出発の前日。
出発の前日になった。
エンライ様は婚姻の日から来ていない。
一回も来ていない。
会っていない。
正直、驚いている。
私を連れ去ろうとした、あのエンライ様の事だから
次の日から毎日のように食事を食べに、私に会いに来るんじゃないかと思っていた。
だから私は、婚姻の日から毎日、エンライ様がいつ来ても良いように沢山の料理を用意して待っていた。
そう、沢山の食事を用意しては、食べる主が現れず、代わりに嬉々としてご馳走を食べる領主補佐のオッサンと使用人たちを見てきたのだ。
でもそうだよね。
約束をしたわけでもないし、ダンジョンの攻略の最先端を行くお方なのだし、私の方にかかりっきりになんてなるわけないか。
家もそこそこ遠いのだし、来月には一緒なんだし、会いに来ないのも当然・・・か。
・・・・・。
私に飽きたなんてこと無いよね?
魔物退治に夢中になって、心変わりしたとか、無いよね・・?
婚姻話はトントン拍子に進んじゃったし
【目が覚めた!俺にはやっぱり魔物退治だけだ!】とか
【共に戦う女剣士の方が魅力的かもしれねぇ!】的な展開とかさ。
女剣士はの方は、まあ有り得ないとは思うけど、魔物退治の方は無いとは言えないよね。
あのエンライ様だもの。
ああーーー!
心配だ!
寂しいし、心配だよ。
私みたいな子供を勢いだけじゃなくて好いてくれているのか。
イヤリングを貰ったり、甘い言葉をもらっていても、前世を含めても恋愛経験値が低すぎるせいか不安が尽きない。
数日会えないだけで、こんなに不安になるなんて思ってなかった。
こんなに寂しいなんて。
嫉妬や束縛に狂う女は醜いって思ってたのに、自分自身がその醜い女だったみたい。
嫌になるなぁ。
前世も含めてそれなりの年数は生きているのだから、恋だってしてきたつもりだった。
まあ、実りもしない片思いばっかりだったけども。
でも、こんなに執着するような想いは初めてだ。
今までの恋があっさりとしたものだったのか、それとも今回が異常なのか・・・。
どっちにしても、今の私には恋に狂う女の気持ちが分かりそうで嫌だ。
私は領主になるのだから、領民を第一に考えて、私情になんて流されないように常に冷静でいなければならないのに。
エンライ様の魔獣退治にも一緒について行きたいなんて考えちゃってる。
かなり重症だ。
こういう異世界トリップを経験している人って、冷静な人が多い気がするんだけど、私には当てはまらなかったらしい。
情けない。
でも、しょうがない。
好きなものは好きなんだもの。
エンライ様を好きなうえで、どこまで自分の理性を保ちつつ、我慢が出来るか。
コレが今後の人生の鍵になっていくんだろうなぁ。
なんて うだうだ と考えていたら、既に出発の前日になっていた。
明日には この王都を出て領地に戻る。
そして、明日から来月までは完全にエンライ様に合えない日々を過ごす事になるのだ。
明日にはお見送りに来てくれるって言ってたけど、それでも来月まで我慢しなきゃいけないんだ。
一週間会えないだけでも辛いのに。
くそぅ・・・。
思ってたよりもダメージが大きいぞ。
結婚するのってプラスな事ばかりだと思っていたのに、しょっぱなからマイナス面が目立つんですけど。
なんというか、私はヤンデレの素質があるのかもしれない。
ヤバイなぁ・・・。
なんて考えていたら、領主補佐のオッサンが部屋に入ってきた。
「ミーニャお嬢様!ちょ、ちょっ!大変です!エンライ様がいらっしゃいました!お見送りは明日のはずなのに、なぜか今!そして、既にお屋敷の中に入られてます!勝手に!」
と慌てた様子で叫ぶオッサン。
「あ、うん、分かった。・・・でも、せめてノックはして欲しかったかな?」
オッサン、勝手に部屋に入って来ちゃってるし。
エンライ様が来てくれて嬉しいよりも何よりも先に、そっちが気になった。
エンライ様にばれたら怒られるよー。
地獄見ちゃうよー?
