3章 その彼女は嵐を伴って 7
放課後。普段の通りに連れ出されることを覚悟していた真優だったが、意外なことに奏は真優の前を素通りしてさっさと教室を後にした。
呆気にとられる真優の前に佐藤と山田が奏の後を追うように続く。
「え、奏さん。今日いいんスか。税金すらとってないんですよ」
「なんならぁあいつ俺が引っ張ってきますんで」
教室を出てすぐそこの廊下からそんな声が聞こえてくる。
その内容に真優は身をこわばらせた。
(あいつら、なんてこと言ってるんだ)
折角過ぎ去ろうとしていた脅威が戻ってくるかもしれない恐怖に思わず真優は目を閉じて一切の視界を閉ざした。
一秒、二秒……
しかし、何秒経過しようと教室に奏が戻る気配は訪れなかった。
「奏さん聞いてますか? え、ちょっと奏さん?」
「結局どうすんスかぁ? あー分かんね。やっぱ連れてくっかなぁ」
佐藤と山田も困惑した声色だった。
その様子に流石に違和感を覚えた真優が顔を上げると教室の入口からギリギリで見える角度に奏の後ろ姿を捉えた。声を掛ける二人に振り返ることもなくそのまま階段を下って降り始めてしまう。
奏の姿が見えなくなっても二人はしばらく足踏みをしていたが、鋭い表情で反転すると教室に入り込んできた。
勢いそのままで真優のもとに迫る。
「おい、分かってんだろ」
言うなり真優の反応を待つことなく山田が席から突き飛ばすと、後ろに控えていた佐藤が机の横にぶら下がっていた財布を丸ごと抜き取った。そしてそのまま教室を後にしてししまう。恐らく奏の後を追ったのだろうと思われる。
「……はあ」
その様子に真優はうなだれると、立ち上がって腰を一払いした。
遠巻きに見ていた周りのクラスメイトも、それで興味を失ったように放課後の雑談へと戻っていく。あいもかわらず歪な空間だった。
(まあ何にしろ、あまり無駄な時間を取られずに済んだのは良かった)
その歪んだ空間から目を背けるように無造作に放られた自分の鞄を拾い上げると、真優も教室を後にする。
今はやらなければならないことがある。
本日の憂いが消失した真優は無事に学校から下校した。
一地方都市なりに賑わう街道を過ぎると住宅地が広がる。歩き進めるとそれも徐々に疎らになり、風が緑の匂いを運び始めた。無心に近い心境で歩き続けた真優の前には、やがて見慣れた森へ入口が広がっていた。
真優が向かった先は以前『力の石』を手にすることになった、あの森の一角だった。
目的は昨日夜通し調べたく訓練・指導に関する試行と検証にある。
一介の素人である上に、口下手である真優が早々にボロを出さずに指導に当たるためにはやはり準備が必要であり、実際に試すことで付け焼刃ながらも学んだ知識を結び付けるにはどうしても必要な工程だった。
手にぶら下げたいつもより重い鞄を持ち変えると、真優本人すら気づかないほどの溜息をして足を踏み出した。
自分がしていることは姑息な手段でしかない。
真優も心のどこかで理解はしているつもりだった。
しかしそれが分かっていながらも、楠木望が新道真優の背中に見たヒーローを師匠という形で演じなければならない。
となれば、今からすることは言うなれば――
「延命措置、かな」
森の梢が静かにザアっと響いた。




