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かつての少女と少年たち

しょっぱい風が鼻をくすぐり、アイリスは首を傾げる。ここに来るまでの道中、こんな風ではなかったはずだ。

それを隣にいたリューイに言うと、微笑みながら教えてくれた。

「それはね、潮風って言うんだ。海はしょっぱいから、海沿いには潮風が吹くんだよ。」

そうして二人は立ち止まり、しばらく大海原を眺める。

ずっと向こうで真っ白なカモメが飛んでいた。











そこは海のすぐ傍にあった。

風を遮るものがなく、冷たい風が頬を掠める。


アイリスは真新しい黒石に刻まれた名前をそっとなぞる。

『エルマー・ランス』

そして隣には両親の名前が彫ってある墓があった。

「両親は海が好きだったんだ。仲も良かったから、死んだら海に近い墓に一緒に入れてくれって冗談で言ってたんだよ。」

「そう……。」

しばらく俯いてエルマーの墓を眺めていたアイリスは、手に持っていたアイリスの花をそっと二つの墓に添えた。


「ランス、私外に出られたよ。こうして太陽の下を歩けてるの。あなたのおかげね。」

潮風がアイリスの長い髪を弄んでいく。太陽の光に照らされ、さらに美しく輝く。



今でも鮮明に思い出すことができる。10年前、エルマーが腰を抜かしていたあの姿。



「あなたがいなかったら、私はここにはいれなかった。リューイとも会うこともなかった。あの時バラ園に来たのがあなたじゃなかったら、きっとこうはならなかった。」



『あなたは誰?』

『僕はランス。君は?』



不気味な屋敷に住む得体も知れない少女に、微笑みながら名前を聞いて、そして友達になってくれたあなた。

あの楽しかった思い出は、きっと色褪せない。いつまでもアイリスの中で、虹色に輝き続ける。


突然の別れに、何も言えなかった。ずっと言えなかった、あなたへの言葉を。



「ありがとう、ランス…。」



静かに涙が頬を伝った。それを見てエルマーなんて言うだろう。

『泣かないで、アイリス。』

あぁ。きっとそう言うに違いない。

いつも私の事を考えてくれた人。私にいろんな初めてを教えてくれた人。


「アイリス。」

肩に手が添えられる。見ると、リューイが心配そうにこちらを見ていた。アイリスは立ち上がる。



『アイリスを、頼む。』


忘れやしないよ、お前の最期の言葉を。絶対に。

「約束するよ、エルマー。」



風が一層強くなる。アイリスの体が震えたのを感じ、リューイは言った。

「寒くなりそうだからもう戻ろうか。帰りに浜辺に寄ろう。」

名残惜しそうにエルマーの名前を見つめていたアイリスだったが、ゆっくりと首を縦に振った。


二人は墓に背を向け、海の方に向けて歩き出そうと足を踏み出す。




その時だった。




突如、進む方向とは逆の力で引っ張られる。

リューイは驚いて立ち止まるが、それは一瞬で掻き消えてしまう。

「え……?」

リューイは再びエルマーの墓に目を向ける。先ほどと全く変わらない風景がそこにあった。

だがあの意地悪い笑い顔がどこかで見ている気がした。

アイリスの花が潮風に揺られている。




幼い頃の癖だった。何かあるとすぐにリューイの袖を掴む癖。




目を見開いて固まっているリューイを見て、アイリスは首を傾げた。

「リューイ?」

力を感じた服の裾を掴み、リューイはぽつりと呟く。

「今、あいつがきたよ。」

「え、なんて言ったの?」

強張った顔を笑顔に変え、リューイは再び前を向いた。

「なんでもないよ。さあ、行こうか。」

そして二人はエルマーの墓を後にした。

















浜辺を歩き笑いあう二人。


だがその後ろ姿は、幼い少女と少年たちが映っていた。


ただある人の事を純粋に想っていた時の姿で、三人は浜辺を楽しそうに駆けていった。










青く、雲一つない大空の下で。






                                  2014、11、16  執筆了

最後まで見ていただきありがとうございます。

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