何やら大事なお話があるみたい。
お父様が真剣な顔で頷いているのを背後に、私はエンライ様に抱えられて廊下を移動。
そして私の部屋に到着。
並ぶご馳走。
聞こえるエンライ様のお腹の音。
うん。
今日も素晴らしい音量ですね。
「うおっ!今日も豪勢だな!ミーニャの手作りだよな?食っていいんだよな?俺のだよな?」
なんてご機嫌で聞いてくるエンライ様も可愛いです。
「勿論、エンライ様の為に私が作りました。お召し上がりください。もし、多いようでしたらお持ち帰り用にお詰めしますので、無理はなさらないで下さいね。」
私が話し終わるよりも先に、椅子を二つ、隣同士になるように並べて、私を隣に降ろすエンライ様。
流れる様な動作、流石です。
早速、フォークとナイフを手に持って無言で食べ進めるエンライ様。
私は隣で紅茶を入れます。
相変わらず、食べるのが早い。そして食べる量が多い。
こんなに食べるなんて、おそるべしツヴェインの血。
エンゲル係数ヤバそう。
エンライ様の子供が出来たら、この倍は用意することを考えないといけないんだよね。
下準備は完全に料理人に任せる感じでいかないと、料理だけで一日が終わりそう。
ぼーっと考えていたら食事が終わったらしい。
「ごっそーさん。今日も美味かった。作ってくれてありがとな。」
感謝の言葉と共に、頭まで撫でていただけるオマケ付きです!
素晴らしい!
さて、食事が終わったのなら、念願の甘えタイム突入です!
ホットケーキはお茶に出す予定なので、まだお預けです。メインイベントは残しておかないとね!
「喜んでいただけて嬉しいです。メデルーのシロップをかけたホットケーキは3時頃、御茶菓子に出しますので、楽しみにしていてくださいね。」
本日のメインディッシュのお断りをちゃんと入れてから、おねだりしてみましょう!
「エンライ様、その、食事も終わりましたし、時間もございますし、あの、突然なんですけど、その、甘えても良いでしょう、か?その、抱っこして、ぎゅーって、して、もらい、たい、のですが・・・」
うわあああ!
言ってて恥ずかしくなってきた!!
最後の方なんて声小さくてむにゃむにゃみたいな感じになっちゃったよ!
ヒー!夫婦になっても恥ずかしいものは恥ずかしい!!
と地面を転がりまわりたい気持ちでいっぱいになっていると
「・・・お前は、本当によぉ・・・勘弁してくれ・・・・」
エンライ様の口から絞り出した様な声が聞こえた。
そして、悩まし気な声とは裏腹に、優しい手つきで私を持ち上げて、膝に乗せて横抱き&ぎゅーっと抱きしめてくれた。
うむ。温かい。
それにエンライ様の香りがする。
落ち着くー。
幸せだなぁ。
心がポカポカだ。
私からもこのポカポカの気持ちを伝える様に、ぎゅーってエンライ様にくっつく。
首元に抱き着くのは座高の差から腕が痺れるので、今日は胸元に顔を摺り寄せる形で、腕を腰の辺りに廻す。
自分が楽な体勢にしてみました。
これなら何時間でもいける。
前回の失敗から学んだんだよ。
暫くギューっとしていると、エンライ様の身体から余計な力が抜けていき、大きな手で私の頭を撫で始めた。
優しく撫でたり、毛先を掴んでサラサラと指から流してみたり。
頭を撫でられて嬉しくて、エンライ様の胸元に顔をスリスリと擦り付けてみる。
エンライ様は一瞬、ビクッと身体を跳ねさせたが、深く深呼吸すると同時に、また頭を撫でてくれた。
更に、慣れてきたのか、頭にキスが落とされるようになった。
耳を触ったり、頬を撫でたりもされるようになった。
ああ、幸せだ。
好きな人に、抱きしめられて。
好きな人の意志で触れられている。
幸せの一言に尽きる。
少しくすぐったい気分になりながらも、撫でられていると、エンライ様に名前を呼ばれた。
「・・・ミーニャ」
エンライ様は私の顎に手をかけ、私の顔を上げさせる。
真剣な目をしたエンライ様と視線が交わる。
あ、
これ、キスされる?
こんな真剣な表情で、私を見つめて、顔を上げさせて。
私はエンライ様にも聞こえるだろう、ドキドキと高鳴る胸を押さえながら、目を閉じた。
さわさわ。
ん?
キスされない。
しかも、エンライ様の指が動いてる。
ん?