と思ったのは私だけではないはずだ。
オッサンも私の言葉を理解したのか、即座にこの世の終わりを見たかのように真っ青な顔になった。
そして、オッサンが【すみません】と頭を下げたと同時に
「ミーニャ!来たぞ!」
とバーン!とドアを開けて部屋に入ってきたのはエンライ様でした。
その後ろを走ってきているらしい、メイドさん達が息を切らしながら
「お待ちくださいぃぃぃぃ!」
と叫んでいるのが聞こえる。
私が着替え中だったらどうするんだろう。
案外、気にしないかもしれないけど。
一応、女の子の部屋だからね?
勝手に入って良いもんじゃないからね?
とは思いつつ、待ち人来たり。
会えた事がすごく嬉しい。
先ほどの内心でのツッコミは照れ隠しだ。
今すぐにでも、飛びつきたい。
抱き着きたい。
でも、我慢。
「御機嫌よう、エンライ様。ようこそ御越しくださいました。」
きちんと挨拶しないと。
親しき中にも礼儀あり。
私はエンライ様の妻であり、ヌイールの地を治める領主になる人間なん・・・・
ガバッ!
ギュー!
ヒョイ!
クルクルッ!
チュッ!
「会いたかったぜ!ミーニャ!元気か!体調はどうだ?変わりはないか?」
あ、うん。
挨拶も何もないね。
電光石火の様に、両手を広げてギューっと抱きしめられたかと思えば、ヒョイっと持ち上げられて、そのままの勢いで回転。アーンド頬へのキス。
そして、抱きかかえられたままのお言葉。
エンライ様らしい。その一言に尽きる。
一瞬にして壁際に移動したオッサンの事なんて視界に入ってないんだろうなこの人。
ああ。
エンライ様だ。
私の会いたかったエンライ様だ。
欠けたものが戻ったかのような落ち着きと同時に、ドキドキとした鼓動を感じる。
「私も会いたかったです。御覧の通り、私は元気一杯です。エンライ様は御怪我などはございませんか?ここ数日、魔物狩りに行っていると伺いましたので、心配しておりました。見た限りでは怪我は無いようですが、大丈夫ですか?」
エンライ様が強いのは知ってるけど、心配なものは心配だ。
「おお、相変わらず情報が早ぇな。魔物狩りには行ってきたけどな、怪我は大したことねぇし、飯食って治ってるから問題ねぇよ。ああ、そうだ。俺が居ない間に変な男に付き纏われたりしてねぇか?知らない男にアプローチされたりしてねぇか?イイ男を見たりしてねぇか?」
と無事だという報告と共に、男の影がないかどうかを問うてきた。
これはあれか?
私が浮気していないか、自分が居ない間に他の男に心惹かれていないかどうか、心配してるって事?
ってことは、私と同じ気持ちって事だよね?
私も、エンライ様が私以外に心が向いていないか心配になってたんだもの。
私と同じ位、私の事を想ってくれてるって再確認出来て、嬉しいやら気恥ずかしいやら。
照れてしまう。
今の私は少し赤い顔をしていると思う。
それでも、エンライ様と目を合わせて
「変な男になんて付き纏われていませんし、アプローチもありません。私にはエンライ様以外の男性はその辺の石ころと同じように見えますし、エンライ様以上に素敵な男性はこの世には存在しませんよ。」
と笑顔で断言する。
実際にそうだ。
私にとっては、キラキラしてた第三王子様もただのガキ。
領主の娘として、魔獣討伐隊やらも含めて、それなりに沢山の男性に会ったことがあるつもりだが、私の心を鷲掴みにしたのはエンライ様ただ一人だけだ。
私の言葉を聞いて、顔を真っ赤に染めたエンライ様、・・・・と、領主補佐のオッサン。
おいオッサン、なんでお前まで照れてるんだよ。
って言ってやりたい私には気付かずに、エンライ様は照れたように
「お、おう。そうか。なら良い。」
と、しどろもどろになりながら言った。
本当なら赤くなった顔を隠したいんだろう。
でも、私を抱えているから出来ない。
いつも私を真っ赤に染めるエンライ様への些細なお返しだ。
あ、ついでに私の気持ちも言っておこう。
「エンライ様は?私以外の女性からのアプローチはありませんでしたか?大人の女性に心を揺さぶられたりしませんでしたか?」
と同じような質問をエンライ様に返す。
すると、合わせていたエンライ様の目がカッ!と見開かれた。
そして、口をパクパクと動かした後、
「いや、いやいや、有り得ねぇだろ、その質問。俺が女に好かれると思ってんのか?無ぇぞ。完全に、有り得ねぇかんな?大丈夫か、お前。俺がこんなに大切にしてるミーニャっつー女がいんのに、他の女の存在なんざ目に入る男に見えるか?無いだろ?なあ、無いよな?ん?」
となんでか凄んでくるエンライ様。
あれ?
