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僕らの色が変わるとき  第二話

リューイは本当に分かりやすいと、エルマーは思う。

それは双子だからなのか分からないが、リューイ曰くエルマーは分かりやすいということはないらしい。

人の感情に疎くいつも直感を働かせるリューイは、嘘をついたり隠し事をするような器用なことはできないのだ。

不器用で人間らしいところが、エルマーは好きだった。

いつも己の気持ちに素直で動じないところが、エルマーは気に入っていた。






「ランスはガールフレンドっていないの?」

同じクラスのミレーがそう言って真っ先に頭に浮かんだのは、アイリスの大人びた姿だった。

満月の夜、屋敷の向こうにいるアイリスは、まるでイバラの蔓に囚われている悲劇の姫のようで、身に纏う美しさがバラの棘と対比して鮮やかな姿を映す。

幼い頃は分からなかったが、最近になってアイリスは自分たちとは違う世界の人間なんだと実感するようになった。

ただ美しいだけじゃない。高貴で触れてはいけない宝石のような輝きを放つ相貌。

ミレーもかわいいと噂されているが、アイリスのような惹きつけるものはない。

図書館から出てきたエルマーを待っていたとばかりに隣を歩き始めたミレーを、エルマーは咎めることなくにこやかに返事を返す。

「いないよ。僕は人気ないから。」

「そんなことないわよ。女の子皆あなたの事を噂してるのよ。何度か言い寄られた所を見たって子もあるわ。」

ねえ、と甘い声で腕にすり寄ってくるミレーにエルマーはされるがままになっている。

「これからお茶でもしない?美味しいスコーン焼いたの。」


腕から伝わる人肌の温かさ。女の子独特の柔らかさ。

きっとアイリスはもっと程よい温かさで、頼りない程柔らかいに違いない。

栗色の髪が絡むことなく指の間をすり抜け、触れる肌は絹のようになめらかで。


「ランス?」

「ごめん、これから用があるんだ。」

絡まっていた腕を器用にすり抜け、ランスはその場を駆け出す。後ろでミレーがないか言っていたが、追いかけては来なかった。





そしてその日の夜だった。両親から異国に行くことを提案されたのは。

「楽しみだなあ。ずっと行きたかった国だから待ち遠しいよ。」

「お前の夢だもんな。歴史学者になる第一歩だ。」

リューイは被っていた帽子を壁にかける。そしてふと何かを思い出したようにその場に立ち尽くした。

枕を抱え子供のようにはしゃいでいるエルマーに、リューイは壁に視線を向けたまま言った。

「お前さ、それであの子はどうするんだ…?」

「あの子?」

「一か月も会えないことにあるんだぞ。」

「あ……。」

リューイが言っているのはアイリスの事だ。リューイがアイリスの事を口にするのは10年前、エルマーの代わりにバラ園に行ったきり一度もなかった。

「そうだった。でも、アイリスなら分かってくれるよ。僕の夢も知ってるし、あの子は優しい子だから。」

「……残ろうか?俺。」

思いがけないリューイの言葉に、エルマーは耳を疑う。

「え、なに言ってるんだよ。」

枕を床に落とし、立ったままのリューイを見つめる。

「俺は別に興味はないし。元々旅行感覚だったからいいんだ。」

「いや、いいよ。僕が今度説明するから。そこまでしなくても。僕はリューイと行くの楽しみにしてるんだから一緒に行こうよ。」

エルマーはただただ驚いていた。まさかリューイがそんなこと言い出すとは思わなかったのだ。

「な?行こうよ。アイリスには何かお土産を買って帰ってさ。」

リューイの下へ行き、エルマーはリューイの袖をつかむ。懇願するような視線を送ってくるエルマーを見て、リューイは小さく微笑んだ。

「そうだな。変なこと言って悪かった。俺も一緒に行くよ。」

それを聞いて、エルマーはほっとしたように胸を撫で下ろした。

だが心で芽生えた確信は、いまだ微かな動揺を与えてきた。






10年前から疑念はあった。

あの日。僕になりすまして、リューイがアイリスに会いに行った次の日から。

リューイは分かりやすい。隠し事なんて僕から見たらもはや隠せていない。それがリューイ自身が気付いていない感情でも。

『残ろうか、俺』

アイリスの事などすっかり忘れて喜んでいた僕とは対照的に、リューイは真っ先に気にかけた。


やっぱりね、リューイ。君もアイリスの事が好きなんだね。


あの日からずっと、僕がアイリスに会いに行くたび、リューイは寝たふりをして僕の帰りを待っていたことに気付いていた。次の朝、何か言いたそうに一瞬だけ迷った視線を向けてくることも。


きっとアイリスの事を聞きたいに違いない。会いに行きたかったはずだ。青ではなく緑のキャスケットを被って名乗り出たいことは分かっていた。だがリューイは何も言わず、ただただ帰りをじっと待っていた。

だから僕も何も言わなかった。だって、僕もアイリスの事が好きだったから。


代わりにリューイがバラ園に行った夜も、あえて『遊び』を提案する必要はなかった。

約束は破ることになるが、相手が双子のリューイだと分かればアイリスも納得したと思う。


嫌だったんだ。怖かったんだ。リューイに立場を取られるのが。

双子だからこそ、僕はリューイにアイリスを取られそうで不安だったんだ。


でもね、後悔してるんだ。あんな『遊び』をしてしまったから、リューイはアイリスに会いたい思いをずっと抑えてきたんだ。

辛かったと思う。でも一度も言わなかったのは、僕の事を考えてくれてるからなんだ。


なのに僕は、異国に行ける喜びでアイリスの事を忘れていた。

僕とリューイでは、アイリスに対する気持ちの重みが違った証拠だ。




あぁ、僕はきっと、アイリスにはふさわしくない。

この立場にもっとふさわしい人がいたことに、やっと気付いたよ。


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