エンライ様、
なんで、私の顎の下を撫でてるの?
目を開けて確認してみる。
エンライ様は真剣な表情で、私の顎の下を撫でていた。
そして小さな声で一言、
「ゴロゴロ聞こえねぇな・・・。気持ちよくねぇのか?」
って・・・。
え?
エンライ様、顎の下を撫でてゴロゴロ言わせるつもりだったの?
え?
猫じゃないんだし、ゴロゴロは言わないよ?
出来ないよ?
え?
なんでそんなに不思議そうな顔してんの?
あれ、これ、私が間違いなの?
いや、普通、出来ないよね?
喉をゴロゴロ鳴らすとかさ・・・。
・・・・・・。
あ、やっぱり出来ないよ。うん。
やってみようと思ったけど無理だった。
本気で鳴ると信じているのなら申し訳ないので、一応、訂正しておきましょう。
「あの、エンライ様?私、猫じゃないので、喉は鳴りませんよ?」
「あ?・・・そうなのか?でもよ、・・・。・・・・あのクソ野郎。次に会ったら殺す。」
私の言葉に驚いた様な、不思議そうな顔をしていたエンライ様の顔が
突然、般若の様に変化し、殺人予告が出た。
あー。なるほど。
多分、クソ野郎と呼ばれる誰かがオフザケで、【女の子の顎下を撫でると猫と同じようにゴロゴロと喉を鳴らす】的な事を教えたんだろう。
そして、それを信じたエンライ様。
実際にやってみたら、私がゴロゴロ言わない。
気持ちよくないのか、自分の撫で方が悪いのかと真剣な顔をしていた。
と、いう事でしょうか?
うわぁー。
可愛い。
そんなことで騙されちゃうなんて、純粋過ぎませんかね?
疑わなかったの?
大丈夫なの?
というか、他にはどんな変な知識を入れられちゃってるのか気になるんですけど。
実際にやられるのは私だからね?
笑えないのよ?
「え~っと、その方からの助言は、他の方に聞いた知識と比較した方が宜しいかと・・・。」
「ああ、そうする。あのチャランポラン野郎の【女の扱いだけは任せとけ】っつーのを真に受けた俺が馬鹿だった。クソったれ。・・・あー、ミーニャ、今のは忘れろ。」
と誰かさんの事を憎々し気に告げた後、バツが悪そうな声で忘れろと言われた。
そして、私の顔に触れていた手が離れていく。
「あ!でも、頭を撫でてもらったり、髪を梳いてもらったり、頭にキスをしてもらったり、頬や耳を撫でてもらうのは好きです!顎の下を撫でてもらうのも、ゴロゴロは言えませんが、気持ちよくて好きです!なので、もっと触れてください!」
私は必死に離れていく手を戻してもらえるように力説した。
すると、数秒間、硬直したエンライ様が
「こんなんで5年我慢しろってか!?なんなんだ!?どうすりゃいいんだ!?」
全力で吠えた。
そして器用に体を倒し、私の胸元辺りで、両手で自分の頭を抱えている。
どうすりゃいいと言われても・・・。
我慢してください。
としか言えないのだけども。
でも、我慢はしてほしいけど、抱っこやハグ、頭なでなでは続行していただきたいんですけども。
我儘が過ぎるかな?
ずっと我慢してもらうのも、大変そうだし、気が引けるけど、周囲のお父様たちが《5年後》って言っちゃってるしなぁ・・・。
あ!
良く考えてみれば、早熟の10歳なんだし、キス位は許されるのでは?
10歳での《婚約》はごく当たり前の事であり、もう少し早い子もいる世界だ。
おませな子達はチューくらいしてるだろう。
多分。
なら、10歳の私がチューしても問題ないだろう。
まあ、相手が25歳だと考えるからあれなのだ。
同い年、10歳同士のチューなら微笑ましいで済む。
が、相手が25歳なだけで、勝手にヤバイ気がしているだけだ。
この世界は15歳で婚姻は普通なのだし、その翌年には子供を産んでるのが普通なのだから、10歳でキス位、平気だろう。
そうだ。
大丈夫。
平気平気。
よっし、一丁、キスするという提案をしてみよう。
今日は甘えるって決めた、特別な日なのだから!
明日から一か月、会えないのだから、恥ずかしい思いをしても大丈夫!
呆れられたとしても、次に会う時まで、株を上げるように頑張るから大丈夫!
いえ!言うんだ私!
今日は押せ押せで行くんだろ!!!
ファイトだ私!!!
そしてその後、私は《キスする》という提案をしたことを後悔した。