嬉しくなかった?
私はこの質問をされて嬉しかったのに。
「勿論、有り得ないと思ってますよ。私をこんなにも思ってくれているエンライ様ですし、婚姻の身でありながら、他の女性に目が向くようなお方ではないのは承知してます。重々承知しておりますが、エンライ様が私に聞いてくださった様に、私も心配なんです。こんなに素敵な男性を、世の中の女性が放っておくとは思えませんから。きっと、想いを伝えていなくてもエンライ様の事を物陰からじっと見つめている様な女がいると思うんです。なので、その存在の有無をエンライ様が知っているのかをはっきりとさせたいんです。まあ、もしそのような女性が現れたとしても、私は断固として闘い、必ずや勝利してみせます。なのでご安心ください。」
と、言いたいことは全て述べた上で、握りこぶしを作ってみせる。
すると
「待て、待て、待て。頼むから、少し待て。頭がついていかん。
・・・・・。
あー、なんだ、その、ミーニャは、
俺が【ミーニャがイイ男に出会わなかったか】を心配した様に、【俺がイイ女に出会わなかったか】を心配、嫉妬したって事か?」
とエンライ様は、なんだか不思議そうに、でもどこか嬉しそうに聞いてきた。
なんだか改めて言われると恥ずかしい。
《心配》の言葉が《嫉妬》に代わるだけで、自分の内面を曝け出したみたいで凄く恥ずかしい。
でも、私の本心なんだし
「・・・はい。そうです。正直に言えば、大人の女性がエンライ様に近づくのを考えるだけで嫉妬します。なんでまだ10歳なのか、エンライ様の隣を堂々と腕を組んで同じ目線で歩くことも出来ないのか、どうにも出来ない自分の無力さを痛感します。
・・・まあ、エンライ様に抱きあげてもらえるのも、今の時期だけの特権だと思っているので、トントンですけど。それでも、早く大人になって、横に立って手を繋いで歩ける存在になりたいです。じゃないと他の女性にちょっかいを出されそうですから。」
と開き直ってみる。
そうなんだよ。
エンライ様が幼い私を想っていてくれても、他のエンライ様狙いの女に侮られるのが問題なのだ。
今までは【女に興味のない脳筋】だったから無事だった点も大きいだろう。
が、今では【年下とはいえ妻を持つ男(婿とはいえ侯爵家)】になったのだ。
上級貴族とはいえ、私はまだ10歳。
愛人にでもなって、私よりも先に子供を作ってしまえ!
という考えの女も多くなるはずなのだ。
この世界、権力や贅沢の為に既成事実を作っちゃう肉食系の女子も多いのだから。
まあ、エンライ様なら自分の身は自分で守るだろうけども。
家族ぐるみで薬を盛られたりしたら・・・。
なんて考えるだけでゾッとする。
「・・・・」
エンライ様は無言だ。
あー、あれか、言い過ぎたかな?
