表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

我が娘に捧ぐ 第一話

ウェーデルのお話です。


生まれてすぐに、城に幽閉されてしまったアイリス。

母。ウェーデルはアイリスに会えない悲しみを抱えて生きることになります。

そんなウェーデルサイドから見たお話です。

安らかに己の腕の中で眠る我が子。長い間待ち続けた念願の子供だった。

緊迫した空気の中、赤子の周りだけが、なんとも穏やかで心地いい雰囲気を纏っていた。

私の顔も思わず緩み、先程受けた衝撃を忘れたかのように心穏やかだ。

柔らかい頬を指で優しくなぞっていると、遠慮がちに手が差し出される。それがクロアのものであることはすぐに分かった。私はそれを拒むかのように、我が子・アイリスを己の胸に抱き寄せる。

「ウェーデル。」

その声で自身が大きく震えたのが分かった。この国で誰よりも強い権限を持つ、国王・クリフォードの言葉だ。

「……分かっています。」

この国の未来の為、国民の為、そして愛しき子・アイリスの為に。


ゆっくり名残惜しむかのように、私はクロアにアイリスを差し出す。それをクロアが丁寧に優しく受け取る。

腕からぬくもりが、消えた。


やっと授かった、誰よりも大切な我が子。




私は今日、アイリスを手放した。











「お母様、今日ペトロと馬に乗るんです。お母様も見てください。」

「そうなの。でもごめんね。お母様まだ仕事が残ってるの。終わったら見に行くわね。」

アトラスは少し落ち込んだような表情を見せるが、すぐに笑顔を見せた。

アトラスはアイリスが生まれた3年後に授かった子供だ。

皇子だとわかったときは、心の底から安堵したことを覚えている。

「分かりました。約束ですよ。」

「えぇ、約束。ペトロ、アトラスを頼むわね。」

「かしこましました。アトラス様、参りましょう。」


ペトロに連れられ、アトラスは部屋を出ていく。大きなドアが閉じる音がした瞬間、私は窓の向こうの屋敷を見つめた。

今日は月に一度の、アイリスに会いに行く日なのだ。部屋にはアイリスに渡すプレゼントが数多くあり、その準備で忙しい。

私は再び使用人に指示し、プレゼントの包装を急いだ。





あれから6年。アイリスを屋敷に閉じ込め月日は6年経った。

アイリスは美しく育った。まだ幼いとはいえ、あと10年もすれば、誰もを魅了するような女性になることは間違いなかった。私から受け継いだ栗色の艶やかな髪が、丸めの輪郭と愛らしい表情を優しく包む。


ピンクの包みを開けると、そこには新しいドレスが入っていた。アイリスの表情が明るくなる。

「素敵なドレス。ありがとうお母様。」

私はそれに笑顔で返す。ドレスを胸に抱きしめ、アイリスはその場でくるりと回る。


この6年間、アイリスの事を思わなかった日はない。

同じ城の敷地で生活し、すぐに行ける距離にいるのにも関わらず、会いたい時に会えない我が子。

アイリスは初めどんな言葉を発したのだろう。ハイハイを、立てるようになった時期はいつ?

きっと夜泣きもひどかったんでしょうね。それともあまり泣かないいい子だったのかしら。


クロアの口からしか、アイリスの日々を知ることができない日常。親が楽しみにする我が子の成長を、私は感じることができなかった。自らの母乳を与えることも叶わず、アイリスと私は引き裂かれた。

しかし、これしか方法はなかったのだ。毎日は会えなくても、アイリスが生きてくれただけでいい。

きっとこれが、最善の策だったのだ。






「ウェーデル様、お耳に入れていただきたいことがございます。」

書斎で書類を読んでいた私は、顔を上げペトロの真剣な顔を見つめた。

「何かしら。」

「実は昨晩、城への侵入者を見つけましてございます。」

「まあ、それは大変ね。すぐに国王に知らせないと。」

立ち上がろうとした私を、ペトロは手でやんわりと制す。

「それば、どうも普通の侵入者ではないようなのです。その者は例の屋敷の傍におりまして。」

それを聞いて私は目を見開いた。

「それは非常にいけないことじゃないの。まさか、あの子の存在を知られて…・」

「はい、私もそう思いましてすぐに捕えようと思ったのですが、その者は幼い少年でして、しかもイバラの君と何か話しているようなのです。」

誰が聞いているのか分からないので、ペトロはアイリスの事を『イバラの君』と呼ぶのだ。

「あの子と?」

「はい。それも随分親しい様子でした。一日二日の仲ではないようで、何を話しているかは分からなかったのですが、イバラの君の声は随分楽しげなご様子でした。念のため町の様子を窺ったところ、そのような噂も流れておりませんでした。」

「…それは本当なの?」

「はい。嘘は申しません。」

ペトロは私に長年仕えるもっとも信頼の置ける従者だ。彼が言うのだから間違いはないだろう。

「…ペトロ、しばらくはあなたが屋敷の見回りをしてくれないかしら。そしてまたその少年が現れた時私に教えてほしいの。」

「かしこましました。」

ペトロは軽く会釈する。

それから私は書類の文字が頭に入らなかった。早々に仕事を切り上げ、アイリスの事を考えながら眠りについた。






それから半月もしない頃だった。

ペトロから例の少年が現れたと聞き、私はすぐに質素な服に身を包み、そっとバラ園に出た。

物陰を伝うように屋敷に近付く。すると、なにやら話し声が耳に届いた。まだ声変りが始まっていない、高い男の子の声だった。

しばらく耳を傾けていると、聞きなれた違う高い声がした。くぐもって小さかったが、間違いなくアイリスの声だ。

嬉しそうな声音だった。私と会った時の声の感じとてもよく似ている。それが私にとって衝撃だった。


笑っている。アイリスが。私以外の者に。


そう思うと、私は小さく肩を震わせた。ペトロがそれに気付き、、そっと背中に手を添える。

嬉しかった。アイリスが新たな喜びを感じていたことに。

私と会うこと以外の楽しさを知っていたことに。


「…戻りましょう。」

小さくそう言うと、私は城の方へ体を向けた。

「よろしいのですか。」

「えぇ、せめて、これくらい…。」


自由を知らないあの子の、唯一の友達との時間。

それを壊すような親が一体どこにいるというのか。


「ペトロ、またしばらく頼むわね。」

ペトロは珍しく頬を上げて頭を下げた。それを見て、私は穏やかな表情を向けた。



せめて、せめてこの時間だけは。


どうか、どうかあの子が笑顔でいられますように。


私が与えることができなかった世界を。


あの男の子が、見せてくれますように。



どうか、どうかあの子が。


笑顔を絶やさぬようにいられますように。


閉じきった部屋の闇に呑まれることなく。


己の人生を悔いることなく。


笑える日々を送れますように。



ひらすらに、私は願う。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