僕らの色が変わるとき 第一話
「エルマー、リューイ。誕生日プレゼントよ。」
母から手渡されたのは、青の緑のキャスケットだった。前から二人がねだっていたものだったので、嬉しくてリューイと跳ねて喜んだことを覚えている。
それから僕らはずっとそのキャスケットを被って過ごした。リューイが緑。僕が青。
いつしか皆の間で、キャスケットの色で僕らを区別するようになっていった。
僕らは双子。そして一番のよき理解者。
誰かが僕を疑っても、リューイはきっと信じてくれる。
リューイが一人になったとしても、僕はリューイのそばにいる。
頭がいい僕と運動神経抜群なリューイ。二人でいたら無敵だ。怖いものなんか何もない。
誰が何と言おうと、僕らは一緒にいれれば誰もいらない。必要ない。
だってリューイはもう一人の僕。僕はもう一人のリューイなんだから。
「本当に大事な帽子なのね。綺麗に使ってるし、それにいつも被ってるものね。」
「うん、これは僕らの宝物だからね。大切にしてるんだ。」
「ねえ、リューイってどんな人なの?」
月明かりの下、エルマー・ランスは芝生に腰を下ろし、被っていたキャスケットを手に取って眺めた。
「リューイはね、本当に僕と正反対なんだ。物静かで冷静で大人っぽくて。僕はどちらかっていうとわいわい明るい方だからね。リューイはよくとっつきにくいって言われるんだ。でもリューイは誰よりも優しくて頼りになるんだよ。僕はリューイが大好きなんだ。」
まるで自分のことのように話すランスを見て、アイリスは微笑む。
「僕とリューイは皆とは違う絆があるんだ。リューイは僕にとってかけがえのない人だよ。」
ベットの上で寝返りを打ち、リューイはふと物音がして目が覚める。
隣にはエルマーが寝ている。流行の風邪をこじらせていて、2,3日高熱が続いているのだ。
暗がりの中目を凝らすが、そこにエルマーの姿はない。
不審に思い体を起こすと、人影が部屋から出て行こうとドアノブに手をかけている所だった。
暗くても分かる鮮やかな青色が目に留まり、リューイは驚いてエルマーの元に駆け寄る。
熱があるというのに、エルマーは身支度を整え外に出ようとしていた。まだ完全が冬が来る前でも、秋の夜風は恐ろしく寒い。
「何をしてるんだ。安静にしていないと。」
「行かなきゃ。今日は満月なんだ。」
「何を言ってるんだ。ほら戻るぞ。」
エルマーの腕をつかみ、半ば強引にベッドに連れて行く。エルマーの体は熱を持っていてひどく汗をかいていた。
エルマーの頭からキャスケットをとり、壁にかける。それを見てエルマーは帽子を取ろうと再び立ち上がろうとした。
「やめろって。こじらせたらどうするんだ。なんの用事か知らないが今日はやめとけ。」
ベッドに体を押さえつけ毛布を掛けると、エルマーは観念したのか大人しくなる。だが口ではまだ何か呟いているんだ。
「行かなきゃ。待ってるんだ、あの子が。」
「お前がいつも会いに行っている奴の事か?」
熱で朦朧としているエルマーだったが、リューイの言葉にはっとした表情を浮かべた。
「知ってたのか?」
「お前な、度々隣に寝ている奴が夜に脱け出してたら気付くに決まってるだろ。いつもは黙ってたが今日は止めさせてもらうぞ。大人しく寝ろ。」
毛布の上からポンポンと叩き、リューイはそう言った。エルマーは毛布を頭までかけ顔を隠す。
『ランス』
待ってるんだ。アイリスが僕の事を。約束したんだ。
リューイは息をつき再びベッドに戻ろうとした。だが突如感じた進行方向とは逆の力に、足を止める。
見ると、エルマーが毛布から手を出し服の裾を掴んでいた。
「エルマー?」
悲しませたくない。きっと楽しみにしているはずだ。
「リューイ、いつもの遊びをしないか。」
そして震える手で青のキャスケットを指さす。
大丈夫。アイリスとの約束を破ってしまうことになるが、リューイは決して誰かには言ったりしない。
会いに行くのはエルマー・ランスでなければいけない。
「何を言ってるんだ、リューイ。」
「僕の代わりにその子に会いにいって来てよ。」
リューイが息を飲む。まさかそこまでこだわるとは意外だったのだろう。
「なんでそこまでするか分からないが、明日謝ればいいじゃないか。熱があったんだし分かってくれるよ。」
「駄目なんだ。今日じゃないと。」
次いつ来るか分からない満月の夜。
アイリスにとっては、限られた時間なのだ。
「頼む、リューイ。お前にしか頼めないんだよ。」
そうしてエルマーはアイリスの事を打ち明けた。リューイは心底驚いているようだった。あの『イバラ屋敷』に人が住んでいるなんて考えがつかなかったのだろう。
しばらく悩んでいたリューイだったが、青のキャスケットを手に取り家を出た。
それを見届け、エルマーは安心したように急速に眠りに落ちた。
きっとエルマーは知らなかっただろう。この夜、二人の間に交わされた約束を。
リューイの想いに気付くのはそう遠い未来ではないことを。
そして自分が招く悲しい現実が、すぐ近くにあったことを。
朝起きると、まだけだるさは残っているものの、だいぶ体が楽になっていることに気付く。
リューイはもう起きていて、エルマーに背を向けて服を着替えていた。
「リューイ…。」
枯れた声で呼ぶと、リューイはこちらに振り向いた。
「おはよう。どうだ具合は?何か食べられそうか。母さんが特製スープ作ってるぞ。」
「うん…。あのリューイ、昨日は…。」
「大丈夫だ、気付かれてないよ。お前の言うとおりにカエルを持っていったらすごく喜んでた。」
再び背を向けて身支度を整えながらリューイは言った。
「そうか、よかった…。」
エルマーはほっとしたように笑顔を作る。ベッドから体を上げ、傍にあった水を飲む。
ふと、背を向けたままのリューイの動きが止まる。エルマーはそれに気づかない。
「なあ、エルマー。」
「ん?なんだ?」
「お前ってさ、あの子の…。」
だが声はそこで止む。エルマーは不思議そうにコップを持ったままリューイの方を見る。
「い、いや。なんでもない。食べられそうなら持ってくるよ。待ってろ。」
エルマーと顔を合わせることなくそのまま部屋を後にしたリューイに、エルマーは首をかしげた。
僕らは双子。二人でいれれば他は誰もいらない。
そう。そのはずだったんだ。