重いかな、こんな女。
私だったら嫌だもんな。
こんなヤンデレ予備軍の女を相手にするの。
恐る恐るエンライ様の言葉を待っていると
「俺も同じだ。現に、第二の親父さんのアイコンタクトだけで大問題にしたしな。
しかも俺は15歳上だからな。少し離れただけで若い奴に取られないか気が気じゃなかった。
・・・・けど、今ので分かったわ。俺とお前は相思相愛だ。本気で他の奴なんて入る余地がねえのが分かった。お前が俺と同じ気持ちでいるのなら心配なんて何一ついらねぇよ。俺も同じ気持ちだからな。分かるだろ?
俺もな、他の奴に【ロリコン】だ【犯罪者】だなんだと言われたからな。なんでもっと遅く生まれなかったのか、こんなに老けてる顔してんのか、神様をぶん殴りてぇ気分ではある。けどよ、俺はミーニャ自身に惚れてんだからな?年なんてもうどうでもいいだろ?隣を歩きたいなら、ずっと俺が抱えて歩く。今だけの特権なんかじゃねぇよ。何歳になっても大丈夫だ。女一人くれぇ、何時間でも抱えてられる。試したことはねぇけどな。野郎一人を担いでダンジョンをかけ登れる男をなめんな。
それと、他の女が寄ってくるぐれぇなら25歳まで婚約者も居ない独り身じゃねぇよ。けどな、もし、万が一にでも、お前が他の女に何かされそうになったら直ぐに連絡しろ。俺が叩き潰す。」
と最後の言葉と共に、先ほどの私と同じように握りこぶしを作ったエンライ様。
意外だった。
エンライ様は己が道を行く方にしか見えないので、他人の評価や言葉なんて気にしないと思ってた。
というか、エンライ様に向かって【ロリコン】なんて言葉を述べた勇者が居るのか。
私はエンライ様の身を心配したつもりだったんだけど、エンライ様は私が何かされると思ったらしい。
それでも、私の為に【叩き潰す】と言ってくれるエンライ様は本当に素敵だ。
カッコイイ。
惚れなおす。
私の旦那様、男前すぎます。
ふふふ♪
私と同じ気持ちでいてくれているのなら、安心だ。
私は一生、浮気なんかしないし、他の男性に心も揺らがない。
自分でいうのもなんだけど既に枯れ果てた女だと思ってたくらいだから。
「なら、安心ですね。もし、何かあったらすぐに連絡します。私たちの間に隠し事は無しです。
それと、エンライ様に抱えてもらえるのは私だけの特権という事でお願いしますね。
私もエンライ様も相思相愛で、一生、他の人間なんて目に入らないくらいラブラブで生きていくんですよ。ふふふ♪」
と自然に笑みがこぼれた。
私の笑い声を聴いて、エンライ様も
「ブッハハ!そうだな!他の人間なんて目に入れずに生きてくか!」
と爆笑してくれた。
エンライ様は笑いながらも私を横向きに抱えて椅子に座った。
そして、暫くの間お互いに笑いあって幸せに浸っていると、ふと、エンライ様が思い出したように語る。
「そういやよ、俺の周りに女は居ねぇぞ?ダンジョンに潜るのも野郎だけだからな。女の冒険者も存在はするが俺は連れて行かねぇって決めてる。それに、今回のダンジョン潜りには理由があったんだよ。おら、これだ。」
と説明と共に私の目の前に出してくれたのは、500mlのペットボトルぐらいのボトルに入った少し濁っているスポーツ飲料の様な色合いの液体。
お土産なのだろうか?
