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我が娘に捧ぐ 第三話

ウェーデル編、最終回です。

己の醜い根底が分かった時、これから何をするべきかは頭に浮かんだ。

あの子の幸せ、願いを叶える為に、最後くらい母親として胸を張れるように。


ごめんなさい、アイリス。こんな母親でごめんなさいー……。






「…悩んだわ、本当に。でも私はあの子の母として、あの子にとって一番良い選択をしようと決めたの。

それがあなたよ。でも話をする前に聞かせてほしいことがあるの。その返答によっては、これからアイリスと会うことはやめていただくわ。」


目の前の青年は、先ほどの震える緊張も解け、真剣に私の言葉に耳を傾けていた。

リューイ・ランス。アイリスが唯一外とのつながりを持つことができた人物。

私には他の選択肢は考えられない。全てはリューイにかかっていた。

だがしかし、これだけは聞いておかなければならない。あの子が不幸にならない為に。



「あなたにとって、アイリスはどんな存在なの?」


リューイは突然の問いに驚かなかった。すでに答えはあるらしく、間を取らずにはっきりと言った。

「愛しています。心の底から。アイリスは俺の大切な人です……!」



私の心が、ふっと軽くなる。いまだ真剣なまなざしを向けるリューイの言葉に嘘はない。

あの子は出会っていたのだ。自分の事を心から愛し、支えてくれる人に。

私がいなくてもこの者がいれば、あの子はきっと救われる。私の中で確信が大きくなる。

そして私は、リューイにアイリスの全てを任せたのだった。







人々の歓声が、耳に大きく木霊する。

紙吹雪が舞い、ファンファーレが鳴り響く広場へ、私は馬に揺られながら進んでいた。

今日は私の生誕の日。国民に祝福され、私は笑顔で手を振り返す。だが考えているのはアイリスの事だった。


今日は王族が皆パレードの参加するため城の護衛は手薄だ。ほとんどの人間が広場に集結しているため人に見つかる心配もない。アイリスが脱け出すにはこの日しかないと思っていた。

アイリスには何も告げずに来た。いつものように軽い挨拶を交わしたその日が、まさか私との最後だなんて思いもしなかっただろう。

別れの言葉を言ってしまうと、どうしても引き止めてしまいそうだったので自制をかけた。


アイリス、どうか幸せになって。

今までの時間を取り戻すことはできない。だからこれからの時間を自由に生きてほしい。


そうこうしている内に、一行はステージにつく。私は顔を上げ、自らを奮い立たせ気持ちを引き締めた。

今日は母ではない。今ここにいるのは、この国の王妃・ウェーデルだ。


一人でステージの中央に立ち、顔を聴衆の方に向ける。

その時だった。


広場の向こう、丘に止まっているいくつもの馬車の前に、一つの影を見つける。

誰だと疑問を持つ間もなく、その影は己のフードに手をかけた。



大きく目を開いて、その姿を見つめる。


太陽の光に照らされ輝く栗色の髪。そこにいるのはまさしくアイリスだった。

なぜ、アイリスがここにいる。そう思った瞬間、リューイとの会話が勢いよく流れた。







「私はひどい母親だったわ。あの子の気持ちも知ろうとせずに自分の思いを押し付けていた。だからあなたに頼むしか方法はなかったの。」

「それは違いますよ。」

間髪入れずそう言ったリューイを、私は遠い目で見つめる。

「アイリス、いつもあなたとのことをとても楽しそうに話すんです。本当に。」

「それは…、会いに来るのが私しかいないからよ。」

「……不思議だと思いませんか?」

質問の問いが分からず、私は疑問の目をリューイに向けた。

「なぜアイリスの笑顔はああも明るいんでしょうね。俺も何度あの笑顔に救われたかわかりません。」

「……。」

黙っている私に構わず、リューイは続けた。

「あの閉じこもった屋敷の中。常に薄暗い日々を長い間一人で過ごしてきたのにも関わらず、アイリスがなぜ心を閉ざすことなく笑顔を覚えることができたのか。それはきっとウェーデル様のお力です。」

「……わたくしの?」

嘘だ。私があの子にしてやれたことなんて、何一つない。

「きっと、あなた様の愛情を感じていたのでしょう。だからこそ一人ではない、ずっと見守っている人がいると思えたのだと、俺は思います。」

『お母様』

小さい頃のアイリスの声が、頭に木霊する。




「あなた様のアイリスを思う気持ちは、確かにアイリスに届いていますよ。」








信じても良いのだろうか。あの時のリューイの言葉を。


自分を丘から見下ろしているアイリスは、今にも泣きそうな顔をしていた。

まるで私との別れを悲しむかのように。

胸元がきらりと光る。アイリスはオパールのネックレスを首に下げていた。

昔、私が送った虹を閉じ込めた宝石だ。

アイリス、あなたはあなたの気持ちを無視してきた母を、慕ってくれていたのですか。

別れに涙してくれるのですか。


私の異変に気付き、聴衆がざわつき始めるのを、私は慌ててなだめにかかった。

「申し訳ございません。柄にもなく緊張しているのかしら。」

その言葉で聴衆が落ち着きを取り戻しゆく。



16年前、あの子を手放した時、窓の外を見ると大きな虹がかかっていた。

アイリス。あなたはこの雄大な空にいっぱいに架かる虹のように、自由な時を過ごせる日が来ますように。そう名付けた名だった。



アイリス。あなたの中に私は存在していたのかしら。

あなたにとって私は虹のような存在でいられたのかしら。

今となってはそれを確かめることはできない。だがせめて、あなたにある言葉を贈ろうと思う。

あなたと私だけに通じる言葉。




「わたくしは幼い頃、宝石のような女性になるのが夢でした。」




もし、私の思いが伝わっていたのだとしたら。


あなたが私との別れに涙するのなら。


私はきっとそれだけで、これからもあなたを愛してゆける。


心からあなたの願いを祝福できる。


一生あなたを想うことを約束できる。




さあ、旅立つ娘に言葉を贈ろう。母としての最期の言葉を。





私はこの生涯の誓いを、我が娘に捧ぐ。





                                               執筆了        

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