初めて見る液体なのですが。
「あの、これは何の液体ですか?初めて見ました。」
と聞いてみると
「なんだ、ミーニャでも原液を見るのは初めてか。これは《メデルーの樹の樹液》だ。知ってるか?割とマイナーなもんだからな・・・。知らねぇか?」
と驚きの事実をサラッと言い放ったエンライ様。
「は?!え?!本当ですか?!それ、メデルーの樹液なんですか?!わ、私、一度だけ、メデルーのシロップを口にした事があります!でも、メデルーの樹液は凄く希少な物なはずですよね??確か、エルフの森にしか生えない樹だとかなんとか聞いたことがありますよ??なのにダンジョンで??」
そう、メデルーの樹はエルフの森にしか生えない樹で、そのメデルーの樹液で作ったシロップは全世界での最高級品であり、メープルシロップよりも芳醇な香りとコクがあるにもかかわらず、後味はさっぱりとした柑橘類の味が駆け抜けていく。
なんて詩人みたいな言葉がスラスラと出てくる位、美味しいと言われている。
人間嫌いのエルフから買い取るのにかかる労力とお金は相当な物であり、王族でさえそうそう口に出来ない品のはず。
その最高級の至福の一品の原液が目の前に・・・。
「お、やっぱ知ってたか。王都のダンジョンの奥の奥でしか取れねぇ上に、魔獣退治では国一番の俺を含めた俺の私兵を連れて5日かけてやっと採取出来る、市場にはぜってーに出回らねぇ品だ。
持ってく土産は果物と包丁が良いって言ってたろ?それは既に手配したからよ、どうせならここでしか取れねぇ、俺にしか取れねぇ物を土産にしてやろうと思ってな。そのせいで会えねぇのは思ってたより堪えたけどよ、ミーニャなら喜ぶと思ってな。どうだ?嬉しいか?」
なんて少し不安そうに聞いてくるエンライ様。
そうだったんだ。
会いに来なかったのは、このメデルーの樹液を取る為にダンジョンに潜ってたからなんだ。
私へのお土産の為にダンジョンに潜ってたんだ・・・。
嬉しい。
うわぁぁぁぁぁぁぁ!!
これは嬉しいよ!
凄く嬉しい!!
「はい!勿論!嬉しいです!あの《メデルーの樹液》が手に入る日が来るなんて!夢みたいです!それに何より、エンライ様が直々に、難しいと言われている王都の深部のダンジョンに潜って取ってきてくださるなんて!!感無量です!!」
「おお、そうか。喜んでもらえたんならそれで良い。頑張った甲斐がある。」
と私の言葉にホッとしたかのように顔を綻ばせるエンライ様。
にしても、素晴らしいものを手に入れてしまった。
貴重なんてもんじゃない。
エルフからの個人買取はほぼ不可能。
ダンジョンの奥にある樹とはいえ、普通の冒険者じゃたどり着くことも出来ないだろう場所にある樹。
エンライ様という、対魔獣、最強戦士とその私兵が居たからこそGET出来た品だ。
普通は怪我なんてもんじゃ済まないだろうに。
と改めてエンライ様の凄さに驚き、感動していると、エンライ様が急に私から目線を外して、
少し気まずそうに、頬を掻きながら、壁の方を向き、私のよりも一回り小さな瓶を取り出した。
「あ~、なんだ、その、ミーニャの第二の親父さん?そのな、これ、この前の詫びなんだが・・・。受け取ってもらえねぇか?」
と、少し気まずそうに声をかけた先に居たのは領主補佐のオッサンだった。
オッサンは【第二の親父さん】という単語に頭を上げたのだが、次の瞬間、凄い勢いでエンライ様に近づいた。
そう、エンライ様が思わず、後ろに仰け反るくらいの勢いで。
「い、い、い、い、い、いいんですか??コレ、俺がこれを、これを貰っても良いんですか?本当に?嘘じゃなく?揶揄いでもなく?」
と挙動不審にエンライ様に詰め寄るオッサン。
そりゃそうだ。
私でさえ、あんなに挙動不審になった品だもの。
甘味が大好きなオッサンが、これを喜ばないはずがない。
高位貴族でもない人間が《メデルーの樹液》を手に入れる確率はどれほどのものか・・・。
考えただけで気が遠くなる。
そんな品を詫びの品にと さらっと贈るエンライ様、男前です!
オッサンの鼻息の荒い行動に引いてらっしゃる様な気配のエンライ様。
「構わねぇよ。これはあんたに渡す為に取ってきた分だ。・・・その、なんだ、甘味が好きだってバラすの辛かったろ?すまねぇ。俺の勘違いのせいで。んで、これはその詫びだ。遠慮なく受け取ってくれ。」
と申し訳なさそうに小瓶を渡すエンライ様に対し、
膝をつき、その小瓶を大切そうに、頭を下げながら両手で受け取るオッサン。
まるで、王様から下賜された《不老長寿の薬》の様に受け取った、
その小瓶の中には《甘い樹の樹液》。
それはそれはシュールな光景だった。
うっとりと小瓶を眺めるオッサンはスルーして話を続けよう。
「エンライ様!私、この樹液でシロップを作ります!なので、明日を楽しみにしていてくださいね!シロップに合わせるのはパンケー・・・・」
「お嬢様ぁぁ!!!俺のも!俺のもシロップにしてくださいぃぃぃ!!夢の3段、ふかふかホットケーキで!!!八分立ての生クリームとイチゴは別添えでお願いしますぅぅぅぅ!!!!」
って会話の邪魔すんなよオッサン!
私の言葉を遮るな!
どこまでも食い込んでくるなオッサン!
ってか、注文が細かくて多いわボケェェ!!
という心境と共に、思わず
「分かった!作ってあげるから!作ってあげるから黙ってて!エンライ様が帰るまで黙ってて!お願いだから!」
なんて叫んだ私。
その言葉に満面の笑顔で壁際に去っていき、小瓶に頬ずりしてるオッサン。
そのオッサンを見て
「面白れぇな、あのオッサン。」
なんて笑ってるエンライ様が居た。
なんかオッサンとエンライ様の友人フラグが立ってません?
気のせいですか?
オッサン、現領主様に続き、次期領主の婿とも友人になっちゃう系ですか?
範囲広くないですか?
と、じとーっとした目で見ていると、エンライ様が
「あ!やべぇ。帰んねーと。」
なんて言い始めた。
「え?あの、まだ夜までには時間がありますし、夕飯をご一緒にいかがでしょう?直ぐに出来ますし、あの、・・・」
「あー、すまん。食っていきたいのは山々なんだけどよ、ダンジョンに潜ってる時間が思ったよりも長くなっちまってな。今から帰らねぇと不味い。今日は親族が集まる日でな。分家やらなにやらも集まっちまうからよ、居ねぇのは不味い。わりぃな。もっとお前と一緒に居てぇんだけどな・・・。」
なんて眉毛をハの字に下げて困った顔をしているから
「分かりました。親族の集まりであれば仕方がないです。もし、違うのであれば引き留めますけどね。明日は来てくださるのでしょう?だったら充分です。今日は本来なら会えないはずの日でしたし。」
と笑顔で答える。
今日がイレギュラーだったのだ。
明日も来てくれるのだし、今日はこれだけでも充分。
胸いっぱいで幸せだ。
そんな私の気持ちが分かったのか、まだ少し申し訳なさそうな顔をしつつも、
「明日の昼、来るからな。シロップ楽しみにしてる。が、明日からは長旅になんだからな、ちゃんと寝とけよ?んじゃ、また明日な。俺のミーニャ。」
と、いつものお決まりの様に、私の頬にキスを1つ落として、エンライ様は去っていった。
手を振りながら、幸せの余韻と少しの寂しさに思考をホワホワとさせていると
「お嬢様。早くシロップ作ってしまいましょう。エンライ様の言った通り、さっさとシロップを作ってしまって、明日に備えて存分に寝るのが宜しいかと。」
といつもより丁寧な言葉使いで頭を下げるオッサン。
【早く私の分のシロップ作って下さい!ホットケーキも!お嬢様!】って顔に書いてあるけどね。
その夜、ヌイール家では
その家の次女が領主補佐のオッサンに
作ったシロップ&ホットケーキを人質、いや、甘味質にして、
某婿殿に変な気を持っていないかどうかを執拗に問いただす光景が見られたとか見られなかったとか。
領主補佐のオッサンは私の趣味で出現させてます。
だってオッサン萌えですから。
作品リクエストの友人には毎回
【どんだけ話に入ってくるの?!このオッサン!】
なんて言われてます。
だが、後悔はない。




